カンテラテンカ

堕天使の望郷 3

「ようマリス、おはよう。そっちの若いのは誰だ?」
「居候のパーシエルです」
「そうか、よく分かんねえけど畑手伝いな! 若いの!」
「私が!? 畑を!?」

 ――しかし、手伝った礼だと言われて大量に持たされた野菜でできたマリスの野菜炒めは本当に美味い。

「海に出るぞ坊主、漁を教えてやる!」
「行ってらっしゃい、パーシエル」
「私が!? 漁を!?」

 ――しかし、手伝った礼だと言われて大量に持たされた魚でできたマリスのフィッシュフライは本当に美味い。

 2ヶ月も経てばパーシエルはこのへリーン村の一員に、いつの間にか数えられていた。
 へリーン村の人びとの中に、パーシエルが何者であるかなどを気にする者はいない。

「おいパーシエル! 漁に出るぞ!」
 村人の1人であるジョシュが声をかける。
「仕方あるまい……」
 すでにほぼ毎日のように船に乗せられ、すっかり慣れてしまっていた。もはや日常である。パーシエルは、
「ニシンをとったら私が貰うからな!」
「マリスにスターゲイジーパイにしてもらうんだろ、本当にお前はアレが好きだな」
 彼の言葉は事実だ。マリスの料理はどれも絶品だったが、初めて食べたスターゲイジーパイの魅力に及ぶものは未だない。
 ――たまにあの衝撃に似たものを思い出すことはある。天界で最後に食べた人肉は、確かに美味かった。
 それをパーシエルは誰にも言えずにいるし、言う気もない。

「マリスには配偶者はいないのか?」
 小舟の上、単なる雑談のつもりで、パーシエルは不意に尋ねた。ジョシュは船を漕ぎながら、
「いるよ。ただ、数十年前に海に出たきり帰ってこねえんだ」
「死んでいるのではないのか?」
「それ、本人の前で言うなよ……」
 ジョシュが顔を歪めたので、パーシエルは不思議に思った。
「何故? マリスは配偶者の生存を信じているのか? まさか。数十年も戻らぬのだろう?」
「俺には分かんねえよ。ただ、……だからお前を拾ったのかもしれねえな」
 その言葉の意味は理解しかねた。だが、これ以上、本人でない者の言葉を聞くのは無意味だとは察した。
 だが何故だろうか、マリス本人に聞く気にならないのは。

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