きっと失われぬもの 3
エスパルタの中央通りでは、聖誕祭の間特別なマーケットが開かれていて、飲食物や土産物などが並んでいる。この時期にしか食えないものもあって、観光に来た人々はみんな思い思いに飲み食いして、思い出にしていく。
過去の俺は何を買ってもらっただろうか? あまり物欲のないガキだったので、たぶん土産物や工芸品じゃないだろう。食べ物を買ってもらった気がする。
ぼーっとマーケットを眺めて歩いているとアーモンドの香ばしい香りがして、すぐにピンときた。トゥロンと呼ばれる、ローストしたアーモンドやはちみつでできた菓子だ。昔の俺が親父とおふくろに買ってもらって食べたのはこれだ。
思わず一袋買ってしまった。
マーケットでは食べ歩きしているやつも多い。俺も邪魔にならない程度にトゥロンを食いながらマーケットを歩いた。
人混みの流れに逆らわず進んでいくと、聖ミゼリカ教会に行き当たる。
前に言ったとおり、エスパルタはミゼリカ教国で、国民のほとんどはミゼリカ教徒だ。
ペケニヨ村にはさほどミゼリカ教は浸透しておらず、親父やおふくろ、それにもちろん俺もミゼリカ教徒ではないが……。
普通に開放されているようだったので入り口を何気なく見ると、パーシィがいた。小さな子供が親に手を引かれて立ち去るのを、笑顔で見届けている。
「何してんだ」
「やあタンジェ。なんだい、それ? 美味しそうだな」
あいさつもそこそこにトゥロンに食いつくパーシィ。仕方ないから一本やった。
礼を言ってさっそく頬張りポリポリとアーモンドの食感を楽しんでいるパーシィに、
「こんなとこで何してんだ」
再度尋ねる。
「ミゼリカ教会前でこんなところとはよく言えたな」
パーシィはからからと笑った。
「たまたま通りがかりに、転んで膝を擦りむいたという女の子がいてね。治療したのさ」
「そうかよ……」
余計なこととは分かりつつも、俺は続けて言った。
「でもよ、ガキなんざ、怪我しながら生活するもんだろ」
「そうだなあ、全部の怪我に癒やしの奇跡を使っていくのは無理だしな」
あっさり納得したパーシィは、トゥロンを飲み込んでパンパンと両手を軽く叩き、トゥロンの砂糖を落とした。
「でも、親御さんは安心していたよ。女の子も笑顔になった」
それでいいじゃないか、と。
「てめぇ……たまにちゃんと、天使っぽくなるよな。本当に天使なのかは知らねえけどよ」
「ま、まだ疑ってるのかい!? 失礼だな! ラヒズにもちゃんと警戒されていたろ!?」
それを根拠にするのはどうなんだ。呆れた俺に、パーシィは急に真面目な顔になった。
「ラヒズといえば……天使もそうだが、悪魔には『格』があってね。あいつはかなり格が高そうだ」
「強いってことか?」
「そうなる。そして、悪魔としての才が高い」
「悪魔としての、才?」
復唱すると、パーシィは少し考えたあと、
「要するに、『悪魔っぽいことが上手い』ってことさ」
悪魔っぽいこと、か。確かに俺が昨日経験したことは、まるきり悪魔が見せる地獄のようなもんだった。悪魔や地獄なんて、おとぎ話でしか知らないが……言われてみればそうっぽかったかもしれない。
「だからな、タンジェ。アドバイスをしておくけど……『悪魔の言葉は信じるな』」
「あ?」
俺は眉を寄せた。
「テメェも見ただろ? ラヒズの言ってることに嘘はなかった。俺は……、……オーガだったじゃねえか」
言葉に少し詰まったが、最終的には自分で自分の姿を認めた。俺にとってはかなり覚悟のいる発言だったのだが、パーシィは別に何でもないことのように、
「悪魔が嘘をついているってことじゃない。俺が言いたいのは、悪魔の思惑通りに動いては駄目だってことさ」
そう言った。
「ラヒズの思惑……何だよ? それって」
「悪魔が何を考えているかなんて知ったこっちゃないよ」
パーシィが肩を竦める。
「ただ、意図的にきみの元気を無くそうとしてたのは分かる。あいつ、たぶん人を追い詰めるのが好きなんだよな。悪魔らしいよ」
それは……つまり、なんだ。
「俺に、元気を出せってことか?」
パーシィは俺を見てにっこり笑った。
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