ミラー・イン・ザ・ボックス 10
俺は星数えの夜会に帰るなり、あいさつもせずに自室に駆け込んだ。
部屋の中には小箱が変わらず鎮座している。俺はそれを持ち上げた。
これが、そもそも鍵なんてかかっていない秘密箱だなんて、思いもしなかった。目の前につけられた錠前に完全に騙されていたのだ。
木の継ぎ目も、秘密箱によく見られる模様も、この木箱にはなかった――いや、そんなものは言い訳だ。この錠前がフェイクであることを見抜けない時点で、まだ俺は盗賊役としてはズブの素人なのだ。
「ある」と思って丁寧に見ていけば、確かにきれいに均されたツヤのある木箱に、わずかに木組みの形跡が見える。
サナギの見つけた秘密箱に比べ、こいつはかなり難解にできていた。俺は軽く動かしたり、その小箱をくまなく観察したりして、なんとか最初のからくりを解いた。それから一時間ほどかけてその秘密箱を開ける。
中には複数の紙束が入っていた。
娘さんの依頼はこの小箱を開けるところまでだ。中身まで詮索する必要はないし、興味もない。
俺は自室を出て階下へ降りた。帰るなり自室へと駆け込んでいったので、親父さんにあいさつもしていない。食堂ではパーティの仲間たちがのんびりと休息をとっていた。
カウンター席から「やあ」とサナギの声がかかった。
「タンジェ。秘密箱、開いたよ」
その手元を見れば、確かにサナギが見つけた秘密箱は開いていた。
「これ、楽しいね。ちょっとだけ盗賊気分が味わえたよ」
「そうかよ」
返事が素っ気なくなってしまったが、サナギだって別にそんなことを気にする性質でもないだろう。用があるのは娘さんだ。食堂を見渡したが、娘さんの姿は見当たらない。親父さんに尋ねることにする。厨房を覗くと親父さんは洗い物をしていた。
「親父さん」
「ん? ああ、タンジェか。お前、帰ってくるなりドタバタ部屋に行くからびっくりしたぞ」
「……そりゃ、悪かったな」
悪いとは思っていないが、一応謝罪した。
「娘さんは?」
「夜のピークが過ぎたんで、休憩中だ。そこらにおらんか?」
「食堂にはいねえぞ」
「部屋かもしれんな」
分かった、と言って、俺は厨房から出た。うろうろしている俺を不思議に思ったのか、軽食をとっているパーシィが尋ねる。
「どうかしたのか?」
「別に」
てめぇには関係ねぇ、と、俺は答えた。パーシィは苦笑したが、特に気を悪くした様子もなさそうだ。
俺は休憩中の一同の間を再び通り過ぎて、娘さんの自室に向かった。あまりこちらからは出向くことがない場所だ。
一階の奥には親父さんと娘さんの自室がそれぞれある。娘さんの部屋の扉は名が彫られたドアプレートがかかっているのですぐ分かる。ノックをした。
「はぁい」
中から返事が聞こえる。
「タンジェリンだ。箱が開いた」
「わ!」
それを聞いて、扉が大きく開かれる。目をきらきらさせた娘さんが現れて「本当ですか!?」と念を押して尋ねた。
「ああ」
俺は開いた小箱を娘さんに手渡した。
「ありがとうタンジェさん……やっぱり盗賊ってすごいわ!」
満面の笑みを浮かべる娘さん。
まさか、二日も錠前を開けようとして四苦八苦していたなんて思いもしていない顔だった。しかし実際、二日という時間待たせたわけで、俺は視線を逸らして「待たせた」と言った。
娘さんはぱちぱちと目を瞬かせて、
「いいんですよ。タンジェさんもお忙しいでしょうし……」
違う。忙しくて作業に手がつかなかったわけじゃない。自分が未熟だっただけだ。歯噛みする。
「とにかく、開いたもんは開いたんだ」
俺は悔しさを強引に捻じ伏せた。
「報酬、忘れるんじゃねえぞ」
「分かってますよ。中身を確認したら、部屋にお届けしますから」
それを聞いて俺は頷き、娘さんの自室から離れた。