Over Night - High Roller 8
「さあ、次は今回の目玉です! 希少価値の高い孔雀の獣人です!」
サナギがちらと顔を上げた。獣人はたくさんいるが、孔雀となれば数は限られる。このタイミングで出されるなら間違いなく緑玉だ!
ステージに巨大な鳥籠が運び込まれる。中に入れられているのが遠目でも緑玉だと分かった。意識があれば暴れてもおかしくないはずだ、眠らされているか……少なくとも無力化されている。
「秀麗で体格もよい、優れた個体です! 奴隷に、夜の供にいかがでしょうか!」
「耳を塞いでいていいよ」
サナギの声色からは、動揺も、憤慨も感じられなかった。ただ、心底、このオークションを軽蔑している。いつも好奇心にまたたく瞳がごく冷めている。タンジェは数瞬遅れてサナギの言葉の意図を理解し、
「……確かに胸糞は悪ぃな。ただ、こういう世界もあるってことは、知っておくべきなんじゃねえか」
真面目だね、とサナギは言った。競売人がつらつらと緑玉のことを紹介している。顔も身体も髪も綺麗で質がよいとか、見れば分かることばかり。てめぇらは知らねえだろうが、とタンジェは思う。そんな言葉で紹介しきれるような、シンプルな野郎じゃねえんだ、そいつは。
「さあ、では10万から! どうぞ!」
「10万5000!」
「20万!」
開始の金額が今までとは文字通り桁違いだ。ペースもさっきまでより遥かに早い。あちこちで数字が叫ばれ、札が挙げられる。
「40万! 他に入札は!」
「50万!」
サナギが札を挙げた。タンジェの稼いだ、いや、リカルドがタンジェに稼がせたチップが、一瞬だ。
「55万!」
「57万!」
「60万!」
一人、やけにしつこいヤツがいる。札を挙げているのは、恰幅のいい男だ。こちらから見れば斜め前方なので顔は見えないのだが、タンジェはなんだかそいつを見たことがある気がした。撫でつけられた金髪……。どこで見たのか? 思い出せない時点で大した知り合いではないとは思うのだが……。
サナギは珍しく忌々しそうに小さく舌打ちした。
「70万!」
「75万!」
もちろん諦めるわけにはいかない。少なくともこちらには、サナギが稼いだ分の80万Gldとあわせて130万Gldの軍資金がある。
だが……この調子だと、いくらまでいくのだろうか? 獣人の値段なんて考えたこともない。タンジェと周囲が固唾を呑んで見守る中、サナギともう一人は、ほとんどノータイムで相手の金額を1万Gld以上、上回る金額を叫び合っている。
「100万!」
さすがに100万Gldを通り過ぎればどよめきも広がってきた。あと30万Gldで相手は諦めるだろうか? 当然だが、追い縋られたところで相手に譲ることはできない。
「105万!」
「107万!」
「110万!」
自分のためにサナギがこんな大声を出していると知ったら、緑玉はどんな顔をするだろうか、なんてことを考える。それとも、自分に値段を付ける仲間は見たくないだろうか。そりゃそうだ、こんなもの、いい経験なわけがない。緑玉にとっても、サナギにとってもだ。
「120万!」
もはや1万以上の高値更新は普通で、10万上乗せすると周囲が少しざわめく。まるで周囲は観客で、サナギと相手の応酬をエンターテインメントのように楽しんでいた。
「122万!」
だがサナギはまったく怯みはしなかった。
「125万!」
とはいえ、
「127万!」
こちらの手持ちの金額は近付いている。
「130万!」
……!
だが、相手も容赦はない。
「135万!」
予算オーバーだ!
サナギは迷わなかった。
「140万!」
「おい……!?」
タンジェの計算が間違っていなければ、こちらの稼いだ分はもうオーバーしている。これでは、競り落とせても払えない!
「143万!」
「150万!」
サナギが畳み掛ける。沈黙。沈黙だ。ようやく、相手の男が黙った。この入札を見届けていた人々も、ここまで来たらもう黙って行く末を見守るのみだ。
「ひゃ……150万! 150万です! これ以上の入札は! ございませんか!」
競売人が声を張り上げる。あのハンマーが鳴るまでは、誰しもが高値更新できる。沈黙していた人々が少しどよめいた、が、札は上がらなかった。
「……ハンマープライス! 150万! 24番様、落札です!」
24番はサナギの持つ札の数字だ。終わった……!
しかし、予算を20万もオーバーしている。大丈夫なのか?
サナギはふーっと息を吐いた。
「いやぁ、粘られたね」
「まあ、落札できたからよかったけどよ……150万、支払えんのか?」
何か策があるのだろうとは思ったが、念のため聞いてみた。サナギは「支払い?」と言って、ヤケクソのように笑った。
「いざとなったら腕があるじゃないか、腕が」
「腕?」
「タンジェの腕だよ。黒服をこう……組み伏せて、ね?」
「……」
タンジェはたっぷり数秒黙ったあと、言葉の意味を理解し、
「実力行使じゃねぇか!!」
「そうだよ」
「じゃあ、130万以上のGldは……!」
「ないよ。俺が最初に交換したチップも1000Gld程度分しかなかったし」
サナギは平気な顔をして言うが、よくもまあ、持ってもいない金を上乗せしたものだ。大した度胸である。
ステージ上の鳥籠がステージ脇へと移動させられていく。サナギはそれを見て立ち上がった。
「さ、ここにはもう用はない。交換してもらいに行こう」
払えないと分かっている金を引き換えに、か。とはいえ、タンジェも戦闘能力を信頼されることはやぶさかではない。いざとなったらサナギと緑玉くらいは守ってやらなくてはならないだろう。