カンテラテンカ

ニセパーシエル騒動 7

「悔しいよな」
 気付けば、声になっていた。
「自分はなんで殺せねえのか、覚悟はあるつもりなのに……罪は相手にあるはずなのによ……」
 アルフは俺を見た。アルフはほとんど泣きそうになっていた。俺はパーシィに、ナイフを放すように声をかけた。
「……」
 パーシィはまっすぐにアルフを見ていたが、俺のほうを見ているアルフとは視線が合わない。やがて目を伏せて、ナイフをゆっくりと手放した。
 自由になったナイフを持ったまま、アルフは二、三歩、よろけるように後退した。
「なんで刺せないんだ……! 僕の覚悟は、そんなに生半可なものだったのか……!?」
「そうだ」
 俺は頷いた。
「俺だってそうだ。空想上の相手を何回殺せたって、目の前にしたら殺せねえんだ。俺たちの相手を殺す覚悟なんてそんなもんなんだ」
「……」
「だが、てめぇには救いがある。パーシィはすでに罰を受けてるってことだ。てめぇが我が身を犠牲に、なんて殊勝な気持ちでいなくても、とっくにこいつは……たぶん、後悔をしてる。こいつに後悔を気付かせた誰かがいて、その誰かはこいつが復讐されることは望んじゃいねえ」
 続けた。
「そんなことでてめぇの婚約者が戻るわけじゃねえ。だから復讐をやめろと言うつもりもねえ。だが……パーシエルなんて天使はもうどこにもいねえし、てめぇは復讐には向いてねえよ」
 俺の与えた言葉は、生ぬるくて偽善的で、でもたぶん、誰かが言ってやらなくちゃならない言葉だった。
 俺にはパーシィを許してやることはできない。だが俺たちは、パーシィに下されようとしている私刑を止めることくらいはしてもいいはずだった。仲間だから。だとすれば、復讐に身をやつした"人間"の、対等な相手は、俺だと思った。
「お前は……」
 黙ったままだったアルフが、ぽつりと言った。
「お前は、何なんだ? 急に場を仕切って、……分かったような顔をして……」
「てめぇと同じ根性なしさ。復讐を志して冒険者になったが、……俺も、斧を振り下ろせなかった」
 アルフは俺を見た。アルフの顔が歪んでいき、
「怖いさ……ああ怖いさ!! 人を殺すのが怖くて、パーシエルの名誉を傷付けようと思ったときも、だから人を殺そうなんて思えなかった!!」
「ああ」
「なのにこいつは、こいつは平気でゼータを、僕の婚約者を殺させて、食ったんだ!! こいつは人を殺すのなんて何とも思ってない、卑怯じゃないか……! そんなの、ずるいじゃないか!! 一方的すぎるじゃないか!!」
「ああ」
「じゃあ僕の気持ちはどうすればいいんだよ!!」
 アルフは崩れ落ちた。泣いていた。
「そんなことはてめぇが決めるんだよ!」
 俺は叫ぶように言った。アルフは喚き散らす。
「分かんないよ! だって僕は、復讐がしたかった!」
「……」
「どうすればいいんだよ、どこにこの気持ちを置けばいいんだよ!」
 俺はその答えを知っている。
 逡巡した。
 だが、ここまできたら言わなきゃいけないだろう。覚悟を決める。
「愛だよ!!」
 俺のデカい声が山に響き渡った。音量を間違えたな。
「……へ?」
 俺は咳払いをした。たぶん、全身真っ赤になっていると思う。
「て、てめぇは言ったよな。婚約者とは別の女で……村に恋人がいると。お前はその女が急にいなくなるのが怖くて先に村から出たと言ってたが……好きだったことに間違いはねえんだろ」
 アルフは困惑したまま、視線だけで俺の言葉を肯定した。
「なら、村に戻れよ。お前は詐欺師だしろくでもない野郎だが、誰も殺しちゃいねえ。まだ胸張って生きていける」
「……」
 アルフは呆然と俺のことを見上げていた。俺はたぶん、自信満々で見つめ返してやらなきゃいけなかったが、恥ずかしさのあまり視線を逸らした。
「……でも、彼女の前から急に消えた僕を、彼女はまだ……愛しているだろうか……?」
「知らねえよ! そんなことに責任を持つ気もねえ」
 本音ついでに、視線を逸らしたまま思ったことを言った。
「だがその女にとっては、てめぇは急に消えたんだ。それはてめぇが味わったのと同じだろ」
「……!!」
 アルフが息を呑む。
「だったら、相手の気持ちが逸れることくらい覚悟しろってんだ」
 俺からすりゃ、余計なことを考えて、失うことを恐れて逃げ出したこいつが悪いんだ。……いや、そもそもはこいつの最初の恋人を食ったパーシィが悪いんだろうが……。それでも新しく惚れた相手ができたのなら、アルフはそいつのために全力になりゃよかった。
 復讐心を愛で上書きできる、とか、そんなことを言うつもりはない。俺だってまだ自分の復讐に整理も決着も付いちゃいない。ただ、復讐にかける情熱を、こいつは、俺も、きっともっと前向きな何かに変えていける。そうしてくれるだけの誰かが隣にいるのなら。
「……村に……」
 アルフは言った。
「戻るよ……。ベティが……待っててくれてるかもしれないから……」
 アルフはパーシィの血で汚れたナイフをそっと折りたたんだ。それを懐に入れ直し、ゆっくりと立ち上がる。アルフがパーシィに視線すら寄越すことは、もう二度となかった。
 パーシィは黙ってアルフを見つめていた。背中が見えなくなるまで、長いこと、見送っていた。

<< >>

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /