ベルベルント復興祭 9
そして俺は、焼きそばを焼いていた。
暑い! 熱い!! やってらんねぇ!!
「あのー、このヤキソバ? っていうの、二つください」
「ああん!? そこにあるの持ってけ! 一つ5Gだ!」
「ちょ、タンジェ、態度態度!!」
やってきた女の二人組に怒鳴りつけると、できた焼きそばを容器に詰めていたらけるが割って入った。
「10円……じゃなかった、10Gだよ、ありがとね!! おいしいからよかったらほかの友達にも紹介して!!」
らけるは人当たりのいい笑顔で焼きそば二つを女どもに渡している。俺の態度に怯んだ女二人も安心した顔になり、硬貨と引き換えに焼きそばを受け取り去っていった。
「タンジェ、二回戦敗退した挙げ句、あっつい中焼きそば焼かされてるからって、態度悪すぎじゃん?」
「改めて全部言うんじゃねえ!」
一応ラケルタに勝敗を報告しようと夜会の屋台に顔を出したのが運の尽き。ラケルタはとっくにらけるに代わっていたし、親父さんに捕まり「すまんが休憩するから代わりに焼いといてくれ」と屋台を押しつけられる始末。「30分で戻る」という親父さんに「1時間は休憩しなよ! 屋台は俺とタンジェで見ておくから!」と言い出したのはらけるで、しかもこいつはもっぱら売り子で焼きそばを焼く気はないらしい。親父さんにゆっくり休憩してもらいたい気持ちも、じゃあ俺が売り子をできるのかと言ったらできないだろうことも間違いはないのだが、この状況を受け入れるには俺の気は短すぎた。
二回戦敗退したので正午には時間があり、黒曜との約束の時間もまだ先だ。ヒマだから断る理由もない。ちなみに娘さんは午前中は祭りを見て回り、午後から店番する約束らしく、姿が見えなかった。
俺だって料理くらい多少はできるが、別に得意でもなければ好きでもない。こんな大量の麺を焼くのに楽しさを見出すのは無理ってもんだ。
当たり散らすように焼きそばをかき混ぜていると、
「焼きそばだ。珍しいな」
屋台の前に子供がひとり立っていた。口ぶりからして焼きそばのことを知っているらしい。倭国の人間かと思ったが、髪は金で目は青く、倭国の一般的なそれではなかった。
「焼きそば、二つください」
子供がらけるに声をかける。らけるは「はいはい」と言って、容器に入った焼きそばを手渡す。
「10円……じゃない、えーと、10Gね!」
何回やるんだよ、その間違い。まあ、習慣はなかなか抜けないか。
「円?」
子供は不思議そうな顔をして、それかららけるのことを上から下まで眺めた。
「それ……学ラン?」
ぴた、とらけるの表情が固まる。
「あんた、ニッポンのひとか?」
子供の言葉に、固まったらけるの表情が見る間に驚愕のそれに変わり、子供のことを見て、それから俺のことを見た。いや、俺のほうを見られたって知らねえよ。
「い、いま、この子、ニッポンって言った! タンジェ!!」
「確かに言ったが、俺に振るんじゃねえ!」
「ま、ま、待って、どういうこと? ニッポンのこと知ってる? あ、召喚師とか……!?」
子供はこちらも少なからず驚いた様子で、
「いや……俺も元はニッポンにいたんだ」
そんなことあんのかよ!? 俺は焼きそばをかき混ぜながら、思わず口に出した。
「そんな誰も知らねえような異世界の人間が、らける以外にいたなんてな……」
らけるはもうほとんど泣きそうな顔になっていた。
「うわー、マジ!? 仲間いたんだぁ! 俺、石竜子らける! きみは?」
「阿武隈、北斗……」
名前の響きも確かに倭国っぽいな。倭国とらけるのいた国は比較的文化が近いようだから、つまりニッポンっぽい、とも言えるだろう。
「どこ住みだったの? いくつ?」
「おいらける、話すなら脇によけてろ。ほかの客もいるんだぞ」
同郷に会えて嬉しい気持ちは分かる。たった一人だと思い込んでいたのだからなおさらだろう。だが、俺は焼きそばを焼き続けなきゃいけないし――手を止めると焦げる!――客は意外にも途切れないので、長話は別の場所でやってもらったほうが都合がいい。話すならゆっくり話したいだろうしな。
「あ、そっか。それに北斗、二つ焼きそば買ったんだし、誰か待たせてるもんな? なあ、あとで話できない? どこかの宿に泊まってるの?」
「ロンギヌスの仮宿ってとこで世話になってる」
ロンギ……? 聞いたことがある。どこで、誰に聞いたんだっけか……?
……ああ! 思い出した。確かベルベルント防衛戦の際にブルースが言っていた。スラムにあるという冒険者宿だ。
「スラムの宿だろ」
「知ってるのか?」
「話には聞いた」
らけるは俺のほうを向き、
「場所も知ってる?」
「そこまでは知らねえ。パーシィなら知ってるんじゃねえのか。あいつたまにスラム散歩してるから」
「なんで!?」
「知らねえよ!」
ともあれらけるは頷いて、
「じゃああとでパーシィに聞いてみるよ。北斗、引き止めて悪かったな!」
北斗は10Gと引き換えに焼きそば二つを受け取り、小さく頭を下げて立ち去っていった。
「屋台手伝っててよかったぁ!」
北斗の背中を見届けたらけるは泣き笑いのような様子でいたが、
「でもあいつもニッポンに帰れねえからここにいるんじゃねえのか。元の世界に帰る手がかりにはならないかもしれねえ」
だから先走ってぬか喜びするなよ、というつもりで言ったのだが、らけるは、
「うん、大丈夫! 分かってる! でも、同じところから来たって人いるだけで心強いじゃん?」
プロフィール
カテゴリー
最新記事
(01/01)
(08/23)
(08/23)
(08/23)
(08/23)