カンテラテンカ

神降ろしの里<後編> 8

 肩で息をする。何度か地面に転がった俺は泥まみれで、殴打された箇所がじんじんと痛んだ。だが、なんとかシェイプシフターは殺すことができたようだ。死んだシェイプシフターはどろどろに溶けて、地面へと溶けるように消えていった。
 息をつく。見れば黒曜たちも多かれ少なかれ消耗しているらしい。少し休憩して、山を下りたら光蓮に報告しよう。それで依頼は完了だ。食われた人々は戻ってこない。
「らける……ラケルタ」
 俺がラケルタを呼ぶと、剣を鞘に戻していたラケルタがこちらを見た。
「なんで来た? 俺はらけるに、光蓮の家に行ってろと言ったはずだぜ」
 ラケルタは肩を竦めた。
「だが、らけるの目的は死者に会うことだ。死者に会った様相の貴殿らを無視して自分だけは大人しく待機、あとは報告を聞いてそれを信じるしかない――というのは、酷だろう。らけるだって、自分の目と耳で真実を知りたい」
「てめえが唆したのか」
「いや、らけるの判断だ。私は手伝ったまで」
 ラケルタはそう言って剣に視線を下ろした。
「きちんと光蓮には話をしたし、光蓮はらけると私にこれを託した。光蓮の家にあった聖憐教の宝刀だそうだ」
「宝刀か……よくよそ者に渡したなぁ」
 パーシィがいつの間にか立ち上がって横にいるので、俺は驚いてやつを見た。
「てめぇ、大丈夫なのかよ? 様子がおかしかったぞ」
「ああ……すまない、心配かけたな」
 髪は振り乱された状態のまま、オールバックも崩れていたが、パーシィはいつものように気の抜けた笑顔を浮かべた。月の下での判断になるが、顔色ももう悪くはない。
「古い友人を侮辱されたようで、頭に血が上ってしまったんだ」
「……まあ、そんな感じだったな」
 パーシィの言葉と、尋常ならざる様子は矛盾しない。
 古い友人、とやらに興味があるわけでも、パーシィの過去を追及したいわけでもない。
「戻ろう。もうカンバラの里は安全だろう」
 黒曜の判断に俺たちは頷く。夜の山は本当に恐ろしい。この人数だし、月も高いから心強いが、俺たちは慎重にカンバラの里へと戻った。

★・・・・

 カンバラの里は、マイリ踊りも終わったらしく、人はまばらだった。それでも広場の中央では変わらず火が焚かれている。
 丸太でできたベンチに腰かけて酒を飲んでいる数人が俺たちに気付いたが、特に何も言ってはこなかった。
 家の前で光蓮が俺たちを待っていた。
 胸の前で手を組んで祈る様子だった光蓮は、俺たちに気付くと明るい顔になり、労いながら家へと上げてくれた。
「ずいぶん心配いたしました」
 戦いのあとに天井がある場所に来ると安心するものだ。光蓮に感謝の意を伝えながら、俺たちは各々、板間でリラックスさせてもらった。
「それで、……どうなったのですか?」
 麦茶を出しながらの質問に、黒曜とサナギが回答する。
「シェイプシフターという変身能力を持つ妖魔の仕業だったよ」
「しぇいぷしふたぁ、ですか」
「悪魔が裏についていた。その悪魔に、人心を読む能力を与えられて、シェイプシフターはカンバラの人々を山へと連れ去った」
「連れ去られた人は……?」
「殺されていた」
 光蓮がはっと息をのむ。
 淡々とした答えだったが、変に濁すよりも親切だろうと俺は思う。光蓮はまた胸の前で手を組み「神よ」と呟いた。
「慰めになるかは分からないが、シェイプシフターは退治したよ。もうマイリ踊りで本当に仏が現れることはないだろう」
 サナギが伝えると、光蓮は頷き、
「ありがとうございました」
 と、深々と頭を下げた。
 差し出されたペンダント――約束の報酬品だ――と引き換えるようにして、ラケルタが宝刀とやらを光蓮に渡そうとした。
「光蓮。これを返す」
「ああ……」
 黒曜がペンダントを受け取り、荷物袋に入れている間たっぷり沈黙した光蓮は、やがてにこりと笑って言った。
「あなたに差し上げます」
「え!?」
 声を上げたのはパーシィだ。
「聖憐教の宝刀だと聞いたよ。らけるもラケルタも教徒じゃない、それを譲るのは――」
「ですが、私には不要ですもの」
 光蓮は平気な顔で言った。
「あっても文字通り、宝の持ち腐れですわ」
 ラケルタはまじまじと光蓮の顔を見たあと、宝刀を握り、
「……いい刀だとは思っていた。もらえるなら、幸甚だ」
「喜んでいただけるなら、お譲りする甲斐があるというものですわ」
 パーシィはしばらく、いやそれはさすがに、とか、ちょっと考えたほうが、とかごちゃごちゃ言っていたが、
「信仰のことは分からねえが、別にその武器があるから信仰が強いとか弱いとか、そういう話じゃねえんだろ」
 とアノニムが言うのに、目をまんまるにしてやつを見た。
「じゃあ誰のところにあったって同じじゃねえのか」
「……その通りだ」
 パーシィは呻くように呟いて、頷いた。
「若干釈然としないけど……アノニムの言葉は正しい。うん……」
 納得はしたようだ。
「今日はぜひここに泊まっていってください。狭いですが……。この村には宿はありませんし、今から山を下りるのは不可能です」
 ありがたいことだ。俺たちは光蓮の言葉に甘えて、一泊することにした。
 湯を浴びてさっぱりして、それほど壁の薄くない光蓮の家で横になり、目を閉じれば、セミの鳴く声が鳴り響く。
 うるさくはあるが、懐かしい気もする。俺は山の中が好きだ。虫の声、焚かれる火の爆ぜる音、木の匂いのする床――。

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