creepy sleepy 5
熟睡している人々を飛び越えてサナギの研究室に向かう。
サナギは変わらずぐっすり眠っていた。俺はパーシィから預かった星飾りを見て、それからサナギを見て、また星飾りを見た。
「どうやって使うんだよ……!」
魔力を流し込んで起動、とかじゃねえだろうな。
世の中には血液みたいに魔力が身体に流れる人も珍しくないらしい。が、俺はというと、サナギの見立てによればまったく魔力がないそうだ。それはそれで、別に珍しいことじゃない。今までの生活で自分に魔力を感じたこともない。
俺は星飾りを裏返したり振ったりしてみた。しかし星飾りは沈黙している。どうすりゃいいんだよ、と半ばヤケになり、寝こけるサナギの頬にぺちと軽く叩きつけた。
突然星飾りのほのかな光が強さを増してまたたく。まぶしい。とっさに目を閉じて、光が収まるころに目を開いた。
サナギが、眠っている。
それだけなら何も変わりなくて、俺も困り果てていただろうが――実際はそれだけではなかった。サナギは眠っていたのだが、人数が異常だった。二、三人程度ならまだいい――いや、よくはないが――そこには十数人ものサナギが、床に転がり、壁に寄りかかり、机に突っ伏して眠っていた。
サナギの夢に入った、ということだろうか。どういう夢だよ……。
「やあタンジェ」
その中に、たった一人だけ起きているサナギがいて、何かよく分からないガラクタの上に腰かけていた。サナギは俺を見てのんきに声をかけたかと思うと、
「迎えに来てくれたの?」
と、首を傾けた。
「てめぇに起きてもらわねえと困るからな!」
俺は吐き捨てるように言って、続ける。
「夢だと分かってて、自分でどうにか起きようって根性ねえのかよ」
対してサナギは、けらけら笑った。
「きみはきっと、自分でどうにか起きたんだろうね。根性で」
「……」
その通りなので何も言えなかった。思わず舌打ちする。
サナギは自分の尻に敷いたガラクタから延びるヒモのようなものを手で弄んだ。少しの沈黙。
「俺でいいのかな、って考えてたんだ」
「あ?」
サナギは別に、深く悩んでいるようでも、悲しそうでもなかったが、かといって明るい感じでもなかった。意図を図りかねる。
周囲の眠り続けるサナギたちを見回したサナギは、
「見れば分かるとおり、サナギはたくさんいて、その中で俺だけこうして意識があるけど……」
そう言って、肩を竦めた。
「もしかして、『今の代』のサナギは『俺』じゃないのかもしれない」
「わけわかんねえ」
そういう哲学的なことは苦手だし、サナギの考えることを理解しようとも思わない。
「どのサナギが今の代だろうと、今意識があるてめぇが『サナギ』でいいだろ」
ぱちぱち、と目を瞬かせたサナギが、俺を見て笑う。
「タンジェってすごいよなあ」
「はあ?」
「まっすぐというか……単純というか」
「悪口かよ?」
「まさか! 褒めてるよ。これ以上ないくらいにさ」
さて、と言って、サナギががらくたから降りて、ぽんぽんと尻の埃を払った。それから、
「それじゃ、行こっか。現実にさ」
「おう」
俺はサナギの正面に立って、サナギの両肩を両手それぞれで掴んだ。
「なんで俺の両肩を掴むのかな」
「目ェ覚ますんだろ。歯ぁ食いしばりやがれ」
「本気で言ってる?」
何か言っていたが無視して、思いっきり頭を振りかぶる。
「待って待って、痛いのはヤなん……へぶっ!!」
額をサナギの額に叩きつけた。
もちろん夢の中のことなので、俺の額は割れてもいないし痛みもしない。それでも何となく違和を感じて額を撫でるが、こぶにもなっていない。
目の前のサナギも、上体を起こして俺と同じように額を撫でている。
「頭突きはひどいよ」
そうは思わない。俺自身も起きられるよう、どちらにも衝撃がある方法をとっただけだ。
「まあ、結果として起きられたから、いいか。ありがとう」
返事の代わりに、俺はひらひらと手を振った。別に照れてるわけじゃない。そもそも俺の手柄じゃない、パーシィの手柄だ。
「それで……何が起きてるの?」
「俺にもよく分からねえが……」
そう前置きして、ベルベルント中のほとんどの人が眠ってしまっていること、パーシィが言うにはたぶん、サナギの盗まれた術式が悪魔に改変され邪法と化したらしいこと、だからパーシィや一部の聖別されたものを身に着けた人が無事だということを説明した。
「それでパーシィは、このロザリオの神聖力を拡散する術式をテメェに書けとさ」
俺はサナギに、パーシィから託されたロザリオを手渡した。
サナギは何度か軽く頷いて、「なるほどね」と言った。
「悪魔による改変か……。さすがにそこまでは予想してなかったな」
「パーシィは犯人の悪魔を探しに行ったぜ」
「そっか。それじゃあ、そっちは任せよう。幸い、力の拡散については、古い日記を漁っているときに見かけたばかりだ。ほどなくできると思うよ」
「そうかよ……」
「少し待っていて。その間、タンジェは……自由にしていていいよ」
サナギは立ち上がると、すぐさま机に向かった。
俺は手元近くに落ちた星飾りを見る。まだ淡く光を放つそれは、確かあと一回使えるはずだが……使うアテはない。拾い上げて、サナギの邪魔にならないように研究室を出た。
静まり返った星数えの夜会の食堂で俺は術式の完成を待つことにする。
筋トレでもしようか、だとすれば自室のほうがいいか……考えながら食堂を見回すと、黒曜が目に入る。足が動いて、黒曜の横に。無防備に眠る黒曜の横顔……を、眺める自分に呆れた。何をしてるんだ、俺は?
すぐに離れようと思ったが、その前に黒曜の前髪に何か、糸くずのようなものがついているのが見えた。ほとんど無意識にそれを払おうとして黒曜の前髪に触れていた。
その瞬間、左手に持っていた星飾りが輝きだす。
「あ――?」
マジックアイテムが発動した、と理解したときにはすでに、俺は星数えの夜会から離れて、黒曜の夢の中にいた。
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