カンテラテンカ

ベルベルント復興祭 5

 受付を済ませて闘技場の中に入ると、すでに参加者が大勢いて、廊下の壁一面にでかでかと貼られたトーナメント表前に集まっている。当然、俺だって対戦相手が誰か確認したいのだが、背伸びをしても見えなかった。いや、俺だって別にそこまで小さいわけじゃない。同年代の平均くらいはあるはずだ。だが予選会を突破した奴らはやはりガタイがいいやつばかりなのだ。
 結局、集合時間の八時までにトーナメント表を見ることはできなかった。集合の声かけに応じて仕方なくその場を離れ、参加者の待機室に移る。これから一時間ほど自由にウォーミングアップ等をして構わない旨伝えられて、参加者は各々散っていった。会場で身体を温めるヤツもいれば、待機室で身体を休めておくヤツもいるらしい。
 俺は廊下に戻って、ようやく壁に貼られているトーナメント表を見た。参加者は、正確には数えていないが40人を少し超えるくらいで、自分の名前を探すのにも苦労する。やっと見つけた、と思ったら、俺の横に書かれた名前が意外なもので、思わず二度見してしまった。
「三位まで賞品が出るとのことだから」
 と、急に背後から声がかかった。
「それらを一つの宿に独占されないよう、早い段階で同じ宿の参加者をぶつけ合う方針のようだ」
 ワイシャツにいつもの黒いジャケット――学ランというらしい――を肩にかけたらけるが立っていた。いや、瞳が金色だ。ラケルタである。
 一回戦の俺の対戦相手だった。
「てめぇ、出るなら言えよ」
 会話するのは久しぶりだ。日常生活で彼はほとんどらけるでいて、先のベルベルント防衛戦でラケルタが出てきているのは見かけたのだが、とても会話できるタイミングはなかった。こうして言葉を交わすのは、実にカンバラの里以来だ。
「ああ。参加受付もギリギリだったのだ。参加を巡ってらけると揉めてな」
「揉めた?」
「らけるのほうに参加意思はなく、彼は翠玉と祭りを見たかったらしいな。誘ってはみたが断られたので、予定がなくなりこうして私に時間を譲ってくれたわけだ」
 それは……らけるには気の毒なこったな。
「てめぇはこういうの好きなのか」
 ラケルタはらけるに比べて真面目な武人、という印象だったので、こんなお祭り騒ぎに便乗するのは意外だった。思わず尋ねると、
「たまに技術を披露する場がなければ、剣も鈍ろうよ」
 涼しい顔をするのだった。
「タンジェリン。貴殿の目的がアノニムとの戦いであることは知れている」
 ラケルタはトーナメント表を指す。
「一回戦で私か貴殿、勝ったほうが、二回戦でアノニムと対戦だ」
 アノニムが一回戦を勝ち抜けば、とラケルタは言い添えた。星数えの夜会の参加者は俺、ラケルタ、アノニムの三人で、トーナメント表できれいに横並びになっている。アノニムの一回戦の対戦相手は知らない名だったが、確かにアノニムがここを勝ち抜けば俺かラケルタ、どちらかと戦うことになる。
「……」
 慣れねえ武器でラケルタに勝たなきゃいけねえわけか。俺は少しげんなりした。誰が相手でも負ける気でやるつもりはないが、黒曜をして『相当な剣の腕』と言わしめるラケルタとどう戦ったものか。
「しかし、あと一時間も待機というのは長いな」
 ラケルタがぼやくように言った。俺は内心で同意する。ただ、40人近い参加者全員が一気に闘技場に出ることはできない。交替しながらウォーミングアップをするのを想定すれば無理のない数字ではあるのではないか、と思う。たとえば5人ずつウォーミングアップしたとすれば、だいたい8組が交替で使うことになるわけで、そうなれば各組が使える時間は7分半しかない。
「てめぇもちょっとは身体を動かしておくんだろ」
「そうしたい気持ちはあるのだが……動くと体力を消耗する」
「ああ……暑いからな」
 闘技場は円形のコロシアムで、スリバチ状の観客席にも闘技の舞台にも屋根はない。直射日光をもろに受けることになる。戦闘に備え、室内で身体を休める者がいるのも納得の暑さだった。
「なるべく屋根の下にいるつもりだよ」
「そうか、直射日光が当たらねえだけマシか」
「ああ」
 許可は得ているとはいえ、らけるの身体にあまり負担もかけたくはない、とラケルタは言った。
「らけるは参加意思はなかったんだったな」
「ああ、ただもう開き直っているらしいな。復興杯に関しては私の好きにしてくれ、とのことだ」
「開き直る……翠玉の件か? そもそもなんで断られたんだ?」
 別に興味があるわけではないのだが、どうせここで話を切り上げてもヒマな時間が続くだけなので尋ねてみた。ラケルタは、
「翠玉には先約があったのだ。ずいぶん前から、午前中はポラリスと祭りを回ると約束していたらしい」
「それじゃあ仕方ねえな」
 ポラリスというのは星数えの夜会に所属する冒険者の一人で、自称人魚の女子だ。ちょっとやかましいだけで悪人でないことは分かるのだが、俺の苦手なタイプで話をしたことはほとんどない。ただ翠玉と仲が良いことは普段の様子で知れていた。
 友人同士の間に割り込んだっていいことなんか何もない。
「そうだな。だかららけるも大人しく引き下がったのだが、それで午前中は予定がカラになってしまったので、こうして私も復興杯に出られるというわけだ」
「午後はどうすんだ?」
「祭りを見たいと思っているようだが……らけるは一緒に回る相手を探しているよ。タンジェリン、どうだ?」
 日頃つい適当にあしらってしまうものの、別にらけるを邪険に思っているわけではない。祭りを回るのも嫌というわけではないのだが……脳裏に黒曜との約束が浮かぶ。どうしたって俺も黒曜と祭りを回りたいのだ。
「……俺も先約がある」
「なるほど、今日のらけるはツイてない」
 ラケルタは笑ったが、らけるには若干悪い気もする。俺の考えを察したのか、
「翠玉はポラリスとの予定は午前中だと言っていた。午後は空いているかもしれないからな、また声をかけてみるように言っておく」
 つくづく、お人好しというか……『いいヤツ』だな。

<< >>

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /