不退転の男 2
「名前は?」
「ハンプティ!」
黒曜の質問に元気よく答えたハンプティは、俺たちの顔をじーっと見比べてから、何か質問があれば、とでもいうように首を傾げた。
「両親が遺跡から帰らないという話だったが」
「うん! 北にあるホックラー遺跡に行くって、パパとママが言ってた」
「ホックラー遺跡か」
黒曜が言いながら――今回サナギが不在のため――メモを取っている。
「いなくなったのはいつ頃だ」
「昨日のお昼くらいから。昨日の夜には帰るって言ったのに、帰ってこないんだ」
ここで、だいたいサナギかパーシィが「それは不安だろうね」くらい言うものだが、サナギはいないとして、パーシィが黙って聞いているのが何となく不自然に感じた。パーシィの顔を見やると、特に変わった表情はしていないのだが、何か考え事をしている様子だった。無視してもよかったが、
「パーシィ、何かあんのかよ」
「え?」
俺が声をかけると、パーシィは顔を上げた。
「俺かい?」
「何か考えてることがあるんだろ」
目を何度かぱちぱちと瞬かせたあと、パーシィはハンプティを見て、
「それじゃあ、……ハンプティ、きみ、片眼鏡の、長身の男性に会ったことはあるかな?」
……ラヒズのことに違いない。
「うーん……あ。あの人のことかな? あるよ。パパとママの友達だって」
パーシィはそれを聞いてまた少し考える素振りを見せたあと、俺たちに小声で言った。
「この少年から、若干だが……ラヒズの気配を感じる」
「あいつどこにでも出てきやがるな……! しかし、どういうことだ?」
「分からない」
本当に僅かなのだけれど、警戒はしたほうがいいかもしれない、とパーシィは告げた。
警戒と言ってもな、と俺はハンプティの様子を眺めた。大きな目を不思議そうにキョロキョロ動かしている。こいつの両親がラヒズに関わっていた、ということなんだろうか。だとすれば帰ってこない原因は、遺跡の妖魔ではなく……?
……考えても仕方がないことだ。
「報酬は出せるのか」
黒曜が淡々と聞くと、
「うん! あのねぇ、お小遣いがあるから。普通どのくらい払うものなのかとか、よく分かんないんだけど……300Gでどうかな?」
充分すぎるくらいだ。というか、300Gをぽいと出せるガキなんざめったにいない。裕福なんだろうな、と思う。そういえば、着ている服もかなり上等だ。
「ホックラー遺跡自体は、1時間半もすれば着く」
頷いた黒曜が言う。
「早めに出たほうがいいだろう」
確かに、初動はハンプティの両親の生存率に繋がるはずだ。
とはいえおそらく日帰りの依頼。俺たちは簡単に、だが的確に装備を整えて、さっそくホックラー遺跡に向かうことにした。
「じゃあハンプティ、依頼が終わったらここで……」
「え、ボクも行くよ!」
ハンプティはぴょんと椅子から飛び降りて、きらきらとした顔を俺たちに向ける。
「連れて行くわけねえだろ、足手まといだ」
「えー」
俺が言えば、ハンプティは不服そうな顔をして、それから、
「でもボク、パパとママにくっついてホックラー遺跡に行ったことあるんだ! だから案内できると思うよ」
「……」
別に観光地でもない、出涸らしの遺跡の地図を売っているところなどあるはずもない。盗賊ギルドに行けば出回っているかもしれないが、そこまで手間をかけたくないし金も無駄だ。俺が天秤にかけて悩んでいると、パーシィが耳打ちした。
「彼を連れていけば、ラヒズが出てくるかもしれない」
……撒き餌じゃねえんだからよ。
「あいつはベルベルントの街中では戦闘を避けがちだ。ミゼリカ教会があるからだろう。ホックラー遺跡ならベルベルントの外で、けど離れすぎてもいない。やつと戦うなら悪くない立地だ」
「しかしフルメンバーじゃないどころか、足手まといのガキを連れて、か?」
パーシィはその言葉に、
「ああ……それもそうか」
あっさり引き下がった。
「悪いが、やはりきみを守るのに割く戦力はないよ」
俺への耳打ちとは打って変わり、パーシィはハンプティに言い含めた。
「……」
ハンプティは少し考えるようにしたあと、
「分かった、じゃあここで待ってるね!」
にこりと笑った。よし、聞き分けのいい子供だ。
ところが黒曜が、
「あとから追ってこられるほうが、やりづらい」
淡々と言った。思わず彼を見て、
「……何のことだ?」
「ハンプティは、あとから俺たちを追いかけて遺跡に来るつもりだ。見れば分かる」
ハンプティは黙っていたが、ちろっと舌を出した。俺は頭が痛くなる思いだった。
「……なら、初めから連れてったほうがまだマシか……」
どうせ来るなら、俺たちといたほうが危険は少ない。どっちにしろラヒズの気配は気になる。
仕方ない。
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