カンテラテンカ

エセンシア 5

 鼓動が早くなり、息が浅くなる。動揺に震え、意味もなく腕を振り回そうとするたびに、鎖がやかましい音を立てる。
「……デタラメだ!!」
 タンジェは洞窟に響き渡る大声で怒鳴りつけた。
「俺の復讐の手から逃れようと適当なことを言ってやがるんだ、そうなんだろ!」
 オーガに、あるいはラヒズに同意を求めているようで、でも、そうではなかった。タンジェはそう叫ぶことで、自分のことを必死に鼓舞している。
「やることが増えただけだ! オーガとまとめて、わけのわからねえ悪魔もぶっ殺す!!」
 ――そうだ。それでいい。シンプルに考えろ、とタンジェは思った。
 ――こいつらが言ってることは全部デタラメで大嘘だ。やることはオーガへの復讐。それからラヒズもぶっ殺す!!
 戦闘のためにはまずは鎖をどうにかすることだ。手足を拘束する鎖は、地面に深く埋まった鉄製の杭に繋がっている。鎖がぶち破れなくても、あの杭が抜けたなら、あるいは。タンジェがそう目算をつけているのをよそに、
「まあ、信じないと思いましたよ」
 ラヒズはひょいと肩を竦めた。それから立ち上がり、地面を二度、つま先で叩く。
 瞬間、つま先から迸った闇色の光が走り線を描く。それは瞬く間に文字と模様を作り出し、たちまち地面に魔法陣が敷かれた。数歩退いたラヒズの前で、光が収束する。
 光が弾けて霧散したら、魔法陣の上に黒曜たちが転がっていた。
「黒曜! アノニム、パーシィ、緑玉、サナギ!」
 タンジェと同じく鎖に繋がれている。こちらは鎖の先が杭などにあるわけではなく、5人がまとめて縛り付けられ、拘束されている形だ。5人はタンジェの声に反応しこちらを見た。全員、意識はあるが、タンジェに比べれば怪我が目立つ。
「タンジェリン」
 黒曜が普段と大して変わらない声色で言った。
「無事だったか」
「俺は何ともねえ! ……ラヒズ、てめぇ……!」
 ラヒズがタンジェをオーガ関連でおちょくる目的なら、黒曜たちにまで手を出す理由はないはずだ。タンジェはラヒズをまた睨んだ。
「鎖で繋ぐのにちょっと抵抗されたので、いくらか痛い目を見てもらっただけですよ」
 ラヒズはまったく悪びれない。倒れたタンジェはともかく、戦闘技巧者のアノニムや黒曜、元天使のパーシィを含む5人を相手取ったのなら、ラヒズは相当の使い手なのだろう。だが、関係ない。殺す!
 タンジェの殺意も意に介さず、ラヒズは、
「タンジェリンくんとのお話に邪魔だったので、外にいてもらったのを呼び出したわけですが……」
 と、魔法陣を指し示した。サナギが、
「人体の転移なんて生半可な術じゃないんだよなあ」
 ぼやくように言った。ほとんど独り言だったし、聞こえていただろうがラヒズもそれに返事はしなかった。
「彼らを拘束した鎖は悪魔による呪縛。アノニムくんでも壊せませんよ」
「チッ……」
 破壊を何度も試みているのだろう、アノニムに嵌められた手枷から、僅かに血が見える。悔しいが、ミノタウロスの血を引くアノニムですら壊せないのなら、タンジェが暴れた程度で抜け出せないのは当然だ。
「パーシィくんはちょっと邪魔だったので、ついでにちょっと力に制限を加えさせてもらってますが……」
「タンジェ! こいつは悪魔だ……! 気をつけろ!」
「情報が遅ぇ! 本人から聞いたぜ!」
 パーシィに言い放ったあと、地面から杭を抜くために強く鎖を引いたが、足まで拘束されているせいで体勢が悪く、力が入れづらい。杭は動きもしなかった。
 ではタンジェリンくん、とラヒズが言うので、タンジェは杭と鎖からラヒズに視線を戻す。ラヒズは懐からナイフを取り出していた。
「今から彼らを殺します」
 ナイフは動けない黒曜の首に添えられた。
「動けない彼らを殺すのは簡単ですね。ほら、頑張って止めてください」
 ゆっくりと沈み込むナイフの刃先。黒曜は静かに目を細め、まったく動揺していない。
 あの過去の悪夢をぼーっと見ていた黒曜だ。死ぬことなんて何とも思っていないかもしれない。悪夢の中で、強くなるのだと、黒曜を守るのだと、勝手に偉そうに嘯いた自分の浅い覚悟を見透かされたようで、タンジェは、カッとなった。
「くそッ!!」
 ガシャリと鎖に阻まれる。枷が手足に食い込むが、ちぎれる覚悟で突進すれば、もしかしたら杭が抜けるかもしれない。黒曜たちのもとに駆けつけて、それで――ラヒズをぶっ殺す!!
「タンジェリンよ」
 鎖にもがくタンジェに、オーガの声が届く。
「私はラヒズ様に義理立てせねばならん。だがお前がラヒズ様と……私を殺したいのなら……」
 呟くように、先を言った。
「……オーガの力を使えば、あるいは」
「……、はッ!」
 タンジェは忌々しく口を歪め、
「オーガの力? そんなもんが俺にあるわけねえだろ!」
 吐き捨てる。
「だがよ……、火事場の馬鹿力なら、今が使い時だッ!!」
 自分を奮い立たせるように叫んだ。阻む枷なんか関係ない。
 現状すべてに対する怒りや苛立ちが煮え立って、激情がぐるぐると形になる。その燃え滾る塊に手を伸ばすような感覚。それを掴んだ感触。巡る灼熱の血が身を焼く。
 ぶちぶちと繊維が切れる音がして、たちまちタンジェの身体が膨張した。見る間に服を破く。何倍も太くなった両腕を払えば簡単に鎖は千切れ飛び、2歩も歩けばもう、ラヒズはタンジェの間合いだった。
「死にやがれ!!」
 思い切り腕を振り被り、ラヒズに向かって叩きつける。ラヒズは大きく身を避けたが、タンジェの拳が叩きつけられた地面が爆ぜて小石を撒き散らしたのが当たって、僅かに目を細めた。
「やればできるじゃないですか」
 ラヒズは、満足そうに言った。
「それでは、きみの正体が分かったところで……本当の肉親との再会、楽しんでくださいね」
 ラヒズに当てようと横薙ぎにした手刀は空を切った。闇色のモヤに包まれたラヒズは煙のように掻き消える。それと同時に、悪魔による呪縛とやらもなくなったのか、黒曜たちも解放された。

 行き場を失った自身の手の先を見れば、ごつごつした緑の肌だ。丸太のような腕と足。地面は遥か遠く、洞窟の天井が近い。いやに感覚は鮮明で、黒曜たちの息遣いが聞こえるほどだった。
 ゆっくりと拳を握り、タンジェはそれを、洞窟の壁に、強く、強く叩きつけた。
「――くそッ!!」
 ぶつかった大きな拳は洞窟全体を揺らすようだ。人間ではありえない色、大きさ、頑強な、拳。
 タンジェは次いで額を壁に打ち付けた。何度も、何度も。しかし割れるのは額ではなく岩壁のほうだった。頭の大きなツノがゴツリと岩壁に当たる感触。
「……ッ、ちくしょうッ……!!」
 タンジェリン・タンゴは、オーガだった。
 この姿を見て、タンジェのことを人間だと言えるやつなんか、誰もいない。タンジェ自身ですらも。

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