神降ろしの里<後編> 7
ラヒズが頬についた傷から一筋、血の粒が流れるのをぬぐい、くつくつと笑った。
「いい不意打ちでした」
「チッ……」
俺のナイフは投擲を意図して用意されたものじゃない。あれは、冒険に使うごく普通のサバイバルキットの一つだ。複数は持っていない。
「ではさようなら、ご一行。また会う日まで」
ラヒズは背を向けて木から飛び降り、山の奥へと立ち去ろうとする。
「待ちやがれ!」
俺たちがラヒズを追って走り出すが、シェイプシフターどもがそれを邪魔した。
とはいえ、シェイプシフターは三体――先ほど俺が両断したやつは、ほかの二体より体が小さくなっている――だ。こちらのほうが圧倒的に数が多い。手分けすればラヒズを追える!
「ここは任せたぜ!」
シェイプシフターをアノニムたちに押し付けて、ラヒズを追おうとすると、
「だめだタンジェ、さすがに遭難する!」
サナギが引き留めた。
「……くそ!」
俺の生まれのペケニヨ村は山の中にあった。山の怖さはよく知っている。知らない山で、おまけに夜だ。サナギの言っていることは正しい。
「ここはこのシェイプシフターを仕留めて、満足とするべきだよ」
ぐにゃぐにゃと踊るシェイプシフター。仕方なく、俺は手近なシェイプシフターの一体に斧を叩きつけた。
弾力。船で戦ったクラーケンといい、ここのところいまいち攻撃が通りづらい相手が多い。
シェイプシフターはぐにぐに動いていたかと思うと、俺の前でたちまち巨大に伸びあがった。また何かに変身するのか? 俺の記憶を読み取る、ということは――。
――オーガだった。それも、たぶん、シェイプシフターが読んだ俺の記憶は、叔父とのそれだった。
「……舐めやがって!!」
一度殺せていないことを知って叔父の姿を取ったのかもしれないが、状況が違いすぎる。偽物だと分かっていれば両親だって斬れるんだ、ましてやオーガ、俺は迷わずに殺せるぞ。
「清々するくらいだってんだよッ!」
斧を振り下ろす。斧の刃がシェイプシフターの腕を容易く両断した。吹き飛んだ腕が地面に転がる。血は出ない。シェイプシフターはまったく意に介した様子もなく、残った腕をぶんと大きく振った。斧で受け止めようとするが、思ったよりはるかに強い馬鹿力で横殴りにされて防御に回した斧ごと吹き飛ばされた。
「ぐ……!」
シェイプシフターにあの馬鹿力があるのか? それともオーガに変身したことでその能力まで真似ることができるのか?
吹き飛ばされた先でかろうじて態勢を整えたが、シェイプシフターは追ってくる。咄嗟に斧を持ち上げて二撃目も防いだ。シェイプシフターの腕と俺の斧が膠着状態になる。
だが不意に俺の視界に何かが滑りこんで、直後、横っ腹に衝撃が走った。次いでそれが痛みだと感じてすぐ、バランスを崩した俺をオーガが殴りつけた。
「がっ……!」
斧ごと地面に叩きつけられたが、追撃は地面を転がって回避する。俺の横っ腹に攻撃してきたものが何だったのかを視線だけで確認した。それはさっき俺が斬り落としたシェイプシフターの腕で、びょんびょんと跳ね回っている。くそ! 分断した部分も独自に動くのかよ! 気味の悪い妖魔だ……! もしかして、斬っても斬っても増えるだけか?
何度か咳き込みながら立ち上がる。正面のシェイプシフターを警戒しながら、こういうときの弱点看破はサナギの仕事だと周囲に視線を走らせる。シェイプシフターは黒曜と緑玉、それからアノニム、残りの一体はラケルタと相対している。三体とも姿がぐにゃぐにゃしたものではなく人型になっていて、たぶん黒曜たちの記憶を読み取って変身していた。四体いるってことは、俺が両断した半分が動いているんだろう。
「サナギ……!」
腹に一撃食らったばかりなので、思いのほか呻くような声になってしまった。銃を構えてラケルタをフォローしていたらしいサナギが振り返る。
「なんかこいつら、弱点ねえのかよ……!」
「切ると分裂するけど、小さい欠片には生命力は宿らないはずだ! 細切れにするのが一番いいかも……! それより大丈夫……!?」
俺は「大したことはねえ」と言って立ち上がった。
上等だ、やってやろうじゃねえか。
シェイプシフターは俺に向かって駆け込む気だったらしく、前屈みに構えていたシェイプシフターの頭に斧の刃が届いた。振り下ろして頭を割る。オーガの顔がひしゃげるが、飛び散るような脳や頭蓋はない。断面は黒く、グロテスクさはないがそれはそれで奇妙だった。
シェイプシフターは気にせず俺に突っ込んでくる。引き抜いた斧を胴体に叩きつけた。痛みはないんだろうが、シェイプシフターが衝撃で怯む。
また斬り落とした腕が迫ってくる。今度は反応できた。回避し、サナギの言った通りなるべく細かくなるよう何度も斧を叩きつける。
シェイプシフターが体勢を立て直す。形を保ちづらいのか、オーガの姿がどろどろと溶け始めている。この巨体を細切れにするのは大変だろうし、そこまで残虐な殺し方をしたいわけでもなかったが、そうしなけりゃ殺せないなら仕方ない。襲い掛かってきたそいつを根気よく斬り続けた。
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