共犯者とワルツ 4
何を言ってるのかよく分からない。
「何を言ってるのかよく分からないって顔だね。まあ、そういうわけだから、今の俺の身体の前の身体……前の代があるんだよ。その身体は結構長生きしたんだけどね、その身体がまだ若い頃の話」
俺は、いろいろ質問したいことをグッと呑み込んで、とりあえずサナギの話を最後まで聞くことにした。サナギは相変わらず手元を忙しなく動かしながら、
「その頃の俺はいろいろな術を作るのにハマっていて、たくさん術を作ったんだ。術を作るってのは、要するに……こういう手順でこういうことをすればこういう結果の術になる、っていう設計図を作るみたいなこと。分かる?」
「そりゃまあ、何となく」
頷くと、サナギはニコリと笑った。続ける。
「でも俺も作るだけ作って満足しちゃうタイプでさ。別に作った術のスクロールも要らないし、錬金術連盟に寄贈したんだよね。それが今になって錬金術連盟から盗まれたって報告があったというわけ」
「……なるほどな」
だから、盗まれた『らしい』、か。
「理由も犯人も不明だけど……盗まれたなら悪用されるだろうと思って、今、過去の日記を漁って、当時の記録を確認しながら解除の術式を作ってたんだよ。きみたちにお使いを頼んだのは、それの術式回路の発火に使う材料なんだ」
だいたいの話は分かった。俺は頭を抱えたい思いだったが、
「……まあ、まだ悪用されてるわけじゃねえんだろ? 先に手を打てるならまだマシか」
「その通り! まあ盗まれた術は人を殺せるようなものじゃないけれどね」
「たとえば?」
「<眠りへのいざない>とか。広範囲に催眠を誘発する霧を発生させて生物を眠らせる術だよ」
俺は目を瞬いた。
「……普通に冒険にも役立ちそうじゃねえか? なんで寄贈なんかしたんだよ、勿体ねえ」
「うん、味方も自分も寝るからだね」
つ、使えねえ……。
「だからこそ、今になって解除術式なんか組み立ててるわけで」
「当時から作っとけよ、そんなもん」
それはもっともだね、とサナギは笑った。
「でも当時の俺はそういうの投げっぱなしでさ。解除術式より新しい別の術式を作るのに時間を使いたかったんだね。だからこうして過去の俺の投げっぱなしを今の俺が引き受けているというわけ」
「……なんつーか、不毛だが……まあ、自分のケツを自分で拭くのは当たり前のことだな」
「手厳しいねえ」
サナギは言葉ほど凹んだ様子はなかった。実験器具から顔を上げ、
「そうだ! ついでに長話を聞いてくれたお礼だ。これをあげるよ。日記を探してたら出てきたんだ」
俺のことをちょいちょい、と指の仕草で呼んで、近寄った俺の手に何かを握らせた。
手を開いて見てみれば、銀色の小さな鈴のようだった。だが、鳴らない。
「何だよ、これ? 鈴?」
「マジックアイテムだよ。当時は結構値打ちものだったんだけどね」
「何の効果があるんだよ?」
マジックアイテムは大体かなり値が張るものだ。効果によっては、礼を貰いすぎる可能性がある。
「マジックバリアだよ」
貰いすぎだ。俺は鈴を突き返そうとした。
「あれ? いらない? いいものだよ」
「よすぎる。長話に付き合った礼にしちゃ貰いすぎだ」
タンジェは真面目だね、とサナギは言った。さっき親父さんにも言われたな……。俺は自分のことを特別真面目だと思ったことはない。
「古いものだから、たぶんもうずいぶん劣化しているし。でも捨てるのは忍びないしさ。貰ってほしいな」
「……」
捨てるくらいならもちろん受け取るが、マジックバリアなんてそうそうお目にかかれない代物だ。俺は鈴を懐に入れた。鈴は中に玉が入っていないのか、俺が動いても静かなままだった。
★・・・・
翌日の朝。やけに静かで寒いと思ったら、ちらちらと雪が降っていた。まだ積もってはいないので、降り出したばかりだろう。特別寒さに弱いたちではないが、布団から出るとさすがに冷えた。
朝に身体を動かす日課がある俺は、起床はかなり早いほうだ。廊下はまだ薄暗い。白い息を吐きながら階下へ向かう。
食堂では俺よりさらに早い親父さんが暖炉に火を入れていて暖かかった。
「早いな、タンジェ」
おう、と応じて、洗面所に向かって身支度を整えた。食堂へ戻ってくると、親父さんは朝食にとコーンスープとパンを出してくれた。
「今日はこんな天気だから、ジョギングには出ないだろう?」
親父さんの言葉に、俺はまた「おう」と返した。コーンスープはできたてらしく熱いくらいだ。ふうふうと息を吹きかけていると、
「まあ物騒だしな。あんまり丸腰で外に出るもんじゃない」
「物騒?」
顔を上げて首を傾げると、親父さんは、
「なんだか得体の知れない魔術師だかがうろついているらしいぞ。何人か殺してるとか」
「マジかよ……」
思わずぼやく。
「昨日はそんな話は聞かなかったぞ。街だって賑わってた」
「昨晩脱獄した死刑囚らしいぞ」
「騎士団は何やってんだよ……」
脱獄囚の殺人鬼なんて、聖誕祭ムードの街中に現れたらえらいことだ。親父さんの口ぶりからしてまだ噂の域を出ないようだが、もう少しすれば朝刊が届く。そこで発表されるのかもしれない。
ベルベルントの騎士団はあまり実戦には慣れない治安維持隊で、冒険者が跋扈するベルベルントでは活動が地味だが、みすみす脱獄されて街中でうろつかれちゃさすがに威信に関わるだろう。
騎士団と冒険者というのは、あまり仲が良くない。特にベルベルントでは冒険者が日常の大小トラブルを解決し、騎士団のお株を奪っている状態だ。騎士団に絡まれたら面倒なことになる。今日は街中に出ないほうがよさそうだ。
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