カンテラテンカ

Over Night - High Roller 9

「……ん?」
 不意にサナギが訝しげな顔をした。
「なんか、焦げ臭いな……」
 焦げ臭い? ……俺は何も、と思ったが、サナギは今――まだ薬の効果が切れていないなら――感覚が鋭敏だ。なら、俺の気付かない臭いにも気付くに違いない。ということは……。
 誰も気付いていないようで、オークションは進んでいた。次の品物がステージに上がったあたりで、テントの中に煙が立ちこめはじめた。
 奥にいた参加者が立ち上がる。
「なんだ……!? 煙いぞ!」
「……火だ、おい、火だ!」
 ざわめきが大きくなる。ぼん、と音がして、突如としてテントに炎が広がった。
「な……!?」
 俺の見ている間に、たちまち燃え広がる炎。誰かがテントに火を点けたのだ!!
 状況を理解した参加者が立ち上がり、パニックになりながら入口へ殺到する。競売人が落ち着くように必死に呼びかけている。
 サナギは二、三度頷いてから、
「タンジェ! こっち!」
 逃げ惑う参加者たちとは反対に、ステージに駆けていく。
「……!」
 どさくさに紛れて、緑玉を攫っちまおうという算段に違いなかった。俺は迷わずサナギを追った。
 ほどなくついたステージに跳び上がり、突然の炎と煙に戸惑う黒服や競売人の横をすり抜ける。
「お、おい!」
 もちろん、俺とサナギを阻もうとするやつはいて、そいつらはこの状況下においても立ち塞がってきたが、
「邪魔だ!」
 顔面に拳を叩き込んで、問答無用で黙らせた。
「やるね!」
「相手はパニックだ、楽勝だな!」
 言葉にしたとおり、いくら手練れでも混乱してちゃまともな戦闘はできない。
 サナギと俺はステージ脇に飛び込み、目立つ鳥籠をすぐに見つけた。黒服はステージに出ている分で全員らしく、鳥籠はノーガードだ。
 サナギは鳥籠に駆け寄って、格子の間から緑玉を覗き込んだ。
「緑玉!」
 緑玉はやはり意識がないようだ。数回呼んだが反応はなく、サナギはすぐに諦めた。鳥籠の扉に手をかけ、
「……開くわけないよね!」
「貸せ!」
 俺はサナギを横にやって、しゃがみ込んで扉にかかる錠前を確認した。大丈夫だ、難しい鍵じゃない。俺はヘアピンを引き抜いて錠前外しを試みる。
「さすが盗賊役! 板についてきたね。きみと一緒でよかった」
 返答する間も惜しんでヘアピンを角度調整しながら抜き差しすれば、手応えがあって錠前が外れた。
 乱暴に錠前を放って扉を開け、中の緑玉を引きずり出す。
「俺たちも逃げるぞ!」
 だが、サナギと俺が振り返ると、黒服が数人、すでに俺たちを取り囲んでいた。もうもうと立ち込める煙をまるで意に介さない。『商品』を今まさに盗まんとする俺たちに立腹のようだ。
「お前ら何者だ!?」
 答える義理はない。さすがに斧は持って来れなかったから、徒手空拳でなんとかするしかない。俺はいつでもパンチが放てるように構えた。
 が、実際に俺が相手を殴りつける前に、
「なんだお前――ぎゃ!」
 遠くにいた黒服が悲鳴を上げて、突然血を吹き出して倒れた。驚いたのは黒服たちも同じで、慌てて振り返る頃にはもう一人、袈裟斬りに胸を斬られて倒れている。
 黒服たちの間に、いっそう黒いしなやかな影がある。黒曜だった。
「黒曜!?」
「タンジェ、サナギ、こっちです!」
 俺たちが黒曜に気付くのと同時に、テントの向こうから俺たちを呼ぶ声がある。見れば、テントに穴が開いていて、そこから翠玉がこちらに手を振っている。
 俺はそれでいろいろと察したが、それを追及しているヒマはなかった。黒曜が炎の中で黒服たちを翻弄している間に、緑玉を抱えた俺とサナギは迷わず翠玉の案内に従った。
 意識を失っている緑玉は決して軽くはなかったが、怪力を自負している俺にとって運ぶことはそう難しくはない。俺たちがテントの穴から外に出たことを横目で確認した黒曜が追ってきて、彼もまたテントの外へ。テントに放たれた火はごうごうと燃え盛っている。
 入り口のほうはたいへんな騒ぎで、参加者がほとんど土砂崩れのようになっているのが小さく見えた。あのパニックでは、死人も出るかもしれない。
 シャルマンのテントのほうには放火されていないようだが、リカルドは無事だろうか? そこで俺はパーシィのことを思い出した。
「パーシィはどこだ!? オークション会場じゃ見なかったよな!」
「ああ、見なかったね……。待って、俺、そろそろ限界かも」
 さすがに感覚過敏状態での火災は堪えたらしい。サナギが言うので、
「分かった。パーシィは俺が探す。悪い黒曜、緑玉は頼んだ」
 俺が緑玉を黒曜に任せようとすると、
「緑玉は私が。先に夜会に戻ります。黒曜はタンジェと……」
 翠玉が引き受けた。女手で緑玉を抱えられるのかと心配していたら、平気な顔でひょいと緑玉を持ち上げたので、驚いて思わず一歩下がってしまった。その様子を見た翠玉が鳥がさえずるように笑う。
「行きましょうサナギ。まだ頑張れますか?」
「うん……頑張るよ。行こう!」
 緑玉を抱えた翠玉とサナギがその場を立ち去るのと同時に、俺は黒曜と二人でパニックが広がるばかりのシャルマンへと近づく。

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