共犯者とワルツ 3
日は差していたが、空気は冷えている。爽やかな冬晴れだ。
ベルベルントにも雪は降る。俺の故郷のペケニヨ村でも、年によっては降雪があった。だがベルベルントのほうが寒く感じる。
辺りは聖ミゼリカ教の聖誕祭のムードで、家々や店は軒並み飾り付けられて銀の星飾りが日の光を反射してぴかぴかと光っていた。
重ね着をした人々が白い息を吐いて大通りを往来する。
中央の広場に巨大なツリーがあった。
何人もの体格のいい男たちがツリーに登って飾りを付けたり、ツリーの剪定をしたりしている。
「そういえばツリーを立てる手伝いの依頼が来ていたな」
ぼそっと黒曜が言う。
「そうかよ。サナギの使いより、こっちの依頼を受けたかったぜ」
俺が愚痴半分にこぼすと、
「割は良くなかったぞ。ほとんどボランティアだ」
と黒曜が嫌なことを言うので「それなら、サナギの使いのがマシか」と、俺は手のひらを返した。
黒曜によればサナギのお使いメモには数種のマジックハーブが書かれているらしく、俺たちは魔法雑貨屋を目指す。交易都市たるベルベルントには玉石混交の魔法雑貨屋がある。俺には普段から用も縁もない場所だからどの店が玉あるいは石なのか見当もつかない。
「店の指定はねえのか」
「それはこちらの台詞だが……」
確かにサナギに直接依頼されたのは俺なので、黒曜の言葉はもっともだった。
「特に何も言われてねえよ。メモにも書いてねえか?」
「ああ」
どうしたもんかな、と俺が呟くと、
「以前のお使いで指定された店でいいだろう」
そういえば黒曜は『前のお使いでサナギのメモから一つのミスもなく買い物を済ませてきた』んだったか。
「そうか、確かにそれなら問題ねえだろうな」
黒曜を連れてきてよかった。やっぱ俺いらねえだろ。
ともあれ、黒曜の先導についていくことにした。目的の店に行くには大通りから少し外れなければならないそうだ。
もともと無口な黒曜と社交的でない俺の間には特に話題らしい話題もなく、無言のまま魔法雑貨の店に来た。マジックハーブは全部で145Gだった。それが高いのか安いのか俺には分からない。
サナギが俺に手渡してきた紙幣と硬貨は合計300Gあったから、155G残っているわけだ。普通に半分にすれば77G前後だ。これだけでは宿代には到底足りないが、手持ちの金を合わせれば今月分は支払えそうだ。
広大なベルベルントのこと、店先でのトラブルなんて日常茶飯事だが、今日のお使いに関しては終わってみればあっさりだった。サナギは俺を「荷物持ちくらいにはなる」と言っていたが、実際のところマジックハーブ数種の購入に男二人はどう考えても不要だった。
俺は黒曜に、付き合わせて悪かったな、と呟くように言った。
「いや……。……構わない」
黒曜は淡々と応じた。俺は軽く頷く。
「……寒いな。さっさと帰ろうぜ」
魔法雑貨店から出て目抜き通りを歩いていく。聖誕祭が近いからだろう、やけに人が多い。普通に歩いていて人にぶつかるほどではないが、ド田舎の山中の村で暮らしていた俺は歩くのにてこずった。
黒曜はすらりすらりと人混みをよけていく。黒曜の背中が遠ざかる。はぐれても星数えの夜会で合流できるから問題はないのだが、人混みに負ける男だと思われたくなかった。必死に進んでいると、黒曜がちらとこちらを振り返る。
「大丈夫か、タンジェリン」
かろうじてこちらに聞こえる音量で言った。
「お、おう」
頷いたものの、説得力はないだろう。黒曜だって往来で急に立ち止まるわけにはいかない。俺は若干、観念した思いで、
「悪い、先に行ってくれ。どうせ目的地は夜会だ」
「分かった」
黒曜は頷き、すいすいと先に進んでいった。すげえな、あいつ……。
続いて進もうとしたところで、不意にとんとん、と肩を叩かれた。
「失礼、あなたは冒険者ですか?」
肩が叩かれなければ俺への質問とは思わなかっただろう。俺は思い切り眉を寄せて振り返った。背の高い、片眼鏡の男が柔和な笑みを浮かべて首を傾げている。
無視してもよかったが、肩まで叩かれているので、気付いていないふりはさすがに無理があった。いったん道路端に身体を寄せると、俺の肩を叩いたらしい男も一緒にやってくる。
「冒険者だが……駆け出しだぞ。何か用か?」
俺が改めて尋ねると、
「冒険者宿を探していたんです。依頼を引き受けてもらえるのは大前提として、何日か宿泊できると助かるのですが」
暗に、俺の常宿を紹介しろ、ということだとすぐに察した。
「言っとくが、俺の紹介なんかじゃ値引きや特典はねえぞ?」
男は「そんなつもりで言ったわけではないですよ」と言った。
「皆さん忙しなさそうで……声をかけやすそうな相手を選んだだけですから」
俺が、声をかけやすそうだって? 褒め言葉のつもりだったのかもしれないが、まったく嬉しくはなかった。
だがまあ客が来ること自体は親父さんにとってはいいことだろう。断る理由もない。
「今から宿に戻るとこだ。ついてくるのは構わねえ」
「助かります。お言葉に甘えましょう」
男が頷いたので、俺は何とか人波に乗って目抜き通りを北上していった。
★・・・・ 星数えの夜会に戻ると、黒曜はすでに借りた外套を返して薄着で暖炉の前にいた。「おかえり」と声をかけてくるので、「ただいま」と返す。それから黒曜に改めて礼を言った。黒曜は礼には一つ頷くだけで返し、つい、と俺の後ろを見た。俺についてきていた片眼鏡の男は物珍しそうに星数えの夜会を眺めていたが、黒曜の視線に気づくとにこりと笑って頭を下げた。
俺は親父さんに声をかけて片眼鏡の男を任せる。それからサナギの研究室に向かった。サナギはうずたかく積まれた本の横に座り込み、熱心に何かを読んでいた。
「戻ったぞ、サナギ」
声をかけると、サナギは顔を上げた。
「おかえりタンジェ。ありがとう」
サナギは立ち上がり、入り口に立っていた俺のほうへと器用に歩いてくる。さっきまでは動いていなかったいくつかの機器がコポコポと音を立てたり、クルクルと回ったりしている。
マジックハーブを渡すと、サナギはそれを検品しながら言った。
「助かったよ、タンジェ。結構急ぎだったんだ」
「急ぎ?」
サナギは俺の前から離れ、実験器具らしきものの前に行く。検品を終えたものを投入しながら、
「うん。実は、俺がずいぶん昔に作った術が、いくつか盗まれたらしいんだよね」
「……?」
俺は首を傾げた。
「ずいぶん昔? 作った術? 盗まれた『らしい』?」
ああ、とサナギは言った。
「最初から説明するね。今の俺のひとつ前の代だから……だいたい六十年くらい前のことかな? そのときの俺は……」
「待て、それ本当に最初からになってるか? 前提がよく分からねえんだが……。なんで六十年前にお前がいることになってる?」
「そうか、そこからだよね」
実験器具がぐつぐつと煮えたつ。
「俺はホムンクルスなんだよ。俺とそっくり同じ身体がいくつかあって、俺は死の危機に瀕すると次の俺の身体に記憶や意識を移し替えているのさ」
「俺はホムンクルスなんだよ。俺とそっくり同じ身体がいくつかあって、俺は死の危機に瀕すると次の俺の身体に記憶や意識を移し替えているのさ」
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