カンテラテンカ

creepy sleepy 1

「いってぇ!」
 タンジェは思わず悲鳴を上げて悶絶した。右手で上げ下げしていたダンベルが、目測を誤って膝に直撃したのだ。
「くそ!」
 ダンベルをいったん置いて膝を確認する。動くし骨に影響もないだろう。しばらく痛みがあったが、それも大して長く続かず引いていった。
 慣れた筋トレで今さら怪我をするなんて笑えない。だが考え事をしながらダンベルを惰性で上げ下げしていた自分が悪いのだ。
 その考え事というのが、本当にくだらなくて大したものじゃないという事実が自己嫌悪に拍車をかけた。
 黒曜のことだ。
 黒曜がどう、というわけじゃない。ただ黒曜のことをぼんやり考えていた。
 <罪の鏡>の出来事以来、タンジェが黒曜のことを考える時間は明らかに増えていたし、何より、先日の遺跡発掘の依頼でトキに言われた言葉がぐるぐると巡っている。
 黒曜に何か礼をしたいとか、言いたいことがあるとか具体的なことならいいのだが、そうじゃない。ぼんやり黒曜の顔が思い浮かび、それで……それだけなのである。
 こんなふうに特定の個人のことで頭がいっぱいになるのは初めてで、我に返るたびにタンジェは頭を抱えたくなる。

 ――くそ! なんなんだよ。

 理由を考えれば、きっとトキがタンジェに、タンジェが黒曜のことを「好き」だとかなんとか言い出したのが原因で、だからタンジェは余計に腹立たしく思う。脳裏によぎる黒曜が、ではなく、そんなことを考えて筋トレで怪我をしかける自分が、である。
 タンジェは筋トレを切り上げて、気分転換に飲み物でも取ってくることにした。
 階下に下りると、朝早くに出かけた黒曜が戻ってきている。黒曜を見ても、改めて何かマイナスな、あるいはプラスな気持ちが湧くわけではないし、遭遇を回避したいという思いもない。そもそもタンジェが筋トレをしていたのは、黒曜待ちの時間潰しだった。黒曜が出かけていたので戦闘訓練が延期になっていたのだ。
「なんだよ黒曜、戻ってたなら声を……」
 かけろよ、と言いかけたが、黒曜がじっとタンジェを眺めるので、思わず黙る。黒曜はほんの僅か目を細めて、二度まばたきし、それからごく平坦な声色で「今戻ったばかりだ」と言った。
「……そうかよ。何してたか知らねえが……戦闘訓練は休んでからにするか?」
「問題はないが、悪天候だな」
 その言葉で初めて雪が降っていることに気付いた。結構な本降りだ。部屋での筋トレ中もカーテンは開けていたのに、まるで気が付かなかった。
「……じゃあ、今日は勉強会か?」
 タンジェは少しがっかりした。身体を動かすほうが好きだ。
「そうなるな。ついてこい」
 黒曜は言って、すたすたと上階へ歩いていく。タンジェは言われるままについていった。黒曜の行き先は彼の自室だった。入るのは初めてだ。座学は食堂のテーブル席ですることが多い。
 黒曜は腰に提げていた青龍刀を下ろして椅子に立てかけた。ベッドと机と椅子以外に何も余計なものがない黒曜の部屋は、男が二人立つスペースは充分ある。
「今回は人体急所について学んでいく」
 黒曜は言った。
「前にも勉強したじゃねえか?」
 戦闘訓練が始まってわりと早い段階で学んだと記憶している。
「復習も兼ねるが……今日は実際に、触れていく。お前はそのほうが覚えが良さそうだからな」
 なるほど。以前学んだときは解剖学だかなんだかの本を使った完全な座学だったが、正直あまり頭に入ってこなかった。実際に急所の位置に触れていくのは大事かもしれない。
「人体急所は複数あるが、シンプルにいこう。まずは心臓」
 黒曜はタンジェの胸に手のひらを置いた。

 ――お前が俺の急所に触るのかよ!

 黒曜には殺気も敵意もなく、手のひらからは大して温度も感じなかったが、ただその手を心臓に添えられた、というだけで、タンジェはひやりとする。心臓が急に跳ねるように脈打った。緊張、だ。黒曜にタンジェを害する気はない――分かっているのに、急所を掌握されていることは明確で、タンジェはそれだけで、ぴくりとも動けなくなった。
「鼓動が早くなったな」
 黒曜は言った。
「正しい反応だ。恥じることはない」
「……はっ……。そうかよ……」
 緊張をフォローされたのだろう。恥じることはないとは言うものの、落ち着かない気持ちを見透かされるのは若干恥ずかしく、悔しい。
「心臓は胸骨で守られている。狙うなら胸骨の間を通して刺せばいい」
 黒曜の手は胸から腹へ。
「次はみぞおち」
「あ、ああ」
「ここに衝撃を受けると呼吸困難に陥る。打撃でも有効な急所だな」
 不快というわけではないのだが、ぞわぞわする感覚がある。無防備に他人に急所を晒しているのだから落ち着かないのは当たり前だ。黒曜の手は腹からさらに下に、
「次は金的……」
「わーッ!! 待て、待ておいッ!!」
 タンジェは大きな声を出した。黒曜は手を止め、無表情でタンジェを見る。
「さ、触んじゃねえッ!! そこは……言葉だけで分かるッ!」
「そうか」
 ごく冷めた反応であった。タンジェが一瞬、自分の感覚のほうが間違っているんじゃないかと錯覚しかけるほどに。

 ――いや、しっかりしろ、俺。こればかりはさすがに黒曜が悪い。

 黒曜は特に気にした様子もなく次の急所へ手を動かす。変な意識の仕方をしたせいか、胴体の一通りの急所を確認し直し、頭部の急所に触れられる頃には、タンジェは早く終わってくれとすら思っていた。

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暗中ディスカバー:裏 5

 アイビーとスズを殺害し、昏倒しているカーマインをさあどうしようかというところで、凄まじい地響きが起こり、崩れ落ちてきた天井にカーマインが呑み込まれていった。とどめを刺すまでもなく、彼も助かりはしないだろう。
「崩れるかもね」
 と、天井を眺めまわしたサナギが言った。
「……入り口まで戻る?」
「……」
 黒曜は一瞬、思考した。まだ見つかっていないトキとタンジェリンのことを考える。もしどこかに閉じ込められていれば、生き埋めになるだろう。だが、このままここにいては緑玉の身も危険だ。
「黒曜」
 その緑玉が黒曜の名を呼ぶ。見れば緑玉の視線は崩れた壁の一角を向いていて、そこには崩落で崩れて露出したらしい通路があった。黒曜の鋭敏な聴覚は、地響きの合間に、その通路の奥から微かに人の声を聞いた。
「先に外に出ていろ」
 と、黒曜は緑玉とサナギに告げた。2人は一瞬、黙ったが、すぐにリーダーたる黒曜の言葉に従った。
「了解。無事でね、黒曜」
「……」
 とはいえ緑玉は不満そうな顔ではあったが、リーダーと参謀の2人がそう決断したなら、反抗できる材料がない。しぶしぶ、サナギに連れられて先に引き返した。
 黒曜は足早に露出した通路を進んでいった。黒曜の耳に入る声は少しずつ明瞭になっていく。

――しまっては、酸欠の……ほうがいい。私のことを殺すと……お前ひとりなら……ここを脱出……そのロザリオと石像の欠片を……『逢う魔が時亭』のイグニス……なら、……買い取ってくれる……。
――てめぇよ。ふざけたこと言ってるヒマ……呼吸を静かに……。俺は少し動く……呼吸が荒くなる……。2人でゼェゼェ言って……もつもんももたねえ……。

 このときにはもう、黒曜はこの声をトキとタンジェリンのものだと確信している。

――タンジェリン。
――黒曜は来ねえかもしれねえし、俺たちは死ぬかもしれねえが、それと俺が諦めねえことは別問題なんだよ。

 言葉はより明瞭に。
 2人の気配は、通路の向こうにより近く。

「他人を殺して助かろうだの、それで手に入れた宝を換金するだの、そんなことして、どんなツラしてこれから生きていくのか……考えるだけで反吐が出るぜ。俺はな、そんな後悔、追加で抱えて生きてくのなんざ、ごめんなんだよ!」

 黒曜の足が一瞬だけ止まり、間もなくまた進んだ。突き当たりには壁がある。
「お前は高潔だ。胸を張っていい。ありがとう」
「ああ?」
 もう2人の声は目前だ。黒曜の聴覚を信じるならば、タンジェリンとトキはこの壁の先だ。おそらく隠し扉の類。黒曜は近くの壁を探った。
「諦めてたまるか」
 その声の直後に、突き当りの壁が大きな音を立てて揺れた。タンジェリンが何かを壁に叩きつけたらしい。壁は崩れはしなかったが、黒曜の探っていた手元が連動して震え、それで黒曜は壁にある隠しスイッチに気付いた。
「ちっ、駄目か……」
 と、奥で呟くタンジェリンをよそに、黒曜はスイッチを押す。音を立てて開いていく壁。
 カンテラを向け、壁の向こうにタンジェリンとトキの姿を認めた黒曜は、一言だけ告げた。
「遅くなった」

 ――遺跡は半壊して、カーマイン一行の行方は知れない。というのはタンジェリンの視点であって、黒曜と緑玉、サナギからすればカーマイン、アイビー、スズの行方は知れている。そしてまた、パーシィとアノニムからすれば、ゼニスの行方は知れている。どこかへ逃げ去ったレグホーンとクロッカスが戻ることはとうとうなかった。だが、誰もがタンジェリンにカーマイン一行の顛末を語るのは避けた。
 カーマイン一行の行方を尋ねて来たタンジェリンに、黒曜は「見なかった」と言った。ほかのメンバーがそれに同調してくれた理由は知らない。だが、黒曜がタンジェリンにそう告げたのは、タンジェリンへの、敬意だった。

 死を目前にしても、タンジェリンは決して他人の命を踏み台にしようとか、自分だけ生き残って財宝も手に入れようとか、そういうことを考えない。
 たくさんの卑しく、非道で、自分勝手な人間ばかりを見てきた黒曜は、それでもタンジェリンの言葉を、そして行動を、信用に足ると思った。
 タンジェリンはきっとカーマイン一行の顛末を聞けば傷つくだろうという判断であり、同時にそれは、そうであってくれ、という、黒曜の願いだった。

 黒曜はタンジェリンのことを考える。暗やみの中を手探るようなそれではない。タンジェリンは暗やみにはいない。
 暗やみの中にいるのは自分であって、だから黒曜がタンジェリンのことを考えるとき、それは光を考えるときだった。

【暗中ディスカバー:裏 了】

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暗中ディスカバー:裏 4

【黒曜・緑玉・サナギSide】

「あっれぇ! どうしたの? 3人で」
 と、サナギたちの姿を見たカーマインが言った。
 隠し通路の先、途中でサナギが好奇心のままスイッチを押すなど些細な出来事はあった――こちらでは何も起こらなかったので、もしかしたらパーシィたちの待機している小部屋で何かあったのかもしれない――が、サナギたちはトラブルなく進んでいた。先にはまた小部屋があって、そこにカーマインと遊撃手アイビーがいた。
「どうしたの、はこちらの台詞なんだけれどね」
 サナギは肩を竦めた。リーダーは黒曜なのだが、黒曜は社交的ではないのでこういうときはサナギが話す。サナギは喋るのが好きだし、適材適所というやつだ。
「トキさんとうちのタンジェは?」
「と、トキさんなら隠し扉のあった小部屋に残してきたぜ。見なかったか?」
「見なかったねえ」
「タンジェリンなんか、会ってもいねえよ」
「そう?」
 サナギはわざとらしく首を傾げてみせた。
「そ、そうそう。サナギちゃんは心配性だねえ」
「だって、隠し扉のあった部屋にトキさんはいなかったもの」
 わざわざちゃん付けされたということは、カーマインに女だと勘違いされているかもしれないが、そこには頓着せずサナギは応じた。そうか、どこに行っちまったんだろうなあ、とカーマインはすっとぼけたことを言って、
「それじゃあ、先に外に出たんじゃないか? だって、1時間でお前らのほうに戻るって話だったもんな」
「それで戻ってこないから探しに来てるんだけど」
 と、低い声で緑玉が話に割り込む。機嫌が悪そうだ。
「知らねえって言ってるじゃん。そんなことよりさ、サナギちゃん、うちのパーティ来ない?」
「ええ?」
 急に話の飛んだカーマインに一瞬驚いたものの、サナギは思わず笑んだ。何か面白いこと言い出したぞ、の笑みである。
「何それ?」
「うちのゼニスと交換しようぜ。ゼニスはなんていうか、神経質だしあんま気が合わなくてさあ」
「そういえばここにいないものね」
「そうそう。別行動取ってんだよ。ゼニスとクロッカスとレグホーンは置いてきたんだ」
 サナギは目を細めた。
「でもここにはカーマインとアイビーしかいないね。スズは?」
「スズは――」
 その瞬間、金属同士がぶつかって鳴る高い音が響いた。サナギが視線だけ移せば、スズのナイフの刃が黒曜の青龍刀に止められている。スズの刃の軌跡は緑玉の首を狙ったらしいことが一目瞭然で、要するにスズが暗闇に隠れて暗殺を狙っていたことも確かであった。先ほどの問答は、こちらの油断を誘うためのものであろう。
「チッ」
 スズは素早く黒曜と距離を取った。
「なるほど。やっぱり宝を独占するつもりなのは確からしいね。まあ未だに『アントロッドの黄金の聖印』に辿りついてはいないみたいだけど――」
「お前らを殺してゆっくり探すよ! トキだってタンジェリンだってもう死んでるだろうさ」
「どういうこと? 殺したの?」
「穴に突き落としたよ。戻ってこないってことは、落ちた先でもう死んだだろ」
 なんて見込みが甘いんだ! と、サナギはいっそ感動した。宝に目がくらんだ人間というのはこうも盲目なものか。
「殺しても死ななさそう、タンジェリン」
 ぼそ、と緑玉が言い、それがあまりに可笑しくてサナギは場違いに笑ってしまった。緑玉が「なに」と文句を言うので、
「いや、正しい評価だなあと思って」
 緑玉はむすっとした顔のまま、自身に刃を向けたスズと睨み合っている。スズはナイフを構えたままじりじりと緑玉、あるいはサナギの隙を狙っているらしいが、そう簡単に二撃目を喰らってやるほどお人好しではない。
 というか、二撃目のチャンスを与えてやるつもりすらないのが、一人いた。
 黒曜である。一瞬にしてスズたちカーマイン一行の視界と意識から自然に消え、そして今、現れたときには、もう彼の青龍刀はスズの首を落としていた。
 血をまき散らしながら転がるスズの首に、一瞬、何が起きたか分からない、という顔をしていたカーマインとアイビーは、その次の瞬間には、
「て、てめぇええ!」
「イヤァァー!」
 同時に大声を上げていた。
「す、スズ、スズを、殺しやがったな!」
 黒曜は涼しい顔をして応じず、サナギが代弁した。
「先に緑玉を殺そうとしたのはそちらだよね? 明確に殺意があったよ」
「で、でも、そっちはケガ一つしてないのにっ!」
「それ、関係ある?」
 と、緑玉は面倒そうに首を傾げた。
「く、くそっ! スズの仇だ! この腐れ外道どもめ!」
 カーマインは剣を抜き、構えた。
「気持ちは分かるけど、そもそも財宝の独り占めを……」
「うるせえー!」
 一番ひ弱そうだからだろう、サナギに向かって一直線に向かってくるカーマイン。スズの仇を謳うならまず黒曜を狙って然るべきでは? と思いつつ、サナギは太もものホルスターから銃を抜こうか逡巡した。まっすぐに向かってくるので、弾はまず外さない。しかし撃ってしまっては確実に死ぬ。黒曜がスズを殺すのを見過ごした以上、サナギだけ綺麗な身の上でいたいというわけではないのだが――だいたい、人に言いづらいことは今までの人生で結構やってきている――さすがに殺すのはやりすぎかなあ、と思わないこともないのである。
 が、サナギが反応する前に数歩で間合いを詰めた緑玉がトンファーで鋭く一閃、カーマインの顎を打ち抜いていた。
「がっ……!」
 カーマインは大きく仰け反り、背中から地面に落ちて昏倒した。
「ひぇ」
 一瞬にして壊滅したパーティを前に、アイビーが怯えた顔をする。サナギたち3人の視線は自然にアイビーのほうに向かい、
「や、やだ、やだやだ!」
 アイビーは首を必死に横に振った。
「あ、あたしは、やめようって言ったの! 宝の独り占めは恨まれるって言った!」
 そして、
「あたしは遊撃手だよ? 遊撃手はパーティの中でも器用貧乏の劣等生がなる役職よね? あたしは何やっても二番手だもん、無害だって分かるでしょ? 殺したりしないよね?」
 彼女はほとんど泣いている。サナギはどうする? の意を込めて、無感情にアイビーの言葉を聞いていた黒曜を向いた。黒曜は特に応じなかったが、緑玉が数歩だけアイビーに近づき、
「……遊撃手はほかの役職の欠けを補う。……盗賊役が死んだ今、次に俺たちの暗殺をするのはあんただし、戦士役の代わりにあんたが戦わなくちゃいけない。リーダーの代わりにあんた自身が決めなくちゃいけない」
 あんた、パーティにいて何も学ばなかったんだね、と続けて、
「俺はここにいない戦士のために戦うし、ほんとなら盗賊役の代わりに暗殺するのも俺の役目」
 立ち竦むアイビーにトンファーを振り上げて、もっとも、と言った。
「タンジェリンには暗殺なんてできないだろうけど」
 振り下ろされたトンファーは、正確にアイビーの頭を砕き息の根を止めた。

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暗中ディスカバー:裏 3

 先ほどからゼニスが何かぶつぶつ言っているのは聞こえていたが、パーシィの聞こえる範囲では攻撃呪文ではなさそうなので放っておいた。
「――<展開>!」
 ゼニスの言葉と同時に、ゼニスの周囲に微かに光を帯びた半円形のドームが出現した。結界の類だろうと見当がつく。
「<アンチショック>の結界だよ。これでお前らの攻撃は俺には届かない。それどころか受けた衝撃は倍になって跳ね返る」
「はあ」
 勝手に解説を始めたゼニスに、パーシィはまた気の抜けた返事をした。
「さあ、やれ、レグホーン」
「ン」
 と、戦士のレグホーンが背に担いでいた大きなハンマーを持ち直し、構えた。アノニムが面倒そうに首を傾ける。
 間髪入れずまっすぐにパーシィに向かってくるレグホーン。回復役の聖職者から狙うのは正道だが、軌道があまりに分かりやすい。パーシィが避けるまでもなく、間に滑り込んだアノニムが、振り下ろされたハンマーにぴったりとタイミングを合わせて棍棒を振り抜いた。棍棒は木製だというのに、アノニムの恐ろしく卓越した戦闘技術においては、それは、折れない。凄まじい衝撃を受けたハンマーは軌道をずらされてパーシィの遥か右手に落ちた。
「ウン……!?」
 レグホーンが呻くような声を上げる。
「大した力じゃねえな。タンジェリンのほうがはるかに怪力だ」
 もしかしてあの野郎こんなのに負けたのか、と続けて吐き捨てたアノニムは、そのまま流れるようにレグホーンの顎に棍棒の一撃を喰らわせ、あっさりと昏倒させた。
「え……え?」
 あまりにも鮮やかな一瞬の出来事に、クロッカスが倒れたレグホーンとアノニムの顔を見比べている。
「な……れ、レグホーンを……一撃だと……!?」
 ゼニスも驚いているが、
「驚くくらいなら最初から戦士の彼にも<アンチショック>とやらをかけてやればよかったのでは?」
 何故、前線で身体を張る戦士役に結界を張らず、自分の周囲に張ったのか、パーシィとしては意味が分からない。アノニムは嘲笑半分に鼻を鳴らした。
「戦士のことを見下してやがるんだろ」
「……なるほど」
 パーシィは納得の意を込めて首肯する。それから、
「自分の代わりに身体を張る相手を見下すのはよくない」
 と、真っ当らしいことを口に出した。
「う、うるさいっ! あいつはそれしか能がないんだ。それより、お前ら、ここから生きて帰れると思うな。俺の<アンチショック>で、お前たちからの攻撃は俺には届かないんだからな! ここからはなぶり殺しだよ」
「なるほど、最初から戦士役のことをあてにしていない、というわけだ」
 応じている間に、何事か詠唱したゼニスは、
「<ウォーター・アロー>!」
 ごぼりと音がして空中に生成された水がたちまち矢のように鋭く射出される。
「<プロテクション>!」
 パーシィの声と同時に不可視の壁が構成されて水の矢を受け止め、霧散させた。プロテクションは長くは続かない。こちらの壁もすぐに消失する。だが、向こうの攻撃をいなすくらいはわけないだろう。受けはいい。さて、では攻めは?
「パーシィ」
 アノニムがちらとこちらを見た。パーシィはしばらくアノニムの顔を見て、それから彼の言いたい言葉を理解し、頷いた。
「分かった。タイミングを合わせるよ」
 アノニムはパーシィの言葉を最後まで待たず、ゼニスのほうへ走り出した。
「はっ、馬鹿が! どんな攻撃をしたって、<アンチショック>は倍にして跳ね返すぞ!」
 無視してアノニムはその場で跳躍した。それに合わせ、
「<プロテクション>!」
 アノニムの身体が重力に負けて落ちかける一瞬の隙に、不可避の壁を発生させてアノニムを受け止める。それを足場に再度飛び上がったアノニムは遺跡の天井まで迫る。そして落下の勢いも乗せ、真上から<アンチショック>の結界に棍棒を叩きこんだ。ゼニスの言葉どおり、衝撃が跳ね返る。倍の威力を浴びた棍棒はさすがに砕け、それでも相殺しきれなかった衝撃は天井まで届いてぶつかり、凄まじい音を立てた。
 それからアノニムは着地し、バックステップでパーシィのところまで戻ってきた。棍棒がもっていかれた衝撃で折れたらしい指をパーシィに差し出すので、パーシィはすぐにそれを祈りの奇跡で癒す。
「な、なにをするかと思えば……」
 はは、とゼニスは気が抜けたように笑った。
「上からなら攻撃が通ると思ったのか? 残念だったな、<アンチショック>はドーム状で、死角はない」
 と言っているうちに、ゼニスの真上の天井、アノニムが与えた衝撃が<アンチショック>で跳ね返った部分に亀裂が入り、ぱらりと小石が落ちて来た。その小石が<アンチショック>に当たり、衝撃は倍になって跳ね返る。小石は弾けたが、それで相殺しきれなかった衝撃がまた天井まで届き、亀裂が大きくなる。
「お前らは俺に対してなす術は――」
 まで言ったところで、ゼニスの周囲にけたたましい音を立てながら土砂が降り注いだ。亀裂の入った天井だ。衝撃として伝わる天井からの瓦礫は跳ね返るが、ゼニスの四方向にみるみる積み上がる土砂で彼は<アンチショック>ごと囲まれていく。天井部分の衝撃の跳ね返りは衝撃を跳ね返し、ますます天井の崩落を早め、事態を悪化させるだけで意味をなしていない。が、ここで<アンチショック>を解除すれば、四方と上方の瓦礫で潰れて死ぬだけだ。
 たちまち生き埋めになったゼニスの声は、土砂に囲まれてパーシィにはもう聞こえない。アノニムには聞こえているかもしれないが、アノニムは無表情のままクロッカスを向いた。
「ぜ、ゼニスくん――」
「あれはもう助からないな」
 パーシィは思ったまま言った。
「か、神よ……ど、どうして……」
 真っ青な顔のクロッカスに、パーシィは尋ねた。
「神からの声は聞こえたかい?」
 クロッカスは今度は眉を怒らせ真っ赤になり、だがすぐに青ざめるのを繰り返し、半泣きで足をもつらせ、レグホーンを叩き起こし、よろよろと2人で遺跡の出口に向かって走り去っていった。
「追わなくてもいいものかな?」
「知らねえ」
「そうだね。まあいいか」
 土砂が崩れ続けるゼニスのいるであろう地点を眺めながら、パーシィは頷いた。

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暗中ディスカバー:裏 2

【パーシィ・アノニムSide】
 
 3人が無事に隠し通路の奥に進んでいったのを見届け、パーシィはスイッチから手を離した。隠し扉が閉じる。
「カーマイン一行も、ここに誰かしらが残ったのは間違いない。で、サナギの予想では隠し扉の先にほかの隠し扉のスイッチがあるのかもしれない、ということだったが、もしそうだとして、隠し扉が開き次第そちらに行ってしまっては、最初の隠し扉に進んだ側が出てこれなくないか?」
「馬鹿しかいねえんだろ」
 アノニムの容赦のない応答に、パーシィは、
「まあ、そうか」
 特に疑問もなく頷いた。
 それから何事もなく15分から20分程度が経っただろうか、不意に物音を立てて、向かって奥の壁が開いた。パーシィとアノニムはどこにも不用意に触れたりしていないので、恐らくサナギの想像通り、黒曜たちが行った先の隠し通路で隠し扉を開けるスイッチを見つけたのだろう。あるいはカーマイン一行が別の場所でスイッチを見つけた可能性もあるが……。
 もちろん、ここで待機するために残ったので、そちらに進む気はない。黒曜たちが開けたのだとて、先に進めという意味合いで開けたわけでもないだろう。必要があれば、3人もいるのだ、誰かしらがその通り連絡に来る。サナギが好奇心のためにスイッチを押して開けただけではないか。
 と思って開いた扉を眺めていると、中からドタドタと足音がして、3人、人が飛び出してきた。まず目についたのは大きな身体のレグホーン、それから息を切らせているのはシスター服のクロッカスと、片目隠れの前髪のゼニスであった。
「も、もう出られないかと思、思いました……」
 涙目のクロッカスが震え声で言う。その背中で隠し扉が閉まっていった。
 どうやら先に同じシチュエーションになって、彼らは不用意にも開いた扉に残った全員で入ってしまったらしかった。すぐさま状況を察したパーシィは、
「さすがに不用心では? そちらのゼニスは参謀ではないのか?」
 と、直球で尋ねた。
「う、うるさいっ」
 ゼニスは顔を真っ赤にして大きな声を上げる。
「もしかしたら、カーマインたちが先に進むのに、この隠し通路からのアプローチも必要かもしれないだろうがっ」
「必要なら誰かしら伝令が来るものだろう」
「そ、そうですよ、やっぱり誰か来るのを待ってるべきだったんです」
 主張するように小さな拳を必死に上げ下げしたクロッカスが、
「それなのに、ゼニスくんは、もしかしたらカーマインくんたちより先に財宝を見つけられるかもって――」
「クロッカス! 余計なことは言わんでいい」
 鋭く彼女を制止したゼニスが、誤魔化すように咳払いする。
「……ええと、お前らは確か、パーシィとアノニムだったか。聖職者と戦士か……」
 神経質に前髪を撫でたゼニスがじろじろとこちらを眺める。ゼニスはちらとクロッカスに何やら目くばせした。クロッカスはそれで、手をポンと叩いて、
「そ、そうそう、私、パーシィさんとはたくさんお話したかったんです」
「話?」
 女子に絡まれるのは慣れているので、特に不審にも思わずパーシィは首を傾げた。クロッカスは、
「同じ聖ミゼリカ教徒ではありませんか。信仰についてお話しましょうよ」
「はあ。それはまあ、構わないが……」
 急すぎる話題だが、別にほかにすることがあるわけでもなく、パーシィは素直に頷いた。"カーマイン一行が財宝の独占を狙い、トキとタンジェを害した可能性"を忘れているわけではない。そうなればこのゼニスたち3人も後続のパーシィたちに悪意を持っていることは想像に難くなく、さっきのゼニスの意味ありげな目くばせも加味すると、恐らくクロッカスに意識を集中させるために話題を振ってきたのだろうことも分かる。ただ、パーシィとしては、アノニムがいるので特に怖いものでもないのだった。
「ええと――パーシィさんは、いつから信仰をお持ちになりましたの?」
 変なことを聞く。パーシィは素直に告げた。
「俺は"生まれながらに"聖ミゼリカ教徒だよ」
 嘘ではない。パーシィは天使として誕生したときから神のしもべとしてできている。堕天したとて変わらず、パーシィが"宗教を志したきっかけ"などというものは存在しない。しかしクロッカスは静かに笑い、
「生まれついて信仰を持っている人なんていませんよ。人の信仰心はすべて、あとから芽生えるものです」
 と、諭すように言った。パーシィははあ、と返事をした。
「生まれながらの聖ミゼリカ教徒だと言って、信仰心の深さを主張したいのは分かります。ですが、それは嘘ですよね。だって、赤子のころから信仰のことが分かりましたか?」
 パーシィは誕生以来、赤子だったことがない。彼女はそういうイレギュラーを想定していないのだ。だが、クロッカスの主張は案外、もっともかもしれない。パーシィにとって赤子ほど想像のつかない存在もないが、たぶん、赤子に信仰はない。成長するに従って信仰に目覚めるのは妥当だ。パーシィはなるほど、と頷いた。それに気を良くしたらしいクロッカスは、
「聖職者は、神に選ばれてなるものです。私も神の声が聞こえて、そこから信仰心が芽生えたのですから」
 パーシィはもう一度頷き、
「失礼だが、クスリなどをやっておられる?」
 クロッカスは言葉の意味が分からなかったらしく、きょとんと目を丸くしてこちらを見ていたが、ようやく理解したときには顔を真っ赤にして、
「何を言うのですか! わ、私の信仰が妄言だとでも!?」
「妄言か妄想かは知らないが、まあ、信仰自体は悪いことではないからな……」
「あ、あなた、失礼ですよ!」
 そう言われても、神が人間一人にわざわざ言葉を授けるなんてことあるわけがないのだ。神にとって人間はすべて平等に有象無象で、特定の個人どころか、人間に対して恩寵を与えることすらありえない。
 もしクロッカスに何か言葉が聞こえたのが真実だとしても、神からの言葉であることだけは絶対にありえないのだ。そうなればまず幻覚か、悪意ある他人に詐欺を受けた、ということになるだろう。
「だいたい、"生まれながら"と言っているあなたの信仰こそ欺瞞で――」
「クロッカス、もういいぞ」
 と、ゼニスが会話に割り込んだ。クロッカスとパーシィは同時にそちらを見る。

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プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
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