カンテラテンカ

ミラー・イン・ザ・ボックス 3

 さて、俺たちは帰路で依頼を簡単に振り返った。
 作戦に問題がなかったか。
 人数は最善であったか。
 動きは最適であったか。
 毎回、依頼が終わって落ち着いたら、忘れないうちにこうして反省会をする。
 今回は帰路になったが、宿で寝る前に行うこともあれば、野営で飯を食うときに行うこともある。
 これは依頼を振り返ることで今後に活かすという目的が大きい。が、提案したサナギによればコミュニケーションの場でもあるらしい。
 重ねて言うが、俺たちはパーティを組んでまだ三ヶ月。お互いのことを深く理解できる期間じゃない。
 そもそも黒曜たちは――俺もそうだが――ほとんどが自分のことを多く話したがらない性質だ。会話も少ない。
 それを憂えたおしゃべりでおせっかいなサナギが、こういった場を設けるのはどうか、と、最初の依頼のときに申し出たのだ。
 この場においては、黒曜も緑玉も必要な部分は対話する。サナギの言うようなコミュニケーションの場になっているかと言われれば、なっているような、なっていないような、微妙なところだ。しかし戦闘の反省点を洗えるという点で、俺はこの時間を大切にしている。
「特に大きな問題はなかったように思うね」
 口火を切ったのはサナギだ。
「俺は遠くから見ていただけだけど」
「戦闘について大きなミスはなかったように思う」
 黒曜が淡々と述べる。
「戦力の分担は適切だったか?」
「結果として必要はなかったけど、回復役の俺を待機させたのはどうなんだろう?」
 軽く手を挙げてからパーシィが発言した。聖職者であるパーシィは聖ミゼリカ教という宗教を信仰している。
 聖ミゼリカ教はこの国においてもっとも勢力の大きい宗教だ。
 信仰の力は、聖なる力や癒しの奇跡になる。
 聖なる力も癒しの奇跡も冒険には絶対必須の能力であり、聖職者というのはかなり重要な役職だ。

 役職というのは、冒険者パーティを組むにあたり、何を専門にそのパーティに貢献するかという目安のようなものだ。
 サナギ曰く、望ましい役職の配分は、リーダー、参謀、戦士、盗賊、聖職者、遊撃手の六人体制だと言われているらしい。
 リーダー、戦士、遊撃手が前衛、残りが後衛となる武器構成ならなお良く、そうしたパーティは生存率も高いという統計がある、と。
 もっとも、専門外なのでそれ以上の解説、分析については冒険者パーティ構築学の研究者の著書に譲る、とのことだ。

 ちなみにだがパーシィはメイスで戦う技術を持っている。普通に前線で戦える。今回それを避けたのは、こちらもやはりサナギの提案で、要するに大事な聖職者が不要な怪我を負うのはどうだろう、ということだった。
「それは戦闘の前に話し合ったろ」
 何をいまさら、と俺は言った。
「広いとはいえゴブリン相手に五人はいらねえし、てめぇはいざってときのために待機してろって話だったじゃねえか」
 それでもパーシィは何か言いたげに口を尖らせている。
「……なんだよ?」
「結局、俺には仕事がなかった。大した怪我がなかったのはいいことだけど。つまりさ、ヒマだったんだよ」
 パーシィと出会ったときの第一印象は真面目で大人しそうな男、だったのだが、この三ヶ月で変化してきている。俺の内心で、パーシィは「不謹慎な変わり者」だ。
「俺たちが大怪我でもすりゃよかったってか」
「いや、そういうわけじゃ……! そういう意味合いに聞こえたか。すまない。でも一匹くらい打ち漏らして、ゴブリンが家畜小屋に来ないかなあ、とは思っていたよ」
 呆れて言葉も出ない。挙句に、
「打ち漏らしかけてたやつがいるじゃねえか」
 アノニムが余計なことを言う。
 しつこい、と言いそうになったが、確かに油断したのは俺だ。言い返す言葉もなく、悔し紛れにアノニムを睨むと、はいはい、とサナギが割り込んだ。
「まあまあ。結果としてアノニムがフォローに入った。いいことだよ」
 そりゃあパーティを組んでいる以上、それなりにチームワークってのは必要だ。連携は依頼の成功や生存にだって関わってくるだろう。それにしたって……アノニムの言動はなかなか好意的には受け取れない。
「怖い顔しないの」
 サナギに言われて、そっぽを向く。
 一通りのやりとりを無表情で眺めていた黒曜が口を開いた。
「ほかに何か反省点は?」
「特にないんじゃない」
 すぐに緑玉が応答する。
「うん。いいんじゃないかな? 今回の依頼はうまくいったと思うよ」
 サナギも頷く。
 正直、俺にとっては反省のある依頼だったが、ここでの話題に挙げるものとしては個人的すぎるので、サナギに続いて首肯した。
 俺たちはゴブリンと乱闘して多少なりとも疲労があるから口数も少なくなる。元気の有り余っているサナギとパーシィは、しばらく二人で会話していた。
「そういえばゴブリンの死体ってどうなったんだろうね」
「ミンチにして家畜の餌にするとか?」
「キミの発想の方向性やばいね」
 俺は聞き耳を立てるのをやめた。

 俺たちが拠点としている交易都市は、ここから数時間も歩けば辿りつく。
 森を出てしまえばほとんど街道で、これはキャラバンもよく通るし騎士団も見回りをしているようなほぼ安全な道だ。
 見通しもよく、賊やら獣、妖魔などの懸念はほとんどない。
 休憩を挟みながら夜になるまで歩くと、ようやく見えてくる。

 交易都市ベルベルント――俺たちの拠点の都市。
 冒険者の根城。人種の坩堝。交易商人の楽園。そして、裕福と貧困の混沌。

 ベルベルントの門番に黒曜が話を通し、通行証を見せる。 
「ああ、今朝方発った冒険者一行ですね」
 門番が何かの書類を見ながら、俺たちの身分が確かか確認しているらしい。
 別の門番が俺たちを見てしかめっ面をしたのは、黒曜たちが獣人だからってわけじゃない。この都市にはほとんど、そんなことを気にするやつはいない。俺たちの半分以上がゴブリンの血と土埃にまみれていたからだ。途中の川で少し水を浴びればよかったか、だがそうすると野営しかねない時間だった。早く宿に帰りたい。俺たちの宿……。
「えーと確か……所属宿はどこだったかな?」
 黒曜は答えた。
「『星数えの夜会』」

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