密やかなる羊たちの聖餐 10
レンヤが昏倒したあと、俺は廃屋に放置されていたいくつかの庭仕事道具からロープを見つけ出し、レンヤのことを拘束した。
それからこいつが気を失っている間に巡礼者の部屋を訪れてパーシィたちを呼んだ。サナギはもう寄宿舎に戻ったとのことで、今、サナギを除く五人でレンヤを取り囲んでいる。
「おい、起きやがれ」
レンヤの頬をべしべしと叩くと、「う、うーん……?」と呻き声を上げて、目覚めた。
「……はっ! き、貴様ぁ!」
俺の顔を見て体を起こそうとするレンヤだったが、ロープで縛られていること、五人に取り囲まれていることに気付くと、すぐさま青くなった。
「こ……殺さないでくれ!」
「殺しはしねぇよ、そこまでは依頼されてねえからな」
そう言うと、レンヤは、ほっと息をついたあと、
「い、依頼? 依頼人は誰だ! ウワノ修道士か!?」
なんとなく分かってきたのだが、ウワノ修道士ってのはこの修道院でかなり偉い立場にいるようで、やはり、俺とサナギを最初に案内したあの修道士では、と思われた。
パーシィがお上品に足を揃えたまま屈んで、転がるレンヤの顔を覗き込む。
「俺たちは冒険者だから、依頼人のことは話すことができない。守秘義務というやつだよ」
「わけの分からんプライドを……! 貴様ら、グルだったんだな……! 同じ時期に新人と巡礼者、最初から疑うべきだった!」
「そうだな、きみがボンクラで助かったよ」
パーシィは屈託なく笑った。本人に煽っている自覚はない。人間を見下すのはパーシィの素だ。
「それで、あのイリーマリーを育ててるのは誰かの指示なのかい?」
「……」
そっぽを向くレンヤ。
「アノニム」
パーシィが突然、アノニムを呼ぶと、アノニムは先ほどレンヤが振り回していた枝切りバサミを持ってきて、ドン! とレンヤの目の前に突き立てた。
「ヒッ……!」
レンヤがぶんぶんと首を横に振る。
「こ、殺さないって、さっき……!」
「まずは耳を切り落とすか?」
レンヤの背後で、まったく感情のない黒曜の声がした。
「指一本からでいいんじゃない」
続いて、緑玉の声。
「や、や、やめてくれ! こ、こんな拷問のような真似は、人道にもとる……!」
「あのなあ」
俺は呆れて、腕を組んで首を傾げた。
「麻薬を栽培してたんだろ? 先に人道を外れたのはてめぇじゃねえか。売った先の人間が死んでんだぞ」
「さ、栽培しただけだ! 加工は別の奴の仕事だし、売った先のことまで私が知るかっ!」
おや、とパーシィがさらに身を乗り出した。
「この修道院ぐるみというわけではなさそうだけど、仲間がいるのかい?」
「……」
「アノニム」
「そ、そうだ! 仲間だと思ったことはないが……加工と売買をしているやつがいる!」
アノニムが枝切りバサミを持ち上げようとするのを見て、泣きそうな顔のレンヤが必死に暴露する。アノニムの強面も役に立つもんだな。
「誰なんだ?」
パーシィが尋ねると、
「……ヤンだよ。タンジェリンさんは知っているだろう」
案外あっさり吐いた。
「サナギと一緒にいたやつか。確か、ハーブ園の使徒職で一緒だとかいう……」
言ってる内にハッとした。
「サナギがハーブ園で見つけたっていう加工道具は……ヤンのものか!」
「そいつは今どこに?」
黒曜が尋ねるが、「そこまでは知らんよ」とレンヤは言った。
「寄宿舎の棟も違う、使徒職も違う……そもそも気も合わないのでね! 私は『引き継いだ』から……それに、金になるから……やっているだけのことだ!」
「『引き継いだ』?」
「前任者がいるんだよ……! ヤンだってそうだ。このイリーマリーの栽培は、老いた担当から引き継がれるんだよ」
「やっぱり修道院ぐるみなのかい?」
特に憤った様子もなく、純粋に不思議そうな顔をしたパーシィが首を傾げる。
「少なくとも私は誰にも話していない!」
「そっか……。どこまでの人間が把握しているんだろう?」
「ともかく、サナギだろ」
俺は逸る気持ちを抑えて、努めて冷静に言った。
「寄宿舎にいるだろうから、行ってくる」
廃屋を出ようとすると、
「このままこいつを放置もできまい。代表の修道士に引き渡そう」
黒曜が無理やりレンヤを立たせた。足は縛っていない。よろけたレンヤが「くそ……」と漏らした。
「そういえば」
俺はふと、疑問に思ったことを口にした。
「ドートを階段から突き落としたのもてめぇなのか?」
「ああ、そんなこともあったな……」
レンヤは顔をしかめて、
「この廃屋までついてこようとしたり……仕事の邪魔だったのだよ。もっと大怪我させるつもりだったのだが、思ったより軽症で……」
俺は遮ってもういい、行くぞ、と言った。
とりあえず先に談話室と寄宿舎を見てきたが、サナギとヤン、二人ともいないことが分かった。ハーブ園ではないか、と察せられた。急ぎ、ハーブ園へと向かうことにする。
パーシィが途中の事務室に明かりが灯っているのを見て「先にこいつを預けてくる」とレンヤを指して言ったので、俺たちは一足先にハーブ園へと走った。
ハーブ園は明かりがついている。俺はハーブ園内に飛び込む前にみんなを制止し、中の様子を伺った。盗賊役のサガかもしれない。そのうちにパーシィが追いついて、俺たち五人は入り口で連れ立って様子を眺めた。
中には確かにサナギと茶髪の修道士――ヤンがいて、向かい合って何かを話している。
「あ、あ、あの、サナギ、さん」
ヤンは相変わらず、言葉がつっかえていたが、
「そ、そ、その、初めて見たときから、その、ひ、一目惚れでした! 僕と、つ、つ、つき、付き合ってください!」
なんか告白していた。予期せぬシーンに居合わせて気まずくなる。
あいつ、あんな気弱な顔して変なとこで勇気あるな。てか、会ってまだ二日だろ……と、俺の中でいろんな感情がぐるぐるする。ついでに、「同性愛は聖ミゼリカ教では禁忌だよ。まあ、人間が作った決まりだから、俺は気にしないけれど」とパーシィが別に聞いてもいない補足をした。
「うん、そっかぁ」
とうのサナギは、のんきに返事をして、
「話を聞いてあげてもいいけど……きみの秘密を先に教えてくれないかな?」
無邪気に首を傾げて見せた。
「ぼ、ぼぼ、僕のひ、秘密?」
「うん。あれのこととかさ……」
サナギが指さす先に、何があるのかは見えない。だが想像は付く。隠されていた、麻薬の加工道具だろう。ヤンは、赤くなったり青くなったりしたあと、あ、とかう、とか言っていたが、やがて長いため息をついた。
「いつから、し、知ってた? 知ってて、ここに来た?」
「うーん、見つけたのは偶然だけど、そうだね、知っててここに来たよ。あの道具に残った香りは、イリーマリーだね」
サナギはサナギで、先に追い詰める準備ができていたというわけか。
「このハーブ園内にイリーマリーはなかった。別の場所で栽培されてるのを、きみが加工して売っていたね?」
俺たちは、そのタイミングでハーブ園に入っていった。
ぞろぞろ現れた俺たちに驚いたのか、ヤンがヒュッと息を呑む。サナギのほうは俺たちに気付いていたらしく平然としている。
「イリーマリーの栽培場所も、栽培人も特定してある。栽培人は捕縛した」
黒曜が淡々と事実だけを述べた。サナギはおや、と機嫌よく笑う。
「仕事が早いね」
「てめぇこそ」
俺が言うと、「うん」とサナギは頷いた。
「黒曜たちがいられるのが、明日までだったろ? だから早く決着をつけてしまいたくてね」
そういえばそうだったか。
結局、黒曜たちはあまり必要なかったかもしれないが、巡礼者の部屋から寄宿舎に戻る途中でレンヤに遭遇したとこを考えると、偶然を重ねる役には立った。
「……に、逃げられない、か」
ヤンが肩を落とした。レンヤに比べればだいぶ潔い。
「うん」
「さ、最後に聞かせてほしい、サナギさん」
「ん?」
「も、もし俺が、麻薬の売買をしてなかったら、お、俺と、付き合ってくれた?」
こいつ、この期に及んで何を……。
俺たちは訝しげな顔をしたが、サナギだけは笑っていた。
「ヤン。きみは植物知識もあり、新人にも優しく丁寧で、気は弱いけれど、俺に告白する度胸もある。確かに、麻薬の売買に手を出してさえいなければ、魅力的な人だね」
ヤンは、それを聞いて、大きく項垂れた。そして、こう呟いた。
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