テ・アモは言わずとも 4
ウグイス通りのデズモンド・ベーカリー……ここか。女に言われた通りの場所には程なく着いた。特に難しい道のりでもなく、妨害する者もいないので当たり前だ。
デズモンド・ベーカリーの横が件の占いの館ルーレア……。確かに、やっているのかいないのかも分からない小さな建物がある。扉は、俺の身長でも軽く屈まなくてはいけないくらい小さい。俺はノックをしてから中に入った。
「ようこそ」
出迎えたのは、黒いローブ姿の女だった。長い銀髪に紫の目をしている。突然の来客にも驚いた様子もない。
「あなたが来ることは分かっていました」
なるほど、伊達に占い師じゃねえってわけか。
「なら要件も分かってんだろ? 惚れ薬入りのチョコを売ってるのはてめぇだな?」
俺が尋ねると、女――ルーレアは頷く。
「ええ」
「じゃあお縄に付けよ。大人しくついてくるなら手加減するぜ」
ルーレアは少し考えるような仕草をしたあと、
「捕まるのは困りますね……ですが、未来は我が手中に」
ぽつりと呟いた。
それから俺のほうを見て、
「取引をしませんか?」
と、にっこり笑って言った。
聞き耳を持つ気はない。
「大人しくついてくる気はねえってことか?」
「あなたは不安に思っていますね? 恋人が本当に自分を好きなのか」
聞き耳を持つ気はなかった、そのはずなのに、俺はその言葉に反応してしまった。
「……何が言いてえ」
「私は商才はともかく、本業の――占いのほうは自信がありましてね。特に不安や悩みはかなり細かく分かります」
ルーレアは自信たっぷりに続ける。
「どうでしょう? 惚れ薬チョコレート、試してみませんか? 無料で差し上げますよ、あなたが私を見逃してくれるならね」
黒曜と恋仲になってから一ヶ月が過ぎようとしていた。さて、俺は本当に黒曜に好かれているのか? 分からない。なんだか照れくさくて手も繋いでいないし、会話が増えたわけでもない。黒曜のほうも特に意識している様子はなく、依頼が無いときはいつも通りの淡白な表情でひなたぼっこをしている。
ぐつぐつと大鍋の中で煮えるチョコレート。
それを指し示したルーレアが笑う。
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