カンテラテンカ

カーテンコール 7

「タンジェ? 山を下りるのではないのか」
 と黒曜に声をかけられたので、タンジェは自分の次の目的を告げていないことに気付いた。
「悪い。ペケニヨ村の跡地に行こうと思ってな」
「そうか。理由を聞いても」
「ああ、話せば長くなるんだが――」
 タンジェは日記のこと、手紙のこと、それを握り潰した冒険者のことを話した。その冒険者たちもとうに死んでいて、殺したのはラヒズで、そのラヒズを倒したのはタンジェで、すでにすべてが終わっている、ということも。
「……別に、何か意味があるとか、死んだ奴らの魂がどうこうとか言うつもりはねえが――」
 タンジェは、ぽつりと言った。
「親父とおふくろに、礼が言いたい」
「……」
「それでよ、気付いたんだが……礼を言うにも、墓がねえ」
「?」
「ペケニヨ村が襲われたあと、俺はすぐに壊滅した村を出たからな。弔ってもねえし、墓も作ってねえんだよ」
 我ながら酷い話だと思う。タンジェは復讐心に駆られ、すぐさまエスパルタまで下山し、そこで早々にベルベルントへ向かったのだ。焼けたままのペケニヨ村、そして村人たちの遺体を残して――。
 だが黒曜は特段責める様子もなく、
「そうか」
 とだけ言って、理解の様相を示した。
「だから、簡単なのでいい、墓を作ろうと思った」
 呟いたタンジェの横顔を、黒曜はしばらく眺めていたが、小さく頷き、再びペケニヨ村跡地へと歩き始めたタンジェのあとに続いた。
 だが、ペケニヨ村跡地でタンジェが見たのは、予想だにしない光景であった。

 ――墓が、ある。

 跡地はまだ荒れてはいたが、村の中心部の瓦礫はどけられていて、そこに質素ながらもそれと分かる墓が並んでいた。みずみずしい野花が供えられてすらいる。
「どういうことだ……?」
 バレンたちオーガがやったのだろうか? いや、そんな話はしていなかった。理由もない。
 じゃあいったい誰が、それを考えたときに、たった一人だけ、心当たりがないでもなかった。その一人は――
「タンジェ?」
 不意に声が聞こえた。向かいの森からペケニヨ村跡地に向かってくる男がいる。穏やかなトーンでタンジェの名を呼ぶその人は、
「兄貴」
 タンジェの義兄、つまり父オーレンと母アマンダの”実の子"、マンダリン・タンゴであった。

★・・・・

「タンジェっ!」
 マンダはまたタンジェの名を呼ぶと、抱えていた花の束が千切れんばかりに走り寄ってきて、
「兄貴、てめぇ……」
 感動の再会かと思われたが、
「本当に、お前ってやつはーッ!」
 マンダの右手が振りかぶられて、タンジェの額に手刀を喰らわせてきたことで、台無しになった。
「……」
 別に痛くはないのだが、1年以上ぶりの兄の制裁は心にくるものがある。いい意味でも、悪い意味でも。
「てめぇ……怪我はもういいのかよ」
 タンジェは誤魔化すようにぼそっと言った。マンダは、
「だいぶ前から、すっかりいいよ! もうとっくにエスパルタに拠点を移して、ここ数か月はずっとここで村の人たちを弔っていたんだ」
「そ、そうかよ……」
 そこでタンジェの後ろに気配なく立っていた黒衣の男に気付いたらしい、マンダは驚いたような顔をしたが、
「こんにちは」
 と、黒曜に頭を下げた。
「タンジェの兄のマンダリン・タンゴです」
「兄?」
 黒曜はごく小さな声で反芻した。
「兄がいたのか? ペケニヨ村の人々は、タンジェを除いて全滅したとばかり思っていた」
「そうだろうな。言わなかったしよ」
 タンジェは吐き捨てるように言う。が、黒曜には事情を説明するべきだろうと思った。
「兄貴、こっちは黒曜だ。黒曜、こっちは……俺の兄貴で、親父とおふくろの、つまり……本当の子だ」
 後半は黒曜にだけ聞こえるようにわざわざ小声になった。それから元の声量に戻り、こう説明した。

<< >>

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /