カンテラテンカ

神降ろしの里<後編> 5

 マイリ踊りが始まる。
 先ほどまで並んでいた屋台は広場の端に寄せられ、中央にはキャンプファイヤーのように火が焚かれていた。火に照らされる村人はみんな同じ仮面を被っている。白い妖魔のような面。らけるや光蓮は、こいつを狐と呼んでいた。
 俺たちも光蓮に借りて、狐面を被っている。体格と服装でかろうじてお互いが分かった。
 俺たちはそれぞれ広場に散り――と言っても、そう広い場所じゃない。視線を向ければ仲間たちは目に入る――仏の接触を待つことにする。らけるは俺の横に置いた。
 広場の奥にいる数人の男女が、太鼓や笛を奏で始める。
 光蓮はこの踊りに特に振り付けはなく、適当に踊るのだと言っていた。確かに村人たちはそれぞれ思い思いに踊っているようだ。
「なんか踊る?」
 らけるが尋ねてきたが、俺は「別に不要だろ」と答えた。踊っていたら仏の接触を見逃すかもしれない。
「でも、棒立ちじゃ浮かない?」
「……」
 それはそうかもしれない。
 俺は数人の狐面が踊りの輪の外で音楽に合わせて手拍子をしているのに気付いて、それに倣った。らけるも俺の横に来て手拍子をする。
 ゆらりと揺らめく炎の周りで、何十人もの狐面がてんでばらばらに踊っている。奇妙だった。
「タンジェ」
 不意に、声が聞こえた。らけるかと思い振り返るが、らけるは手拍子を続けている。
「呼んだか?」
「え? 呼んでないよ」
 狐面の向こうでらけるが困惑したのが分かる。
「タンジェ」
 また聞こえた。
 俺は視線を動かす。炎の向こうに二人の狐面が立っている。踊ってもいないし、手拍子をしてもいない。寄り添うように、ただそこにいるだけだ。音楽と手拍子がうるさい。俺はらけるに、この場にいるように、何かあったら光蓮の家に行くようにと言い含め、謎の二人に駆け寄った。
「誰だ、てめぇら!」
 狐面の向こうで、二人がくすくす、と笑う。
「おいで、タンジェ、あなたの好物を焼いたのよ。おいしいおいしいオムレツよ。もちろんジャガイモも入っているわ」
「……!!」
 あと五歩も歩けば二人の目の前に着く、というのに、二人は身を翻して山のほうへ走っていく。
 そして、途中で立ち止まって振り返り、言うのだ。
「おいで、タンジェ。また今日も木を切ろう。ペケニヨ村のために働こう」
 俺が追いかけようとすると、二人は笑って山のほうへと走り去る。これは……!
「出やがったな! 仏め……!!」
 俺の両親を騙る何者かだ!
 だが、何故、俺の両親のことを知っている?
 訝しく思っていると、焚き火のほうからさらに一人、狐面が笑いながら山へと駆けていった。それを追いかけてきたパーシィが俺の横で立ち止まり、むしゃくしゃといった様子で狐面を投げ捨てる。
「タンジェ!!」
 荒い息をついたパーシィが剣呑な表情で怒鳴る。
「奴はどっちに行った!?」
「山のほうだ!!」
 俺とパーシィの声が聞こえたらしく、黒曜たちが駆け寄ってくる。
「無事か?」
「怪我はねえ! 話に聞く仏が出たぜ」
「そのようだな……」
「タンジェ、タンジェ」
 山のほうからはまだ俺を呼ぶ声が聞こえていた。
「はっ、ニセモノだって分かってりゃ、なんてことはねえ」
 言葉にしたとおり、俺は自分でも意外なほど落ち着いていた。視界が悪かったので、パーシィと同様狐面を脱ぎ捨てる。それではっきりパーシィの顔が見えたのだが、俺は少なからず驚いた。俺と違って、パーシィのほうはかなり動揺した様子だったからだ。
「……の、はずが……」
 パーシィは何かをぶつぶつ言っている。
「知ってるはずがない……! マリスのことを、俺は誰にも話していない……!」
「おい、パーシィ……」
 俺が声をかけようとすると、山のほうからまた声が聞こえた。俺の両親のそれではない。
「可愛いパーシィ、こちらにおいでなさいな。パイを焼いてあげましょう。あなたの好きなニシンのパイを、あなたの好きな星の焼き色をつけて」
「……っ!!」
 パーシィはそれを聞いて髪を振り乱して、
「悪党め!! それ以上……マリスを穢すな!! この偽物がっ!!」
 聞いたこともないような怒鳴り声を上げると、俺たちの制止を振り切り、山へ駆け出していってしまう。狐面をかなぐり捨てたアノニムが迷わずそれを追って走り出した。
 笑う狐面は、パーシィよりはるか先に山に入り、駆けていった。俺の両親のふりをした何かも。
「俺たちも追うぞ!」
 黒曜が走りながら狐面を捨てた。俺と緑玉、サナギも続く。
「仏の特徴は!?」
「俺を呼んだのは俺の両親……のふりをした何かだ!! だが俺の好きな食い物も、ペケニヨ村の名前も知ってやがった!」
 パーシィとアノニムを追いかけながら、サナギの質問に答える。
「相当精巧な偽物だぜ!」
「……個人情報知られ……動揺しないほうも……」
 ボソッと緑玉が何かを言ったが、半分くらいは聞こえなかった。たぶん俺に対する悪口だ。が、それはどうでもいい!
 パーシィが先を突き進み、アノニムが道なき道を強引に切り拓いてくれているおかげで、俺たちは幾分か走りやすい。二人にはすぐ追いつくかと思ったが、実に十数分は走り続けた。ヒトが全力疾走できる時間はそんなに長くない。最後尾を走るサナギはずいぶん離されていたし、全体のスピードもかなり落ちていた。
 パーシィとアノニムに追いつけたのは、二人がすでに立ち止まっていたからだ。山の中に少しだけ開けた場所があって、そこに狐面が三人と、パーシィとアノニムが対峙していた。
「ケケケ……」
 狐面は甲高い声で笑う。
「キタ、キタ、エサ、キタ」
 狐面が突然、身体ごとぐにゃりとねじれて、俺たちの前で形をみるみる変えていった。真っ黒な身体のそれは、何度か跳ね回ったあと、まるで何かに報告するように伸び縮みした。
「おやおや」
 木々の奥から声がする。月明かりの下に、悠然と歩いてくる影がある。
「見た顔じゃありませんか」
 ――ラヒズだった。

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