カンテラテンカ

モントランの蒐集家 1

 ひどく寒い町であった。
 ベルベルントより北のカルナディーン領にある、モントランという小さな町である。氷雪に覆われた山を背負っていて、まだ10月だというのに、そこから吹き下ろす風は冷たい。タンジェたちは外套の前を手でとじるなどしたが、凍てつく空気には身震いした。
 黒曜、タンジェ、アノニム、パーシィ、緑玉、サナギの6人は、ちょっとした依頼を受けてベルベルントからこのモントランにやってきた。街道を走る乗合馬車に乗り、依頼人に付き添うだけの楽な依頼だ。名目は"護衛"であったが、これが必要な仕事だったのか、タンジェに訝しく思う気持ちがないではなかった。
 とはいえ今のところ、依頼人の女――名をミスティという――に、怪しい素振りは特にない。上品なコートに身を包んでいるが、彼女自身はさほど身分は高くないとのことだ。聞けば、領主宅のメイドであるらしい。
 ミスティは数日前、ベルベルントに、領主から命じられたお使いに来ていた――。

 ベルベルントの夕暮れ時。スラム街に続く通りだ。街灯が少なくこの時間には他より暗くなる。そこで、
「いいじゃねえか、一晩付き合えよ」
 と、典型的な絡まれ方をしていたのが、のちに名を知るミスティであった。
 日ごろから特に目的もなくスラム街をふらふらしているパーシィが、たまたまそこからの帰り道で彼女と男を見かけた。それでパーシィは男を、本人曰く"ごく穏便に"退かせ、ミスティを助けた。ミスティは礼に食事を奢ると言い、それならとパーシィは星数えの夜会にミスティを連れて来た――パーシィがミスティと連れ立って宿に帰ってきたので事情を聞いたら、そういうことである。
「本当にありがとうございました……」
 ミスティは約束通りパーシィに彼が頼むままの食事を奢って、それに舌鼓を打つパーシィのことをちらちらと見ながら、改めて礼を言った。パーシィは、
「大したことじゃないよ。あんなことで奢ってもらって悪いくらいだ」
「いえ、そんな。あのままでは危なかったですから。護身の心得もないもので……」
 そんなのがスラム近くをうろつくもんじゃねえ、と隣のテーブルで夕食をとりながら話だけを耳で拾っていたタンジェは思ったが、ミスティとパーシィの会話に割り込む理由はない。だが思ったことはパーシィも同じらしく、
「丸腰でスラムに近づいたのか? 失礼だが、何か目的があって?」
「いえ。その……、土地勘がないもので。馬車の停留所を探していたのです。宿泊している宿への目印にしていました……」
「正反対の方向だ。それは運がなかったな」
 ないのは土地勘でも運でもなく、単に方向感覚じゃねえのか。これもタンジェは言わずに黙っていた。
「それは……残念です。でも、災い転じて福となすとでもいいましょうか。パーシィさんのような方に出会えたのは幸いでした」
「ん?」
「モントランに帰る前に、頼れる冒険者を見つけようと思っていました」
 と、ミスティは言った。そこから黒曜一行に相談されたのが、彼女の故郷・カルナディーン領モントランへの護衛だった、というわけである。
 しかしサナギ曰く、モントランへの道のりは、馬車を乗り継いで2日ほどと多少の時間はかかるものの、整えられた街道、地元騎士団の見回り、定期的な馬車便と特に問題は見当たらない。
「護衛の依頼理由がまだちょっと不明瞭かな」とサナギははっきりミスティに告げた。「ベルベルントに来るのにも護衛を雇ったの?」
「いいえ」
 ミスティは答えた。
「でも、ここからモントランに帰るのに、旦那様から申しつかったお使いの品を何としても無傷で持っておきたいのです」
「ははあ」
 念には念をというわけか、とサナギは言って、一応、納得の様相を示した。そのサナギの様子を確認してから、黒曜はいつも通りのごく淡白な口調で、
「受けよう」
 と言った。そうなれば決まりだ。一同はミスティの明日の朝に出たいという要望を聞き、それまでに準備を整え、翌日つつがなく出発した。
 やはり想像通り道中に何か事件があるわけでもなく――冒頭に至る。

 >>

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /