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密やかなる羊たちの聖餐 2

 黒曜一行はベルティアの街で宿を取り、さっそく作戦会議をすることになる。各々荷物を下ろして、円座になった。
「さて、依頼の件だが」
 黒曜が一同を見回した。
「どう攻める」
「修道院に乗り込んで、片っ端から殴って吐かせりゃいいだろうが」
「犯罪者だよ!!」
 アノニムの言葉にパーシィがツッコミを入れる。仲良く漫才しているアノニムとパーシィを尻目に、
「潜入はどうだろう?」
 手帳を眺めていたサナギが提案する。
「修道院に潜入……可能か?」
 黒曜がパーシィのほうに顔を向けると、アノニムとじゃれ合っていたパーシィは少し目を瞬かせてから、座り直し、
「無理ではないと思う。修道士は、まず修道会を志す際に、願期という一定の期間で適性を確かめるんだが……」
 急に真面目な顔で解説を始めるパーシィに、アノニムが露骨に退屈そうな顔をして横になった。
「願期は修道院で過ごすもの、と定められているんだ。これを利用して、修道士見習いに扮して潜入するのが無難だろう」
「書類審査や面接は?」
「あるところとないところがあるけど、ベルティアはどうだったかな……。まあ、どちらにせよ、修道士を志すものを追い返す修道院はないよ」
 そこまで言って、パーシィは腕を組み、
「ただ……」
 少し悩んだ様子を見せた。黒曜に続きを促されて、
「問題もあって。聖ミゼリカ教においては、獣人や亜人の修道会入りは認められていない。黒曜、緑玉、アノニムはその方法での潜入は無理だな」
「はっ。神ってのはずいぶん不平等じゃねえか」
 思ったことが口をついて出た。パーシィは気を悪くした様子もなく、
「神は平等さ。ヒトが勝手に作った決まりだよ」
 と笑った。
「まあ、神が平等か不平等かは、この際どちらでもいいとしてさ」
 今度はサナギが発言する。
「潜入が可能なのは、俺とタンジェとパーシィだけってことになるよね。3人かぁ……」
「……まあ、妖魔とかは出ないでしょ」
 体育座りをして、退屈そうにしていた緑玉が、顔を上げて口を挟んだ。
「別に3人でも充分じゃないの。俺、修道院とか行きたくないんだけど」
「俺だって行きたかねえよ」
 緑玉の言葉にタンジェからも文句が出る。修道院なんてのは窮屈そうだし飯も不味そうだ。残念ながら、
「戦闘面で言えば、まあ問題はないだろうけど。今回の依頼は調査だよ。3人で足りるかな」
 サナギの言葉には緑玉やタンジェへの配慮はない。まあ、好き嫌いで依頼を選べるほど偉くはないし、一度受けた依頼を蹴る理由にはならない。
 しかし、サナギの言うとおり、修道院の広さによっては3人では手が回らないところもありそうだ。パーシィが「大きな修道院」だと言っていたし。
 うーん、と唸り声を上げて何か考えていたパーシィが、顔を上げる。
「残りは、巡礼者として迎え入れてもらうのはどうだろう?」
「巡礼者……?」
 結局、自分も修道院に行く可能性を察して、緑玉が僅かに顔を歪める。気付いているのかいないのか、パーシィは続けた。
「修道院は、巡礼者の宿としての機能もある。宿を求める巡礼者を拒否することはまずない」
「だが、獣人だぞ」
 黒曜の言葉に、パーシィは、
「修道会には入れないってだけだよ。獣人が聖ミゼリカ教を信仰すること自体は禁じられていないし、そうなれば当然、巡礼者には獣人もいる」
 もっとも、獣人は土着信仰の類を信仰してることが多いから、まあ珍しくはあるだろうけれども、と付け加えた。
「でも獣人だけで各地を回ってる巡礼者ってのは、確かに少し目立ちすぎるかもしれない。俺が先頭に立つよ」
 黒曜は頷いた。
「パーシィが残りの3人を率いて巡礼者を装い、正面から侵入。タンジェリンとサナギは内側から調査を進めていく、という形になるか」
「……嘘でも聖ミゼリカ教徒のふりするの、嫌なんだけど」
 どちらかと言えば自己主張が弱い緑玉がそう粘るので、タンジェは珍しく思ったが、黒曜には特に響かなかったらしい。淡々と、
「一時的なものだ。耐えろ」
 と遠回しに決定を告げた。緑玉は少し不満そうな顔になったけれども、それ以上、重ねて文句を言うことはなかった。
「じゃあ、明日には出発か? サナギ」
 タンジェとサナギが修道院に潜入、ということで、サナギにそう声をかけた。サナギは頷き、
「手続きとかどのくらいかかるか分からないから、早めのほうがいいだろうね。明日の午前中には修道院に着きたいね」
「そうか。分かった」
 夜も更けてきた。タンジェが、今日必要な準備が特にないなら先に寝る、と言うと、サナギは少し考えて、
「そうだね。特に準備はいらないか。今必要なのは睡眠だよ」
 そう答えて、おやすみ、と続けた。
 タンジェは立ち上がり、自分にあてがわれたベッドに潜り込んだ。それから一同の話し合いも終了し、みんな同じくベッドへと入っていったのが分かった。ただ、サナギは何か調べているらしく、彼のベッドサイドのランタンは点いたままだった。それが消えるところは見なかった。それより先に、タンジェが眠りに落ちたので。

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密やかなる羊たちの聖餐 1

 パチパチと暖炉の火が爆ぜる音がする。
 安楽椅子に座った女は、たおやかに紅茶に口を付けて、それを傍らのサイドテーブルに置いてから、「冒険者というのは」と、口火を切った。
「どんな依頼でも、お金さえ用意すれば遂行するものだと伺いました」
 悪逆非道な依頼でも、神に反する依頼でも――。
 そう続けて、きぃと安楽椅子を軋ませた。女がこちらを見つめる。黒曜はこう答えた。
「そこまで保証はできないが」
 一拍おいて、続ける。
「検討はしよう」
 女は頭を下げた。
「よろしくお願いします」
 依頼人となった女は、そこでようやくタンジェたちにソファを勧めた。といっても、男6人の大所帯が全員座れるほどの幅はない。タンジェは黒曜とサナギに席を譲り、その後ろに立った。依頼人の邸宅などで椅子が足りないとき、一同は自然とそうする。リーダーの黒曜と参謀のサナギは頭の回転も速いし、パーティ内の役職的にも主軸になって依頼人とのやりとりを行うからだ。
 依頼人は話の早い女で、「結論から言うと」と言った。
「私の死んだ恋人が、死に至った原因を特定していただきたいのです」
 サナギが手帳にメモをしている。
「名をクドーシュといいます。彼は自殺でした。優しく穏やかな人だったのですが、死ぬ数ヶ月前から酷く乱暴になり……」
 依頼人の拳が、開いたり閉じたりした。思い出すような、絞り出すような、けれど淡々とした口調で、女は言った。
「よく分からない何かに怯え……混乱し……」
 自殺しました。と。
 サナギは手帳から顔を上げた。
「薬物……たとえば、麻薬だろうか」
 考えもしなかった。その推測が今の時点で出ることに、タンジェは少なからず驚く。
「町医者もそう言っておりました」
 しかも正解だ。
「じゃあ、それで終わりじゃねえか」
 思わず呟くと、依頼人はソファの後ろに突っ立っているタンジェに視線を寄越した。粗雑な口調で会話に割り込んだことを咎められるかと思ったが、依頼人はむしろ、頷いてこう続けた。
「ええ、そこまでは分かるのです。私が知りたいのは、誰が彼に薬物を売ったのか、ということです」
「売った?」
 首を傾げるサナギ。
「間違いないのかい?」
「彼が急に乱暴になった頃、彼は誰かと手紙のやりとりをしていましたし、突然お金に困るようになりました」
 なるほど、それなら確かに、誰かに薬物を売りつけられたのかもしれない。サナギも何度か小さく首肯した。それから、
「彼がやりとりをしていたその手紙は、残ってはいませんか?」
「彼は来た手紙はすべてすぐに燃やしていたようです」
 その厳重さも怪しい。
「ですが、彼宛ての手紙をたまたま私が誤って受け取ったことがあり……それは、修道院からの手紙でした」
「修道院」
 これに食いつくのは当然パーシィだ。
「そういえば近くに大きいのがあったな。あそこは聖ミゼリカ教の修道院だよ」
「はい。修道院に彼の友人知人がいる話は聞きません。あの手紙が薬物の売買に関わるものだとしたら……売人は、修道院の中にいるのかもしれません」
 聖ミゼリカ教の修道院を疑うことは、侮辱と同等だろう。パーシィが怒り出すかもしれないと思った。
 だがパーシィはいたって冷静な様子で、
「もし修道院の中の修道士が薬物で金儲けをしているのだとしたら、それは聖ミゼリカ教の基本的精神たる清貧とはほど遠い……許せないな」
 ……依頼人の恋人を死に至らしめたことより、修道士が宗教の基本的精神を侵したことのほうが、パーシィにとっては重要らしい。まあ、パーシィらしい、といえば、らしい。
「修道士を疑うことは、神を疑うことと心得ております」
 依頼人は、パーシィの様子を少し眺めていたが、やがてそう言った。
「納得、そして、真実と……もし本当に犯人が修道院にいるのならば、反省と、然るべき罰を。……それが私の望みです」

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