カンテラテンカ

ベルベルント復興祭 5

 受付を済ませて闘技場の中に入ると、すでに参加者が大勢いて、廊下の壁一面にでかでかと貼られたトーナメント表前に集まっている。当然、俺だって対戦相手が誰か確認したいのだが、背伸びをしても見えなかった。いや、俺だって別にそこまで小さいわけじゃない。同年代の平均くらいはあるはずだ。だが予選会を突破した奴らはやはりガタイがいいやつばかりなのだ。
 結局、集合時間の八時までにトーナメント表を見ることはできなかった。集合の声かけに応じて仕方なくその場を離れ、参加者の待機室に移る。これから一時間ほど自由にウォーミングアップ等をして構わない旨伝えられて、参加者は各々散っていった。会場で身体を温めるヤツもいれば、待機室で身体を休めておくヤツもいるらしい。
 俺は廊下に戻って、ようやく壁に貼られているトーナメント表を見た。参加者は、正確には数えていないが40人を少し超えるくらいで、自分の名前を探すのにも苦労する。やっと見つけた、と思ったら、俺の横に書かれた名前が意外なもので、思わず二度見してしまった。
「三位まで賞品が出るとのことだから」
 と、急に背後から声がかかった。
「それらを一つの宿に独占されないよう、早い段階で同じ宿の参加者をぶつけ合う方針のようだ」
 ワイシャツにいつもの黒いジャケット――学ランというらしい――を肩にかけたらけるが立っていた。いや、瞳が金色だ。ラケルタである。
 一回戦の俺の対戦相手だった。
「てめぇ、出るなら言えよ」
 会話するのは久しぶりだ。日常生活で彼はほとんどらけるでいて、先のベルベルント防衛戦でラケルタが出てきているのは見かけたのだが、とても会話できるタイミングはなかった。こうして言葉を交わすのは、実にカンバラの里以来だ。
「ああ。参加受付もギリギリだったのだ。参加を巡ってらけると揉めてな」
「揉めた?」
「らけるのほうに参加意思はなく、彼は翠玉と祭りを見たかったらしいな。誘ってはみたが断られたので、予定がなくなりこうして私に時間を譲ってくれたわけだ」
 それは……らけるには気の毒なこったな。
「てめぇはこういうの好きなのか」
 ラケルタはらけるに比べて真面目な武人、という印象だったので、こんなお祭り騒ぎに便乗するのは意外だった。思わず尋ねると、
「たまに技術を披露する場がなければ、剣も鈍ろうよ」
 涼しい顔をするのだった。
「タンジェリン。貴殿の目的がアノニムとの戦いであることは知れている」
 ラケルタはトーナメント表を指す。
「一回戦で私か貴殿、勝ったほうが、二回戦でアノニムと対戦だ」
 アノニムが一回戦を勝ち抜けば、とラケルタは言い添えた。星数えの夜会の参加者は俺、ラケルタ、アノニムの三人で、トーナメント表できれいに横並びになっている。アノニムの一回戦の対戦相手は知らない名だったが、確かにアノニムがここを勝ち抜けば俺かラケルタ、どちらかと戦うことになる。
「……」
 慣れねえ武器でラケルタに勝たなきゃいけねえわけか。俺は少しげんなりした。誰が相手でも負ける気でやるつもりはないが、黒曜をして『相当な剣の腕』と言わしめるラケルタとどう戦ったものか。
「しかし、あと一時間も待機というのは長いな」
 ラケルタがぼやくように言った。俺は内心で同意する。ただ、40人近い参加者全員が一気に闘技場に出ることはできない。交替しながらウォーミングアップをするのを想定すれば無理のない数字ではあるのではないか、と思う。たとえば5人ずつウォーミングアップしたとすれば、だいたい8組が交替で使うことになるわけで、そうなれば各組が使える時間は7分半しかない。
「てめぇもちょっとは身体を動かしておくんだろ」
「そうしたい気持ちはあるのだが……動くと体力を消耗する」
「ああ……暑いからな」
 闘技場は円形のコロシアムで、スリバチ状の観客席にも闘技の舞台にも屋根はない。直射日光をもろに受けることになる。戦闘に備え、室内で身体を休める者がいるのも納得の暑さだった。
「なるべく屋根の下にいるつもりだよ」
「そうか、直射日光が当たらねえだけマシか」
「ああ」
 許可は得ているとはいえ、らけるの身体にあまり負担もかけたくはない、とラケルタは言った。
「らけるは参加意思はなかったんだったな」
「ああ、ただもう開き直っているらしいな。復興杯に関しては私の好きにしてくれ、とのことだ」
「開き直る……翠玉の件か? そもそもなんで断られたんだ?」
 別に興味があるわけではないのだが、どうせここで話を切り上げてもヒマな時間が続くだけなので尋ねてみた。ラケルタは、
「翠玉には先約があったのだ。ずいぶん前から、午前中はポラリスと祭りを回ると約束していたらしい」
「それじゃあ仕方ねえな」
 ポラリスというのは星数えの夜会に所属する冒険者の一人で、自称人魚の女子だ。ちょっとやかましいだけで悪人でないことは分かるのだが、俺の苦手なタイプで話をしたことはほとんどない。ただ翠玉と仲が良いことは普段の様子で知れていた。
 友人同士の間に割り込んだっていいことなんか何もない。
「そうだな。だかららけるも大人しく引き下がったのだが、それで午前中は予定がカラになってしまったので、こうして私も復興杯に出られるというわけだ」
「午後はどうすんだ?」
「祭りを見たいと思っているようだが……らけるは一緒に回る相手を探しているよ。タンジェリン、どうだ?」
 日頃つい適当にあしらってしまうものの、別にらけるを邪険に思っているわけではない。祭りを回るのも嫌というわけではないのだが……脳裏に黒曜との約束が浮かぶ。どうしたって俺も黒曜と祭りを回りたいのだ。
「……俺も先約がある」
「なるほど、今日のらけるはツイてない」
 ラケルタは笑ったが、らけるには若干悪い気もする。俺の考えを察したのか、
「翠玉はポラリスとの予定は午前中だと言っていた。午後は空いているかもしれないからな、また声をかけてみるように言っておく」
 つくづく、お人好しというか……『いいヤツ』だな。

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ベルベルント復興祭 4

 復興祭当日の朝。
 朝早い俺よりさらに早い親父さんが鉄板を抱えて屋台のほうへ出発するのに居合わせた。
「鍵とかはどうすんだ? 親父さんは今日はずっと屋台なんだろ」
 親父さんが夜会から長時間――今回の場合、ほとんど丸一日――外出するのは初めて見る。買い物もほぼ娘さんや俺たちに頼んで外に出ることは少ない。思わず尋ねると、
「何人かでローテーションを組んで、夜会がカラになることがないようにしてくれとる。ワシもこまめに様子を見に来るよ」
 この星数えの夜会も気が付けば所属冒険者が増えて、結構な大所帯になっている。その冒険者たちの何名かが順番に宿の留守番をする方針らしい。俺は特に声をかけられなかったので、別のパーティの奴らの間で決まったことなのだろう。顔と名前くらいは知っているが、他のパーティのやつらとはあまり会話をしない。らけるは……まあ、向こうから話しかけてくるからな……。
 今日夜会の食堂や宿泊施設が休業になることは、屋台を出すのを決めた日からしっかり告知されている。夜会は不便な立地もあって客はほとんど常連で、急な客というのはめったに来ないから、一日の休業くらいは問題ないのだろう。
 親父さんを見送ってから適当に朝食をとる。ジョギングをしに出ようかと思ったが、普段のコースもすでにお祭り仕様に飾られていて、とても走れる状態じゃないことを思い出した。
 そうなれば俺にできることは筋トレ、ストレッチ、あるいは解錠の特訓といった盗賊役のスキル磨きだ。ただ、今はそれらに加えて選択肢がひとつ増えた。実は最近、手のひらサイズの木を削って、木彫りの動物を作っている。ペケニヨ村が滅ぼされる以前にたまにやっていたのを、ふと久しぶりに再開しようか、と思ったのだ。
 はっきり言って上手くはない。俺は芸術センスはないほうだし、手先だってそんなに器用じゃない。ただ、再開して最初に作った木彫りのネコを黒曜が欲しいと言って、くれてやったら自室の窓辺に飾り出したので、それがなんとなく嬉しくて続けている。
 今回の材料の木材は、黒曜との戦闘訓練でここのところ使っていた木製武器の破片で、俺が最初の頃に叩き折りまくったものだ。今でこそ簡単には折らなくなっていたが、初日と二日目あたりはずいぶんな数の木製武器を折った。ほとんどは厨房の薪に使われることになったが、手のひらサイズの破片はもらってきたのだった。
 せっかくなのでヒョウを作ろうと思う。ただ、俺は本物のヒョウというのを見たことがない。子供の頃読んだ図鑑の記憶で、だいたいの姿くらいは分かるのだが……。図鑑ならサナギの部屋にあるかもしれないと思い付いた。だが朝遅いサナギのこと、こんな早朝に起きているわけもない。勝手に部屋に侵入するのは憚られる。当たり前だ。
 まあ、とりあえずだいたいの記憶で作ってみよう。失敗したら、今度こそ図鑑を見ながら作ればいい。そもそもそんなに凝るような趣味じゃないのだ。

 と言いつつ、夢中になって木を削っていたらいつの間にか七時半近くになっていた。復興杯は九時からだいたい正午までで、集合は八時だった。そろそろ出発の準備をしなければ。
 木彫りのヒョウを机に置いて、木くずをはたき落とし、床と机を簡単に掃除した。それから階下に下りると他のみんなももう起き出した頃で――新規の客はもちろんいないが――宿に常駐している冒険者だけで結構な賑わいになっていた。
 黒曜が席で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいて、俺に気付くと「おはよう、タンジェ」と声をかけた。応じてあいさつを返すと、
「今日の予定は?」
 続けて尋ねられたので、
「午前中は復興杯だ。午後は……特に決めてねえ」
「一緒に祭りを回ろう」
 すました顔で誘われた。一瞬面食らったが、
「お、おう」
 比較的素直に応じることができた。
「13時には復興杯も終わって落ち着く頃か?」
「そうだな。昼飯にはちっと遅えが」
「午前中は夜会で待機しているつもりだ。復興杯が終わって一段落したら顔を出してくれ」
「おう」
 頷いて会話を切り上げる。闘技場に向かおうと食堂を横切ると、
「おはようございます、タンジェさん!」
 娘さんの元気な声がした。あいさつを返す。
「復興祭は九時からですよね。私もそろそろ屋台の準備を手伝いに行かなくっちゃ」
 身支度をすっかり整えた娘さんが焼きそばの材料を抱えている。前が見えていなさそうだ。
「……貸せよ。ついでだから運んでやる」
 焼きそばの材料を、娘さんから引ったくるようにして奪う。娘さんは目を丸くしたが、
「ありがとうございます! 屋台の場所まで案内しますね!」
 素直に礼を言って、俺を外へと誘導した。
 人に素直に甘えられる娘さんの気質を、羨ましい、と思うことが、なくはない。もっとも、羨んだところでたぶん俺はそうはなれない。なれたら黒曜の手を握るのに苦労はしないんだろうが……。
 親父さんのいる夜会の屋台は大通りの一角に設置されていた。設営は終わっているらしく、親父さんは周囲の手伝いをしながら人々と談笑をしている。
「お父さん!」
 娘さんが声をかけると、親父さんが振り返り片手を上げた。
「おう、来たか。タンジェ、復興杯はいいのか?」
「ついでだ、これから闘技場に行く」
 持ってきた焼きそばの材料を屋台の後ろに下ろした。親父さんと娘さんの礼を聞きながら闘技場へと足を向ける。
 まだ朝も早いというのに、太陽の光は力強い。今日も暑くなりそうだ。

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ベルベルント復興祭 3

 三週間という期間は別に短くはないが、ちょっとした依頼や黒曜との戦闘訓練なんかをこなしていればあっという間だ。
 その間、らけるは親父さんや娘さんと焼きそばの完成度の追求をしていて、味見係にされた俺は散々それを食わされた。
 材料の収集はともかく料理をするのは親父さんなので、最初から不味くはなかったが……。完成度が上がっていくさまを味わえる楽しさはあったものの、流石に一週間もすれば飽きて、味見役をパーシィに押し付けた。もっともあいつはどうも味覚が鈍いようなので、味見役として適正かは知らない。だが飽きずに毎日三食でも焼きそばを食い続けられる点で言えば適任ではあるはずだ。
 それから、ベルベルントは日に日に暑い。じりじりとした暑さだ。
 最初にベルベルントに来てからいよいよ一年が過ぎ、巡ってきた夏の暑さを懐かしく、また疎ましくも思う。エスパルタに比べて湿気が多く、高い建物と石畳に焼かれるような蒸し暑さだ。
 猛暑下での戦闘はずいぶん体力が削られる。黒曜との戦闘訓練も、日中の炎天下を避け朝か夜に行っている。

 予選会は参加申請から一週間後に行われた。
 場所は闘技場だ。参加の申し込みの際に伝えられた日時に闘技場に行くと、結構な数の予選会参加者が集まっている。
 予選会は、予選審査員と手合わせをして審査員に認められれば――要するに、審査員に勝てば、ってことだろう――通過できるらしい。あくまで復興杯当日までは参加者同士は戦わない方向というわけか。
 アノニムも参加の申し込みはしているはずだが、どうやら予選会はいくつかにグループ分けされているらしく――予選会の方法を見れば理由は明白だ。一日で参加者全員の相手をするのは予選会審査員の体力がもたないんだろう――姿を見かけなかった。まああいつは予選会くらい簡単に突破するだろう。
 周囲を見回せば――ブランカはすべての冒険者宿の戦士役が出るとしたらと言っていたが――確かにみんな風貌は戦士役らしい。ただ、全員が全員、筋骨隆々の力自慢かといえばそういうわけでもなく、中には小柄なやつもいたし、子供も老人も女もいた。若い男に偏ってこそいるものの、老若男女が揃っていると言っていいだろう。
 すでに何人も闘技場の中で予選審査員と戦闘をしている。俺は番号札を渡されて、指定された場所で大人しく順番を待つことにする。それほど待たずに番号が呼ばれ、案内されるままに前に出れば、まずは運営側で用意された木製武器を選ぶように言われた。
 スタンダードな片手剣のサイズと、大きめの両手剣サイズ、それから長柄のごく平均的な槍のサイズの木製武器だった。
「……斧、ねえのか?」
 思わず案内してくれたスタッフに尋ねると、
「いやぁ、いろいろ要望はあったんですが。全員の要望に応えるのはちょっと無理なので、中型、大型、長柄の三種でと決まりまして……」
 冒険者の中にはごくマイナーな武器を扱う者も多い。俺の使う戦斧は市場にもよく出回っている武器だが、緑玉のトンファーなんかは流通も少なくメンテナンスや修理が手間だとぼやいていたっけな。確かにそんなマイナー武器まで細かく用意はできないだろう。それなら武器種は絞ったほうが公平だ。
 とはいえ、どれも俺には馴染みがない武器だ。一個ずつ持ってみて、一番重い両手剣にした。それでも木製だから普段使っている戦斧よりはるかに軽いのだが、片手剣はそれを超えて軽すぎて、長柄は間合いが違いすぎる。
 軽く何回か振ってみたが、刃の大きさも柄の位置と幅も何もかも違う、ということが分かるだけだった。これで戦うのか……きついかもしれねえな。
 武器を選んだならすぐ審査員との戦闘だ。両手剣を持って歩み出ると、審査員が俺を上から下までじろじろ見てくる。それから審査員は、
「盗賊役はお呼びじゃねえって分からねえか?」
 と鼻で笑った。
 その言い草に覚えがあるのでよくよく審査員の顔面を見てみると、闘技場を勝手に自治している例のコミュニティの一員で、以前に俺がぶん殴った奴だと分かった。あの自治連中、運営側なのかよ!
「戦士役に紛れて盗賊役が出場したって恥かくだけだぜ」
「別に役職に関しての規定はねえだろ」
 昔だったらもうぶん殴っていたと思うが、俺もいくらか気が長くなったらしい。
「ふん、まあそうだな。そもそもここを通過しなけりゃ出られもしねえんだ」
 審査員が片手剣を構える。こいつ、強いのか? 長く闘技場を我が物顔で使っているのだからさすがにボンクラってことはないだろうが……。
 俺も両手剣を握り、まず手始めに審査員の胴を狙って横薙ぎにした。素早く反応した審査員は片手剣で受ける。が、次の瞬間、俺の握った両手剣とそれを受けた相手の片手剣は粉々に折れ砕けて、審査員は衝撃で十数メートル後方へ勢いよくぶっ飛んでいった。
「……」
 俺の手に両手剣の柄だけが残っている。
 なるほど。俺の馬鹿力で何の考えもなしに木製武器を振るうとこうなるらしい。審査員はぶっ飛んだ先で頭を打ったらしくノびてしまった。
「……」
 周囲のスタッフが少しの沈黙のあと相談し合い、恐る恐るという様子で、
「ではあの、予選通過ということで……」
 それでいいのか。

 ともあれ予選通過というなら当日の復興杯には出られる。集合時間、それから対戦相手は当日公開のトーナメント表を参考のこと……などの事務連絡を受けて、俺は闘技場を後にした。
 ――のちにアノニムには「武器を折るなんざ三流だな」と鼻で笑われた。こいつはだいたい棍棒で敵を殴りつけているが、確かにそれが折れるのを見たことはない。木製武器を扱うには単に力任せではなく、それなりの技術と力加減が必要だ、ということらしい。
 復興杯までの二週間分、黒曜との戦闘訓練は木製武器での立ち回りと力加減というテーマで行われることになる。

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ベルベルント復興祭 2

 街はまるで聖誕祭でも待つかのような賑わいで、どこか浮かれて落ち着かない様子だった。しばらく沈んでいたベルベルントだったが、市民たちの活気に溢れて何よりだ。
 普段は役所になんか用はないのだが、場所くらいは知っている。騎士団詰所の横にある、やたら立派な建物がそれだ。街のシンボルは時計塔と聖ミゼリカ教会に譲っているから高さはそれほどないが、ベルベルントの中でも相当古くからある建物である。その歴史ある重苦しい面持ちは迫力があり、こっちはこっちで観光客には人気があるらしかった。
 重厚な扉を開ける。復興祭実行委員会の場所を探すと一階にそれ専用の窓口が設けられていて、様々な催しの手続きをする人々でいっぱいだった。
「ずいぶん混んでやがるな」
 言うと、黒曜は頷いた。
 窓口はさらに小分けされていて、復興杯係の受付もなかなか人が途切れない。番号札を手に入れて順番を待つ手順のようで、俺は窓口の横に置いてある札を取った。
 列から外れたところに見かけた顔があるのに気付く。思わず声をかけた。
「ブランカ」
 金髪に派手な金色の鎧を身につけた男は、ベルベルントが悪魔に襲われた際に知り合った。あれ以来会いもしていかなかったが、無事だったらしい。
「おお、タンジェではないか!」
 ブランカは軽く手を振って応じた。
「タンジェも復興杯に出るというわけか?」
 俺は頷いた。ブランカにも同じ問いを返すと、
「うむ。こんな楽しい催し、出ないほうが損というものだ」
 賞品目的ではなさそうだ。戦闘を楽しむタイプの人間なのだろう。
「そうか。参加者はどのくらいいるんだ?」
「さてなあ。すべての宿の戦士役が出るとしたら100人規模になるのではないか? 予選でどこまで削られるかは分からん」
 と言いつつ、ブランカは「まあ、俺は戦士役ではないのだが」と付け足した。俺もだ、と返すと、ブランカは、
「お前ほどの戦闘力でも戦士役ではないのか。練度の高いパーティなのだな」
 褒め上手かよ。俺なんか怪力だけで、まだ修行中の身だ、と言った。だいたい、同じことがブランカのパーティにも言えるだろう。
「てめぇのところの戦士役は出ねえのか?」
「アロゥは興味がないと言っていたな」
 防衛戦のときにも聞いた名だ。会ったことはないが、そいつがブランカのパーティの戦士役らしい。
 黒曜もそうだが、実力者でも一定数、復興杯に興味がないやつはいるようだ。
「19番でお待ちの方ー」
「おっと、では一足先に参加申込みをしてくる!」
 ブランカは自分の札が19番であることを確認しながら受付へと去って行った。
 入れ替わるようにして、また見た顔に会った。復興杯係の窓口から離れ、こちらに歩いてきたのは『午前3時の娯楽亭』のリカルドだ。
「お前は……」
 リカルドのほうもこちらに気付いたらしい。
「リカルドも復興杯に出んのか?」
「そんなわけないだろ」
 リカルドは渋面を作った。まあ、戦士役には見えねえしな。だが、そうだとしたらこんなところに何の用が? 俺が問う前にリカルドから言った。
「復興杯で、観戦者が勝敗を賭けるシステムを導入する、という案があった」
「はぁ?」
 思わず眉を寄せてしまった。自分の勝負が賭けに使われるのか? 俺は別に賭け事に対して潔癖というわけではなかったが、自分の戦闘スタイルが観戦者全員に値踏みされるのは面白くない。そんな案はできれば通ってほしくなかった。
「ベルベルントにはカジノはないからな。賭け事に関しては一番造詣が深い娯楽亭にその相談が持ちかけられたんだ。だから俺が来たわけだが……安心しろ。案は棄却した」
 リカルドは腕を組んだ。
「慣れない運営が付け焼き刃で賭けのシステムを整えたところでトラブルの元だし、祭りそのものの治安悪化の懸念もある。そして何より……」
 最後のは独り言だろう。だが、確かにこう聞こえた。
「優勝者なんてほとんど決まってるみたいなもんだ」
 リカルドほどのギャンブラーにもなれば、勝敗なんかやる前から決まっている、とでも?
「やる前から勝敗が分かるもんかよ?」
 聞き流してもよかったが、思わず問い詰めてしまった。
「……」
 肩を竦めるリカルド。
「まさか、八百長でも仕掛けられてんじゃ――」
 思い至ったことを思わず口に出すと、リカルドは「そんな興醒めことはしないだろう」と呆れた顔で言った。
「単に、参加者の中に……並外れた戦闘技巧者がいるんだ。あいつ以外の優勝はまずない」
 だから賭けなんかしたって不毛だ、つまらん、と続けた。
「そんなに強えのか?」
「俺が知る限りはな」
 もっとも、とリカルドは言った。
「あいつが出たがったってわけじゃない。勝手に昔の知り合いにエントリーさせられたらしいな。本人にやる気はないから、案外さっさと負けて戻ってくるかもな」
「名前は?」
「ズィーク」
 そこで、俺の持っている番号札の数字が呼ばれた。リカルドはそれに気付くと軽く手を挙げただけで別れのあいさつとしてさっさと役所を出て行った。
 手続きは簡単で、受付の窓口で復興杯への出場の意志を告げ、申込用紙に名前と所属を書いておしまいだ。それから、予選会の日時と、武器に関しては怪我や不正防止のため主催側で用意した木製武器を使用する……などの連絡事項を説明された。まあ、お祭り剣闘で生死の心配をしたくはない。慣れた武器でないのは誰しも同じ、公平を期すのにも悪くない条件だ。
 黒曜は役所の隅で待っていた。俺が手続きを終えて戻ると、黒曜は、
「友人が多いのだな」
 と言った。ブランカとリカルドのことだろう。
「友人ってほど親しくはねえよ。だがまあ、交流は広まったな」
 そうか、と黒曜は浅く頷いた。外に出る。
 何故か黒曜がほんの少し寂しそうに見えたので、帰り道に手でも繋ごうか、と迷う。しかし往来は人が多い。そっと手を出そうとしてみるものの、照れが入り握るところまでいかない。手を引っ込めてはまた手をほんの少し浮かせ、人が近づけばすぐに下ろす。
 そんなことを続けていたら、黒曜の手が動いて俺の手を取った。思いがけず「ォワ」と変な声が出た。今日はなかなかの暑さだが、黒曜の手は冷えている。黒曜は俺を覗き込んで目を細めた。
 黒曜は俺のやりたいことや言いたいことを察してこうして行動に移してくれる。嬉しいのだが、それに甘えてばかりいるというのもよくない。しかし生来の意地っ張りな気質がなかなか俺を素直にさせないのだった。

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ベルベルント復興祭 1

 悪魔たちに壊された建物や道も修復され、ベルベルントはようやく日常を取り戻そうとしている。俺――タンジェリン・タンゴ――の所属する星数えの夜会もすっかり落ち着いていた。
 だがすべてが元通りというわけにはいかない。
 ベルベルントは交易都市だ。市場を回すのは内外の商人たちで、それにより経済は回っている。その商人の入りが激減してなかなか戻らないようだ。
 戦う手段のない商人にとって、ベルベルントに品物を卸す理由の一つにその安全性があったはずだ。それがよりにもよって大量の悪魔に脅かされたとなれば、今しばらくは素通りをしたくなる気持ちも分かる。
 実際のところは、これから先もその危険性が続くような侵略ではないのだが……。サナギは騎士団に<天界墜とし>のことは説明していたものの、騎士団側はいまいちピンときていないようで、あまり大々的に公表されもしなかった。まあ公表されたらサナギにバッシングが向かうことは想像に難くないので、それはそれでよかったのかもしれない。ただ、そこのところの説明がうまくなされていないので「一度あったことは、今後も起こりうる」と判断されているのだろう。無理もない。
 ともかく、ベルベルントが完全に元通りになった、と言える姿になるには、あと一歩、「人」が足りない、というわけだ。
 そこでベルベルントの役所はこんなイベントを計画した。安全と安心、そして復興をアピールし外から人を呼ぶための祭り――<復興祭>だ。

★・・・・

「復興祭ねぇ」
 チラシを見ながら思わず独りごちる。
 役所はこのイベントには相当力を入れているらしく、立派なチラシやポスターが各所に配られ、掲示されていた。もちろん星数えの夜会の依頼用掲示板にもポスターが貼られていて、そのデカさで掲示板の1/4を占拠している。
 娘さんが給仕の手を止め――もっとも、客が俺たちしかいないので手が止まるのも当然のことだ――話題にしているのも復興祭のことらしく、
「商人や業者だけでなく、宿や個人からの出店者も募集しているんですって!」
「宿も屋台出す側になれるってこと!?」
 と、はしゃいだ様子で応答したのはらけるだ。
 テーブル席で食後の小休憩をしていた俺は、横目でカウンター席を見る。
 らけるのやつはカンバラの里でもマイリ祭りで浮かれていたよな。
「そうだな。宣伝にもなるし、何か出してもいいかもしれんな。賑やかしにもなるだろう」
 洗った皿を拭きながら親父さんが言うので、らけるはうんうん頷いた。出すならお料理かしらねぇ、と娘さんが応じる。
「でも、屋台で出すならあんまり手広くはできないか。確か鉄板があったし、簡単なパンケーキくらいなら出せるかしら」
 思案している様子の彼女に「鉄板があるの?」とらけるが身を乗り出した。続けて、
「パンケーキもいいけど、鉄板で焼くならやっぱ焼きそばでしょ!」
 ああ、焼きそば……。カンバラの里で食ったやつ、美味かったな。あれ、そんな気軽に作れるのか?
「ヤキソバ、ですか?」
「うん! 焼きそばなら俺、作り方分かるよ!」
 らける、親父さん、娘さんの三人が、材料を集めて試作をしてみてうまくいけば焼きそばでいこう……という話をしている間に、俺は手元にある復興祭のチラシに改めて視線を落とした。
 三週間後の週末。朝から夜まで、丸一日使うようだ。臨時の馬車なども出すらしく、力の入れようも伝わってくる。確かに出店者を募集する旨が書かれていた。
 俺は何気なくチラシを裏返して、このチラシが両面であることに気付いた。裏にはベルベルントにある闘技場が描かれたイラストと、『求む! 挑戦者!』という煽り文句が載っていて、よく読めばこういうことらしかった――復興祭で、ベルベルント闘技場でトーナメント制のお祭り剣闘<復興杯>を行う、と。
「三位入賞したら賞品が出るそうだ」
 突然前から声をかけられたので、俺は数cm飛び上がった。見れば黒曜が俺の向かいに座っている。
「賞品?」
「優勝はベルベルントの商店街で使える商品券1000G分と、野菜や肉、乳製品といった食材の詰め合わせとのことだ」
「野菜」
「グランファームという農場が提供したようだ。冒険者宿も兼ねる変わり種だな」
「へえ」
 グランファームとやらのことは初耳だが、賞品の内容は悪くない。出場者がどこかしらの宿に所属する冒険者であることを想定したチョイスという印象だ。
「黒曜は……出るわけねえか」
「ああ。興味がない」
 出場すればいいところまでいけると思うが。
「タンジェは出ないのか」
「そうだな……」
 闘技場、という場所にそれほどいい印象がないのである。
 ベルベルントにある闘技場は、エスパルタにあったそれとはかなり役割が違う。エスパルタのものは実際に剣闘や闘牛をするための舞台だったが、ベルベルントの闘技場は、戦闘技術を磨いたり戦闘を生業とする者同士で交流することを目的に一般開放されており、戦士たちの集会所という様相だ。
 俺もベルベルントに来てすぐの頃は戦士役を志望していたから闘技場で戦闘訓練を受けようと思って赴いたのだが、「冒険者以外は入れない」と追い返された。今になれば分かるが、先に言ったとおり一般開放されているのだから、冒険者以外は入れない、というのは嘘だ。要するに、闘技場には勝手に我が物顔でその運用を自治しているコミュニティがあったのである。当時の俺はそんなこと知らなかったから諦めたが、冒険者になってから再度訪れた際に、今度は「ここは戦士役が来るところであって、盗賊役なんかお呼びじゃない」と来た。キレてそいつをぶん殴ってしまい、闘技場の正当な管理者に一ヶ月の出禁を食らった。剣闘や試合以外の戦闘を禁止しているらしかった。それ以来、闘技場には一度も行っていない。
 あのコミュニティが現在どうなっているのかは知ったことじゃないが、戦士役であるアノニムの闘技場への出入りも聞いたことがない。俺たちの共通認識として「闘技場なんか行っても先輩面した既存コミュニティに食い物にされるだけ」という悪印象があるわけだ。
 もっとも、そのコミュニティの連中が復興杯を運営してるということはないだろう。出るとしたら参加者としてだろうし、復興杯の管理は役所や闘技場の管理者がやるはずだ。
「ああ、復興杯。アノニムは出るよ」
 通りがかりのパーシィが急にそう声をかけてきた。
「あいつ、こんな催しに興味あんのかよ!?」
「親父さんと娘さんが賞品を欲しがるので、仕方なく引き受けたみたいだ」
 そうだったのか。
 ということは、もしトーナメントでかち合えれば、合法的にアノニムと決着をつけるチャンスじゃねえか!
「……よし、俺も出るぜ」
 目の前の黒曜が目を細めた。最近分かってきたことだが、今のこの表情はわりと好意的なものらしく、口こそ笑っていないが思わず笑みを浮かべた、という様子に近い。俺が復興杯に出ることが嬉しいのだろうか? 少しずつ表情が読み取れるようになってきても、意図の理解はまだ難しい。
 パーシィが、
「それなら出場申込みが必要だから、行ってくるといい」
「ああ、そうなのか。面倒くせえが仕方ねえな……」
 俺はチラシで改めて申込みについて確認し、役所の復興祭実行委員会復興杯係とやらが受け付けていることを把握した。善は急げだ。
「申込みに行くが、黒曜も来るか?」
 黒曜は立ち上がった俺を見上げて、数秒だけ黙り、それから立ち上がった。来るらしい。
 横にいたパーシィは不思議そうな顔をしていたが、特に突っ込むこともなく「いってらっしゃい」と俺たちに軽く手を振った。屋台の話で盛り上がる親父さんと娘さんとらけるに簡単に声をかけて、俺と黒曜は街へ繰り出した。

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プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
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