カンテラテンカ

テ・アモは言わずとも 5

 星数えの夜会に戻ると、相変わらずパーシィは山積みの箱の前に座っていた。
「おかえりタンジェ」
「あの女は?」
 さっき帰ったよ、とパーシィは言った。
「チョコも持って帰ったけど……なんだったんだ? 彼女」
 自己紹介をしただろうに、結局パーシィのほうはまったくピンときていないらしい。
 そうか、あの女はパーシィにチョコを食わせるのは諦めたか。冷静に考えてみて、自分の身のほうが可愛かったというわけだ。
「それに、あのチョコ、タンジェは惚れ薬かと聞いていたよな」
「あ? ああ……」
 俺は生返事をした。パーシィが俺の手にある小箱に気付き「それは?」と話を変える。
「て、てめぇには関係ねえ。それより黒曜は?」
「黒曜なら……」
 パーシィが言いかけたところで、階段から黒曜が降りてきた。今日一日は部屋でのんびりしていたのだろうか。
 俺は黒曜に駆け寄り、肩を掴んで反対方向――今降りてきたばかりの階段のほう――を向かせ、背中を押して階段を上らせた。
「タンジェ? なんだ?」
「いいから!! 部屋行くぞ!!」
 階段を上りきり、無理やり俺の部屋に押し込もうとすると、黒曜はぴたりと立ち止まり、
「俺の部屋でもいいか?」
 と尋ねた。
「なんッ……いや、ま、まあいいが? 行ってやっても?」
 動揺して上から目線になってしまう。
 あくまで訓練等の目的がある以外で、黒曜に部屋に誘われたのは初めてだ。もっとも、俺は人目を避けただけで、やましい気持ちはなく……! とにかく俺は黒曜と共に彼の部屋へ入った。
「それで、どうした? 俺に何か用か?」
 黒曜が尋ねながら俺に椅子を勧める。俺は突っ立ったまま、少し悩んだが、思い切って手に持っていた包みを黒曜に差し出した。
「? 俺に?」
 黒曜は不思議そうな顔をしたが、俺が頷くと素直に受け取ってくれた。
 さっそく包みを開ける黒曜。
 中には、ピアスが入っている。
 上品な金色をしたシンプルなやつだ。高かった。これを買うのに、俺は何としても今日、仕事をこなして金を作りたかったのだ。
 惚れ薬なんざ要らないし、そもそも最初から俺の頭にはルーレアをとっ捕まえてブルースに引き渡すことしかなかった。
 ルーレアはあのあと抵抗したが、まあ……たかが占い師の女が俺に勝てる道理もなく。簡単に組み伏せて盗賊ギルドへ連行した。
 黒曜に好かれてるか好かれてないか、そんな悩みは俺が黒曜を好きなこととは関係がない。好かれてないとしたら、俺にはそれだけの魅力がないってだけだ。逆を言えば、好いてほしいなら俺が好かれるだけの男になればいい。
 そのために、というと即物的すぎるが、俺のほうはそちらが好きだ、というアピールのために、バレンタインに合わせてピアスを買った。
 何かアクセサリーを贈りたいと思ったときに、黒曜がしている飾りといえばピアスしか思いつかなかった。
 黒曜の好みはよく分からないので――恋人なのによ!――とりあえず無難に、今つけているものと似通ったデザインにした。
 さて、黒曜の反応はと言えば、
「これは……」
 驚いたように少しだけ固まっていたが、ふ、と口元が緩んで「ありがとう」と言った。
 俺はそれだけで満足した。
「よ、用はそれだけだ。じゃあな」
 満足と同時に照れが来て、急いで立ち去ろうとしたが、腕を黒曜に掴まれる。
「おわっ! な、何だよ!?」
 黒曜は俺のことを留めておいて、机の上に置いてあった包みを拾い上げ俺に差し出した。
「俺からも……受け取ってほしい」
 俺とは正反対で、黒曜は照れた様子がない。俺は黒曜の手の包みと黒曜の顔面を何度か見比べて、ようやくその包みを受け取った。
 恐る恐る開けてみると、こちらもピアスだった。
 丸くて小さな、朱色のピアス。
「タンジェリンクオーツという石だそうだ」
 黒曜が優しい声色で言った。
 俺は嬉しさと照れと困惑がないまぜになり「お、おう」とか「同じ名前だな」とか言っていたが、ふと気付いて、
「ピアスあけねえとな……」
 と呟いた。
 今までピアスを着けると考えたことすらなかったので、俺の耳には穴があいていない。さすがの俺でも、ピアスを着けるのには穴が要ることくらいは知っている。
 ふふ、と息が漏れるような微かな笑い声が聞こえたので、顔を上げると、黒曜が小さく笑っている。
「な、何だよ?」
「ふふ……着けてくれるのか、と思って」
「そりゃ、好きなヤツにもらったら着けるだろ?」
 俺が本気で困惑していると、黒曜は俺の前に立ち、突然俺の耳に触れた。驚いて固まっていると、
「俺があけてもいいか?」
「な、何を?」
「ピアス」
 よく分からないまま俺は頷いた。
「そ、そうだな、自分であけるより経験あるヤツがあけたほうが確実だしな」
「ああ。針を用意しよう」
 黒曜がそう言って準備を始めたので、俺はその背中に言った。
「ピアス……ありがとうよ。嬉しい」
 黒曜はまた笑ったようだった。

 生まれて初めてあけたピアスは、別に大して痛くはなかったが。
 痛みよりもはるかに、幸せは長く続きそうだ。

【テ・アモは言わずとも 了】
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