ミラー・イン・ザ・ボックス 5
「開錠ねえ……」
娘さんが去った後の自室で、備え付けの小さな机に小箱を置いた俺は、椅子に座ってそれをくまなく調べることにした。
まず、見た目。俺の両手に収まるくらいの小さな箱だ。きれいに磨かれ、つやのあるニスの塗られた木箱で、木目も見えないくらいだった。マホガニーの色をしていて傷ひとつない。前に錠前がついていて、鍵がかかっているようだった。
箱を振ってみた。中でかさかさと何かが触れ合う音がする。重さと音からして、大したものは入っていないだろう。
錠前のことを調べてみる。当然、穴があって、そこにつがいの鍵を差して回せば開くのだろう。で、鍵がないときに使われるのが、盗賊の開錠技術だ。
俺は開錠道具を取り出し、そっと開錠器具を穴の中に差し込んだ。
まだ慣れない手つきで少し開錠器具を動かす。ええと、確かこの穴の中にあるさらに小さい穴を、開錠器具で順番通りに正しい深さに押し込んでいけばいいんだったよな――。
「ん……?」
穴の中に小さな穴があるのは開錠器具が引っかかる感じで分かるのだが、押しても手応えがなく、俺は思わず首を傾げた。
力加減を誤ったのかと思い、少し強めに開錠器具を捻ると、開錠器具のほうがあっさり折れた。
「……くそ!」
ガラクタになった開錠器具を引っこ抜いて、机の端に寄せる。安くないんだぞ、これ。この依頼は儲けが出なさそうだ。
俺は今度こそ失敗しないよう、念入りに錠前を確認したが、何も分からなかった。
盗賊の師匠について以来、様々な鍵の形状を学び、その開錠の特訓を積んできたつもりだったが、この鍵穴は学んできたどれとも違うように思う。
「魔法の鍵」と呼ばれる、魔法でしか開錠できない鍵の存在も師匠から教わっていたが……どう見ても大したものは入っていない小箱にそんな魔法がかけられているものだろうか? よほど大事なものだとか?
師匠に尋ねるという手段もあるにはあるのだが、あの師匠は金の亡者なので、恐らく報酬を要求するだろう。それも、俺が娘さんから引き受けた金額の倍はとる。さすがにそれは避けたい。
あとは、魔法の可能性を考えるとサナギに尋ねてみるとか?
サナギはいろいろなスキルを持っている。本人は魔法ではなくレンキンジュツだと言っていたが、俺には違いがよく分からない。
ともかく、あの好奇心の塊――付き合いが半年程度しかない俺でも分かるほどの――は、よく分からない箱だといえば興味を示すかもしれない。
――いや、だめだ。俺は思った。これは、俺への依頼だ。
俺が一人で達成できなければ依頼料が……という問題もあるが、それより重大なことがある。俺が納得できない!
やらされている盗賊役とはいえ、俺は金をかけて自分なりに全力で技術を学んでいるつもりだ。それが通用しないと認めるのは、俺が俺自身を疑うことだ。
娘さんはああ言っていたが、事実、俺は今、盗賊役として仲間からの信用を得られていないだろう。まずは、俺自身が俺を信用しなくちゃならない。
絶対にこの箱は自分の力で開けると決意を新たにし、小箱へと向き合う。
「とはいっても……」
手がかりも取っ掛かりもゼロだ。
何度も箱に挑むも、全部が空振りする。何時間経っただろうか、そのうちに風呂場が空いたと黒曜から声をかけられ、煮詰まっていた俺はサッサと湯を浴びた。
そういえば腹も減っている。
厨房を借り、まだ燻っていた火を起こし直し、適当に卵を落としてオムレツにした。ジャガイモが入っているとより俺好みなのだが、火を通すのが面倒なのでやめた。皿を使うと洗い物が増えて、これも面倒なので、フライパンから直接オムレツを食べて、フライパンを水に浸す。
冷めたころに洗って、元の場所に戻して、部屋に帰った。
ドッと疲れが来た。そういえば、朝から村に行って、昼過ぎに依頼を受け、ゴブリンの襲撃を待ち、夕方に戦闘。そこからはすぐにベルベルントに帰り、小箱の鍵と格闘して、休憩もほとんどなかった。
俺はベッドに潜り込んだ。
冒険者にとっては、安全な寝床、ふかふかの布団、来るのが保証された朝……どれも貴重で大事なものだ。
それは、ほんの半年前までは俺にとって、ただの日常だったが――。