カンテラテンカ

神降ろしの里<前編> 1

 パーシィに、人は死んだらどうなるのかを尋ねてみたことがある。
 別にそれを聞いてどうしようと思ったわけでもない。ふと考えたことをそのまま言葉にしただけだ。
 パーシィは一瞬目を丸くしたあと、綻ぶように笑った。
「どうにもならないよ」
 まず、とパーシィは続けた。
「肉体は残るだろ。死体だ」
「ああ」
「中身のほうだけど。何かしらの力がかかると、ゴーストになることもある。ヤイ村のときのようにね」
「何かしらの力?」
「悪い力なら悪霊に。善い力なら守護霊になることもある」
「……」
「でも、だいたいは、そうはならない。そうはならなかった中身――要するに魂――がどうなるかというと、別にどうにもならない」
 黙って聞いていると、
「天国とか、転生とか。そういうものはだいたいの場合、生者への慰めだからね……あまり言うべきではないのかもしれないけど。結論から言えば、ないよ。少なくとも俺は見たことがないし、ないと思っている」
「じゃあ、宗教なんざ何のためにあるんだよ?」
 死んだあと天国に行くためじゃねえのか、と雑な知識で尋ねる。
 目を瞬かせて、パーシィはいやに優しく微笑んだ。
「宗教は、死者のためにあるんじゃない。生者のためにあるんだよ。
 幸福への感謝、理不尽への納得、不幸への慟哭、そのほかあらゆるもの……。
 宗教はそれを受け止めるための、器、みたいなものかな」
「器……」
「神は、祈りを叶えてくださる存在ではない。かといって試練を与える存在かというとそれも違う。
 タンジェ。
 神が創られたものに、不完全なものは何一つないんだよ。そう『在る』ことは、すべて完全で、肯定的で、だから俺たちは、何故そう『在る』のか、考え続けなくちゃならない。
 神は、思考を与えてくださる。思考は希望になる。希望は人を人たらしめるものだ。
 宗教は、人類を人類たらしめる根幹だよ」
 パーシィの言葉に、俺――タンジェリン・タンゴ――は、数秒間たっぷり黙ったあと、吐き捨てた。
「クソ食らえだ」
 けれどもパーシィは、笑っていた。

★・・・・

 さて、俺には想像も及ばない技術というのがこの世にはごまんとあるけれども、とびきり理解を越えているのは「召喚術」だ。
 サナギに解説を乞えば、やれ情報化した魂の抽出だの、人体の再構成だの、よく分からないことをべらべら喋るので、俺は早々に理解を諦めた。
 それでも辛うじて把握できたのはこうだ――召喚術には「ワープ」と「トランスファー」がある。ワープは同じ世界での移動、トランスファーは異世界からの移動だ。
 異世界に関しては、パーシィが「天界」から来たと言い張っているとおりさほど珍しいもんじゃない。ただ異世界は遠近や相性などで移動に難易度があり、遠い世界からこっちに実際にトランスファーを起こすことはめちゃくちゃ難しいらしい。素質も必要になるんだそうだ。
 ワープに関しては、少し前にラヒズがやってのけた人体の転移、あれだ。あれも生半可な術じゃないとサナギは言っていたっけな。
 要するに理屈も実践も非常に難しい術、それが召喚術なのだが、星数えの夜会に宿泊する人間のひとり、石竜子らけるは俺たちの知らないはるか遠い世界から召喚されたらしい。
 名前の響きからして異国の出身だろうとは思っていた。まさか異世界の出身とはな。もっとも、俺にとってそれほど関心のあることじゃないが……。

 昼食をとる俺の隣のテーブルで、
「帰れないって、それマジ?」
 らけるが青い顔をしている。相手はサナギだ。
「より正確に言うなら、帰るのはかなり難しい、かな」
「じゃ、じゃあ、確率ゼロではないんだなっ!?」
 ガタッと立ち上がるらけるだが、サナギはあまり浮かない顔をしている。
「召喚術というのは本当に複雑な術なんだよ。だからこう言われてるんだ――『召喚したものは、召喚主にしか還せない』」
「俺をこっちの世界に召喚した人じゃないと、俺を元の世界に戻せないってこと……?」
「そう。でも、きみの召喚主は……」
 サナギは口をつぐんだ。
 らけるの召喚主は死んでしまったと、らける自身から聞いている。
「でも、難しい、ってことは、無理、ではないんだよな?」
「召喚術自体は術式を使ってもできるから――魔法陣なんかを使った儀式だね――らけるが召喚された術式を解けば俺にも送還はできるかなあ、って感じ」
「なんだよ、できるんじゃん!」
「ただ50年はかかるかな」
「ズコーッ!」
 らけるが勢いよくずっこける。
「それでも無事に帰れる可能性は30%くらいだね。何せ、解いた術式が正確だとは限らないから」
「50年かかって30%!?」
 召喚術って難しいんだあ、とらけるが天を仰ぐ。
「それでもいいからやってほしい……ってのは、俺のワガママだよなあ。サナギの50年を拘束できないよ」
 そもそも50年後なんて生きているかも怪しい。冒険者は明日の命さえ保証できない身だ。らけるより先にサナギが死ぬのも充分ありえる話――いや、その場合、「次のサナギ」の準備ができてるのか? あんまり考えたくねえな……。
 特に会話には混じらず、脳内で口を挟みながら昼飯のアラビアータを口に入れると、
「召喚主なら確実に送還できたのかな?」
「そうだね。すっごく簡単に言えば、1+1=2を2-1=1にするっていう話だからね。召喚できたなら送還もできる」
「そうなのか……」
 らけるが目の前に置かれたアップルジュースにようやく手を付けた。ちまちま飲みながら、
「死んだ人に会う方法でもあればなぁ……」
 そんなもんがあるはずがない。
「まあ、俺も探すからさ」
「死んだ人に会う方法を!?」
「いやいや、短期間かつローリスクできみを元の世界に還す方法をだよ」
 サナギが首を横に振って笑う。
「死んだ人に会うなんて大それたこと……俺だって興味はあるけど。少なくとも今の技術じゃ無理だね」
「そっかぁ……」
 らけるががっくりとうなだれる。
 アラビアータは少しだけからかった。

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