カンテラテンカ

羽化 2

 今世代の俺にはあまり友達がいないけれど、パーシィに説明した通り、所属していた団体の同窓生はいる。
 俺のいた研究室は俺を含めてたったの六人しかいなかったけれど、その中の二人が結婚するんだという。もちろん新郎新婦どちらも友人というわけだ。
 錬金術師というのは、だいたい大きなコミュニティを築くことはないので、きっと二人も小ぢんまりとした式にすると思う。その中で、俺を呼んでくれたのは本当に嬉しかった。
 ベルベルントの人びとはほとんどミゼリカ教会で結婚式を挙げるものだけど、最近は無宗教の人に配慮して、独立した式場なんかもできている。若い子はミゼリカ教会の式は堅苦しいって言って、式場でのフランクな式を好むみたいだね。
 新しくできたメリアル式場は、小さいけど奇麗で評判がいい。メリアル式場にいる唯一のブライダルプランナーは、驚いたことに、錬金術師仲間のシェジミだ。もちろん、錬金術師としては異例の職先だ。連盟にまだ名は連ねているけれど、早々に就職して真っ先に研究室を出た彼女に、一同は目を丸くしたものだ。
 メリアル式場の小さいけれど華やかな庭先を通り抜けると、受付らしきカウンターに、カッチリとしたスーツに身を包んだ眼鏡の女性がいる。件のシェジミだ。
「やあ。久しぶり」
 シェジミは書類から顔を上げ、俺を見てハッとした顔をした。
「遅いわ!」
 ぴしゃり。
「あなたが参加者最後の一人よ! ルーズなところは変わってないわね!」
 いやぁ、シェジミは本当に神経質というか。細かくて、超がつくこだわり派だった。もちろん、それは研究者としてはすごく適正のある性格なんだけど、ブライダルプランナーなんて職に就いても変わってないみたいだ。とはいえ、
「いやいや、まだ11時だよ。予定時間の30分も前じゃないか」
「……普段ならそれで許すのだけど」
 眼鏡のブリッジを抑えて頭の痛そうな顔をしたシェジミはため息をつく。俺は首を傾げた。
「何かあったの?」
「それが……」
 シェジミは少し逡巡したようだったが、やがてこう言った。
「リリセがあなたに会いたがってるのよ」
「え?」
 リリセ・クリサリス。今日の主役の一人。つまり、花嫁だ。
「もう控室にいるんじゃないの?」
「いるわよ。とっくに調整も着替えもメイクも終わってるわ」
「それ、俺が入って見ちゃ駄目だよね?」
「当たり前よ!」
 シェジミは肩を落とした。
「でもリリセって昔から言い出したら聞かないじゃない? あなたに会わなきゃ結婚式を始めないって言うのよ……」
「何か理由があるのかな」
「聞けてないわ」
 リリセが俺に会いたがる理由、そんなの今分かるわけない。本人に聞いてみないことには。
「とにかくリリセのワガママを何とかするのに、あと30分じゃ足りないわよ。今回は花嫁たっての希望だし、本当に特別よ……さっさとリリセに会ってちょうだい」
「分かった」
 俺が花嫁の控室に案内を頼もうとすると、奥の部屋から小走りで小柄な女性がやってきた。花嫁リリセの大親友、モルだとすぐに知れた。
「やあモル。久しぶり」
「ああサナギくん、来てくれたんですね……!」
 何故だか汗をかいていて、モルは小さなハンドバッグから取り出した水色のハンカチでしきりに汗を拭っている。
「シェジミちゃん、本当にごめんなさい。リリセがワガママを言って」
「いつものことじゃない、いいわよ、サナギを連れて行って」
 モルは頷いて、俺に呼びかけると、足早に先を歩いた。俺もついていく。
 小さな式場だ。花嫁の控室にはほどなく到着し、ノックしたモルが「モルよ。サナギくんが来てくれたよ」と中に声をかけた。
「入って」
 リリセの応答があり、モルが扉を開ける。
 窓辺に佇むウェディングドレスの女性。いつもツインテールにしていた長い金髪は頭の上で結っている。長い睫毛が揺れてこちらを見た。

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