カテゴリー「 ┗ベルベルント復興祭」の記事一覧
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ベルベルント復興祭 14
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ベルベルント復興祭 13
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ベルベルント復興祭 12
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ベルベルント復興祭 11
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ベルベルント復興祭 10
ベルベルント復興祭 14
らけるたちの買ってきた屋台飯はとにかくたくさんあって、俺たちは各々好きなものを飲み食いして腹いっぱいになった。寝る準備にはまだまだ早いが、汗をかいた一日だったので、風呂に入ってさっぱりした。
部屋に戻り、くじ引きの景品交換で受け取ったサンキャッチャーをさっそく窓辺にかける。今は沈黙を保つそれは、明日の朝になればきっと陽光を吸い込んで俺の部屋に光を落としてくれる。楽しみだ。
ノックされたので応答し、扉を開けると黒曜だった。黒曜は言った。
「花火が上がるそうだ。見える位置を確認してきたのだが、タンジェの部屋の窓からなら、恐らく見える」
「へぇ、そうなのか」
なるほどな。人混みで見るよりは、俺の部屋で悠々二人で見たほうが落ち着けるってもんだ。
俺は黒曜を部屋に上げた。
二人で窓辺に座り、夜空を見つめる。
すぐに花火が始まる。パッと光が空に瞬いた。ドンと大きな音がして、ぱらぱらと光の粒が闇夜に消えていく。
「おお……」
思わず感嘆の息が漏れた。
色とりどり、夜空に何度も派手な光の粒が舞って、丸く、大きく広がると、そのたびに散っていった。綺麗だ。
ちらと黒曜の横顔を見れば、暗闇にある無表情が、花火が打ち上がるたびに照らされている。不意に黒曜がこちらを向いた。心臓が跳ねて、慌てて視線を逸らす。外に逸らせばいいのに、室内に目を泳がせた俺は、そこで、部屋の中まで花火の色に染まっているのに気付いた。
サンキャッチャーが花火の光を吸い込んで、部屋に虹のような影を落としているのだった。
俺はサンキャッチャーを見上げた。黒猫のあしらわれたサンキャッチャー。これを見るたび、俺はきっと今日のことを思い出す。本当に楽しかった。
悪魔に襲われ平和の脅かされたこのベルベルントに、<退屈>という名の日常は訪れた。今日一日限りの非日常は、これからの<退屈>を、色鮮やかに、鮮明に、克明に彩って、人々の生活を、生きる道を照らすだろう。
ベルベルントは復興した。悪魔なんかに、一過性の絶望なんかに、人々は負けたりはしないのだ。
「タンジェ」
「あ?」
呼ばれて黒曜に視線を戻すと、急に黒曜は俺に向かって身を乗り出し、顔と顔を近付けると、唇で唇に一瞬だけ触れて、そして何事もなかったかのように、元の位置に戻っていった。
「……」
たっぷり数秒、呆然とした俺は、遅れて事態を理解した。……やられた!
やられっぱなしは性に合わねえんだ! 俺は勢いが冷めないうちに、黒曜の顔面を強引にこちらに向かせて、されたのと同じことをし返した。顔を離せば、黒曜は目を瞬かせて、それから眩しそうに目を細めるのだった。
……あぁ、くそ! サンキャッチャーを見るたび、きっと今のも思い出すに違いない。
俺の顔が真っ赤なのは、ちょうどその色の花火が打ち上がって照らされたからだ!
ベルベルント復興祭 13
屋台を回って、それからもいろいろなものを食べたり飲んだりした。遊戯屋台もいくつか楽しんだ。そんなこんなで夕方になれば、今まで店を開けていた人たちも仕事上がりに屋台に集まり始めて、いよいよ混雑が激しくなってきた。
俺たちはタイミングを見て、夕飯を買って星数えの夜会に戻った。
夜会ではパーシィとアノニムがテーブル席で歓談――パーシィが一方的に何か話しているだけだ――していた。カウンターには野菜の入ったバスケットが置かれている。復興杯三位の賞品だ。封筒に入っているのは商品券だろう。
「おかえり」
俺たちに気付いたパーシィが声をかけてきた。「おう……」俺は応じた。「ただいま」
「屋台を見てきたのかい?」
「ああ。てめぇら、ずっとここにいたのか?」
「いや、午前中は復興杯を見て、それから屋台も回ったよ」
そしてだいたいのものは食べた、とパーシィは言った。食べ終わってからはここにいたのだろう。
「ズィーク、強かったか?」
不意に気になってアノニムに尋ねると、「戦ってねえ」と言った。アノニムは三位だからトーナメント的に合わなかったのかと思ったが、パーシィが茶を飲みながら、
「初手で降参したからな。アノニムは」
「え?」
「あんなのと戦うだけ時間の無駄だ」
アノニムが引き継いで答えた。
……なるほど。アノニムはこう見えて戦闘に関してはドライでクールで理性的だ。ハンプティとの戦いで分かったが、こいつは勝機のある戦いしかしない。つまり、そういうことなんだろう。
「ベルベルントにそんな化け物みてえなのがいるとはな……」
「すごかったよ。全試合一撃KOだった」
身内以外の人の見分けがろくについていないパーシィにさえ、ずいぶん強烈に印象に残ったようだ。
「そいつ、<天界墜とし>のときどこにいたんだろうな?」
「東門を守ってたらしい。一人で」
「……」
極まってるな、いろいろと。
そこで「たっだいまー!」と勢いよく玄関を開いてらけるが戻ってきた。翠玉と緑玉、サナギも一緒だ。
「あ、タンジェも帰ってたんだ!」
「おう……おかえり」
俺は申し訳程度にあいさつを返す。
らけるは両手いっぱいに食べ物を抱えていて、
「お夕飯は夜会で食べようってことになってさ」
「人の出も増えたしな」
「うん、材料がなくなっちゃってもう閉め始まってる屋台もあったけどね」
それでもあの数の屋台だ、まだまだ多くの人の腹を満たすだろう。
「な、みんなで食べようぜー!」
屋台の飯をテーブルに並べ始めるらけるを手伝い、にこにこと笑顔の翠玉も袋からどんどん小分けの容器を取り出していく。
こうして見る限りではらけるは翠玉に邪険にされている様子はない。だが脈ありかどうかは俺には分からないし、興味もなかった。
緑玉はすでに人混みに揉まれてグロッキーらしく、テーブル席に腰掛けて青い顔をしている。サナギも疲労困憊といった様子だったがこちらは興奮気味で、
「いやぁ、俺も何だかんだ長く生きてるけど、間違いなく一番楽しいお祭りだったよ!」
緑玉に熱弁している。
「射的、面白かったねえ!」
「普段から銃使ってる冒険者に本気出されたら屋台側も商売上がったりだろ」
俺が思わず口に出すと、
「いやあ、やっぱり実銃とは違うよ。それに俺が使っているのは拳銃でしょ? 形が全然違くてけっこう苦戦しちゃった」
見ればサナギはまるまるとした緑色の鳥のぬいぐるみを抱えている。
「サナギ、それがほしいってずっと射的から離れないし、疲れた……」
緑玉がぼやくと、
「だって欲しかったんだよ! ほら、緑玉に似てない?」
サナギの言葉に、緑玉は苦い顔をした。
「俺、そんなにまるまるしてない」
「冬毛なんだよ、きっと」
「この暑いのに?」
そのやりとりを見ていると、確かに仲が良いのかもしれない、と思う。俺が今まで気付かなかっただけで、らけるはこういう二人の様子をずっと見てきたんだろう。
屋台の飯のいい匂いが食堂中に広がる。留守番していた他のパーティの冒険者たちも匂いにつられてちらほら集まってきた。
「いっただっきまーす!」
ベルベルント復興祭 12
どの屋台を見ても、閑古鳥が鳴いているようなところはない。みんながめいめい、好きなものを買い、食べ歩き、ゲームを楽しんでいた。まだ腹が満たされていないので、見る屋台はつい食べ物のものばかりになってしまう。その中で俺と黒曜が同時に足を止めたのは、ソースの香りのする屋台だった。だが焼いているのは焼きそばではない。
その屋台の店主は、鉄板の丸型の凹みに生地を流し入れ、小さく切られた具らしきものを放り込み、それをクルクルと錐で回している。なんだ? 何の屋台だ?
「お兄さんたち、たこ焼き初めて?」
売り子らしい女が声をかけてくる。若干、訛りがあり、聞き取りづらかったが、確かに「タコヤキ」と言った。
「タコ?」
「そう〜! ウチらの故郷の食べモンで、生地の中にタコを入れて焼く料理なんよ! あんまりこっちの人はタコ食べんらしいなあ。うんまいから食べてってよォ」
俺と黒曜は顔を見合わせた。それから鉄板に目を落とす。クルクルと回されていた生地はまん丸になっていて、店主はそれを小さな皿に二つ取り出した。それからソースとマヨネーズをかけて俺たちに差し出す。爪楊枝も渡された。
「食べてみてさァ、美味しかったら買ってって〜。あッついから気をつけて食べや」
なるほど、試食か。
興味はある。せっかくだからと爪楊枝で掬って食べてみた。
「あッッつ!」
「あかんてお兄さん、熱い言うたやんか〜」
「ほフ……!!」
こんなに熱いとは思わねえじゃねえか、とかなんとか言おうとしたが言葉にならず、必死に口の中に空気を入れた。ようやく熱が収まってきて味わえるようになると、なるほど確かにこれは美味い。中はトロトロで、生地に包まれているのはタコなのだろう、そこだけ食感が違うのもいい。
「ん……! 美味えな」
「せやろ〜!?」
ほら黒いほうのお兄さんも、と女が黒曜にもたこ焼きを差し出すので、俺は待ったをかけた。
「待て! 猫舌の黒曜には無茶だ。待ってろ」
俺は差し出された皿の上でたこ焼きを割って、半分を爪楊枝で掬うとふーふーと息を吹きかけて中を冷ました。それから黒曜に差し出す。黒曜はそれにパクリと食いついた。
黒曜が真顔で咀嚼しているのを眺めながら、俺はもしかしてめちゃくちゃ恥ずかしいことをしたのではないか、という思考が湧いてきた。恐る恐る店員の女を見ると、女はニヤついた口元を隠そうともしていない。
「あらぁ、お兄さん方、そういう関係なん!?」
「な、なんだてめぇッ!?」
否定も肯定もできず威嚇してしまった。
「照れんでもええやんか!」
女は笑っている。くそ、と思っていると、黒曜がちょんちょんと俺の服を引っ張り、試食のたこ焼きのもう半分を指差した。それから自分の口を指し示す。
「……」
俺は観念して、爪楊枝でもう半分も掬い上げると、黒曜の口に持ってってやった。
「ふーふーはしてくれないのか」
「あァ!?」
また威嚇してしまった。だが俺の威嚇なんかで黒曜がちょっとでも怯むわけがない。黒曜は俺を真っ直ぐ見て、
「ふーふーはしてくれないのか」
しっかり繰り返した。
ぐ、ぐぬぬ……。俺は仕方なくもう半分も同じように息を吹きかけて冷まし、黒曜の口の中に突っ込んだ。
「はふ」
残り半分も催促したということは、黒曜も美味いと感じているんだろう。となれば、
「どお? どお? 買うてってよォ」
「くそっ……! 一つくれ!」
「まいどー! 4Gよ!」
黒曜はたこ焼きを咀嚼したまますかさず俺と女の前に滑り込み、4Gを支払うと六つ入りのたこ焼きを受け取った。こ、こいつ……!
涼しい顔の黒曜としぶしぶ半分ずつたこ焼きを食べる。不本意に奢られていてもたこ焼きは美味い。
黒曜の耳としっぽの所作は実に機嫌よさそうで、無表情でたこ焼きを冷ましながら食べる様子とは正反対だ。そういうところも何となく可愛く見えてしまうのは惚れた弱みか……。
「まだまだ足りないな」
二人でたこ焼きを平らげたが、確かにまだ満腹には遠い。屋台を眺めながら食欲をそそられるものがないか探していると、黒曜がふと足を止めた。
黒曜の視線を追うと、つやつやに赤く光る球体が串に刺さっている。よく見ると、飴でコーティングされたリンゴらしい。
「へぇ、なんだこれ、リンゴの飴包みだ」
見たままのことを言うと、
「りんご飴だ、見ろ、他の果物も……」
あんずやイチゴも飴に包まれて並べられている。鮮やかで綺麗だ。
「どんな味するんだろうな」
ほとんど独り言だったが、黒曜は応答しなかった。黒曜のほうを見れば、黒曜はじっとりんご飴を見つめている。
「買おうぜ。俺も気になる」
言うと、黒曜は俺に視線を移して、心なしか嬉しそうに頷いた。よし、ここは俺が奢る!
「このリンゴの飴二つな!」
黒曜が割り込まないように片手で制しながら財布を取り出す。財布を開けつつ6Gを取り出し支払い。黒曜を制する必要が無くなったので両手で一本ずつ受け取り、片方を黒曜に差し出した。
黒曜は目に見えて不服そうな顔をしている。
「なんだよ、俺だって奢られっぱなしじゃカッコつかねえ」
「年下の恋人に食べたいだけ奢ってやれない甲斐性なしだと思われたくない」
俺はぽかっと口を開けて黒曜をまじまじと見た。黒曜にもそういう見栄みたいな感情があるのか。
「そ……そうか。そんなふうには思わねえけどな……」
俺は黒曜と対等の立場だと思っていたが、確かに黒曜は年齢も上だし、パーティでの依頼以外にもいつも個人で依頼を受けている――内容までは俺は知らない――から、金も持っているだろう、少なくとも俺よりは。この場合は……喜んで奢られておくのが正しい、のか? そういう駆け引きはさっぱり分からない。
しかし俺だって男だ、俺にも俺なりの見栄はある。奢られっぱなしというのも……。
「俺はお前に奢る。お前は俺に思い出をくれる。対等だ」
黒曜は俺を覗き込んで言った。んんん……? そうか……? 思い出なら俺も平等に貰ってねえか? その理屈だと俺は貰いっぱなしでは?
うんうん唸っていると、黒曜はりんご飴を齧った。ぱき、と音がして、飴のコーティングが割れる。赤い飴をポリポリ噛みながら、ほんの僅かに口端を上げて笑った。
「あまい」
「好きなのか、これ」
黒曜は黙っていたが、やがて浅く頷いた。そういうことなら、俺だって黒曜がどんなものが好きなのか知りたい。とりあえずりんご飴を舐めてみると、確かに甘かった。
飴を齧り取って噛み砕く。
飴のコーティングが剥がれてリンゴに届く。リンゴは酸味があって、こちらも美味い。リンゴと飴を一緒に味わうと甘酸っぱい。俺はそこまで甘味を好むわけじゃないが、フルーツは好きだし、飴とリンゴの味のバランスが絶妙だった。気に入った。
「美味い。俺もこれ好きだ」
ベルベルント復興祭 11
大通りに出れば、また喧騒が蘇ってくる。初めて屋台の出ている通りを見たらしい黒曜は、一見いつも通りだったが、耳が僅かに、だが確かに忙しなく動いていて、とうとう若干イカ耳になった。
「はは」
耳の様子を眺めていてつい笑いが漏れる。黒曜は少し驚いた様子で俺の顔を見た。しまった、五感が敏感な黒曜にとっては、俺よりはるかにこの喧騒は不快かもしれないのに、耳の様子が微笑ましくて思わず……。
だが黒曜も、俺の顔を見て「ふふ」とほんの少し笑った。びっくりした。思いがけず笑い合う形になり、照れやら何やら、俺は顔を隠したい気持ちを抑えて、
「じゃ、じゃあ。どこから回る?」
「まずは何か食べないか」
「おう、そうだな。確かに腹減った」
黒曜の提案は魅力的で、俺はすぐさまそれに乗った。朝に軽く食べて以降、何も食っていない。
「何が食いたい?」
たぶん黒曜は俺に任せると言うだろうな、という想像が何故かついた。だが一応聞いてみる。
「お前に合わせる」
予想通りの返答だった。俺も黒曜のことが少し分かってきた気がする。
「と言ってもな。何の出店が出てるのか俺もよく知らねえし……とにかく端から行ってみっか」
俺と黒曜はとりあえず出店の出ている大通りを端から歩いて行くことにした。すぐに立ち止まる。肉の串焼き屋台から食欲をそそるいい匂いがしてくる。
「……」
「買うか」
立ち止まった俺を見て、黒曜がすぐさま財布を取り出す。
「そうだな、串焼き一本くらいならまだ……他にもいろいろ食えるし」
俺も財布を取り出そうとしたが、黒曜に手で制止される。見る間に黒曜がよく焼けた牛肉の串焼きを購入した。一本を俺に差し出す。奢られた形になる。
「いいのか? ありがとよ。次は俺に出させてくれ」
黒曜は頷かない。こいつ、祭りの飲食全部奢る気か!?
「おい! 次は俺が出すからな!」
黒曜はそっぽを向いて牛串を齧っている。頑固め! 隙を見てなんとか奢り返してやりたいところだ。
かぶりついた牛串は香辛料で味付けされているらしく香ばしく美味い。
「ん……! 美味いなこれ」
黒曜も頷いている。
歩きながらあっという間に平らげてしまった。そこそこ大きな串焼きだったが、まだまだ腹は減っている。俺は普通よりは食うほうだと思っているし、黒曜はそれに輪をかけてよく食べる。というより、俺のパーティメンバーはサナギがやや小食くらいで、あとはかなり大食漢だ。
「よし、肉食ったし、次は魚か……野菜もあるといいな」
黒曜のイカ耳が若干垂れた。肉食なのだ、こいつは。
「はは、肉もまだまだあんだろ。なんでも食えばいいんだよ……おい、あれなんだろうな?」
俺が指差したのは、円柱状の籠のようなものが積み重なった屋台だった。
「せいろだな」
黒曜がすらりと答えるので、俺は少なからず驚く。
「セイロ?」
「蒸し器だ。俺の故郷のものだ」
なるほど、どおりで見覚えのないものだと思った。
「蒸し器か。何作ってんだろうな?」
暑い中せいろとやらの面倒をみるのは大変だろう。だが、蒸し終えたそばから表に出されるパンのようなものが気になる。
「饅頭……のように見えるが」
「マントウ?」
「簡単に言えば蒸しパンだな。中に具が入っているなら、包子」
「なるほど、そのパオズってものだとしたら、中身は何なんだ?」
「肉だったり野菜だったり多様だ。小豆で作った甘いあんのこともある」
「へぇ、面白えな。買おうぜ。お前の故郷の料理、食ってみてえし」
黒曜のイカ耳だったり垂れたりしていた耳が軽く前のめりになった。
屋台のおばちゃんに声をかける。
「なあ、こいつの中身は何なんだ?」
「いらっしゃい! 中身かい? 豚肉やタケノコなんかを混ぜて作った肉あんと、こっちは小豆を煮込んだ甘い餡子だよ!」
なるほど、しょっぱい系と甘い系を揃えてるってワケだ。美味そうだな。今はとにかく腹が減ってるし、しょっぱい系の気分だ。
「じゃあ肉あんのほうを……」
言って財布を取り出している間に横から黒曜がスライドしてきて、
「肉あんのほうを二つくれ」
「はいよっ!」
財布から二つ分の金を取り出し、素早く支払ってしまった。おい! また奢られたぞ!
「おい黒よ……もぐ」
問い詰めようとしたら口に包子を突っ込まれた。
もぐむぐ言いながら包子を食むと、生地はほんのり甘く、具に達するとホカホカの肉あんが甘じょっぱくて、タケノコの食感もいい。美味い!
「んま」
口に包子が入ったまま美味いことを伝えようとしたら情けない声が出た。横で包子を静かに食べていた黒曜と目が合う。黒曜の顔がほころぶ。めちゃくちゃ恥ずかしくなり、包子の入った口を押さえて黒曜の肩に平手を入れた。
とにかく、なんとか俺も黒曜のために金を出したい……! 少なくともこの調子で奢られ続けるのは納得いかない。
大通りはまだまだ先がある。歩き進めば、飲食の屋台に紛れて、ちょっとした遊戯が楽しめるらしい屋台も目に付いた。
例えば、簡易な水槽を泳ぐ小魚を掬うゲームだったり、おもちゃの銃で景品に弾を当てるゲームだったり。どれもなかなか趣向が凝らされていて面白そうだが、興じているのが子供ばかりなので参加するのは憚られた。
その中に比較的客の年齢層が高い屋台があって、覗いてみるとクジ引きらしかった。ハズレなし、1回7Gか。
「やりたいのか」
黒曜が財布を取り出してスタンバっている。そうはさせるか!
「なあ、二人でやって出た景品交換しねえか?」
「? 二人でやるなら、俺が二人分出すが……?」
「出すが? じゃねえ! 俺が自分で出さなきゃてめぇが俺に景品くれるだけになるだろうが!」
黒曜は釈然としない顔をしていたが、そんな顔をされる筋合いはない。景品交換という方法を取れば、確実に俺が自分で金を出せる。そうじゃなきゃ交換は成り立たねえからな。
しかし申し出ておいて何だが、景品が黒曜に似合わなかったらどうしようか。そもそもこういうクジってのは、何が景品になってるものなんだ?
展示されてる景品の一部のうち、下位賞が菓子の詰め合わせだったので、それなら悪くないか、と判断する。
ようやく自分の財布から金を出すことができた俺は、店主に7Gを渡した。ボックスの中にクジが入っていて、中に手を突っ込んで一枚選ぶって寸法だ。らしくなくなんだかワクワクする。手に当たった一枚を選んでボックスから手を引き抜いた。
クジを見ると75と書かれていて、それを確認した店主がニコニコして小箱を持ってきた。
「兄ちゃん、運がいいねェ! これはいい品だよ!」
7Gのクジでいい品、と言われてもな。モノによっては菓子の詰め合わせのほうがよかったんじゃねえか……と思いながら小箱を開けると、中には懐中時計が入っていた。洒落たデザインだが華美ではない。おい、マジでいいものじゃねえか!
「本当にこれが7G?」
「型落ち品なんだよ。ここだけの話、普通の市民は時計塔があるから懐中時計なんて持ち歩かんでしょ? かといって上級市民は型落ち品なんか好んで買わん。要は売れ残りでさァ……」
「あー……」
納得してしまった。
「それでも7Gで手に入るもんじゃないよ! 言ったろ、いい品だって」
「そうだな、こいつはいい」
時計は基本的には高級品だ。わざわざ時計を持ち歩く冒険者もあまりいない。このサイズなら旅先にも持っていけるし……。
「ほらよ、黒曜」
何より、少し古めかしい懐中時計は黒曜によく似合った。黒曜は俺の顔と懐中時計を交互に眺めていたが、
「いいのか」
「おう」
少し躊躇った様子を見せたあと、大事そうに丁寧に受け取った。それから、
「俺も1回」
黒曜も財布から7Gを取り出して店主に渡した。景品交換に応じてくれるということだろう。引っ張り出したクジの番号は80。店主はそれを見て、また箱を持ってきた。さほど大きくはないが、懐中時計より大きそうだ。
「80番はこいつだ」
俺たちは二人で店主の手元を覗き込んだ。
開けられた箱の中には、どうやらガラス製らしい、黒猫があしらわれたプレートのようなものが入っていた。そこにぶら下がるようにして、多面体にカットされたガラス玉がいくつか繋がっている。プレートは上のほうに細かなチェーンが結ばれていて、どこかに引っ掛けて使うものなのだろうと分かった。ドアプレートだろうか?
「これは……サンキャッチャーか」
黒曜が呟いた。
「サンキャッチャー?」
今日は黒曜に聞いてばかりだな。
黒曜は頷き、プレートのチェーンを持ち上げて日に翳して見せた。太陽光を浴びたプレートやプレートにぶら下がったいくつかのガラス玉がきらきら光って地面に虹色を落としている。
「へぇ、綺麗なもんだな」
素直な言葉が出た。
「窓辺に飾って、窓から入る太陽の光に当てるものだ。風水的にも縁起がいいな」
「フウスイってのは?」
「……」
黒曜は少し考えたあと、
「説明が難しいが……簡単に言えば、吉兆をコントロールするための概念だ。占いの一種だと思ってくれ。俺もそこまで精通しているわけではない」
そういうことなら、事細かに説明されたって俺は理解できないだろう。俺は黒曜の言葉で納得した。黒曜は店主から箱を受け取り、サンキャッチャーを改めて箱に収め、俺に渡した。
「お……あ、そうか」
景品交換だったな。俺はサンキャッチャーを受け取った。帰ったら窓辺に飾ろう。日の昇る朝が楽しくなるな。
「ありがとよ」
礼を言うと、黒曜は目を細めた。
サンキャッチャーの箱を財布とまとめてポーチの中に入れる。頑丈そうだったが、ガラスはガラスだ。大事に扱わねえとな。
ベルベルント復興祭 10
親父さんが休憩から戻ってきて焼きそば係を交代し、祭りを見終えて店番しにきた娘さんにあいさつする。
「タンジェさんもらけるさんも店番ありがとうございます」
娘さんが頭を下げるのに、らけるは、
「いいんだよ! おかげでニッポンの人にも会えたんだし」
娘さんは不思議そうな顔をしていたが、らけるがあとで詳しく話すと言うとすぐに話題を変えた。
「復興杯、無事に終わったそうですよ」
「そうなんだ! アノニムどうだったの? 優勝した?」
「アノニムは三位だったみたい」
三位。入賞じゃねえか、やっぱあいつ強いな……。
しかし、それでも三位か。世の中には強いヤツがいるもんだ。
「上に二人もアノニムより強い人がいるのかぁ」
らけるも感心したように頷いている。
「でも三位でも500G分の商品券がもらえるし、あとでアノニムを褒めてあげなくっちゃ」
娘さんはご機嫌だ。
「優勝したのは誰だったんだ」
「『午前三時の娯楽亭』の人みたい。ジークさん……っていってたと思います」
リカルドが言っていたズィークのことで間違いないだろう。やつの予想通り優勝したか。
「じゃあ二位は?」
今度はらけるが尋ねる。娘さんは少し思い出すような仕草をしてから、
「確か『Cafe&Bar グリモ』の……」
「それ、冒険者宿なのか?」
「そうですよ。冒険者宿はウチみたいに食堂を兼ねてるところも多いですし……グリモさんは昼はカフェ、夜はバーになるんです」
「はっ。洒落たもんだな」
言いつつ続きを促す。
「そこのグラナートって人だったみたいですよ。準優勝」
「よく覚えてるね、娘さん」
「商売柄、そういうの覚えるの得意なんですよ」
えっへん、と胸を張る娘さん。日頃から客の名前と顔がよく一致するもんだなと思って眺めていたが、なかなかどうして、大したもんだと思う。
「それにしてもこのベルベルントで三番目に強いのがアノニムってことだし、仲間として誇らしいな〜!」
アノニムのほうがらけるを仲間と認識しているかは微妙だが、実際のところアノニムの活躍で宿の知名度や評判も上がっただろう。今後いい依頼が舞い込むかもしれない。ただ、
「はっ、黒曜みてえな参加してねえ強者がいることを忘れんなよ」
アノニムがベルベルントで三番目に強い、かどうかは、はっきりとは言えないはずだ。
「そうかもしれないけど、でも観戦してた人たちにとってはアノニムが三番目じゃん?」
「……」
それは、正論だ。確かにそうだな、と俺は頷いた。無闇に噛みついたって仕方ない、少なくとも客観的に見てアノニムはこの街で三番目に強い。俺はそいつに二回戦で負けた。これが事実だ。
「あ、そろそろ夜会に行かないと!」
らけるが時計塔を見上げて言うのに、俺も一緒になって時計塔を見上げた。13時前だ。ちょうど黒曜との約束の時間なので、らけると一緒に俺も星数えの夜会に向かうことにした。横並びで歩きながら、
「夜会に戻って何すんだ?」
尋ねる。
「へへ……翠玉さんと合流! 実は、午後は翠玉さんと祭り見るんだぁ!」
なるほど。そいつはよかったな、とだけ言っておいた。祭りは午前中に見終えただろうにわざわざ二週目とは、翠玉も人がいい。
「まあ、緑玉とサナギも一緒なんだけどね」
「いや何でだよ」
らけるは遠い目をした。
「タンジェは知らないのかぁ……緑玉がめちゃくちゃ俺を警戒してること……」
「警戒?」
人間嫌いの緑玉だ、おまけにらけるはこの性格だし、そもそも気は合わないことは想像が付くが……。
「緑玉さ、翠玉さんのことめっちゃ大事にしてるんだよ。守ってるんだ」
「……てめぇのような悪い虫から、ってことか」
「俺はいい虫だよ!」
虫も否定しとけ。
「とにかくさ、俺と翠玉さんが二人きりで出かけるのは気に入らないみたい」
「それであの緑玉が人混みに出かけるってんなら、相当だな。で、なんでサナギまで?」
「緑玉と仲良いからじゃん?」
……緑玉とサナギが特別仲良し、というのを俺自身が実感したことはないのだが、別に否定する材料もなく、最近ではそういうものとして受け止めつつある。
「でもさ、警戒されてるってことは、脈ありってことだよね!?」
「そうはならねえだろ」
「でも警戒するに足らないって――要するにワンチャンもないって思われてたらさ、わざわざ緑玉は来なくない?」
ポジティブ野郎め。
「緑玉がてめぇを脅威に思ってるかは知らねえが……まあ、せいぜい楽しんでくるこったな」
「うん! そういえばタンジェも先約があったんだっけ」
らけるは俺の顔を覗き込んだ。
「誰とお祭り行くの?」
「……」
黒曜と俺の関係について、少なくとも俺は他言してはいない。黒曜だって言いふらすタイプじゃないだろう。でも何となく察しているやつはいて、サナギあたりはもう確信しているんだろうなと思う。隠したいというわけじゃなく、そういうのを言いふらすのは軽薄だと俺は思っている。
らけるにも相手が黒曜であることは言わないつもりだった。しかし考えてみれば、祭りを回っている最中にばったり会ったときのほうが言い訳はしづらい。
「……黒曜とだ」
「へー、黒曜こういうの参加するんだぁ」
俺が想像したよりはるかにあっけらかんとらけるは言った。俺と黒曜が二人で祭りを回ることに対しては特に疑問はないらしい。だったらこっちも堂々としていればいいか。やれやれ。
らけるとくだらない話をしながら大通りを離れ、星数えの夜会へ。さすがにこの辺りまでくると祭りの喧噪は遠く、いつもより人の出入りも少なく静かだ。
夜会の中には留守番している所属冒険者が何人か食堂でのんびりしていた。らけるは俺に「じゃあね!」とあいさつしてから翠玉たちのほうへ小走りで近付いてった。食堂を見渡せば、さすがに暑いのか日当たりを避けたテーブル席に黒曜がいる。何をしているかと言えば、いつも通り特に何もしていない。
「よう」
声をかけると、閉じていた目を開いた黒曜が俺を見上げた。
「おかえり。残念だったな」
「あ?」
「二回戦」
「見てやがったのか!?」
思わず尋ねると、
「いや。休憩に来た親父さんと少し話をした」
「……」
まあ、復興杯の結果などいずれ分かることだ。あの無様なまでの敗けっぷりを直接見られなかっただけでもヨシとしよう。それに、気を遣われて話題を避けられるよりはこうして先に言われたほうがマシってもんだ。
「武器は折らなかったか?」
黒曜が俺を覗き込む。たぶんだが……俺をからかっているような、冗談に近い言い方だった。そういう素振りを黒曜が見せるのは珍しい。
「折りはしなかったが、まんまと武装解除させられた。次の特訓は武器を取り落とさない方法だな」
肩を竦めて応じると、黒曜は目を細めた。
「課題が見つかるのはいいことだ。お前との戦闘訓練は楽しい」
「……おう」
ストレートに好意をぶつけられて若干たじろいでしまった。黒曜がしばらく俺の様子を眺めるので、俺は平静を保って――いるように見せかけるのに精一杯だった。黒曜はやがてテーブル席を立ち上がった。
「では、行くか」
「そ、そうだな!」
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