カンテラテンカ

神降ろしの里<前編> 6

 航海は順調だったのだが、8日目ともなるとトラブルなしというわけにもいかない。今日はいやに霧が出ていた。
 タンジェたちは大人しく船室で過ごしている。悪天候時に甲板になんか出ていられるわけもない。ましてやタンジェたちは海に関しては素人なのだ。
 とはいえ、二週間の余暇を潰せるような娯楽はほとんどない。サナギは文庫本を一冊だけ持ち込んでいたが、早々に読み終わったららしい。らけるとの会話を小耳に挟んだが、この文庫本も繰り返し読み返しているもので初見ではなく、何度読んでも面白いから今回持ってきた、ということらしかった。
 当然、読書なんか趣味ではないから、タンジェは道具がなくてもできる筋トレをしている。腕立て伏せをするタンジェを面白がって、その背にサナギやららけるやらが代わる代わる乗るなどしていた。負荷が程よく、タンジェとしては悪い気はしない。
 緑玉をはじめとした黒曜やアノニムといった獣人組はいつにもましてやけに無口で、船室に設けられた円い窓から外をぼんやりと眺めたり、居眠りをしたりしている。
 汗だくになった身体を軽く拭いていると、廊下がにわかに騒がしくなった。アノニムが面倒そうに瞼を上げる。
「アビー姐さん!」
「分かってるよ! 冒険者どもを呼んできな!」
 扉越しでも聞こえるその言葉に、一同は顔を見合わせた。
「冒険者さん!」
 すぐさま船室の入口が開いて、水夫の一人が飛び込んでくる。肩で息をしたその男は、タンジェたちを見回して、真っ青な顔でこう言った。
「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊船でさァ!!」

 手早く装備を整えた黒曜一行――少し悩んだが、ダウンしてる緑玉はそっとしておくことにした――は、急いで甲板に向かった。
 ミルク色の霧は濃く、手を伸ばせば指先が見えないほどだ。それでもタンジェたちは互いを見失わないようになるべく寄り合いながら船首へと近づいた。
 先に霧の向こうを眺めていたアビーが振り返り、「来たね」と言った。それから、霧の向こうを指差す。
 大気の動きでゆっくりと霧が回る。うねるように、ちぎれるように霧が少し晴れたその合間に、確かに、ひどく汚れた船が鎮座していた。
「幽霊船だ……」
 らけるが言った。タンジェはぎょっとしてらけるを見た――いや、てめぇはなんで来てるんだよ。タンジェがらけるに船室に戻れと言い含める前に、
「いや、アンデッドの気配はしない」
 まっすぐ船を見つめたパーシィが告げる。
「たぶん、単なる漂流船じゃないか?」
「こんなに幽霊船の雰囲気なのに!?」
 パーシィが言うなら、アンデッドはいないだろう。パーシィの人となりについてはともかく、元天使とやらのレーダーとでも言うべきか、アンデッドの探知能力は信用していいはずだ。もっとも、ラヒズの正体はギリギリまで見抜けてはいないのだが、あれは向こうの正体を隠す能力が上回った、ということなのだろう。違和感自体は覚えていたようだし。
 ともあれ、タンジェは、
「霧が出てるときに、たまたまボロい船を見つけたってだけの話だろうが」
 まあそうなんだけどね、とアビーは腕組みして言った。
「野郎どもがビビっちまってね。悪いけど、少し中を見てきてくれないか。本当に漂流船なら、中に生き残りがいるかもしれないしね」
 これは乗船の対価の一つだ、断る理由はない。
 アビゲイル号をギリギリまで漂流船に近付けてもらい、黒曜一行は板を渡して漂流船へと乗り移る。らけるにはアビゲイル号に残るように言う。さすがのらけるも青い顔で頷いた。
 漂流船は、アビゲイル号より一回り小さいくらいの船だ。タンジェはほかのみんなを船室前のデッキで待機させて、盗賊役として、先に船室の様子を探った。扉は半壊していて、鍵はかかっていない。慎重に開ける。
 タンジェの目に入ってきたのは、まず、鍋だった。簡易キッチンが取り付けられた船室だ。火が焚かれている。目に入った寸胴の鍋は湯気を立てていて、何かが煮えているのが分かった。まな板には、びちびちと跳ねる魚が載せられていて、包丁まで準備があった。
「……?」
 ――誰か、いるのか?
 困惑はしたが、室内に踏み入り、アンデッドらしい妖魔がいないことを確認する。ついでにキッチン内に人間がいないことも分かった。
「どうだ?」
 黒曜の小さな声が甲板から聞こえてきた。
「誰もいねえな」
 キッチンから顔を出して返事をする。
「だが、なんか変だ。火が焚かれてるし、料理をしていたみたいな形跡がある」
「もしかして隠れているのか?」
 パーシィが不思議そうな顔をした。キッチンには入っていないとはいえ、かなり近くにいるパーシィが不浄の霊的な存在を感知していないのなら、まずもってゴーストの類はいないだろう。
「いや、人の気配はねえ。……気味が悪いぜ」
 タンジェは感じたことをそのまま言った。
 とりあえず安全とみた黒曜たちがキッチンに入り、ともに探索を進めることにする。
「煮えてるのは……」
 サナギが寸胴鍋を覗き込む。
「お湯……かな? 具材らしきものは入ってないね」
 湯気で見づらいが、確かに単に湯を沸かしているだけに見える。大きな寸胴鍋を使ってこんだけの湯を沸かすなら、それなりの量の料理を作ろうとしているということだ。そんなにたくさん人がいる、のだろうか?
「魚も獲れたてだな。生きているし」
 びちびちと跳ねる魚をパーシィがマジマジと見つめている。
「だが、人の気配はしない……」
 黒曜の言うとおりである。少なくともキッチンには誰もいない。タンジェはいったんキッチンを出てデッキに戻り、別の通路から少ない船室を見て回った。だが、やはり人らしい気配はなく、キッチン以外に生活の痕跡も見られなかった。
「誰もいねえ」
 キッチンに戻り報告すると、黒曜は少し考え込んだようだった。パーシィが、
「不審な船だが、やはり幽霊船ではなさそうだ。アビーには放置して進むように言うかい?」
 その言葉に、黒曜が口を開こうとしたときだった。
「あ……!!」
 突然サナギが大きな声を出した。
 一同はサナギが見つめているほうを反射的に見て、それからすぐに、サナギの発声の原因を理解した。

 キッチンの円窓から、巨大な目が、こちらを見ていた。

 認識し、理解して、一瞬。一同はキッチンから出ようとしたが、間に合わない。
 丸太のような太さの、うねる白い触手が入口から伸び出てくる。それに一抱えほどもある丸い吸盤がついているのを見れば、白いものの正体は明白だ。
「クラーケンだ!!」
 窓からこちらを覗いていた巨大な瞳、その持ち主は化け物のような巨大イカだ。クラーケンといえばタコであることが多いが、触手の色を見ればイカ寄りなのは明白である。
 伸ばされた触手がキッチン内でびちびちと跳ね回り、タンジェたちを掻き出すような仕草をする。まるでビンの底に残ったジャムを掻くスプーンのように。あんなものを叩きつけられたら身体がひしゃげてしまう。
「……狭すぎる!」
 キッチンはかなり狭い。回避に限界がある。キッチン内で暴れられると、保たない。キッチンそのものも、タンジェたちもだ。
 タンジェとアノニムが同時に同じことを考え、タンジェは斧を、アノニムは棍棒を振りかぶり、触手に叩き付けた。――弾力。
「っち……!」
 揺れる船上では踏ん張りが効かず、力を込めづらかったため、攻撃の勢いが足りなかったのだろう。あまりダメージにはなっていないらしい。
 もう一発、と斧を振りかざしたとき、キッチンの隅にいたサナギが叫んだ。
「火! 火を当てて!」
 それには黒曜が素早く対応した。キッチンで焚かれていた火から一本、素早く薪を抜き取ると、点火したままのそれを触手に押し当てた。
 ジュウ、と焼ける音がして煙が立つ。イカが焼ける匂いも立つ。間髪入れずパーシィが叫んだ。
「すごくいい匂いがする!」
「言ってる場合かよ!」
 触手はのたうって、ちかちかと発光した。突然、煮えていた鍋がひとりでに持ち上がり、タンジェたちに向かってぶちまけられる。狭すぎる船内ではあるが、かろうじて熱湯の直撃は避けた。それでも肌を露出した部分に飛沫がかかり痛みが広がる。
「なんだ、今のは!?」
「テレキネシス……か!?」
 サナギが震える声で言った。
「この海域のクラーケンがそんな特殊能力を持っているなんて!?」
 触手はキッチンから勢いよく引っ込んでいった。その隙にタンジェたちは甲板に出る。荒れ狂う波の上で、クラーケンが怒ったように触手を踊らせている。サナギが、
「信じられない……! この船はデコイだ! このクラーケン、テレキネシスを使ってあたかも誰かがいるような不審なキッチンを作り、そこに俺たちを誘き寄せたんだよ!」
「そんなのアリかよ……!?」
 サナギの言葉を肯定するでも否定するでもなく、クラーケンは触手を船に絡ませた。木造の船がミシミシと音を立てる。
「ちっ……! やるしかねえか!」
 タンジェは斧を構え直した。アビゲイル号に危険が及ぶ前に、こいつを倒すしかない。

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神降ろしの里<前編> 5

 タンジェは船に乗ったことはない。故郷ペケニヨ村近くの川や池でボートに乗ったことくらいはあるが、こんな大きな船は見るのすら初めてだった。
「こんなデカいもんが水に浮くのか」
 船に乗り込みながら呟くと、サナギが「浮力があるからね」と答えた。
「ものには密度というものがあって、水に沈むかどうかはそれが密接に関係している。木は密度が水よりも小さいから、沈む力よりも浮き上がろうとする力のほうが強いんだよ」
 経験として、木が浮くこと自体はなんとなく知っていた。説明されてもいまいちピンとこないが、タンジェは「なるほどな」と返事をした。
 もっとも、とサナギは続ける。
「浮かぶ理屈があったって、事故があれば船は沈む。俺たちも船上のことを手伝いながら、救命用の浮き輪なんかの位置を確認した方がいいね」
「冒険者ってのは意外と慎重派だねえ」
 指示ついでに、たまたま近くを通りかかったアビーがこちらの話に口を挟んだ。
「きちんとアタイから緊急時の手順をレクチャーするさ。何かが起きてから教えるんじゃ遅いからね!」
 と、胸を叩くので、その言葉には甘えることにする。出航の準備が整うまでの時間に、アビーから緊急時の対応について叩き込まれた。
 誰がどの対応をすることになってもおかしくはない。冒険者であるタンジェたちにとって、緊急時の心構えをするなんてのは慣れたものだ。今回は慣れない船上であるため普段よりさらに緊張感があったが、それに輪をかけて、らけるはずっと緊張した面持ちだった。

 やがて、にわかに船上が騒がしくなり、出航が近づく。

 タンジェたちは船着き場からアビゲイル号が離れていくのをデッキで見届けた。
 太平倭国への航路は実に14日におよぶ。二週間も海の上、というのは変な感じだ。
 タンジェたちは寝泊まりするのにあてがわれた船室へと引っ込んだ。
 アビゲイル号は客船ではなく貨物船であるため、船室には限りがある。男を7人も追加で乗せるのだから、十中八九、用意されたのは貨物室だろう、と思っていたが、予想に反してきちんと船室を貸し与えてくれた。感謝するべきだろう。
 船室はアビゲイル号の中央近くにあり、サナギによれば「船は中央がもっとも揺れない」らしい。
 それでも陸よりはるかに揺れた。最初は船内の廊下を歩くにもよろける始末で、壁に手をつかなければまっすぐ歩けもしなかったが、慣れてくればなんてことはない、ちょっと足場が悪いだけの床の上だ。
 一同、ほとんどのメンバーが、時期の差こそあれ船旅に適応したが、航海が3日を過ぎても緑玉は気分が優れないようだった。顔色が悪い緑玉はほとんど常に備え付けのベッドに横になっていて、サナギが甲斐甲斐しく世話を焼いてやっていた。サナギは「緑玉のことは俺に任せて、自由に過ごしなね」と言っていたし、船室に籠っていても特にすることはないから、タンジェはデッキに出ることにする。
 すれ違いざまに数人の水夫が元気よくあいさつをしてくるのに、タンジェも短く返事をする。馴れ馴れしいのは嫌いなのだが、水夫たちは冒険者たちに不要な干渉もせず爽やかで、タンジェとしては好印象であった。アビーも船上の仕事で忙しいらしく、わざわざ冒険者たちに構うこともない。仕事人だということが分かり、彼女に対しても初対面ほどの苦手意識はなくなっていた。

 今日は天気がいい。デッキではらけるが海鳥を眺めていて、タンジェに気付くとぶんぶんと手を振った。無視することもできず、仕方なく隣に立って海を眺める。
「サナギと緑玉、仲良いんだね」
 らけるが急にそんなことを言った。
 エスパルタで、緑玉が朝遅いサナギに朝食を残してやって、サナギがそれに礼を言ったことがあった。その折にも思ったのだが、緑玉が特別、サナギのことを考えて配慮しているとか、そういうことを感じたことはない。今回も、サナギが緑玉に特別な思い入れがあって看病に名乗りを上げたという印象はなかった。だが……、初めて行動を共にするらけるまでこう言い出すということは、単にタンジェが彼らの『特別』に気付いていないだけの可能性が出てきた。
 タンジェは少し苦い、難しい顔をした。らけるが「なんだよその顔ー!」と笑う。
「パーティってみんな仲良くていいよな」
 ひとしきり笑ったあとのらけるがそんなことを言う。
「あ? なんだよそれ」
「友達以上、家族未満って感じ?」
「全員が全員、仲良いってわけじゃねえ。仲が良いからパーティを組んでるってわけでもねえしな。俺たちは……パーティ組もうってときに、たまたまそこにいた6人で組んだってだけだ」
 そうじゃなかったら、戦士役志望がかち合って決闘なんて羽目にはなっていない。
 タンジェは未だにアノニムのことは小憎たらしいし、緑玉のことは何も分からないし、パーシィを奇人変人の類だと思っている。
 らけるが首を傾げた。
「でも、一緒に寝泊まりしたりできるってことはさあ、嫌いあってはいないってことだろ? 仲良くないのに一緒に生活するなんてきついし、無理だし」
「寝泊まりするのに好きも嫌いもあるかよ。必要なのは、⁠後ろから刺さねえっていう信頼だろ」
 らけるは目をぱちぱちと瞬かせたあと、はぁーと感嘆の息を漏らして、
「なるほどなあ」
 と何度か首肯した。
「な、なんだよ」
 急に恥ずかしくなってきたタンジェは、らけるを横目で睨む。らけるが「タンジェ、何赤くなってんの!」とからかうので、ますます睨む目に力を込めた。
 話変わるけどさ、とらけるはまるで気にしていない様子で言った。それで睥睨の行き場を失う。
「翠玉さんって美人じゃね?」
 本当に宣言通り話が変わったので、タンジェは一瞬、らけるが何を言ってるのか分からなかった。翠玉? 緑玉の双子の姉だ。翠玉とはほとんど会話をしたこともないので、タンジェは彼女のことを緑玉以上によく知らなかった。
 タンジェはひとの美醜に頓着はないが、客観的に見て、まあ、確かに顔は整っているだろう。双子の弟の緑玉が美形であるからして、姉の翠玉も同様に秀麗でも別におかしくはない。
「それがどうした?」
「翠玉さん優しいしスタイルもいいし素敵だよな!」
「だから、それがどうした?」
 らけるは海の向こうを眺めてぽつんと言った。
「翠玉さん彼氏いるのかな……」
 ここまでくれば、さすがに鈍いタンジェでも分かった。らけるは翠玉に惚れているらしい。
「いや、てめぇは元の世界に帰る気なんだろ?」
「そうなんだよ! うわー、やっぱ告白してくればよかった!」
 らけるは頭を抱えた。頭を抱えたいのはタンジェのほうである。
「……あのな。この世界から消えるかもしれねえやつに告白されても困るだろうが、よく考えろ」
「そうかな……? どうせ脈無しだし言ってきたほうが未練なくてよくね……?」
「てめぇの都合で他人を振り回すなよ」
「翠玉さん、黒曜と付き合ってんのかな?」
「?」
 タンジェの思考が停止した。
「……?」
 らけるの顔を凝視するタンジェに、気付いているのかいないのか、
「いつも一緒にいるじゃん? 緑玉は弟だから分かるけどさ、黒曜と翠玉さん、よく食事してるし」
「あ、ああ……?」
 確かに黒曜、緑玉、翠玉は三人でよく食事や歓談をしている。それは故郷が同じで、特別な信頼関係があり、お互いがお互いの身を案じているからだ。黒曜の過去を見てきたタンジェなら分かる。そうでなくとも、名前の雰囲気、獣人であること、衣服や装飾から、同郷であることくらいは察して然るべきだろう。い、いや、同郷であることを理解したうえで、そこからさらに踏み込んで、"同郷なら恋仲もありえる"、という思考の発展をしたのだろうか?
 いやしかし、そう……なるか!? そういう思考になるものなのか!? 普通!?
 そもそもそこが付き合ってたら緑玉は何なんだよ、そこ三人でいたら気まずすぎるだろうが。
 というか、まず前提として黒曜と付き合ってるのは俺なんだよ!
 ――タンジェの脳裏に言いたいことがごちゃごちゃと頭を回るが、いったん全部飲み込んだ。
 特に最後! らけるに言ったらめんどくさいことになりそうだ。絶対に言う気はない。ついでに言えば、パーティメンバーにも言っていない。隠しているというわけではないが、わざわざ言うことでもないだろうと思っている。
 ともあれ、黒曜と翠玉が付き合っているのではという盛大な勘違いは正しておいてやったほうがいいだろう。黒曜と翠玉のためにも。
「……そこの二人は兄妹みてえなもんだ。恋人ってことはねえ」
「そうなんだ!? タンジェ、夜会の人間関係詳しいの?」
「詳しくはねえが……てめぇよりは知ってる。もっと知りたいなら、娘さんあたりが把握してんじゃねえか」
 それも、てめぇが元の世界に帰りゃ関係ねえことだがな、と俺は付け加えた。
「そうだよなあ」
 らけるは気のない返事をして、また手すりに寄りかかって海の向こうを見た。
 海鳥が鳴いている。

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神降ろしの里<前編> 4

 港町セイラはベルベルントの目と鼻の先にある。しっかり整備された快適な街道を、馬車で40分ほど。
 諸外国から海を渡ってやってきた輸入品はまずセイラに着き、行商隊によってベルベルントに運ばれる。ベルベルントにとって、海の交易の窓とでも言えよう。
 ――とはいっても、冒険者が世話になることは特にない。セイラに届く荷物のほとんどはすぐにベルベルントに送られるから、セイラで手に入るものはベルベルントでも手に入る。わざわざセイラまで訪れるのは、観光か、海に繰り出す必要がある――ちょうど今のタンジェたちのように――かのどちらかだ。
 セイラにはサナギがらけるに紹介したという物好きなコレクターがいて、そのコレクターを訪ねた際、らけるは船の目処を付けた、とのことだった。
「あ、あれだよ! あの船!」
 先頭を意気揚々と歩いていたらけるが、船着場で船を指した。横っ腹にアビゲイル号と書かれているのでずいぶん目立つ。らけるが駆け寄り、船の周囲でデカい声を出していた女に声をかけた。
「アビーさん!」
 アビーと呼ばれた女は振り返り、らけるを見るや否や笑顔になってがっしとらけると肩を組んだ。
「らけるじゃないか! 予定通り来たね!」
「当たり前だろ。アビーさんの好意を無駄にするわけないじゃんか!」
 らけるはタンジェたちに向き直り、
「アビーさん! 話したろ? 貨物船の船長さん!」
「……おう」
 誰も応答しなかったので、仕方なくタンジェが返した。
「なんだい、辛気臭いねぇ!」
 アビーと呼ばれた女は、腕を組んで、ウェーブがかった金髪を搔き上げた。タンジェはそもそも女嫌いである。馴れ馴れしく強引で騒がしい女というのは、その中でもかなり苦手なタイプだった。
「顔がよくてもそんなんじゃあ話にならないよ。アタイのアビゲイル号に乗せてやろうってんだ、自己紹介くらいしたらどうだい!」
「失礼した。黒曜だ。星数えの夜会から来た」
 黒曜は澄ました顔で言った。さすがである。
「サナギだよ。このたびは乗船許可をありがとう。素敵な船だね。アビゲイル号というのはアビーの名前が由来なのかな?」
 こちらもさすがで、サナギは握手を求めながら世辞と質問まで重ねている。アビーは一転、気を良くした様子で、
「あんた、見る目があるねえ! そうさ、アビゲイル号はアタイの本名から取ってるんだ。イカしてるだろ?」
「沈むかもしれないものに自分の名前を付けるなんて……むぐ」
 パーシィが余計なことを言おうとしたので、そしてそれを誰も止めようとしないので、またも仕方なく、タンジェが口を塞いだ。
「船に女性の名前を付けるのが流行ってるみたいだね」
 パーシィの言葉を揉み消すようにサナギが続けると、アビーは景気よく笑った。
「まあ、願掛けみたいなものさね。船乗りは男が多いだろう? 愛しい相手の名前をつけりゃ、士気が上がるからねえ」
 もっとも、とアビーは続けた。
「アタイがこの船にアビゲイルと付けたのは、野郎共が手を抜かないようにさ! アビゲイルの名の船を沈めたとあっちゃ、アタイに怒鳴られるだろう?」
 そして、突っ立っていたタンジェたちに目を向けた。
「ほら、ほかの男共も名乗りな!」
「タンジェリンだ」
「パーシィだよ。こちらはアノニム」
「……緑玉」
「うーん。まだ辛気臭いけど、まあ及第点さね」
 アビーは全員にまとめてよろしく、と言ったあと、
「さて、太平倭国だったね。長旅になるよ」
 早々に話を本題へと切り替えた。
「野郎共が荷物を積んでるから、少し待ってな」
「おや? 積荷の上げ下ろしが乗船の条件では?」
 積荷の上げ下ろしに一番役に立たないサナギが首を傾げると、アビーは笑った。
「行きだけはサービスだよ! 慣れない船旅、疲れて乗船したら下手すりゃ死ぬからね。万全な状態で乗り込んでもらうのさ」
「それは海賊や妖魔との戦いに備えて?」
「分かってるじゃないか。もっとも……」
 アビーや口端を上げて、少し意地悪そうな顔になった。
「あんたたち陸の民にとって、一番の敵は船酔いだと思うけどね」

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神降ろしの里<前編> 3

 数日後のことだ。
「依頼だ」と声をかけられて、久々の仕事に勇んで食堂に降りると、黒曜たちのいるテーブルにらけるが笑顔で座っていた。
「……どうやって金を捻出したんだよ?」
 先日のやりとりが記憶に新しい。らけるは、
「持ってた円を売った!」
 と、意気揚々と話した。
「エンなんて聞いたこともねえ金を換金する場所があったのか?」
「換金っていうか……、そういうよく分かんないもの集めてるコレクターに売ったんだ!」
 なるほど、とタンジェは思った。そう来たか。
「サナギがコレクターとのコネを持っててさ。相談したら取り次いでくれたんだよ」
「そうかよ。金ができて、やることが俺たちへの依頼とはな。本気で死人に会えるなんて信じてんのか?」
「可能性があるなら確かめないとさ!」
「……まあ、金もあって、依頼だってんなら、文句はねえよ」
 タンジェはあいていた椅子に座る。
 全員が揃ったところで、依頼人のらけるから話を聞くことになった。
「依頼の内容は、太平倭国のヨミマイリに参加するまでの俺の護衛!」
 意気揚々と話すらけるに、簡単にメモを取っていたサナギが顔を上げる。
「ヨミマイリっていうのは、あれだね。太平倭国の、死人が還ってくると言われている時期にあるお祭り」
「なんだよ、サナギ、知ってるんじゃん!」
「それで亡くなった召喚主に会おうというわけか。うーん……」
 サナギにとって、らけるがどういう意図で死人に会いたいのかは明確だ。サナギは決して笑い飛ばしはしなかったし、面と向かって否定もしなかったが、そう言ったきり難しい顔をして黙り込んだ。
「行きの護衛はいいけど、帰りはどうするんだ?」
 入れ替わるようにパーシィが尋ねる。らけるが「帰り?」と首を傾げるので、パーシィは、
「太平倭国からこっち、星数えの夜会への帰路だよ」
「でも、召喚主に会えたら、そのままニッポンに帰るしなあ」
 らけるの言葉に、パーシィはぱちぱちと目を瞬かせたあと、
「召喚主は死んでいるんだろう?」
 確認するように言ってから、断言した。
「だったら会えることはないよ」
「いや、だから、それに会えるってのがヨミマイリなわけで」
「ははは、異世界の人は騙されやすいんだな。妄信と言ってもいい」
 言外に、パーシィがらけるを嘲笑したのが分かった。パーシィにその意図がないにせよ、今のはらけるに失礼だと感じたので――いくららけるが確かに馬鹿馬鹿しいことを言っているとしても――タンジェは口に出して注意した。
「てめぇだって聖ミゼリカ教の妄信者だろうが。他人ばっかりつつくもんじゃねえぜ」
「俺が妄信者か。とんだ勘違いをされたものだなぁ」
 心外だ、という顔はしたものの、さりとてパーシィは怒ったふうでもなく、こう言い直した。
「会えなかった場合を考えて、帰路のことを決めておく必要はあると思うよ」
「言葉、選べんじゃねえか」
 褒めたわけではないのだが、パーシィはニコリと笑った。
「それはそうだろう。俺は説法はしないが、正しい言葉を使うのは聖職者として当然だよ」
 タンジェはパーシィの顔をまじまじと見た。――こいつは自分の発言が常に『正しい言葉』でなされていると思っているのか。驚きである。
 ともあれ、らけるは、
「そっか、そうだな……」
 それならばと納得した。故郷にすぐにでも帰りたい気持ちは分かるが、タンジェから見ればらけるも少し焦りすぎだ。
「じゃあ、もし召喚主に会えなかったら帰りもよろしく!」
「往復の護衛か……」
 黒曜が腕組みをする。その様子に不安になったのか、らけるが、
「金、足りるか?」
 少し小声になって尋ねた。
「護衛料としては足りている。だが太平倭国は海の向こうだ。船代が問題だな」
「あ、それなら大丈夫!」
 急に元気を取り戻したらけるが、勢いよく身を乗り出した。
「ベルベルントの近くに港町があるだろ? セイラだっけ。あそこの船着場で、太平倭国まで乗せてくれるって船を見つけたんだよ!」
「詳しく聞かせてくれ」
「うん。アビーって名前の女の人が船長の船で、貨物船らしいんだけど、太平倭国に荷物を届ける用事があるんだって! 積荷の上げ下ろしとか手伝うならついでに乗せてくれるってさ!」
「条件よすぎない?」
 緑玉が小声で黒曜に囁いたのが聞こえた。黒曜は腕を組んだまま黙っていたが、やけに大人しくメモを取っていたサナギが口を挟む。
「太平倭国への海域は、海棲妖魔や海賊が出るからね。用心棒も兼ねてってことじゃないのかな」
 なるほど、タンジェとしては、それなら納得だ。
「海上での戦闘となると少し不安は残るが……」
 黒曜は常にパーティメンバーの実力に配慮し、依頼を決めている。海へ出る依頼は初めてだから不安に思うのも分かる。だが最終的には頷いた。
「受けよう」
 顔を輝かせたらけるが、黒曜の両手をとって、ぶんぶんと上下に振った。
「ありがとう!」
 その笑顔を眺めて、脳天気なヤツ、と思う。礼を言うのは、依頼が完遂したときだろう。


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神降ろしの里<前編> 2

 自室での筋トレに一区切りをつけたタンジェは、水分を摂ろうと部屋を出た。階下の食堂に向かう途中、
「それ、マジかっ!」
 らけるのデカい声が階段のほうから聞こえた。
 夜会の二階には談話室があるので、誰かと会話をするならそこを使えばいい。だからたぶん――独り言だろう、と、タンジェは思った。
 今回に限らず、らけるはたまにやけに明瞭な独り言を言っていることがあって、らける本人はそれを『自分の中にいる、もう一人との会話』なのだと説明していた。それが嘘でも本当でもタンジェにはあまり関心がないことなのだが、らけるの発言はシンプルに異常者のそれだとも思っている。
 ただ、サナギの分析によれば、「召喚の際にたまたまその場にいた『何か』と、情報化・再構築されたらけるの肉体がくっついてしまったんだろう」とのことで、らけるとくっついてしまった『もう一人』が彼の中に実際にいることは、らけるの妄言ではないらしい。
 だからタンジェの思ったことは、正確には、独り言だろう、ではなく、らけるが『中にいるもう一人』と会話をしているのだろう、ということだ。
 他人のパーソナリティにわざわざ苦言を呈する趣味はないので、らけるがどこで誰と会話をしてようが勝手なのだが、階段でデカい声で話しているのは耳につく。階段はほかの一般の宿泊者との共有部分でもあるので、タンジェは一言注意しようと階段を下りた。
 が、階段を下りてみれば、踊り場でらけると女が立ち話をしているのが目に入った。
 もちろん、女は実在する人間で、彼女の名は『言祝ほとと』といった。らけるの少し前くらいに星数えの夜会に来た人物だと記憶している。ただ、タンジェにとっては、発音しにくい名前の女、という印象しかない。
 二人に接点を見出すことは難しい。だが、タンジェはふと、『石竜子らける』『言祝ほとと』の名前が、どちらもベルベルント近辺では見ないそれで、なんとなく雰囲気が似ていることに思い至った。――同郷、か?
 いや、らけるは異世界から召喚されたのだ。ほとともそうだ、という話は聞かない。
 だからといってらけるとほととの会話に興味があったわけではないのだが、
「嘘ではないのですが、実際に『そう』であると決まったわけでは……」
 声量がごく普通なので、通りがかりで聞こえてしまう。聞こえた会話は途中からで、内容は何のことか分からなかったが、ほととは困ったような顔をしていた。
「いいよいいよ、可能性があるなら!」
 と、明るい調子のらけるが応答する。
 タンジェとしては、会話に割り込みたいわけでも、会話をやめさせたいわけでもないが、一応、声量と、階段の踊り場を占領していることを注意しようと声をかけた。
「おい」
 らけるとほととが振り向き、タンジェを見る。ほととのほうはそれだけで何が言いたいかを悟ったらしく、
「すみません。すぐどきますね」
 と、申し訳なさそうな控えめな笑顔になった。らけるにもあいさつをして、ほととは食堂のほうへ降りていった。結果として会話をやめさせる形になってしまったが、重要な話自体はもう済んでいたらしく、らけるがそれを咎めることはなかった。それどころからけるは顔を輝かせてタンジェに向き直り、
「タンジェ! 聞いたか!?」
「何も聞いてねえ。じゃあな」
 らけるの横を通り抜けて階段を降りようとすると、らけるは素早くタンジェの進行方向に回って、
「あるらしいんだよ! 東のほうに!」
「……」
 正直、鬱陶しい。ただ、聞いてやらないと付き纏われそうなので、仕方なく話を聞いてやることにした。
「何が」
「『死者に会う方法』だよ!」
「そうか、よかったな」
 もちろん、信じてはいない。口だけで相槌を打ってその場を立ち去ろうとすると、らけるはタンジェの肩を掴んだ。
「待てよぉ、話聞いてくれって」
「何なんだよ」
 イライラとらけるの手を振り払う。らけるは別に堪えた様子もなく、
「タメなんだから仲良くしようぜー!」
 むしろ肩を組んできた。
 最初に出会ったとき、年齢を聞かれて特に疑問にも思わず答えたのが失敗だった。らけるとタンジェは同い年で、以降、らけるはタンジェにやたら馴れ馴れしい。
「な! 俺の召喚主、死んだって話したろ? で、召喚主じゃないと俺をニッポンに戻せないらしいんだけど、死んでるからどうにもならないと思っててさ」
 さっき昼飯の場で耳に入ってきた話だ。
「でも、死んだ人間に会える祭りがあるらしいんだよ!」
「はあ? ……祭り?」
 タンジェは思いきり眉を寄せた。
「そんなもんあったらサナギが知ってるだろうが」
「世界は広いんだから、サナギが知らない未知の祭りだってあるんだよ!」
 と、世界の広さなんか知らないだろうらけるは訳知り顔で言って、
「ほととが教えてくれたんだ。東の……大平倭国っていう国に、数日だけ死人が戻ってくる期間があるって! お盆みたいなもんかな?」
「オボン?」
「俺のいた国でも似たような期間があってさ。死んだ人がキュウリとかナスに乗って帰ってくるんだよ」
 何を言っているのか分からなかったが、理解した部分だけ嚙み砕き、タンジェは、
「てめぇの故郷の世界は、死人と会えんのか」
「いや、会えはしないんだけど……なんか、そういうことになってる期間というか」
「わけが分からねえよ」
 タンジェは早々に話を切り上げて、肩に組まれたらけるの腕をまた振り払って階段を降りた。らけるは懲りずについてきて、しゃべり続けている。
「とにかくさ、大平倭国って国である期間だけ行われる祭り、ヨミマイリっていうらしいんだけど、それで死人に会えるらしい!」
「……あのな」
 呆れてらけるを振り返り、
「そんな祭りがあるわけねえだろ。あったら話題にならないわけがねえ。死人に会いたいやつなんてごまんといるんだからな」
 これでもかなり優しく言い含めたほうだ。らけるは唇を尖らせ、
「じゃあ、ほととが嘘をついてるっていうのか?」
 ほとととらけるの会話はほとんど聞いていないが、ほととだって本当かどうかははっきりしないと言い添えていたはずだ。
「そうじゃねえよ。要するに、そういう言い伝えがあるとか、そういうことになってるってだけで、その話が独り歩きしてんだろ。てめえの世界のオボンと同じくよ」
 たとえばハロウィンだって死霊がうろつくとされている日だ。ゴーストなどのアンデッドが活発になりやすい時期という印象はあるが、それで実際に死人に会えたなんて話は聞かない。ヨミマイリとやらも恐らくそういう慣習の行事なのだろう。
「行ってみなきゃ分かんねえじゃん!」
 らけるは頬を膨らませた。
「見もしないで決めつけるのよくねーぞ! ワンチャンあるなら行ってみる価値あるじゃん、なあ!?」
「勝手に行きゃあいいだろ!」
 らけるの声が大きくなるにつれて、タンジェからも思わず大きな声が出てしまった。こんなところで騒いでいたら親父さんに怒られてしまう。
 らけるはタンジェに怒鳴られたことなんか気にしていない様子で、
「俺一人で行けるわけねえじゃん! な、一緒に行こうぜ!」
「ふざけんな、なんで俺が!」
「タンジェだけじゃなくていーよ、黒曜たちも一緒にさあ」
 確かにタンジェたちは今、依頼を抱えていることもなく、穏やかな日々を過ごしている――いい言い方をすれば。⁠悪い言い方をするならタンジェたちは連日ヒマで、現状、穀潰しである。
 それで、タンジェはふと閃いた。
「それはよ……依頼か?」
 これが依頼なら、タンジェたちにとっても悪い話ではない。稼業なのだから相手が誰からだろうと、依頼はあったほうがいい。
 らけるは目をぱちぱちと何回か開いたり閉じたりしたあと、
「なるほど!」
 得心いったという様子で頷いた。
「依頼すればいいのか! タンジェたちは冒険者だもんな。依頼って、どうすればいい?」
「親父さん……は、通さなくてもいいか。黒曜に直接、報酬とか相談しろ」
 らけるの笑顔が固まり、見る間にしおれていった。
「報酬って要するに、依頼料だよな? うわ……金……ない……全然ない。確か、グルドだっけ。俺、円しか持ってないもん……」
 タンジェは呆れ半分で首を傾けた。
「じゃあ依頼どころじゃねえだろ……明日の宿も危ういじゃねえか」
「皿洗いしたら宿代はとりあえず免除してくれるって親父さんが!」
 らけるはこの世界に来てから収入を得ていない。親父さんはらけるの事情を聞いて気の毒がっていたから、らけるが自立できるまでは面倒をみてやるつもりなのだろう。あるいはたぶん、アノニムに対してそうであるように。
 親父さんはお人よしだからな、とタンジェは思う。――まあ、確かにこいつを路傍に放って、死なれでもしたら寝覚めは悪いが……。
 ただ現実として、らけるは現金の貯蓄はいっさいない。エンというのがらけるの故郷の金の単位らしい。それなら手持ちがあるということだが、さすがに異世界の金をGldに換えてくれる換金屋はないだろう。
「……それで? 皿洗いでようやく部屋を借りてるやつが、どうやって俺たちに依頼料を出すんだよ?」
 らけるは口をつぐんで、難しい顔をした。
 ベルベルントにおいては、獣人だろうが異国人だろうが異世界人だろうが、偏見や差別はごく少ないだろうとは思う。仕事だって探せばあるだろう。
 だが、らけるの身のこなしなどを見るに、らけるは戦闘訓練をしてはいないし、魔法などの特殊な能力も使えない。元の世界で何をしていたのかとサナギが尋ねたのを聞いていたことがあるが、返答は『コウコウセイ』という耳慣れない言葉だった。詳しく聞くとどうやら学生の一種らしく、らけるの故郷では、住人のほとんど全員が特定の年齢で学校に通うとのことだ。ごく平凡な『学生』、それもこの世界に来て間もない人間が、手に職をつけられるかと言えば……、難しいかもしれない。
 たぶんらける自身もそのことをよく理解していて、だかららけるは今、金策を必死に考えている。
 嘲りの意図はなかったが、タンジェは、はっ、と鼻を鳴らした。
「まあ、金の目処がついたら改めて依頼するんだな。そのときはきちんと仕事をこなすさ」
 それかららけるの身体を押しのけてようやく階下に下りた。少し水分を摂るだけのつもりが、すっかり喉が渇いたし、小腹もすいてしまった。

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