カテゴリー「 ┣神降ろしの里<後編>」の記事一覧
- 2024.04.04
神降ろしの里<後編> 4
- 2024.04.04
神降ろしの里<後編> 3
- 2024.04.04
神降ろしの里<後編> 2
- 2024.04.04
神降ろしの里<後編> 1
神降ろしの里<後編> 4
「なぁーんで俺の依頼中なのに別の依頼重ねて受けちゃうわけー?」
言葉ほど不満そうには見えなかったが、らけるの言い分にも一理ある。とはいえ、文句があるならその場で言えばよかった。
「てめぇも反対しなかったじゃねえか」
「反対できる空気じゃなかったもん」
「そもそも依頼は行きと帰りの道中の護衛じゃん」
ぼそ、と緑玉が口を挟んだ。
「今は行きでも帰りでもないんだから、依頼の隙間時間でしょ」
「そんなのあり!?」
「まあ帰りの護衛はしっかりやるからよ。それにマイリ踊りには参加できるんだ、文句はねえだろ」
マイリ踊りに本物の死者が現れるってことはないだろう。会えたとしても、死者を名乗る赤の他人だ。どちらにせよ送還は無理だし、会えなかった場合だって、らけるは還れない。だがここまで来たなららけるだって納得できるはずだ。
「……ま、確かにまだ最後のワンチャンがあるもんな! 仏さんが本物のパターン!」
パーティの全員が、それはないだろうと思っているが、もはや誰も口にはしなかった。
「んなことより腹ごしらえだろ」
たぶん話を一番分かってないだろうアノニムがぶった切り、先頭を歩く。パーシィも小走りになってアノニムの横に並んだ。
「さっきからいい匂いがしてるもんな!」
マイリ踊りまでまだ時間があるというので、俺たちは屋台で飯を買って食っておくことにしたのだ。見慣れないものばかりだが、確かに匂いは食欲をそそられる。らけるもそれ自体には賛成のようで、
「こっちの世界で食えるとは思ってなかったよ、焼きそば!」
と、すぐに機嫌を直した。
色とりどりの屋台には何か文字が書かれているのだが、俺には読めない。俺たちは村人と意思疎通のできるサナギと光蓮の先導する二つのグループに分かれて、手分けして飯を買った。
買った屋台飯は光蓮の家で食わせてもらうことにする。
「ん、これ……うめえな」
らけるが言っていた焼きそばというものだ。太平倭国の食事を出す店はベルベルントにもいくつかあって、俺自身も箸の使い方をここ数ヶ月でようやく覚えたところだった。それでもらけるや黒曜、緑玉のきれいな箸使いには及ばない。
「んまいよね!」
らけるが焼きそばを頬張りながらニコニコ笑う。
「この紅ショウガがまた最高に合うんだよな!」
「ああ……てめぇ、箸使うの上手いな」
「ニッポンでは箸もスプーンもナイフもフォークも使うんだぜ!」
ニッポンのイメージがうまく沸かない。屋内で靴は脱ぐのに、フォークやらを使う飯が出るのか? 混沌としてんな……。
「タンジェにもニッポンを紹介したいよ」
「無理だろ。てめぇですら帰れるかどうかって話なのによ」
「そうだよな……」
らけるがだんだんしょぼくれてくるので面倒に思っていると、黒曜が横にやってきた。
「タンジェ、これもうまい」
「なんだそれ?」
「オコノミヤキと言っていた」
「オコノ……ミヤキ……?」
見ると黒曜の持っている皿の上に円盤状に焼かれたホットケーキみたいなものが載っている。
「口を開けろ」
言われるがまま口を開けると、黒曜が一口大に切ったオコノミヤキを放り込んだ。おお、こっちもソースの味がする。この食感は……キャベツか? なるほど、確かにこれもうまい。
「うまいな」
「ああ」
視線を感じて、咀嚼しながら振り返ると、俺たちの様子を見たらけるが目をまんまるにしている。
「え!? 今の何!?」
「何でもねえよ、飯を分けてもらっただけだろ」
言ったあとに恥ずかしくなってきた。確かに今のは明らかに男同士でやる所作じゃなかった。二口目を渡してこようとする黒曜に拒否の意を示すと、黒曜は少しだけ眉尻を下げた。
めちゃくちゃ見られて恥ずかしいんだよ、ばか。
渋々とオコノミヤキの切れ端を自分の口に入れる黒曜を見るとものすごく罪悪感が沸いてくる。八つ当たり気味にらけるを睨んだ。
「なんで睨むの!?」
「うるせぇ!」
そんなこんなで買った飯を食べ終える頃には、すっかり日は沈んでいた。
神降ろしの里<後編> 3
「そもそもヨミマイリ――カンバラの里においては、神降ろし――は、仏様……先祖の霊の供養のために行われるものです」
仏の話はパーシィから聞いたな。
「今は屋台が出て、お祭りの様相でしょう? 夜が更けると、屋台をどけて、皆で面を被ってマイリ踊りを踊るのです」
「マイリ踊り?」
「楽器に合わせて、皆でてんで好きなように踊るのものです。そうすると、その輪の中に面で顔を隠した仏様も参加し、ともに踊って楽しむとされております。面を被るのは、仏様と生者の見分けがつかないようにするためですわ」
「じゃあ、そのマイリ踊りで死者に会えるんですね!」
らけるが意気揚々と尋ねると、光蓮は静かに首を横に振った。
「会えるはずがありません」
……そりゃそうだろう。俺にとっては分かり切っていた答えだった。
「でも、さっきは『会える』って!」
それも確かにそうだ。光蓮は「会える」と言った。なのに次は会えないと言う。どちらかが嘘なのか? だとしたら、会えるほうが嘘だろう。
「そうです。ややこしいことに、『今は会える』……ようなのです」
「今は、会える?」
どういうことだ?
「ヨミマイリは、毎年この時期に行われています。特にカンバラの里のヨミマイリ……『神降ろし』は、一週間続きます。今日は六日目で、明日が最終日なのですが……今日までの五日間で、連日本当に仏様が現れているのです」
「なに……?」
「例年ではありえなかったことです。皆一様に『参加者が増えた』『増えた者は仏様だった』と言うのです。そして……」
光蓮は少し息を吸って、吐いて、それから続けた。
「その仏様が、生者を山へと連れ去っているのです」
「……!?」
連れ去っている、だと?
参加者が増えたことには何らかのトリックがあるだろうが……それは誘拐とか拉致の類だ。
「仏様とともに山に消えた生者は、この五日間で十人以上にのぼるのですが、誰も帰ってきておりません」
「誰か追いかけてって、山を探したりはしてねえのかよ?」
俺が尋ねると、
「村の人びとは聖憐教の信者で、また世慣れしておらず極めて純粋です。仏様が本当にいらしたと……信仰が届いたと思い込んで、誰も疑問に思わないのです」
パーシィが頭の痛そうな顔をして額を抑えたのが分かった。
「皆、行方不明者については『仏様に会って連れられ、山に還った』と口を揃え、喜んでさえいるのです」
「……」
沈黙が降りる。
「わたくしは……」
光蓮が呟いた。
「わたくしは、聖憐教の尼です。仏様がいることは否定いたしません。けれど……」
顔を上げて、まっすぐに俺たちを見た。茶色がかった黒い瞳が、窓から射し込んだ夕日に照らされてきらりと光る。
「仏様が、生者を連れ去るなんてことはありえません! そんなことは、聖憐教の教典にもない! 仏様がそんな邪悪な存在であるはずがないのです!」
少しの沈黙。
黒曜が、
「聖職者、どう思う」
と尋ねる。パーシィはすぐに応答した。
「光蓮に全面的に同意する。仏を騙った悪意ある何者かが、村人を誘拐していると見たよ」
「パーシィ様、あなたは……?」
「聖ミゼリカ教徒だ」
「まあ……!」
聖ミゼリカ教徒様に同意を得られて、自信がつきました、と光蓮は喜んだ。サナギが麦茶の中の氷を弄び、カランと音を立ててから言った。
「つまり、光蓮さんの依頼というのはこういうことだね。仏を騙り、村人を誘拐しているものがいる。それの真相を突き止め、消えた村人たちの行方を確かめる……」
「はい」
光蓮は頷いた。
「報酬は?」
野暮なことだとは思っているが、俺たちにとっては仕事だ。光蓮もそのことは承知のようで、立ち上がり、棚へと向かった。
「あまりお金がなく……報酬品でもよければ、こちらを差し上げますわ」
棚から取り出したのはペンダントのようだった。ペンダントトップに大きな青い石が嵌まっている。シンプルな見た目だったが、質は良さそうだ。売れば金になるだろう。
「どうだ? タンジェ」
「あ……?」
黒曜に話を振られて、俺は彼の顔を見た。
「盗賊役の見立てで、依頼を受けるに値する価値のあるものか?」
……そうきたか。
何度でも言うが、俺に盗賊役適性はない。師ブルースに鍛えられてはきたが、だいたい探索・解錠がメインで、鑑定についてはまだまだ勉強中だ。それでも、俺は思ったままのことを伝えた。
「たぶん、質は良さそうだ。具体的にいくらかまでは……分からねえが……依頼の報酬としては、問題ねえと思う」
黒曜は頷いた。
「ならば受けよう」
全面的に信用されていることが嬉しいやら、実力不足を感じて情けないやら……。
俺が鑑定眼を磨くことを誓っている間に、黒曜と光蓮の間で話が進む。
「具体的にどうするか……」
「皆様もマイリ踊りに参加して、里から離れ山に向かう者がいたらそれを追うのはどうでしょうか?」
分かりやすくていい。共通語が話せない村人たちとは意思疎通が難しいから、聞き込みなんかの手間をすっ飛ばせるのもシンプルだ。
「そうだね、それがよさそう」
参謀のサナギが賛成したなら、あとはリーダーの黒曜だけ。
「分かった、それでいこう」
決まりだ。
神降ろしの里<後編> 2
三時間も山を登れば、山の中腹にあるカンバラの里にたどり着く。カンジュウの港町からここまで特にトラブルはなく、道もある程度整っていて歩きやすいくらいだったが、サナギとらけるは汗だくになってずいぶんとバテていた。まあ、暑さもあるし、責めないでおこう。
パーシィから夕方には着くとあらかじめ聞いてはいたが、山に慣れないサナギとらけるを抱えていたから、夕日がカンジュウ山の向こうに沈む前にたどり着けたことは幸いだったと言える。
それほど広くない里の中央に広場があって、村人全員がいるんじゃないかってくらい賑わっている。屋台が建ち並んで、ソースの香ばしい香りが里の入り口まで伝わってきた。
「屋台出てるよ!」
疲れた顔をしていたらけるが、ぱっと明るくなる。
「焼きそばのいい匂い!」
「やきそば?」
「ベルベルントに焼きそば、ない?」
あまり聞かない言葉だ。料理なのは分かるが……。
「炒麺のようなものか」
黒曜が言ったが、そっちのほうが聞き覚えがなかった。
「たぶんそう! 麺をソースで焼くんだよ。お祭りとかだと絶対ある!」
「詳しいな」
「ニッポンにもあるから」
似た料理が異世界にもあるというのは変な感じがした。少なくともらけるはこの世界とはずいぶん違うところから来たようだし、食事も文化もまるっきり違うもんだと思っていた。実際は、わりと似通っている部分もあるらしい。たとえば貨幣、特に紙幣の文化なんかは、らけるのいた世界でも一般的だったようだ。
それはともかく。神降ろしに関してさらに詳しく話を聞くため、俺たちは適当な村人をつかまえることにした。サナギが近くにいた男に声をかける。
「こんばんは」
男は驚いた顔をしていたが、すぐにこう応答した。
「うん――、ああ、――?」
しまった、まったく言葉が聞き取れない。共通語じゃない。うん、とか、ああ、とか、意味のない言葉しか分からない。
「あー」
サナギは困るそぶりを見せず、
「――、――?」
すぐに言語を切り替えた。こちらも何を言っているのかは聞き取れなかったが、サナギと村人の間で意思疎通はできたらしく、話を切り上げたサナギが振り返る。
「カンバラの里で共通語が流暢なのは、ええと、訳が難しいな。たぶん、尼さん、と言ったのかな?」
こいつ、すげえな。異国語で会話できるのか。俺たちの暮らすベルベルントのある地方は、共通語話者がほとんどだ。それ以外の地元特有の言語を操れるやつは多くない。
「尼さん?」
「聖憐教の修道女だね」
パーシィがさらに言葉を訳す。
「そうか、それならそちらに話を聞こう」
黒曜の言葉に俺たちは頷く。サナギがさらに話を聞いて、尼さんとやらの家を確かめ、俺たちはそこに向かった。
ずいぶんと質素な家だった。ほったて小屋、とまでは言わないが装飾の一つもない平屋だ。聖職者が住んでいるなんて、言われなきゃ分からないくらいだった。
「ごめんください」
黒曜がノックする。すぐに扉が開いて、女がひとり現れた。
顔だけ出した真っ白な頭巾を被り、黒い着物を着ている。首から十字架が下がっていて、それで聖憐教の者だと知れた。尼さんは俺たちを見渡したあと、
「まあ、こんばんは!」
共通語だ。
「神降ろしにいらしたのですか? どちらからいらしたの? あら……わたくしったらいけないわ、さあお上がりになって、お茶をお出しします」
思ってたのと少し違う。おしゃべりなタイプの僧だ。
「お邪魔しまーす!」
らけるが元気よく言って遠慮なく上がった。らけるは自然な動作で靴を脱いだが、俺たちは面食らった。入り口を入ってすぐ板間があって、確かに尼さんも靴を履いてはいなかった。
「靴を脱ぐのか?」
俺が尋ねると、サナギが靴を脱ぎながら、
「太平倭国はそういうところが多いね」
平気な顔で答えた。そうなのか……。文化の違いなら仕方ない。俺たちは誘導されるまま靴を脱いで、平たいクッションに座った。
らけるがやけにスムーズに靴を脱いだことを不思議に思う。
「ニッポンも家では靴脱ぐんだぜ!」
俺の視線に気付いたらしくらけるが言う。
「知らない土地ですわ」
キッチンが奥にあるらしく、そちらから尼さんの声だけが聞こえた。
「異世界なん……です。で、ニッポンに戻るために、ヨミマイリに参加しようと思って来たんです!」
元気よく答えるらける。尼さんは少しの沈黙のあと、盆に茶の入ったコップを用意して現れた。
「まあ、そうなのですか! ですが所作から察するに、ニッポンとやらからおいでになったのはそちらの方だけ?」
靴を脱ぐことを躊躇っていたようですから、と言いながら俺たちに順々にコップを渡していく。砕かれた氷が入って、キンと冷えた茶だ。俺たちは礼を言った。
「俺たちはベルベルントから来た」
黒曜が答えた。
「ずいぶん遠くからいらしたのですね」
お茶を飲むと、不思議な味がした。なんだこれ? 色は似てるが、紅茶じゃない。穀物っぽい味がする。不味くはないが……。
「煎った麦を煮出したお茶ですわ。ここでは一般的なお茶で、麦茶という名ですの!」
俺の戸惑いを察したのか、尼さんが心配そうな顔になる。
「お口に合わなかったかしら」
「……不味くはねえ。不思議な味だ」
それでも暑かったので、俺が飲み干すと、すぐおかわりをくれた。わりとがぶがぶ飲めて悪くないかもしれない。
「それで、ニッポンに帰るのに、なぜ神降ろしに来る必要があったんでしょう? いろいろお聞かせ願いたいわ」
話が早い。サナギが少し身を乗り出した。
「そうだね。自己紹介からしようか。俺はサナギ。こちらは黒曜、タンジェリン、アノニム、パーシィ、緑玉、らける。らける以外は冒険者さ。らけるの護衛をしてここまで来た」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしは光蓮と申しますわ」
「さて、こちらのらけるだけど。召喚術でこちらの世界にトランスファーしてきたのだけど、召喚主が死んでしまって元のニッポンに還る手段がなくなってしまった」
「とらんすふぁー、ですか?」
サナギが簡単に召喚術の解説を交える。光蓮は頭のいい女らしく、早い段階でらけるの境遇を察すると、
「お亡くなりになった召喚主に会って、ニッポンへの送還を頼みたいということですのね」
と、らけるの目的を端的にまとめた。
「そう、そうなんです! それで、ヨミマイリで死者に会えるって!」
「……」
光蓮は神妙な顔になった。
「……もしかして、会えない?」
途端にらけるの顔がくしゃくしゃになる。だから言ったろ、と俺が言おうとする前に、
「いえ……『会える』のです」
光蓮がぽつりと呟いた。
「えっ!?」
俺たちが同時に光蓮を見る。らけるが目を見開いた。
「やっぱり、会えるんだ! あの、ヨミマイリで何をすれば会えるとかはあるんですか!?」
「……」
また光蓮は少し黙り、
「……会える、のですが」
と言葉を濁した。
それから少しの沈黙があって、
「皆さんは、らける様の護衛をしている冒険者様ということでしたね?」
「そうだが……」
それが何か、と黒曜が続ける前に、光蓮はまっすぐ顔を上げて言った。
「わたくしから依頼することは可能でしょうか?」
「依頼だと?」
思わず聞き返す。
「待てよ。そいつはどういうことだ? ヨミマイリで死者に会えるって話と関係あんのか?」
「あります」
光蓮は迷わず頷いた。
「どういうことなのかは分からんが……」
腕組みした黒曜が、
「依頼を受けるかどうかは、話を聞いてから判断する」
冷静にそう伝える。光蓮は二、三度小さく首肯してから、
「分かりました。今、この里で起こっていることをお話しします」
そう語り始めた。
神降ろしの里<後編> 1
実に長い18日間だった。
退屈というのは人を殺すかもしれない。俺――タンジェリン・タンゴ――は、ようやく辿り着いた太平倭国の地を踏みしめながらそんなことを思った。
18日ぶりに揺れない地面についた足は、ずしりと俺の体重を支えた。二、三度屈伸したら、もう陸に慣れた。適応力の高さは自慢になるかもしれない。
それにしても、暑い。
話には聞いていた。太平倭国はベルベルントとは季節がほぼ逆で、今は夏だということを。燦々と照りつける太陽が、水夫たちの汗を照らしている。
アビゲイル号の積荷が次々と運び出されていく。それを手伝うのも俺たちの仕事だ。俺は軽く肩を回して、手近な積荷に手をかけては下ろしていった。酔うどころか体力が有り余っていた俺にとって、ようやく身体が動かせる機会だ。
結論から言えば、この積荷下ろしを手伝ったのは俺だけだった。黒曜、アノニム、緑玉はようやくついた地面に転がり使い物にならなかったし、サナギに力仕事は期待していない。パーシィとらけるは黒曜たちを船から引きずり出して面倒をみてやっていた。黒曜はそれでも「酔っていない」と主張して立ち上がろうとしていたが、立ち上がれない時点で駄目なのは明白だ。
途中でパーシィは港の人々に情報収集をしに行き、積荷が全部降りる頃にはそれも終わって戻ってきた。黒曜たちもようやく容態が落ち着いたようで、パーシィの報告を座りながらだが聞けるほどには回復していた。
「あの山はカンジュウ山というらしくて、その山中にカンバラの里という村があるみたいだ」
港町はすぐ後ろに山を背負っていて、それがカンジュウ山ということらしかった。
「今から出れば夕方には着くかな」
「そのカンバラの里で、ヨミマイリをやるの?」
「ヨミマイリ自体は太平倭国のどこでもやる風習みたいだけど、中でもカンバラの里の『神降ろし』が有名らしいね」
「『神降ろし』?」
パーシィが平気な顔で言うのを訝しく思う。パーシィは神の名がつく物事には敏感なやつだ。
「平気な顔してんな」
「え? ああ……ここでいう神は、仏のことだからね」
「どういうことだ?」
パーシィは「話が少しズレるけど、構わないか?」と黒曜たちに了解を得たあと、こう語り出した。
「ここは『聖憐教』の地なんだよ」
「セイレン教? ミゼリカ教じゃねえのか? 異教徒なら、なおさら……」
「異教徒ではないんだよ。聖憐教は、聖ミゼリカ教がこの地に伝来した際に、ここに土着していた『仁道教』と混ざって定着したものなんだ」
「……どういうこった?」
宗教にはまったく明るくないので、パーシィの言葉もいまいち理解できない。パーシィは特に怒った様子も苛立った様子もなく続けた。
「異教の地で教えを広めるのは大変だ。反発も起こる。聖ミゼリカ教はこの地に根ざすために元々あった仁道教の教えを取り込み、合体させることで、異教の壁を小さくした。そのほうが改宗させやすいからだ。つまり、聖憐教は実質、仁道教要素が入ったミゼリカ教というわけさ。実際、聖憐教と聖ミゼリカ教の信仰する神は同一のものだし、教義もほとんど同じだ。違いは、聖憐教は仁道教の教えである仏も大事にするってくらいかな」
「ホトケってのは何なんだ?」
「死者のことだよ。仁道教では、人は死後に仏になると言われている。仁道教では元来、神と仏を同一視していたから、今でも『死者が還ってくる』というヨミマイリに『神降ろし』の名が残っているんだ」
なるほど……しかし、こいつ詳しいな。
「詳しいねえ」
同じことを考えたのか、サナギが感心した声を上げた。
「やめてくれよ、サナギだって聖憐教の成り立ちくらいは知っているだろ」
「そうだね。太平倭国の実に三割が聖憐教徒であることも知っているよ。でも、敬虔な聖ミゼリカ教徒が聖憐教にどんな感情を持っているかなんてことは知りようがない。宗教のあれこれの解説はパーシィに譲るよ。余計なことを言いたくないからね」
「それはそれで、印象が偏るんじゃねえか」
思ったことを口に出すと、サナギが笑って頷いた。
「いい着眼点だ、タンジェ。確かに、パーシィに任せたらミゼリカ教に肩入れした意見ばかり蓄積する。でも、それが分かっているなら大丈夫さ」
「ミゼリカ教に肩入れって……」
パーシィが心底不思議そうな顔で、
「正しいものに肩入れして何が問題なんだ?」
これだもんな、と俺が呟くと、サナギは肩を竦めた。
「ともかくさ、カンバラの里に行けば、死者に会えるんだよな?」
大人しく話を聞いていたらけるが身を乗り出す。
パーシィは「まあ、そういうことになるかな」と雑な返事をした。死者が還ってくること自体信じていない、というか、ありえないと思っているのが見て取れる態度だ。しかしらけるは気付いているのかいないのか、
「じゃあさっそく行こうぜ! 今から行けば、夕方には着けるんだろ!?」
「落ち着け、山を歩くのだから準備が先だ」
俺が言おうとしたのと同じセリフを黒曜が淡々と言った。
カンジュウの港町は俺の知っているエスパルタの港やセイラとは雰囲気から違ったが、規模はそれなりで、いくつか道具屋らしきものもあった。馴染みのない服装の店主は、それでも港町だからか共通語を使えたし、金もGで取引ができた。
「あんたら、西の冒険者さんかい」
ロープなどの山歩きに必要なものを買い込む俺たち店主が声をかける。
「そうだ」
黒曜が応答した。
「この港には西からの冒険者がよく来るの?」
サナギが尋ねると、眩しそうに目を細めて瞬きをした店主は、「そうさねえ」と顎をさすった。
「数はそんなに多くないね。ここに着く船はだいたいはアビーさんとこみたいな貿易船か、商船だよ。でも、たまに来るやつの目的はだいたい、カンバラの里の神降ろしさ。あんたらもそうなんだろ?」
俺たちは顔を見合わせてから、頷いた。らけるが逸る気持ちを抑えながら、という様子で、店主に一歩近付く。
「おっちゃん! ぶっちゃけ、どうなんだ? 神降ろしでは、死者に会えんのか!?」
「うーん、会えたという人もいるけどねえ。本当のところは分からんよ」
らけるはぱっと顔を輝かせて、俺たちを振り向いた。
「聞いた!? 会えた人、いるんだって!」
俺は腕組みをしてため息をついた。
「本当のところは分からねえって言ってるじゃねえか」
「でも、嘘だって決まったわけじゃないんだ!」
らけるはガキのように飛び跳ねて喜ぶ。俺はこの18日間の航海中、ニッポンに戻るのが楽しみだというらけるに期待しすぎるなと何度か警告してきた。だが毎回こんな調子だ。
根がお気楽というか、ポジティブなんだろうが……期待しすぎると駄目だったときにとんでもなく凹むことになるんじゃねえのか。……別にらけるのメンタルを心配しているわけじゃない。凹んだらフォローが面倒くさいというだけだ。
「今日の夕方には着くんだよな? 俺、頑張って歩くよ!」
てめぇの目的のために行くんだから、てめぇが頑張って歩くのは当たり前だ、と言おうとしたが、やめた。それが分からない依頼人だって世の中にはいる。言わずとも分かっているなら、それでいい。
らけるは長い航海中にもうるさくはあったが、後ろ向きなことは一切言わなかった。考えてみれば、不安だろうに明るく振る舞うらけるは健気なのかもしれない。まあ、少し騙されやすい性質のようだが、正直で誠実なやつなのは分かる。少しくらいは労ってやろうか、そう思ったとき、
「いざとなったらラケルタに代わってもらう!」
……前言撤回だ。やっぱりろくでもないやつかもしれねえ。
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