カンテラテンカ

Over Night - High Roller 7

 それからも俺は順当に勝ち続ける。とはいえ、さすがに小さな勝ちを積み重ねて、時折スプレッド3〜1のでかい手をもらう程度だ。それでも明らかに不審がる者ももちろんいたが、そのくらい派手にやらないと目立たない。
 二度目のレッドドッグが決まったとき、俺は不意に背後から声をかけられた。
「今日はツイてるみたいですね、お若い方」
 柔和な物腰の紳士だ。背後に黒い服を着た屈強な男が二人立っている。
 俺が黙って肩を竦めると、紳士は俺のことを値踏みするように眺め、それから、
「その稼いだ大量のチップ、ぜひ『第二部』で使いませんか?」
 来た……!
 俺は何も知らない顔をして「第二部?」と言った。
「ここより面白いものがあんのかよ?」
「ええ、ええ――保証しましょう。スリリングな体験をね」
 紳士が黒服たちに合図を送る。黒服たちは俺のチップを「間違いなく預かる」と言って、番号札のついた鍵と引き替えに回収した。
 黒服の一人が俺を案内してくれるようだ。席を立ちレッドドッグのテーブルから離れる。黒服がテントの奥の奥へと進んでいく。周囲を軽く観察したが、サナギとパーシィの姿は見当たらなかった。
 テントの奥にある裏口から渡り廊下があって、それを渡れば、もう一つ頑強なテントが建っている。大きさはパッと見てシャルマンよりは小さかったが、質が明らかにあちらより上だと分かる。しっかり防音しているらしく、中の声も決して漏れ出てはこなかった。
 ここが闇オークション会場か。
「中にいる者から説明を聞け」
 黒服が淡々と言い残して去っていく。俺はその言葉の通りにテントの中に入った。
 ゆらゆらと天井から提げられたシャンデリアの火がゆらめく。ステージに立つ男は上等なスーツを着込んでいる。ステージには首だけのマネキンに首飾りが着けられていて、男はこの首飾りがいかに美しく、高価で、そして魔性であるかを熱弁していた。
「この『貴婦人の血涙』は、手にした者にあらゆる富と名誉を与えます。しかし同時に破滅ももたらしてきました。始まりはルビー夫人から、直近ではフランチェスカ夫人まで、ことごとく非業の死を遂げています!」
 そんなもん、誰が欲しがるんだよ。
 呆れながら中の受付らしきところに寄ると、番号札が渡された。入札を希望する場合に挙げてください、とのことだ。それから、入札の最小単位は100であること、競り落とした品はのちほど引き渡しになることなどを説明された。俺は適当に頷いた。
 席を探してうろついていると、サナギを見つけた。サナギの金髪にほど近い緑の髪は目立つ。サナギの周囲の席はあいていた、というより、サナギがあいている席を選んだのだろう。俺はサナギの横に腰掛けた。
「予定通りだね。お疲れさま。どのくらい稼いだ?」
 サナギは俺のほうを見ずに尋ねた。
「黒いのを500枚くらいだ」
「やるねぇ……!」
 口元に笑みが浮かんだのが見えた。
「1枚いくらくらいなんだ?」
「黒なら、1枚100Gだよ」
「ひゃく……」
 ゼロが多すぎて一瞬で計算できない。サナギは笑って、
「5万G」
 俺は息を呑んだ。たった数時間で、5万G!?
 いや、もちろん俺の力じゃない。これはリカルドが俺に稼がせた額だ。しかし、命の危険もなく、ただ座ってるだけで、5万G……。
「俺の取り分と合わせれば、充分戦えるね」
「てめぇ、いくら稼いだんだ?」
「8万Gくらい」
 それで『充分戦える』レベルかと目まいがした。とんでもねえな、闇オークション……。
 話している間に、『貴婦人の血涙』とやらの入札が始まり、値段がつり上がっていく。
「1000!」
 あっという間に1000の大台を超えてしまった。どう聞いても不吉なものだと思うのだが、こいつら話聞いてたのか?
「1500!」
「1700!」
「2000!」
 ……。
 俺が圧倒されていると、
「1万はいくだろうね」
「1万……って、単位は……Gだよな?」
「うん」
 サナギの言うとおり、値段は瞬く間につり上がっていく。5000、の声を皮切りに、入札単位は1000Gを平気で超えるようになる。
「1万!」
「1万2000!」
 それから、会場が静まる。
「1万2000! これ以上の入札はございませんか!」
 数秒を待ち、反応がないことを確認した競売人が、大きくハンマーを打ち鳴らした。
「ハンマープライス、1万2000! 56番様が落札です!」
 拍手が起こる。
 何もかも縁が無い世界だ。
 いや、今こうしてここにいることで、縁はできてしまっているのかもしれない。俺は心底、それを嫌だと思った。好きになれない。
 競売人が次に用意したのは立派な象牙で、それは2万6000Gで落札された。

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