神降ろしの里<前編> 2
「それ、マジかっ!」
らけるのデカい声が階下から聞こえてくる。俺は自室で筋トレしていて、水分を摂ろうと食堂に降りるところだった。
らけるはたまに独り言を言っていて、本人はそれを「中にいるもう一人との会話」だと主張している。異常者なのだろうと思っていたが、サナギが言うには「召喚の際にたまたまその場にいた『何か』と、情報化・再構築されたらけるの肉体がくっついてしまったんだろう」とのことである。
らけるとくっついてしまった「もう一人」が、本当にやつの中にいて、そいつと会話をしているということらしかった。やはり召喚術なんてのは俺の想像をはるかに超えている。
だから今回もどうせらけると「中にいるもう一人」が会話している――俺はまだ半分くらいはらけるの独り言だと思っているが――のだと思った。しかし、階段を下りてみればどうやら実在の相手と会話をしているらしいことが分かった。
階段の踊り場でらけるが女と話をしている。女のほうはらけるより少し前くらいに星数えの夜会に来た言祝ほととだ。ほととについては、発音しにくい名前だ、という印象しかない。
考えてみれば、ほとととらけるは名前の雰囲気が似ている。同郷か? ……いや、らけるは異世界から召喚されたのだった。
もしかして異世界からの召喚とかいうのも眉唾じゃねえだろうな、と邪推してしまう。
「嘘ではないのですが、実際に『そう』であると決まったわけでは……」
ほととは困ったような顔をしてそんなことを言っていたが、らけるは、
「いいよいいよ、可能性があるなら!」
と、楽観的な様子だ。
何の話をしていたか知らないが、さほど広くない踊り場を二人に占領されると迷惑だ。通れねえ。
「おい」
俺が声をかけると、それだけでほととは何が言いたいかを悟ったらしく、
「すみません。すぐどきますね」
と俺に笑顔を向けた。言葉通り、らけるにもあいさつをしてからほととは食堂のほうへ降りていった。
らけるはというと、顔を輝かせて俺に向き直ると、
「タンジェ! 聞いたか!?」
「何も聞いてねえ。じゃあな」
らけるの横を通り抜けて階段を降りようとすると、らけるは素早く俺の進行方向に回って、
「あるらしいんだよ! 東のほうに!」
「……」
鬱陶しいな……。聞いてやらないと付き纏われそうだ。仕方なく話を聞いてやることにした。
「何が」
「『死者に会う方法』だよ!」
聞いて損した。馬鹿馬鹿しい。
「そうか、よかったな」
口だけで相槌を打ってその場を立ち去ろうとすると、らけるは俺の肩を掴んだ。
「待てよぉ、話聞いてくれって」
「何なんだよ」
少しイライラしてらけるの手を振り払う。らけるは別に堪えた様子もなく、
「タメなんだから仲良くしようぜー!」
むしろ肩を組んできた。
最初に出会ったとき、年齢を聞かれて特に疑問にも思わず答えたのが失敗だった。らけると俺は同い年らしく、以降、らけるは俺にやたら馴れ馴れしい。
「な! 俺の召喚主、死んだって話したろ? で、召喚主じゃないと俺をニッポンに戻せないらしいんだけど、死んでるからどうにもならないと思っててさ」
さっき昼飯の場で耳に入ってきた話だ。
「でも、死んだ人間に会える祭りがあるらしいんだよ!」
「はあ?」
あるわけねえだろ、そんなもの。あったらサナギが知ってるはずだ。
「ほととが教えてくれたんだ。東の……大平倭国っていう国に、数日だけ死人が戻ってくる期間があるって! 盆みたいなもんかな?」
「ボン?」
「俺のいた国でも似たような期間があってさ」
「てめぇのいた世界は死人と会えるのか?」
「いや、会えはしないんだけど……そういう風潮? というか、そういうことになってる期間というか」
「わけが分からねえよ」
俺は早々に話を切り上げて、肩に組まれたらけるの腕をまた振り払って階段を降りた。らけるは懲りずについてきて、しゃべり続けている。
「とにかくさ、大平倭国って国である期間だけ行われる祭り、ヨミマイリっていうらしいんだけど、それで死人に会えるらしい!」
「……あのな」
俺は呆れてらけるを振り返った。
「そんな祭りがあるわけねえだろ。あったら話題にならないわけがねえ。死人に会いたいやつなんてごまんといるんだからな」
「じゃあ、ほととが嘘をついてるっていうのか?」
ほとととらけるの会話はほとんど聞いていないが、ほととだって本当かどうかははっきりしないと言い添えていたはずだ。
「嘘をついてるとかじゃねえよ。要するに、そういう言い伝えがあるとか、そういうことになってるってだけで、実際に死人に会えるわけじゃねえんだろ。てめえの世界のボンと同じだ」
ハロウィンなんて行事があるが、あれだって死霊がうろつくとされてる日だ。確かに、ゴーストなどのアンデッドが活発になりやすい時期ではあるだろう。だが、それで実際に死人に会えたなんて話は聞かない。
そのヨミマイリだかなんだかっていうのだって、そういう慣習の行事に決まっている。
「行ってみなきゃ分かんねえじゃん!」
らけるは頬を膨らませた。
「見もしないで決めつけるのよくねーぞ! ワンチャンあるなら行ってみる価値あるじゃん、なあ!?」
「勝手に行きゃあいいだろ!」
思わずデカい声が出てしまった。こんなところで騒いでいたら親父さんに怒られる。
らけるは俺に怒鳴られたことなんか気にしていない様子で、
「俺一人で行けるわけねえじゃん! な、一緒に行こうぜ!」
などと言って、俺の手を掴んでぶんぶん上下に振るのだった。
「俺をヨミマイリまで連れてってくれよ!」
「ふざけんな、なんで俺が!」
「タンジェだけじゃなくていーよ、黒曜たちも一緒にさあ」
こいつ、気軽に言いやがる。確かに俺たちは今特に大きな依頼を抱えているでもなく、各々自由に過ごしている時間が長いが……。
待てよ、と俺はふと気付いた。
「依頼か?」
らけるは目をぱちぱちと何回か開いたり閉じたりしたあと、
「なるほど! 依頼すればいいのか! タンジェたちは冒険者だもんな」
その能天気な顔を見て――自分から言い出しておいてナンだが――嫌な予感がして重ねて尋ねた。
「金はあるのかよ?」
らけるの笑顔が固まり、見る間にしおれていった。
「ない……全然ない。確か、Gだっけ。俺、円しか持ってないもん……」
エン、というのが、らけるのふるさとの金の単位らしかった。さすがに異世界の金をGに換えてくれる換金屋はないだろう。共通語が通じる場所はだいたいGが使えるし、それ以外のコインや紙幣が財布にあるのはよっぽどの辺境だ。
「じゃあ依頼どころじゃねえだろ……明日の宿も危ういじゃねえか」
「皿洗いしたら宿代はとりあえずツケにしてくれるって親父さんが!」
親父さん、何だかんだ言ってお人好しすぎるんだよな。まあ、確かにこいつを路傍に放って、死なれでもしたら寝覚めは悪いが……。
「……それで? 皿洗いでようやく部屋を借りてるやつが、どうやって俺たちに依頼料を出すんだよ?」
らけるは口をつぐんで、難しい顔をした。考えているようだ。俺たちに依頼できるほどの金がこいつにそうそう簡単に稼げるとは思えない。このベルベルントに限って、異世界人に対する差別などはないだろうが……。単純にこの世界での常識なんかを知らなすぎる。
「はっ。まあ、金の目処がついたら依頼するんだな。そのときはきちんと仕事をこなすさ」
俺は鼻で笑って、らけるの身体を押しのけてようやく階下に下りた。少し水分を摂るだけのつもりが、すっかり喉が渇いたし、小腹もすいてしまった。
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