羽化 5
- 2024/02/01 (Thu)
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罵られるとは思っていなかったので、俺は目を白黒させた。
「単純に知識量もキモいし……なんで身長とか私の好みのヒールの高さとかピアスあけたこととか覚えてんのよ!? それが本当にキモい!!」
リリセはしばらく俺のことをキモいキモいとなじっていた。リリセは元からわりとこういうヒステリーを起こすことがあったので、俺は別にそれ自体は何とも思わなかったが、普段それを諫めるモルが、黙ってそれを見つめてるのは何でだろうなあと考えていた。
「あのね! サナギ!!」
それを機敏に見て取ったらしいリリセが鋭く俺を呼ぶ。俺は意識をリリセに戻して、返事をした。
「うん?」
「私がなんでアンタに好みのヒールの高さを教えたか分かる!? なんでピアスをあけた報告をしたか分かる!? 分かってないでしょ!!」
なんで、だって? そんなこと考えたこともなかった。雑談の一部だと思っていたから。
「アンタからプレゼントが欲しかったからよ!!」
笑っちゃうほど、単純で、それでいて遠回しで、いじらしい……それは、彼女からの告白だった。
「アンタのことが好きだったの!!」
俺は全部理解した。
だから彼女は、最後にこんな茶番を思いついたんだ。
「馬鹿サナギ!! アンタ頭はいいくせに、私の気持ちなんか全然気付いてなかった!!」
「俺のことを試したんだね?」
「そうよ! アンタが全部忘れてたら、それでよかったの!! 私のヒールの高さも、ピアスをあけたことも!! なのにアンタ、全部覚えてるじゃない!!」
リリセは気高い女性だ。決して泣いてはいなかった。
「私のことなんか忘れてればよかったのよ!!」
そんなことはない。
「そんなことはないよ」
俺は思ったままのことを言った。
「俺が覚えてても忘れてても、きみはどっちにしたって俺をなじっていたよ」
「はぁ!?」
「いや、きみが俺のことを好きだったことは疑わない。けどさ……きっとその恋はとっくに終わっているんだ」
だからきリリセは、俺に招待状が出せた。
だからリリセは、俺にこの挑戦ができた。
「そうじゃなかったら、きみが俺に会えたわけがない。きみは俺という過去の恋から逃げなかった。胸を張っていいよ」
「なんで……そんなことが言えるのよ……!」
「モルがきみを止めなかったからさ」
モルが顔を上げた。
「モルはね、リリセのことが本当に大好きだ。きみが傷付くようなことに、モルが協力するはずがない」
「バレてたか」
モルがちょこっと舌を出した。
「リリセが言うんです。この気持ちにケジメを付けなければ、ヒカゲくんとの結婚が誠実でないって」
「モル!! なんで言うのよ……!!」
「だからリリセに協力しました」
全部サナギくんの言うとおりです、と。
「リリセはサナギくんが覚えていてもいなくても、どっちでもよかった。ただ、サナギくんの気持ちが確かめたかっただけ。それも……もう終わった恋だととっくに気付いてた」
だってそうじゃなかったら、ヒカゲくんと結婚するなんて言い出さないですよ、と、モルは笑った。
「そうだね。俺に本気の恋をしてたら、リリセは地獄まで追ってくる」
「サナギ!!」
リリセに怒鳴られて、俺はからから笑った。リリセは振り上げた拳を握り締めて、それを徐々に下ろす。
「私……地獄まで追えるほど、本当は根性ないのよ」
それからぽつりと呟いた。
「ヒカゲのことは好き。なのに、分かるでしょ? アンタのことを試すくらい、不安なの。ずっとヒカゲを好きでいられるか」
「俺への恋が終わったから?」
「そうよ。いつかヒカゲへの気持ちも終わるかもしれない」
「あはは!」
俺は思わず笑ってしまった。
「何よ!! 私がしおらしいのが、そんなにおかしい!?」
「違う違う。そんなことを、不安に思っていることがさ」
リリセは目を瞬かせた。
「リリセ。不安に思うことはないよ。結婚なんて、ヒトの営みの一つじゃないか。気持ちが終わったっていい。きみはミゼリカ教徒じゃないから、離婚だってできる」
「結婚式で離婚の話するの、アンタくらいよ……」
今度は呆れた顔になるリリセ。おっと、それは悪かったね、と俺は咳払いを一つ。
「まあ、さ。俺が改めて言うようなことじゃないけど……ちゃんと物事はなるべくしてなるよ。なるようにしかならないとも言える。蝶になった先のことを考えて羽化する蛹なんていないだろ」
「……私が蝶と同じ?」
「不満かい?」
「いいえ。蝶は好き」
そしてリリセは、ようやく笑った。
いつまで待たせるの、とシェジミが控室の扉を激しくノックするので、俺たちは顔を見合わせた。
俺は退室する前に、ひとつ思いついた。
「もうサムシング・フォーは揃っているけど」
俺は懐から6ヴェニー銀貨を取り出した。
「俺からはこれを」
そっとリリセの靴を脱がせ、その中に入れて差し出す。
「……え? 何?」
「あれ? サムシング・フォーのマザーグースには、最後にこのフレーズがなかった?」
「知らないわ」
訝しげな顔をしていたリリセだったが、やがてはさっぱりした笑顔を見せてくれた。
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