強者と弱者、あるいは摂理への反証 1
見世物小屋ではちからがすべて。
奴隷剣闘士が得物を合わせる。弱いほうが負ける。負けたら死ぬ。
死んだら終わりだ、と男は言った。その男は次の試合で負けて死んで、その言葉を自ら証明した。
俺――アノニム――の怪我を庇って、代理で試合に出た女もいた。あの女はなんて名前だったか、――そんなことは覚えていない。その女も死んだ。弱いから。俺は結局試合に出るはめになったし、俺は勝ったから生きた。
俺は幼い頃から知っていた。弱ければ死ぬ。それが当然の摂理だと。
見世物小屋が潰れてさまよい、ベルベルントへ流れ着いたときの俺は、ゴミ漁りをして生活をしていた。それでたまたま星数えの夜会のゴミを漁っていたところを、他の奴らが言うところの「親父さん」と「娘さん」に拾われた。
夜会は当時から冒険者宿で、豪放な冒険者たちに俺はアノニムと名付けられた。それから俺は夜会で生活をするようになったが、あのときの冒険者たちはもう誰もいない。弱かったんだろう。
夜会に拾われる前は、拾われてからも、花通りをうろつくことがあった。この花通り――娼館の並ぶ通り――は、治安維持だかなんだかのためにベルベルントが設置している公的なもので、――ごちゃごちゃめんどくせえな。つまり、"ちゃんとした"娼館だってことだ。
ちゃんとした娼館だから、働く奴らもちゃんとしている。俺はたまに菓子なんぞをわけてもらった。その代わりに娼館で暴れる男客をぶちのめした。
弱いやつは死ぬ。殺そうとしたら「そこまではしなくていい」と言われた。男客はたいてい逃げるか、大人たちに連れて行かれる。
ある日のことだ。
「エリゼリカよ」
と、娼館の主アルベーヌが紹介したのは、小さな女だった。俺と同い年くらいだとアルベーヌは言う。その時点で俺の年齢は不明確だったが、アルベーヌがそう言うならそうなのだろうと俺は納得した。
アルベーヌは俺のほうもエリゼリカへと紹介した。俺は別に花通りの関係者じゃなかったが、エリゼリカはまっすぐに俺を見て、スカートの裾を持ち上げて少し膝を折ってみせた。俺にはその所作の意味は分からなかったが、何故かアルベーヌが涙ぐんだので覚えている。
アルベーヌと他の娼婦たちの話を聞いていれば、エリゼリカのだいたいの境遇は理解できる。元は貴族の娘であること。両親がナントカっていう身内に騙されて借金をし、それを苦に自殺をしたこと。それで残されたエリゼリカが娼館に売り飛ばされてきたこと。……。
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