ベルベルント復興祭 8
待機室に行く前に、廊下にあるトーナメント表を見た。勝敗がつくたびに更新されているらしく、勝者の名前から赤線が伸びている。それで俺たちのあとに戦ったアノニムが勝利したことが知れた。アノニムと戦える!
俺たちがライライを追ってとっ捕まえ、尋問している間に一回戦はすべて終了していた。それどころかすでに二回戦も数試合が終わっているようだ。
通りかかった運営スタッフに、今、誰の試合が行われているのかを確認する。トーナメント表と照らし合わせて、三戦前のやつらだと知れた。またギリギリだ、俺は急いで選手入場口に向かう。
相変わらず出番待ちの参加者が数人いる。知らない参加者の一人に「試合妨害の犯人は捕まえたのか?」と尋ねられたので、頷いた。
「無差別?」
「いや……個人的な怨恨だ」
「そうか。お疲れさん」
その参加者はそれで話題を切り上げた。
アノニムはというと、壁に寄りかかって腕を組んでいる。特に話しかけてはこない。俺としても別に話すことは何もなかった。黙って現在進行している試合を見届ける。
手練れが残っているので、一試合がやや長引く傾向にあるようだ。俺とアノニムの前の三戦も合計で20分はかかった。ただ待つだけなら退屈な時間だろうが、手練れの戦闘が三パターンも観戦できたとも言える。立ち回りの参考になる場面も多かった。
次の試合の選手が呼ばれる。アノニムが壁から背中を離す。俺も続いて舞台に出た。
一回戦よりさらに太陽が高く上がっている。
武器を選ぶように言われ、俺はまた大剣を選ぶ。
向かい合ったアノニムが槍型の長柄武器を持っているのを見て、少なからず動揺したのを努めて隠した。普段使っている棍棒とリーチが近い片手剣を選ぶだろうとばかり思っていたのだ。一回戦も槍だったのかもしれないが、俺はアノニムの試合を観ていない。
わざわざ選ぶということは、少なくとも片手剣や大剣よりもその扱いに長けているということだ。俺はアノニムが棍棒以外の武器で戦うところを見たことがないが、やつは元奴隷剣闘士だ、どんな武器に精通していたって今さら驚くことじゃない。
初期位置について、それぞれ構える。
槍と実戦で戦う機会は多くない。マイナーな武器ではないのだが、俺の周りに使い手は多くない。黒曜との戦闘訓練で長柄との戦い方の立ち回りは勉強したが、それが身に付いているか、改めてこの戦いで分かる。
「――はじめ!」
開始の号令。まっすぐ突っ込んでったら貫かれる。向こうのほうがリーチが長いんだから当たり前だ。長柄の隙を狙うなら正面以外、俺は素早くアノニムの左手側に駆けていく。
すぐさま応じたアノニムが、俺の向かう先から槍を横に薙ぐ。大剣で弾こうとしたがそこまで甘くはない。槍は弾けず受け止められた。槍が引かれて、大剣の構え直しもできていない一瞬の間に、大剣を巧みにすり抜けた槍が俺の腹に打ち込まれる。
「……ぐっ!」
木製武器だし刃先は丸い。鈍い衝撃はあったが、大したダメージではなかった。だが本物の槍なら致命傷だっただろう。
この時点で、もしこれが真剣勝負なら俺の負けだ。くそ、メイン武器じゃない槍で相手されてもこれかよ! わずか数十秒の出来事だった。
だが、これは試合だ。俺には試合続行の意思があるし、武器もまだ使える。さすがに一撃くらいくれてやりたいところだ。
体勢を立て直して、改めてアノニムに近づこうと試みる。槍というのは一定の間合いを保って戦う武器だから、向こうだって懐に入られたくはないはずだ。緩急を付けて大剣の間合いまで近づく。
間髪入れずに振り回した大剣を、アノニムは槍の柄で受け止めた。俺と力比べをする気はないらしく、アノニムは槍の柄を半回転させて俺を大剣ごと横にいなした。
そこまでヤワな体幹はしていない、よろけることはなかったが、大剣を構え直しているうちにアノニムは素早く槍の間合いへ退く。それから鋭く槍を突き繰り出した。
槍は後ろに避けても無駄だ。横にかわして槍をすり抜けアノニムの懐まで飛び込む。さっきよりも深く近い位置だ。だが、大剣で腹を殴りつける一瞬前に、引き戻された槍の先が大剣の柄を握る俺の手の甲に突き刺さった。
反射的に緩まった手から大剣を掬い上げるように、槍が跳ねる。一瞬にして俺の手から大剣が持っていかれて、追い縋ろうとしたときには大剣はアノニムの足元に転がっていた。それからアノニムは落ちた大剣を地面に縫い付けるように、槍を刃の上に突き立てた。
「……くそ!!」
武装解除。俺の負けだ。
「しょ、勝者、アノニム選手です!」
俺だって慣れない武器だったとはいえ、ここまで歯が立たないもんか!?
アノニムは別に何てこともないように舞台を立ち去っている。……次の試合の邪魔になる、俺も移動した。
プロフィール
カテゴリー
最新記事
(01/01)
(08/23)
(08/23)
(08/23)
(08/23)