神降ろしの里<前編> 4
港町セイラは、ベルベルントの目と鼻の先。馬車を使って2時間ほどでつく、ベルベルントの海の交易の要だ。とはいっても、冒険者が世話になることは特にない。セイラに届く荷物のほとんどはすぐにベルベルントに送られるから、セイラで手に入るものはベルベルントでも手に入る。わざわざセイラまで訪れるのは、観光か、海に繰り出す必要がある――ちょうど今の俺たちのように――かのどちらかってところだろう。
セイラにはサナギがらけるに紹介したという物好きなコレクターがいて、そのコレクターを訪ねた際、らけるは船の目処を付けた、とのことだった。
「あ、あれだよ! あの船!」
先頭を意気揚々と歩いていたらけるが、船着場で船を指した。横っ腹にアビゲイル号と書かれているのでずいぶん目立つ。らけるが駆け寄り、船の周囲でデカい声を出していた女に声をかけた。
「アビーさん!」
アビーと呼ばれた女は振り返り、らけるを見るや否や笑顔になってがっしとらけると肩を組んだ。
「らけるじゃないか! 予定通り来たね!」
「当たり前だろ。アビーさんの好意を無駄にするわけないじゃんか!」
らけるは俺たちに向き直り、
「アビーさん! 話したろ? 貨物船の船長さん!」
「……おう」
誰も応答しなかったので、仕方なく俺が返した。
「なんだい、辛気臭いねぇ!」
アビーと呼ばれた女は、腕を組んで、ウェーブがかった金髪を搔き上げた。
「顔がよくてもそんなんじゃあ話にならないよ。アタイのアビゲイル号に乗せてやろうってんだ、自己紹介くらいしたらどうだい!」
……そもそも女は嫌いなのに、その中でもかなり苦手なタイプだ。
「失礼した。黒曜だ。星数えの夜会から来た」
さすが、黒曜は澄ました顔で言った。
「サナギだよ。このたびは乗船許可をありがとう。素敵な船だね。アビゲイル号というのはアビーの名前が由来なのかな?」
こちらもさすがで、サナギは握手を求めながら世辞と質問まで重ねている。アビーは一転、気を良くした様子で、
「あんた、見る目があるねえ! そうさ、アビゲイル号はアタイの本名から取ってるんだ。イカしてるだろ?」
「沈むかもしれないものに自分の名前を付けるなんて……むぐ」
パーシィが余計なことを言おうとしたので、そしてそれを誰も止めようとしないので、仕方なく俺が口を塞いだ。
「船に女性の名前を付けるのが流行ってるみたいだね」
パーシィの言葉を揉み消すようにサナギが続けると、アビーは景気よく笑った。
「まあ、願掛けみたいなものさね。船乗りは男が多いだろう? 愛しい相手の名前をつけりゃ、士気が上がるからねえ」
もっとも、とアビーは続けた。
「アタイがこの船にアビゲイルと付けたのは、野郎共が手を抜かないようにさ! アビゲイルの名の船を沈めたとあっちゃ、アタイに怒鳴られるだろう?」
そして大笑いする。なんというか……最大限配慮して、ポジティブな言い方をするならば、豪気な女だ。
「ほら、ほかの男共もあいさつしな!」
忘れてた。
「タンジェリンだ」
「パーシィだよ。こちらはアノニム」
「……緑玉」
「そうそう、最初からそうすればいいのさ」
アビーは全員にまとめてよろしく、と言ったあと、
「さて、太平倭国だったね。長旅になるよ」
早々に話を本題へと切り替えた。
「野郎共が荷物を積んでるから、少し待ってな」
「おや? 積荷の上げ下ろしが乗船の条件では?」
積荷の上げ下ろしに一番役に立たないサナギが首を傾げると、アビーはまた笑った。
「行きだけはサービスだよ! 慣れない船旅、疲れて乗船したら下手すりゃ死ぬからね。万全な状態で乗り込んでもらうのさ」
「それは海賊や妖魔との戦いに備えて?」
「分かってるじゃないか。もっとも……」
アビーや口端を上げて、少し意地悪そうな顔になった。
「あんたたち陸の民にとって、一番の敵は船酔いだと思うけどね」
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