カンテラテンカ

暗中ディスカバー:裏 1

 遺跡発掘の依頼で、新発見した新たなる遺跡――。
 黒曜一行は、同じ依頼を受けていた別冒険者パーティ『カーマイン一行』と手分けして遺跡を探ることになった。黒曜一行は本来の依頼どおり従来の遺跡の発掘調査を、カーマイン一行は依頼人のトキとともに新発見した遺跡に潜り現地調査を担当する。
 1時間で戻ると約束した依頼主トキは、しかして2時間待っても帰らない。業を煮やしたせっかちなタンジェが呼んでくると言って遺跡のほうに向かって、さらに1時間。
「うーん、これは」
 サナギが言った。「ミイラ取りがミイラになったかな」
「……やっぱりね」
 答えたわけではないだろうが、続いて聞こえたのは緑玉の呟きだった。黒曜がついと視線を上げれば、緑玉は、
「金に目が眩んだ人間がやる事なんていつだって一緒でしょ」
 ごく冷めた声色で言った。
 もしかしてだけれど、と前置きして、パーシィは、
「カーマイン一行が『アントロッドの黄金の聖印』を目的に、トキをどうにかした、と言いたいのかい?」
「そう言ってる」
「つまりトキは殺されたから戻ってこない、と?」
「そんな度胸がある連中には見えなかったけどなあ」
 と、会話に口を挟んだサナギは腕を組み、首をコテと傾げた。緑玉は眉を寄せてため息をつく。
「サナギは頭いいかもしれないけど、人を疑わなすぎ」
「そうかな。まあそうだとして、リーダーの黒曜や遊撃手の緑玉がカバーしてくれるでしょ。遊撃手は役職の一部が機能しなくなったとき、それを代理でやるのも仕事なんだからさ」
 気楽なサナギの様子に、緑玉はもう一度ため息をついた。緑玉の言うとおり、サナギは参謀としては優れた男なのだが、少し人間のことを信じすぎるきらいがある。
「ところでなんだが、トキが殺されてるなら、タンジェも殺されているのでは?」
 と言ったのはパーシィだが、言葉のわりにまったく深刻にも思っていない調子だった。その言葉を受け、
「今ならまだ間に合うかな?」
 サナギが立ち上がる。サナギ一人を行かせたところで、彼こそミイラ取りがミイラになりかねない。黒曜も立ち上がった。
 そうなれば、全員がリーダーに従うことになる。アノニムも舌打ちしたものの立ち上がり、隅に寄せていた棍棒を手に取った。続いて一同各々武装し、一行はタンジェとトキを迎えに遺跡まで向かう。
 ほどなく遺跡に到着した。遺跡には分かりやすい足跡があり、盗賊役のタンジェがいなくてもその足取りを追うことは容易だった。
 警戒を忘れず、かといって慎重になりすぎて時間をかけるのもよくない。先に潜入しているカーマイン一行が後続を潰すために罠を張っている可能性も視野に入れる。盗賊役のタンジェがいなければ、先にサナギが言ったように、欠けた部分を補うのは遊撃手の緑玉の役目だ。元より慎重で神経質な性格の緑玉であるから、罠などには敏感だ。
「といっても、俺は罠の解除なんかの訓練を正式にはやってないから」
 と緑玉は言う。
「まだ素人同然とはいえ、訓練積んでるタンジェリンみたいにはいかないからね」
 黒曜は無言で頷いた。分かってるよ、と言葉で応じたのはサナギで、
「見つけさえできれば、場合によっては破壊とか、敢えて引っかかるって方法も取れるからね。大事なのは見つけること」
「……まあ、分かってるならいいけど」
 しかしながら、緑玉も含め、全員の警戒はあまり意味を為さなかった。奥にある小部屋まで、一同はいっさいの罠にかかることも、迷うことすらなく辿りついたためだ。少なくともここまでに後続を貶める罠らしきものはなかった。
 だがカーマイン一行も、トキもタンジェも見当たらない。小部屋にはまだ先があるようだ。一見、行き止まりだが注意深く見ていくと向かって左の壁に不自然な盛り上がりがあり、触ってみるとわずかに動く。何らかのスイッチらしく、相談ののち押し込んでみれば、反対方向の壁が音を立てて一部、開いた。隠し扉というわけだ。
 しかしスイッチから手を離すと、隠し扉は閉まってしまう。誰かはここに残らなくてはならない、ということらしい。
「じゃあ俺、残ろうか?」
 パーシィが軽く挙手した。
「何かあったときにここに戻ってくれば俺がいる、と分かっていれば、先に進んだ側が怪我をしても戻ってくればいいわけだから」
「確かに、先に進む側にパーシィがいては、残った側に何かあったときに対応できないか」
 頷いたサナギが、
「じゃあアノニムも残していこう。パーシィの護衛ということで」
「それは心強いな。自分の身くらい守れるつもりだが、何があるか分からないし」
 先に進む側としても、参謀とリーダー、遊撃手のメンバー構成は妥当だろうと思われた。パーシィはさっそく、隠し扉のスイッチを押す。開いた扉の先に、ひとまず危険がないことと、扉が閉まったあと足音が残る側に聞こえるかどうか――ほかに出入り口がなければ、残った側が隠し扉のスイッチを押さねば進んだ側が出てこられないので――を確認する。奥に進んだ者たちの足音は、分厚い石壁に阻まれてパーシィには聞こえなかったが、人外たるアノニムには足音が明瞭に聞こえるらしい。問題ないと判断した。
「しかし、ということは、カーマイン一行も、誰か最低一人はここに残っているはずだよな」
 パーシィは腕を組み、首を傾げた。
「姿が見当たらないが」
「もしかしたらだけど、この隠し扉の先に、また別の隠し扉が開くスイッチがあるのかもしれないよ」
 答えたのはサナギ。二手に分かれつつ先に進んでいるということか。ありえる話ではある。
 隠し扉の先でどうやらやはりカーマイン一行が進んだらしい足跡を見つけ、黒曜、緑玉、サナギは先に進んでいった。

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暗中ディスカバー 7

 聞けば、黒曜たちはタンジェが発って1時間ほどでタンジェを追い、この遺跡に来ていたらしい。
 黒曜たちは黒曜たちで、別行動を取らされたり、遺跡が多少崩れたりなどのアクシデントはあったそうだ。それでも最終的に、黒曜はこの石像とロザリオのある隠し部屋の近くまで辿りついた。タンジェが石像の腕を叩きつけて音を立てたことで最後の隠し扉の正確な位置が分かったので、黒曜は隠し扉を開けることができたのだった。
「結局のところ、タンジェリンの不屈の精神が私たちの身を救ったわけだ」
 と、遺跡の外まで救出されたトキはいいように言った。
「無事でよかったです」
「タンジェリンのおかげだな。私は半分以上、諦めていたよ」
 それは実感として、ある。トキは途中まで、少なくとも彼自身の命を諦めていた。自己犠牲は世間一般では立派で美しい行為なのかもしれないが、タンジェは死ぬほど馬鹿馬鹿しいと思っている。
 すっかり日は高い。タンジェは数時間ぶりに外の空気を吸い込んでから、
「……そういや、カーマインたちはどうした?」
 心配ではなく、単に行方が気になって尋ねた。レグホーンに突き飛ばされて穴に落ちたのだから、文句か拳は叩きこんでやらねば気が済まない。
 黒曜は、
「見なかった」
 と、無表情で言った。
「宝は諦めて、帰ったんじゃないの」
 言ったのは緑玉で、ほかのメンバーも行方は知らんとばかりに首を横に振ったり、傾げたりした。
「……」
 訝しく思わないではなかった。黒曜は、タンジェが<罪の鏡>に囚われたとき、その犯人のトリカのことも"見なかった"のだと言った。けれど嘘だったとしてタンジェ相手にそんな嘘をつく理由も思いつかない。それに、カーマイン一行があの小部屋で相当、手こずっていたであろうことは――いつまで経っても最奥の隠し部屋に来なかったことから――事実なので、緑玉が言うように、宝を諦めて早々に帰ったというのはもっともだと思えた。
「ちっ、一発くらい殴ってやりたかったが」
「何があったの?」
 今更ながらサナギが尋ねる。タンジェは口ごもった。レグホーンに突き飛ばされて穴に落ちたことを暴露せねばならないらしい。あまりに無様なので、言いたくはなかったが、経緯を説明しなければサナギは納得しないだろう。
 渋々タンジェは、自分がトキを探しに来たときにはすでにトキが隠し部屋への落とし穴に突き落とされていたこと、自分も同様に突き落とされたことを話した。
「雑魚」
「ダッサ」
 とアノニムと緑玉がボソッと言うので、タンジェは何か言い返してやろうと思ったのだが、自分でも自分に同じことを思うので、結局言い返す言葉は浮かんでこなかった。
「ふふ」
 トキが笑った。
「タンジェリンの啖呵を知らないから、そう言うのさ。本当にかっこよかったぞ」
 それはそれで、わざわざ言われたい言葉でもなかった。タンジェはトキを睨む。
「でも、残念でしたね。『アントロッドの黄金の聖印』の隠し部屋まで行けたのに……」
 とサナギが言ったところで、トキは懐から何かを取り出した。石像のかけらと淡く光る黄金のロザリオである。
「て……てめぇ! あの状況下で、持ち出してたのかよ!?」
「当たり前だろう、いつ更なる崩落が起きて、埋まってしまうか分からないからな」
 トキは悪戯っぽく笑った。
「私は学者だ。学問のために死ねる」
 それはきっと、タンジェが、最善のためなら死ねると確信を持って言える信念と同様のものだ。
 学問は、未来の人間に託すものだ。考古学は、過去を知ろうとするものだ。未来と過去を結び付けるこの男のことを、タンジェは眩しく思った。きっと彼が手に持っている、輝くばかりのロザリオのせいだ。

★・・・・

 カーマイン一行の行方は一向に知れず。けれどもアントロッド遺跡の発掘調査は以降も続き、そこそこの発掘成果を得て、黒曜一行の依頼は満了となった。あれから追加の冒険者が呼ばれることはなかったので、最終的には新発見した遺跡のほうにまで手は回らなかったのだが、トキは成果に満足したらしく「いい仕事をありがとう」と言った。
「いったん、ここまでの調査結果をまとめて……それが終わったらまた、発掘調査さ」
 そのときはよかったら、またどうだ? と続けるので、
「ぜひ!」
 サナギが身を乗り出して目を輝かせた。黒曜はというと「そのときは星数えの夜会に依頼書を出してくれ」とごく事務的な反応を返すに留まる。
 タンジェとしては、いろいろあったが、悪い依頼ではなかったと思う。
 ただ――いろいろあったうちに、トキが言った言葉は、タンジェの心の隅でなんとなく引っかかっている。

 ――黒曜のことを語るとき、お前はいい顔をしている。
 ――黒曜のことが気に入っている。何なら好き――そういう顔だ。

 タンジェは、黒曜のことを考える。暗やみの中を手探るように。

【暗中ディスカバー 了】
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暗中ディスカバー 6

 それからまた30分ほど経った。カーマイン一行が訪れる気配はない。
「あいつら、どんだけボンクラなんだよ」
 と、まんまと突き飛ばされた自分を棚に上げ、タンジェはぼやいた。トキはずっとタンジェに民話や怪談を聞かせてくれて、タンジェが退屈しないように気を回してくれていた。そのことはありがたいが、トキの体力だって無限ではない。トキは疲れを顔に出しはしなかったが、
「確かに、そろそろ昼食の時間も近いだろうな。昨日の残りのシチューを温め直さないと」
 と、弱音らしきことを呟いている。言われて空腹なことにも気づいた。
 しかし考えてみれば、空腹なのは黒曜たちだって同じだろう。タンジェがトキを呼びに発掘現場を移動し始めてから、ずいぶん時間が経っている。さすがに遅いと、様子を見に来てもおかしくはない。が、もちろん、様子なんか見に来なくても、おかしくはない。
 カーマイン一行がしかけを突破してここに辿りつくか、あるいは黒曜たちが異変を察して駆けつけてくれるか。正直なところ、どちらも大して確率は高くないように思えた。ただ、依頼人のトキが行方不明である以上、黒曜たちだって現状を無視はしないと思いたいが……。
「タンジェリンは私を呼びに来たんだろう? 黒曜たちには?」
「もちろん、言ってきたぜ。もう1時間半近くは経ってるから、異変に気付きゃあ、駆けつけてもおかしくはねえ。てめぇがいるからな」
「私?」
「依頼受けてる立場で、依頼人を放っておきはしねえだろ」
 と、考えたことをそのまま言えば、
「おかしなことを言う。一時の付き合いの私なんかより、仲間のお前を探しに来るのが順当じゃないか」
 トキはそう言って笑った。
 普通ならそうだろう。だが、黒曜たちは良くも悪くも淡白だ。仲間の情があるのかどうか微妙なところだと思っている。
 ただ、<罪の鏡>のおり、黒曜がタンジェを助けてくれたのは確かだ。"偶然"であれ、居合わせた以上は助けてくれるのであれば、希望はまったくないわけではない、か。
 タンジェはまあな、とは言ったが、
「ただ、黒曜は……どうだろうな。こんなざまじゃ、足手まといだろ。足手まといを助ける道理はねえ」
「ふむ」
「何回も助けてくれるほど、気が長いやつでもねえだろうしな」
「何回も?」
 以前も助けられてな、と、<罪の鏡>の件を思い出しついでに言った。それ以上余計なことを言う必要はないから、タンジェはそれきり黙ったが、あのとき黒曜がくれた言葉は未だにタンジェの腹の奥にあって、タンジェのことを奮い立たせる――"強くなることだ。自分が弱いと思う暇もないくらいに、……お前ならそれができるだろう?"
 こちらを眺めていたトキが、ふ、と笑った。
「なるほど」
「あ?」
「黒曜のことを語るとき、お前はいい顔をしている」
「ああ?」
 タンジェは本気で困惑した。"いい顔"? "いい顔"ってなんだ?
「黒曜のことが気に入っている。何なら好き――そういう顔だ」
 ぽかっと口を開けて、トキを見た。――俺が黒曜を気に入っている、何なら好き? 何なら好き!?
「何わけわからねえこと言ってやがる」
「まああまり気にするな、他人の邪推だよ」
「気にするなってのは、無理な話だろ!」
 言葉の調子から察するに、あまり深い意味のない発言だったのかもしれない。だが、タンジェは追い縋ってでも否定しようと、
「だいたい、相手は一回りも年上の男だぜ。好きだの嫌いだのの話は無理があるだろうが!」
「そうか? 男こそ、いい男に惚れこむものだと思うがな」
 と、トキは雑談のときと同様、なんでもないように言った。
 確かに黒曜は、タンジェの憧れとするところではある。強いし、動じない。ただ、いい男かと言われると首を傾げたくなる部分もあり、
「あいつは合理主義だからな。人柄に関してはいい男だってのも違うだろうぜ。まあ悪いやつじゃねえとは思うが……」
「否定できる要素がスッと出てくるのも、よく見ている証拠じゃないか」
 よく見ているということは、気に入っているということだ、とトキが言う。タンジェは口ごもった。これは何を言ってもそっちのほうに持っていかれそうだ。この話題を嫌って、タンジェはそっぽを向いた。
「俺が黒曜を好きか嫌いか、そんなことはどうでもいいんだよ。それより――」
 そのときだった。轟音が鳴り響き、地面が揺れたようだった。瞬間、何がと思う間もなく石像がけたたましい音を立てて割れ砕け、土埃を上げて降り注いだ。タンジェは咄嗟に頭を守る体勢になった。土や破片が入らないよう、目と口をしっかり閉じる。
 天井から怒涛のように土と瓦礫が降り注ぐ。防御姿勢になるのが早かったため、多少大きな瓦礫が身体に当たっても、致命傷に至ることはなかった。
 やがて轟音も揺れも収まり、タンジェはゆっくりと防御姿勢を解いた。土埃に咳き込みながら周囲を見回す。崩れた石像からロザリオが外れて落ちていて、その先でトキが倒れていた。
「トキ!」
 タンジェが駆け寄ると、トキは顔を上げ、
「ああ、生きているよ」
 と、しっかりした反応を示した。胸を撫で下ろすより早く「だが」と続ける。
「無事とは言えないな。ちょっと動けそうにない」
 トキの身体は半分、崩れた石像と柱に挟まれている。ちょうどうまい具合に挟まったらしく「足の感覚はある。挟まれてひしゃげたこともなさそうだ」とのことで、それはよかったが、下半身を引きずり出すことは難しそうだ。
 タンジェは、急に崩落が起きたためにずいぶん狭くなってしまったスペースを見回した。上に繋がっていたはずの穴も埋まり、完全に密閉されてしまっている。まったく身動きが取れないわけではないが、これは――まずいかもしれない。
 だがそのことを顔には出さず、タンジェはトキの身体の上に乗ってしまった瓦礫をどかそうと、彼の隣に移動した。
 力を込めるが、上の土がしっかり瓦礫を抑えてしまっていて、なかなか動きそうにない。場所や力を込める位置を変え試行錯誤するタンジェに、静かな声で、トキが言った。
「素敵な提案をしよう、タンジェリン。お前は私を見捨てるべきだ」
 タンジェは手を止め、トキのことを見た。特に悲壮な覚悟を決めたという顔でもなく、ごく穏やかな表情のトキが続けた。
「こうなってしまっては、酸欠の心配をしたほうがいい。私のことを殺すといい。お前ひとりなら助けが来るのを待てるかもしれないからな」
「……」
「そしてここを脱出できたなら、そのロザリオと石像の欠片を持っていけ。『逢う魔が時亭』のイグニス・カーレンテなら、事情を話せば買い取ってくれるだろう」
 ご丁寧なことだ。トキはそれで、まるで万事解決するかのようにひとつ頷いた。
「てめぇよ」
 と、タンジェは言った。
「ふざけたこと言ってるヒマあったら、呼吸を静かにしてろ。俺は少し動くから、呼吸が荒くなるかもしれねえ。2人でゼェゼェ言ってたら、もつもんももたねえだろ」
「タンジェリン」
「黒曜は来ねえかもしれねえし、俺たちは死ぬかもしれねえが、それと俺が諦めねえことは別問題なんだよ」
 瓦礫の一つに手をかける。ぐ、と少し力を込めれば、わずかに動く箇所がある。いったん離れて、ここを動かした場合に連動して動く場所、あるいは逆に崩れてしまう箇所はないか、慎重に見極める。そうしながら、
「他人を殺して助かろうだの、それで手に入れた宝を換金するだの、そんなことして、どんなツラしてこれから生きていくのか……考えるだけで反吐が出るぜ」
「……」
「俺はな、そんな後悔、追加で抱えて生きてくのなんざ、ごめんなんだよ!」
 だからてめぇは黙ってろ、と言って、タンジェはこの瓦礫をよけることが比較的安全そうだと見当をつけると、力を込めて横に押し出そうとする。少しずつ動きだした瓦礫は、やがて大きな音を立ててトキの上からのけられた。また崩れてくる前に、素早くトキに手を貸して瓦礫の隙間から脱出させた。
 トキは目を細めて、タンジェに静かに言った。
「お前は高潔だ。胸を張っていい。ありがとう」
「ああ?」
 褒められたくてやった行為ではないから、タンジェは眉を上げた。だが別にわざわざ言い返す意味もないだろう。また周囲を見回す。
「諦めてたまるか」
 呟く。タンジェは、ここに何か"最善の手"があったとして、それを為すためなら死んでもいいと思っている。後悔するくらいなら死んだほうがマシだ。それが復讐を志しながらも、故郷ペケニヨ村の壊滅に切歯扼腕の悔恨を残すタンジェの生きざまだった。
 けれど、ここに特別、すべてが解決するような最善手はなく、だからタンジェは、死ねない。復讐の志半ば、こんな無意味に死んでたまるか。
 崩れた石像の腕が転がっていることに気付き、拾い上げる。タンジェはかろうじて残った壁を叩きながら、向こう側に空洞がありそうな場所を何とか特定すると、その箇所に向かって振り上げ、勢いよく叩きつけた。
 石像の腕は大きな音を立てて粉々に砕け散り、壁は揺れたものの、ヒビも入りはしなかった。
「ちっ、駄目か……」
 だが、諦める気はない。タンジェはまた次、壁に叩きつけるための石像のかけらや瓦礫を探そうとして、そのとき微かに物音が聞こえた気がして振り返った。
「……?」
 トキも視線をさまよわせ、音の位置を探ろうとしているようだ。
 そうこうしているうちに、今しがたタンジェが石像の腕を叩きつけて揺らした壁が、震えた。軋んだ音を立てながらゆっくりと壁が開いていく。
「……!」
 奥からカンテラの温かな光が漏れて、眩しく思ってタンジェは目を細めた。カンテラの向こうに黒衣の無表情があって、それは、一言、こう言った。
「遅くなった」

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暗中ディスカバー 5

 足早に歩けば、遺跡には10分ほどでついた。遺跡の中は明かりもないだろうから、あらかじめランタンを持ってきている。灯されたランタンに照らされ、遺跡の入り口は変わらず静かに口を開けていた。
 カーマイン一行とトキが侵入した足跡があり、タンジェはひとまず、それを追っていく。まず地下へと伸びる狭くて長い階段。下りきれば、少し広い空間に繋がり、石壁に包まれた通路が奥に向かっている。多少の枝道はあったものの、その先をカンテラで照らしてみると、すぐ行き止まりであることが分かることも多い。単純な構造の遺跡だと言えるだろう。
 さまよう靴跡が最終的に向かっている方向を見れば、どこに進めばトキたちがいるかは容易に知れた。
 枝道のほかに曲がり角がいくつもあって、タンジェは何回も角を折れることになった。山で生きてきたタンジェは方角というものがいかに大事か知っている。角を曲がるたびにいちいち自分の向いている方向を確認していった。恐らく今は、黒曜たちがいる本来の発掘地点の方角を向いている。トキはこれらをアントロッド遺跡群かもしれないと言っていたが、もしかしたら発掘しようとしていた遺跡と、今タンジェが歩いている遺跡は、そもそも一つのものかもしれないなどと素人考えで思った。
 そこから時折足跡を確認しながら20分ほど通路を歩いただろうか。ちょっとした広さのある小部屋のような場所で、タンジェはばったり、カーマイン一行に出会った。
「あ」
 と、カーマインが妙な声を上げた。
「おい。もう2時間以上経ってる。トキは1時間で戻る話だっただろうが」
 タンジェが手短に用件を言うと、カーマインは「あ、ああ、そう?」と、頭を掻いて困ったように笑った。
「作業が進まねえし、トキを呼びに……」
 そこでタンジェは、トキが見当たらないことに気付いた。「トキは?」
「あ、ああ。トキさんなら、先に上に戻ったぞ。入れ違いになったんじゃないか?」
「……」
 そんなわけはない。遺跡の各所にあった枝道は短く、迷う要素はない。遺跡から発掘地点の間だって、最短距離を行けば通るルートは限られる。トキはこの遺跡から外に出てはいない。
「てめぇら……トキをどうした?」
「ちっ」
 と、スズが舌打ちした。カーマインは短くため息をつき、
「トキさんなら、そっちだよ」
 向かって右手に指をさす。視線だけそちらに移すと、小部屋の端に通路らしきものがある。そちらにトキがいる? タンジェが来たのに助けも呼ばないということは、単に穏便な別行動なのか、それとも意識がないのか――。タンジェは慎重にそちらに歩み寄った。
「トキ?」
 通路の前まで来て、カンテラを灯して小路の奥に声をかける。だが返事はなく、タンジェは訝しく思う。
 小路の奥までカンテラの光は届いていない。タンジェは数歩、小路に足を踏み入れた。
「ト――」
 再度、名前を呼ぼうとしたところで、背中に強い衝撃が走った。バランスを崩し、よろけながらも振り向くと、巨漢の戦士レグホーンがタンジェに向かって腕を突き出していて、タンジェが体勢を整える前に踏み込み、力強くタックルをしてきた。
 バランスさえ崩していなければ、力負けはしなかったと思う。しかしレグホーンよりはるかに小柄なタンジェはあえなく後方に突き飛ばされ、そして、背中を床に強打する――ことはなかった。
 穴だったのである。
 やられた、と思うのと同時にタンジェは中空に放り出され、数秒ののち、今度こそ強く地面に激突し、そこで意識が一旦、途絶えた。

★・・・・

 暗闇の中に、ほのかに光る何かがあった。
 自分が目覚めたらしいと自覚するのに、数秒かかった。そのくらい暗い。目を凝らして光のもとを凝視すれば、それはどうやら黄金のロザリオらしいと分かった。黄金のロザリオは、石像に埋まっている――人の形をした、等身大もあろうかという立派な石像だ。
 タンジェはそれをぼんやり見ながら、ここはどこで、自分は何をしているのかを考えた。
「お、目が覚めたな」
 と、ぼんやりした光の下でこちらに振り向いたのはトキで、
「災難だったな」
 ごく気軽な調子で片手を挙げた。
「……」
 タンジェはそこで、自分が地面に倒れ込んでいることに気付き、身体を起こした。
「頭から落ちていたからなあ。下手に動かすのも危ないと思って、自然に目覚めるのを待ったが。実に30分近く意識がなかったぞ」
 頭から落ちる? タンジェはそれでようやく、自分がレグホーンに突き飛ばされて穴に落下したことを思い出した。
「あの野郎!」
 たちまち怒りが沸き上がり、タンジェは自身の頭上を見上げた。カーマインたちがいたあの小部屋の光すらささないのだから、自分が落ちてきた穴はどこかで曲がっていたり、歪んでいたりするのかもしれなかった。そうなれば、登っていくのは難しいだろう。
「あいつら、何なんだよ!」
「恐らくだが、何か勘違いしているんだろう」
 なんてことはないように言ったトキに、タンジェは「勘違いだ?」と眉根を寄せた。トキは、
「彼らはこの遺跡の奥に眠るコレを、とんだ財宝だと勘違いしているんだ」
 と、ぼんやりと淡く光るロザリオを示した。それから独り言のように、
「だが、気持ちは分からんでもない。こんな暗闇で自然発光しているしくみは、やはり神の奇跡の力によって生み出された黄金だからなのか? 気になるところはたくさんある」
「だが、換金すりゃ、結構な値になるんだろ」
 何が勘違いなんだよ、とタンジェが尋ねれば、
「このロザリオや周囲の石像の価値は、学術的な意味のほうがはるかに大きい。欲しい学者はいくら積んでも欲しいだろう、その言葉に嘘はないよ。ただ、そんな学者がどれだけいるか。普通の換金所に行って『アントロッドの黄金の聖印』だと言ったって、誰が信じる?」
「……」
「彼らはこの遺跡に眠る遺物を過大評価しすぎて、独占を企んだんだよ」
 頭が痛くなってきた。いや、したたかにぶつけたらしい物理的な痛みはとっくにないのだが――頑丈さがウリなのである――そういう意味ではなく。
「だが彼らは、まさかさらに地下にこの宝があるとは思わなかったらしいな。まだ上を探しているようだ」
「あの小部屋か……」
「しかけのようなものもいくつかあったが、まあほとんどは盗掘を避けるためのダミーなんだろう」
 それを何とか突破しようとしているらしい、と。
「しかしてめぇはなんでこんなところでぼんやりしてんだ。必要ならあの宝をさっさと取って、おさらばすりゃいいじゃねえか」
「いいことに気付いたな、タンジェリン。この場所はどうやら、出口がないようだ」
 トキは何でもないことのように言った。
「たぶん、私たちが突き落とされた穴も、経年劣化で自然にできたものなんだろう。少なくともこちら側から開く扉のようなものはない。壁の……」
 とんとん、と壁を軽く小突き、
「音の跳ね返りから察するに、隣接する部屋あるいは通路はありそうなのだが。要するに、隠し扉だから、目に見えて扉の形をしていないのだろう」
 そして内側からそれを開くことも想定されていない、とトキは続けた。
 タンジェはそうかよ、と言った。思いのほか動揺していない。カーマインたちが上のしかけを解き、ここに辿りつくのを待つしかない、か。それはそれで、あまりよくない結果のような気もするが。
 上部に穴自体はあるので、深い遺跡とて、ひとまず酸欠の心配はないだろう。タンジェだって、空気で人間が生きていることくらいは知っている。
「まあ、今は待ちのときだな。カーマイン一行が、いずれここに辿りつける程度には練度のあるパーティであることを信じよう」
 トキは冗談めかして言った。不安は特に、ないらしい。冒険者でもないのに気丈な男である。それとも、フィールドワークを主とする学者というのは、みんなこうなのだろうか。
「そうかよ。そいつは退屈だな」
 タンジェは本音をこぼした。トキは笑った。
「それじゃあ、こんな話はどうだ? あるところに男がいて――」

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暗中ディスカバー 4

 声を頼りに行ってみれば、サナギ、黒曜、緑玉の目の前に崖肌があって、昨日の大雨によってだろう、一部が崩落していた。その崩落している箇所に、柱らしきものと崖肌の奥に続く洞窟の入り口が露出していた。
「これは」
 タンジェとほぼ同時に到着していたトキが駆け寄っていって、露出した柱を眺める。
「とんでもないものを見つけたかもしれないぞ!」
 なんだなんだと、カーマイン一行も寄ってきて、
「これって、遺跡?」
「先ほどまで掘っておられたアントロッド遺跡とは違うのですか?」
 次々に疑問を口にする。全体的に寡黙で、その会話量の9割をサナギとパーシィで占めているであろう黒曜一行に比べればコミュニケーション能力がケタ違いである。トキは、
「さっきまでトレンチを作っていた遺跡は、地中に埋没しているものの一部が地震によって露出し、そこに遺跡があると判明したんだ。それを学者間ではアントロッド遺跡と呼んでいたが、実際はここはアントロッド遺跡群とでも呼ぶべき、遺跡の密集地帯なのかもしれない。距離的に見てもまったく無関係の遺跡というわけではなさそうだが」
 と言いながら忙しなく遺跡の柱や洞窟の入り口を眺め、慎重に触り、崖肌にぽっかりあいた洞窟の入り口のようなものの前でふと屈みこんだ。彼の足元には石板があって、タンジェが後ろから覗き込んでみれば、文字のようなものが掘られている。その下に猫らしき絵があり、目の部分に小さな金の粒が嵌まっていた。片目だけ。もう片目は何かの拍子に外れたらしく、空洞がぽっかり空いている。
 トキは先ほどタンジェが拾った金の粒を、その空洞に翳してみた。ぴったりだ。崩落ついでに外れ、泥に混じって流れていき、トレンチに注ぎ込んだに違いない。
「何が書かれているんです?」
 と、カーマインが尋ねた。冒険者というのはだいたいそういうものだが、好奇心旺盛な性分らしい。サナギを除く黒曜一行は無頓着なきらいがあって、この発見に目を輝かせているのもサナギだけだ。
「古代神聖文字だな」
 トキは言った。「読めるのか?」と続けてゼニスが尋ねれば、「潰れている部分もあるが、なんとか」とトキが応じた。
「『聖人アンセリオ……奇跡……を、……強欲なるグリドリトス……戒め、黄金とともにここに眠る……』」
 読み上げたあと、「なるほど」と、小さな声でトキが呟いた。鈍いタンジェにも分かることだが、昨日トキが諳んじてくれた『アントロッドの黄金の聖印』の話と合致する文言が掘られているようだ。つまりこの遺跡は天罰を恐れた人々が、石になったグリドリトスを封じた遺跡であるということだろう。
「黄金!?」
 にわかに沸き立つカーマイン一行。
「黄金があるの? それって、どのくらいの価値?」
 スズが尋ねた。トキは石碑の前で立ち上がり振り向いた。
「私たち学者からすれば、まあ値段はつかないだろうな。いくら積んでも譲ってくれという人もいるんじゃないか」
「……!」
 カーマイン一行は顔を見合わせた。
 だが、『アントロッドの金の聖印』の話が正しければ、黄金なのはロザリオだけのはずだ。それ以外は石になってしまったというのが話のオチなのだから。ロザリオだけでそんなに高値がつくもんか? まあ、黄金だからそういうこともあるか、とタンジェは雑に思った。少なくとも、この依頼の謝礼よりははるかに稼げそうな話ではある。
 だいたいの冒険者は強者との戦いや一攫千金を狙っているもので、こういう話にロマンを感じる者も多いだろう。単純に武者修行で冒険者をやっているタンジェにとってはそれほど興味のある話ではないが、生活のために金は欲しい。だからこうして、武者修業とは直接は無縁そうに見える遺跡発掘の依頼だってこなしている。
「本来の依頼からは外れるが、今、発見した遺跡の調査をしたいところだな」
 トキは少し悩んだようだった。
「アントロッド遺跡群だとすれば、今日まで行っていた発掘調査も蔑ろにはできないのだが……」
「ならさ、二手に分かれるのはどうだ?」
 食い気味に提案したのはカーマインだ。
「トキさんは行ったり来たりすればいいだろ。俺たちがこっちの遺跡に潜ってみるから、あんたら黒曜一行は、今日までどおり発掘調査をするってことで」
「なるほど」
 確かに効率はよさそうだ。どちらにせよ、黒曜一行には、カーマイン一行との共同作業には馴染めないやつが多いだろう。トキがこちらを向いて「構わないか?」と尋ねるので、黒曜は浅く頷いた。依頼主とリーダー黒曜がそう言うなら、反対する理由もない。
「ぜひ『アントロッドの黄金の聖印』をこの目で見たかったけど、発掘作業も大事だからね。こっちの遺跡の話は、ぜひトキさんに聞くよ」
 サナギもそう言ってすんなり納得した。サナギは寄り道を楽しむ性質だが、本質を見失うことはないのである。
「では、そうしよう。黒曜たちは、すまないが、先に戻ってトレンチを掘り返す作業を進めておいてくれるか? 私はカーマインたちとこの遺跡に潜ってみる。成果に関わらず、1時間前後で一旦そちらに戻るよ」
「ああ」
 黒曜はまた頷き、すぐにタンジェたちを先導して、本来の発掘作業の位置まで戻った。新発見した遺跡と発掘作業をしていた現場は歩いてほんの15分ほどの位置関係なので、トキもあちらの探索に一段落をつけて容易に戻ってこれるだろう。カーマイン一行も冒険者なのだし、危険もそこまでないはずだ。
「じゃ、続きをしよっか」
 と、ハンディタイプのシャベルを手に取り、サナギがちまちまと泥を掻き出し始める。汚れるのがイヤとかではなく、単純に、デカいシャベルを取り回せるほどの体力がないのである。元より期待していないし、何ならタンジェに任せてほしいくらいだ。トキが言うには、ここから何か遺物が出れば、そこからは繊細な作業らしいので、サナギにはそちらに注力してほしい。

★・・・・

 しかし、どれだけ経ってもトキは戻ってこなかった。
 トレンチに流入した泥をすべて排除し終え、休憩を取るなどして、ゆうに2時間は経っている。向こうの遺跡の探索に夢中なのかもしれないが、これ以降はトキの指示がなければ作業が進まない。いよいよ待っていられなくなったのはせっかちなタンジェで、
「しょうがねえな」
 立ち上がった。
「面倒だが、見てくる」
 呼んでこられそうなら呼んでくる、と続ける。
「一人で大丈夫かい?」
 一応、心配らしきものをしてくれたのはパーシィで、サナギも隣で首を傾げたが、
「一人で人を呼びに行くこともできねえと思われてんのかよ……」
「はは、まあ、未踏の遺跡だからねえ」
 と言っても、とサナギは続けた。
「盗掘防止の罠なんかがあったとして、先にカーマイン一行が解除してるか引っかかってるかしてるか。盗賊役のきみなら特に問題はなさそうだし……悪いけど俺、筋肉痛やばそうだから、お願いしていい?」
「……もうてめぇはさっさと休んでろ」
 呆れたタンジェが肯定代わりに言うと、サナギは「助かる」と素直に感謝の意を示した。
 人嫌いの緑玉、他人に関心のないアノニム、のんきな性質のパーシィがトキやカーマイン一行を案じていることはもちろんなく、タンジェについてこようとする者もいない。リーダーの黒曜はしばらくタンジェを見つめていたが、そのうち一つ頷いた。黒曜からの指示は、
「警戒を怠るな」
 だった。 

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