カンテラテンカ

共犯者とワルツ 6

 ターニンの身体が崩れ落ちるのを、俺は呆然と眺めていた。恐怖はなかった。今の一瞬で起きたことの整理がつかず、結局、俺の口から出たのは、
「ほ、捕縛しろって話じゃなかったか?」
 という、間抜けな問いだった。
「……」
 黒曜は青龍刀の血を払い、
「話が変わった」
 俺のほうを向かずに言った。
「何が、起きたんだよ?」
 答えるかは分からないな、と思った。黒曜は俺にも、たぶんパーティのほとんどの奴らにも話していないことがたくさんあって、それは意図して秘密にしているのだろうと、今さっきの様子を見て思ったからだった。
 だが黒曜は、
「俺の瞳は……特殊なものだ。魔術的価値もあれば、金銭的価値も高い。普段は隠蔽魔法で隠している」
 俺の考えに反して、淡々と答える。
「それがやつの<魔法解除>で剥がれた。知られたからには生かしてはおけない」
 黒曜はさっきターニンに言ったのと同じことを言った。
 ということは、だ。
「俺も殺すわけか……?」
 そもそも黒曜の隠蔽魔法とやらが剥がされたのは、<マジックバリア>の解除に巻き込まれたからだ。こんなことになると予想できなかったとはいえ、俺のせいだと言える。そうでなくても、知った相手を全員殺すのであれば、俺だってその内のはずだった。
 俺は自分の声が震えていなくてよかった、と思った。自分の胆力に人知れず感謝する。これで震えていたらダサすぎる。
 黒曜の返事を待った。殺すと言われてハイそうですかというわけにはいかないが、意思くらいは聞いておきたいと思った。
「……いや」
 黒曜は言った。
「……お前を殺すのは惜しい」
 小さな声だったが、確かにそう聞こえた。それから、こちらは普通の声量で、
「お前は口外しないだろう」
 黒曜がゆっくり振り返る。
「それに……」
「それに?」
「俺たちの秘密が一つ増えるだけだ」
 それは、その通りだった。
 黒曜が人を殺すのを見たのは、初めてではない。俺はそれを口外しないことと引き替えに、黒曜に戦闘訓練を引き受けてもらっているのだから。
「そうか、そうだな」
 俺は頷いた。
「だがよ……その目、どうすんだ? このままずっとここにはいられねえぞ」
「隠蔽魔法をかけ直すマジックアイテムがある。すぐに終わる。少し待っていろ」
 俺は拍子抜けした。なんだ、そんな便利なもんがあるのか。それなら黒曜が術をかけ直すのを待とう。
 ターニンの死体を見る。話によれば悪人で、死刑囚だ。ターニン自身に同情の余地はないが、騎士団側はきちんと捕まえて然るべき手続きのあと処刑をしたかっただろう。どっちにしろ死ぬことに変わりはないのだが。
「……ん?」
 不意に入り口のほうから足音が聞こえた。誰か来る! 黒曜も同時に気付いたらしい、隠蔽魔法はまだかけ直せていないようだ。まずい。見られたら死体が増えるぞ。
「……!」
 俺と黒曜は同時に、思わず木箱と木箱の間に滑り込み、身を潜めた。おい……思ったより狭いぞ!
「ここ、開いてるぞ……」
「誰かいるの……? キケカ・ターニン!?」
 二人組らしい。男女の声だ。
 俺と黒曜は狭い木箱の間で息を潜める。
 細く開いていた倉庫の扉を大きく開き――不用心なことだ――男女が倉庫に入ってくる。出で立ちからして冒険者らしい。たぶん、新聞を見て捕縛の手柄を立てようと考えたのだろう。
 装備を見れば駆け出しだろうと想像が付いた。俺だってまだ四ヶ月の新米だが……。
「ちょっと見て、あれ!」
「うわ……! し、死んでる!!」
 男女はターニンの死体を見て慌てふためき、逃げるように倉庫を走り去っていった。騎士団に通報するかもしれない。そうなれば騎士団はすぐにここにやってくるだろう。
「早めに離れようぜ、目は……」
 俺は狭い中で何とか黒曜のほうを振り向いた。ら、目の前に黒曜の顔面があったので怯んだ。鼻先がくっつきそうなほど近距離で息が止まる。
 黒曜の目はすっかりいつも通り石のような漆黒に戻っていて、俺の間抜け面が瞳に反射して見えるほどだった。
「問題ない。行こう」
 ド至近距離の黒曜が言う。俺は「おう」と言った。さっき殺されるかもしれないと思ったときには平然としていた俺の声が、今回は震えていた。

 << >>

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /