ベルベルント防衛戦 1
ベルベルントの歴史を紐解くと、驚くほど争いと無縁であったことが分かる。
ベルベルントの地下には今も現役の下水道が街中に張り巡らされているが、これは古代文明時代に造られたものだ。その古代文明が何らかの理由で滅びてからこっち、ベルベルントが戦争に巻き込まれたとか、あるいは戦勝国だのその逆だのになったとか、そういう記録はいっさいない。
交易都市としてあらゆる人、物、事を内包するベルベルントは、世界に対して中立を保ってきた。
世界のどの国にとっても交易の"要"。だから、"不可侵"。
それが、この交易都市に約束された安全、の、はずだった。
不躾な侵略者どもの宣戦布告は、聖ミゼリカ教会の尖塔の破壊をもって行われた。
轟音を立てて地面に降り注ぐ信仰のシンボル。そこでようやく人々は、ベルベルントの壁の外から迫る悪魔の軍勢に気が付いたのだ。
歴史が、変わろうとしていた。
ベルベルントに軍はない。かろうじて騎士団がある程度で、それすら実戦にはさほど慣れぬ治安維持隊だ。
だが、ベルベルント自身がその慈悲と寛容で得ていたものの中には、冒険と戦闘を生業とする多くの者たちがあった。
冒険者。ベルベルント以外に行き場を失い、ベルベルントで居場所を見つけ、ベルベルントに生かされた者たち。
俺――タンジェリン・タンゴ――もそうだ。
復讐を志し、冒険者を稼業に決め、訪れた交易都市ベルベルント。今の俺が帰る場所。
この街を守り抜く。そのために戦うことに、一片の躊躇いもありはしない。
★・…
★・…
<天界墜とし>だろうとサナギは呟いた。
今まさにベルベルントを取り囲み、侵攻を進めている悪魔の量は、100や200ではきかないという話であった。星数えの夜会に出入りする情報通が駆け込んできて真っ青な顔で告げたことだ。
「<天界墜とし>でもなければ、そんな量の悪魔がまとめて召喚できるはずはない」
「成功、したってことなのか?」
「いや……。成功というには、未熟すぎる。本当に成功したなら悪魔の数は今の数百倍はいるだろうし、天界ごとこっちに来ているはずだよ」
「……はっ。聞いても仕方ねえことだな」
俺はサナギに短絡的な答えを求めてしまったことを自覚して、自嘲した。
「今俺たちがするべきなのは、あの侵略者どもを全員ぶちのめして、ベルベルントを守ること――それだけだ」
長い間平和を保ってきたベルベルントには、こういった緊急時の指示系統はまともに定められていない。災害時の避難経路くらいは整っているはずだが、それを実際の危機時に使える者がどれだけいるかは疑問だ。人々は騎士団には従うだろうが、その騎士団の初動が遅れれば多くの死人が出るだろう。
地響きのような音が時折聞こえてくる。地面が揺れる。
すでに悪魔からの攻撃は始まっていた。
たまたま星数えの夜会にいた数人の客と、親父さんと娘さんは戦う手段を持っていない。夜会にいる俺を含めた冒険者が、入り口と裏口を警戒している。
だが、いつまでもこうしているつもりかというとそうじゃない。
俺たちはパーシィの帰りを待っていた。
昨晩から「嫌な気配がする」と言って眠れない様相だったパーシィは、聖ミゼリカ教会の尖塔が攻撃を受けたとき真っ先に飛び出していった。止める間もなかった。だが、行き先が聖ミゼリカ教会であることは分かっていたので、状況が分かったら戻るようにとだけ大声で伝えた。それからここで待機している。パーシィに情報を持ち帰ってもらおうというわけだ。
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