カンテラテンカ

ミラー・イン・ザ・ボックス 9

 ランタンを点けぬまま、星と月だけを頼りに俺たちはヤイ村の入り口で様子を伺っている。
 ヤイ村はようやく家屋の燻りもおさまり、闇夜に沈んでいた。雲はなく、月も大きい。視界は悪くなかった。だが、さすがにゴーストと戦うには暗すぎるだろう。
 ゴーストが出たらパーシィが祈りで片っ端から浄化する。俺たちは、ゴーストがパーシィから近くも遠くもならないように立ち回る。サナギはランタン係だ。
 あらかじめ聖水で清めた武器を握りしめて、俺たちはゴーストの出現を待った。
 数刻ののち、ぼんやりと白いモヤのようなものがヤイ村の中をさまよい始めたのが分かった。
「出た」
 緑玉が呟くと、黒曜が頷いた。
 白いモヤは少しずつだが数を増やしていく。パーシィの手に負えない数になる前に、俺たちはヤイ村の中へ駆け込んだ。
 サナギが素早く灯したランタンで、かろうじて視界が確保できる。ゴーストたちは俺たちに気付くと、モヤから徐々に人型へと変わっていった。
「主よ――聖霊よ――憐れみたまえ――我ら同胞の魂に安息を――」
 パーシィがぶつぶつ呟いて何か祈っているのを背にして、俺たちは陣形を整える。
「ギャアアアア――」
 初手の祈りで、早々に何体か浄化されたようだ。俺たち、いるのか? と一瞬思ったが、しぶとく残っているゴーストがこちらに向かってくる。
 俺は斧を振り回した。聖水で清められた武器はゴーストの霊体を抉った。手応えあり。ゴーストはもんどりうって地面に落ち、そのまま消滅した。
「楽勝だな!」
 アノニムも同様にゴーストを始末したらしい。確かにこれは楽な仕事かもしれない。続けざまに何体か始末した。
「ア、ア」
 たまに何かを訴えているようなゴーストがいたが、無視した。死者の言葉なんてどうせろくなもんじゃない。恨み言を聞かされるのなんざごめんだ。
「復讐、シテヤル」
 そう思ってたのに、その言葉を聞いて俺の手が止まってしまった。
「ごぶりんドモメ、復讐、シテヤル、シテヤル」
 さまようゴーストがそう呟きながら明滅する。
 その気持ちは分かる。だが、てめぇらには無理なことだ。
 そもそも、てめぇらが復讐された側なんだよ!
 一瞬の躊躇いがアダになる。ゴーストの半透明の身体が俺に纏わりつく。振り払おうとして振り払えるなら、聖水なんか必要ない。
「ぐ……!?」
 霊体が通り抜けた俺の身体は突然冷えて、それから、頭の中に何かが流れ込んでくる。

 燃えている。
 村が、燃えている。
 破壊され、蹂躙――れ、めちゃくちゃになっ――
 ――――――緑肌の――向かってい――
 命乞いする――人、簡単に弾か――武器――
 ――殺され――
 怒り、哀しみ、恐怖、憎悪、

「がっ……!? うう……ッ!!」
 気付けば膝から崩れ落ちていた。思うように身体が動かない。これは、この記憶は、俺の? いや、ヤイ村で死んだこのゴーストの? 意識が朦朧とする。相手は、ゴースト、だ、取り、憑かれ――

「去れッ!」
 混濁する俺の意識の中で、それだけいやに明瞭な声が聞こえて、ブンと何かが空気を裂いて振り抜かれた音がした。ゴーストが叫び声を上げて霧散する。
「っはぁ! ぜはっ……!」
 身体が軽くなり、何度も呼吸を繰り返す。それで俺は呼吸すらままならなかったことに気付いた。
 見ればパーシィが振り抜いたメイスを下ろすところだった。パーシィは俺の横に膝をつくと、俺の身体を簡単にチェックし、
「よし、取り憑かれてはいないな」
 頷いた。
「……たす、かった」
 俺の声は掠れていた。
「礼は言っとく……」
「俺の役目だ、気にしないでくれ」
 パーシィは微笑んだ。ついさっき死人のロザリオを懐に入れていたやつとは思えない。だが助けられたのは事実だ。感謝はもちろんあったが、それより掻き乱された心が落ち着かず、こんなゴーストに取り憑かれかけた自分があまりに不甲斐なく、情けなかった。
 徐々に体温が戻ってくる。何とか立ち上がる頃には戦闘は終わっていて、それがまた俺を惨めな気持ちにさせた。何やってんだ、俺は……!
「無事か」
 黒曜が青龍刀を腰に戻しながら、メンバーの無事を確認する。無様に取り憑かれかけたのは俺だけだ。
「……くそ!」
 思わず声が出た。それに応答したのかアノニムが、
「雑魚が、取り憑かれかけやがって」
「う……うるせぇ!」
 こればっかりは反論のしようもなかった。
「三十体以上はいたねえ」
 ランタンを灯したサナギがこちらに近付いてきて、のんきに言う。パーシィは「聖水をかけたみんなの武器の力がかなり大きかったな」と一人頷いた。
「俺の祈りはやっぱり合計で三十体くらいしか浄化できなかったと思うよ。数えてはいないが……」
「それでも初手でかなり始末できた」
 黒曜が言う。
 俺は斧を強く地面に突き立てた。深呼吸する。自分への猛烈な苛立ちが少しつず収まってくる。アノニムが鼻で笑った。アノニムの辛辣な言動が、逆に俺を冷静にさせた。
 黒曜は構わずパーシィと会話を続けている。
「動きやすくなった。悪くない作戦だった」
「うん、そうだな」
 頷くパーシィ。謙遜をしない男だ。
「もう一回り見回ってから、帰ろうか」
 サナギの言葉に、一同は頷く。ヤイ村は小さな村なのですぐに回れるだろう。
「そういえばパーシィ」
 見回りをする途中でサナギがパーシィに声をかけた。
「村人たちの遺体をどうする?」
「どうする、というと?」
 本気で分からない様子のパーシィに、
「埋葬するかい?」
 きちんと言葉を直したサナギが首を傾げる。
 パーシィは笑った。
「いやあ、もうかなり食い荒らされているし、いいんじゃないのか、放っておいて。いずれ土に還るよ」
「きみ、たまに聖職者っぽくないことを言うねえ」
 俺は内心で同意する。
「だって、別に土葬も放置も変わらなくないか? どちらにせよ人間なんかが主の御許にいけるわけないし……」
「てめぇは……どこの誰なんだって視線でものを言うよな」
 思っていたことが口に出てしまった。パーシィは目を瞬かせたあと、
「あー……そうかい?」
 困ったように笑った。
「別に隠しているわけじゃないんだけど。俺は元天使だからさ。そういう視点が出てしまうのかな」
 冗談なのか本気なのか、よく分からない。だが村を一回りして、荷物を片付けて帰路につくまでの暇つぶしに聞くには悪くない話題かもしれない。
 俺たちは、パーシィが人間ではなく堕天使であること、天使としての名は別にあること、罪を犯して天界から堕とされたことなどを説明しているのを、適当に聞いたり聞き流したりしながら、ベルベルントへと帰っていった。

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