カンテラテンカ

羽化 4

 俺は部屋をぐるっと見渡す。
 控室にはアクセサリーボックスがあり、中にはネックレスやちょっとしたイヤリングやピアスなんかが入っていた。
 壁には花嫁の衣装がいくつか掛けられている。ヴェールは椅子の背もたれに掛けられて、少しくたりと型崩れしている。
 ドレッサーの下には綺麗に磨かれたヒールが並べられていた。目測で右から5センチ、8センチ、12センチのヒール。テーブルには友人たちからのものだろうか、色とりどりの花束が置かれている。それからちょっとしたお菓子と飲み物。飲み物の横にハンカチが添えられていて、Mの字が刺繍してあった。
「なるほどね」
 俺は頷いた。リリセの眉が上がる。
「……分かったの?」
「うん。まず、サムシング・フォーのありかだけど、全部この部屋にある」
 モルがごくりと喉を鳴らしたのが聞こえた。リリセの目が見開かれたあとに、平静を装った彼女の瞼が何度か瞬きする。
「あくまで盗まれたというのなら、犯人はきみ自身ということになる。あるいはモルかな?」
 ふん、とリリセは鼻を鳴らした。
「私の自作自演だって言うのね? じゃあ、当ててみなさいよ。この部屋にあるもののうち、どれがサムシング・フォーなのか」
「まず、何か一つ古いもの。椅子に掛かったヴェールだね。あの柄が流行ったのは数十年は前だよ。新しいのがウリのこの式場ではあれは貸さない。たぶん、時代的にきみの祖母から受け継いだものだね」
 数十年前といえば、『前の俺』が当時の知り合いの結婚式に呼ばれたタイミングだから覚えている。それと柄が同じだ。
「何か一つ新しいもの。きみの履いているヒールだ。新郎ヒカゲの身長は、研究室にいた頃と変わってなければ179cm。成人男性の身長がこの数年で大きく伸びるとは思えない。ところできみの今の身長は俺の目測だと166cmだ。つまり新郎との身長差は13cmってところ。きみは研究室にいた頃、8センチ以上のヒールが好きだと俺に教えてくれたけど覚えてるかな」
 リリセは黙って続きを促したので、俺はそれに応えた。
「うん、それで、新郎新婦の理想の身長差って、10cmなのさ。シェジミはあの性格だから、きみにきっかり3cmのヒールを用意しただろう」
 それが新しいものさ、と俺が言うと、リリセは「じゃあ、残りの二つは?」と挑戦的に俺を睨んだ。
「なにか一つ借りたもの。そのハンカチだね。モルのものだ」
 モルが息を呑む。
「イニシャルがMだし……さっき、モルは自分のハンカチは持っていたからね。衛生面の不安からハンカチを二つ持ち歩くというのもありえるけど、荷物が制限されるドレス姿でハンカチを二枚持つほど、モルは潔癖というわけじゃなかったと思うし。きみに貸すためのハンカチだ」
「まだあるわよ。青いものは?」
「なにか一つ青いもの。そこのアクセサリーボックスにあるピアスだ。イヤリングやネックレスにも青いものがあるけど、ネックレスはすでにしているし……きみの耳にはピアスがあいているのに、わざわざイヤリングを選ぶこともないだろう。きみはピアスをあけたとき俺にも報告してくれたから、よく覚えてるよ」
「……」
 リリセとモルは同時にため息をついた。
「答えを聞いてもいいのかな?」
「アンタさぁ……」
 俺の言葉に、たっぷり数秒溜めたあと、リリセは吐き捨てるように言った。
「ほんっっと……キモいのよ!!」
「えっ!?」

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