カンテラテンカ

不退転の男 4

「目的は何なんだよ……! てめぇ、ラヒズの関係者なのか!?」
 アノニムと黒曜が武器を打ち合っている隙に俺が叫んで尋ねると、ハンプティは、
「あーラヒズね。まあ同期、みたいなもの。でもあいつ酷いんだよ! ボクをこっちに喚ぶだけ喚んで、あとは放置だもん!」
「わけ分かんねえよ……! どういうことだ!?」
 アノニムが退いてきて俺の横に立つ。無言だったが、俺が見る限り黒曜に対して力押しは無意味だった。かなりの数の攻撃をいなされていて、黒曜は傷一つなかった。アノニムのほうは致命傷こそ一つもないが、いくつもの切り傷ができている。
「だからボクもさ、悪魔なんだよ、あ・く・ま!」
「てめぇが悪魔ならパーシィが見逃すはずねえだろ!」
 そこは信用している。だが、
「ああそれね。ラヒズの気配が強すぎて、ボクの正体がカモフラージュされてたんじゃない? それか……<魅了>にかかった時間を見るに、もしかしてボク弱体化してる? 悪魔の気配がないほど? やだー最悪なんだけどーもー」
 子供のように駄々をこねるハンプティだが、……それなら納得がいく、のか?
「そうなのかよ? どうなんだ、パーシィ!」
「……」
 パーシィからの反応はなく、翳した左手からいくつもの光弾が立ち上り、俺とアノニムに豪雨のように降り注いだ。
「っつ……!」
 かわせるはずもない。武器で守れるレベルの攻撃でもない。光弾の当たった場所が焼けたように熱い。
「元とは言え天使が悪魔の<魅了>にやられるって……そんなのアリかよ!」
「あーっ、舐めてる!? ボクの<魅了>は本当に強力なんだから!」
 虚ろな目のパーシィと黒曜を両脇に侍らせて、ハンプティが頬を膨らませる。……くそ!
「そもそも悪魔と天使はお互いが弱点同士なんだから、先手を打ったほうが勝つのが道理なの! 悪魔が天使に負けてばっかりみたいな偏見やめてね?」
 偏見をやめるのはいいが、距離を取ればパーシィの光弾、距離を詰めれば黒曜の青龍刀だ。敵に回すとこんなに厄介だとは。
「アノニム、とにかくハンプティをやる! 一気に行くぞ! 何なら俺を囮にしやがれ!」
 斧を構えてアノニムに叫ぶ。アノニムからの反応はなかった。
「……アノニム?」
 これでアノニムまで<魅了>にかかったら打つ手がない。俺はこの遺跡から帰れないだろう。だがアノニムは正気の目をしていた。
「……」
「おい、何とか言いやがれ!」
 正気の目をしてはいるのだが、様子は明らかにおかしかった。あまつさえアノニムの視線は、この部屋の出入り口のほうを向いていた。
「……逃げる気かよ!?」
 俺は驚愕した。アノニムは俺の顔を見た。
「勝てねえ」
「あ……!?」
「黒曜とパーシィが本気でかかってきたら、勝てねえ。見りゃ分かるだろ」
 だからって、と喉から声が出た。
「だからって置いて逃げんのか……!?」
「……」
 信じられなかった。こんな腑抜けだとは思わなかった。
 確かにただでさえ力押しの俺が、それを超える力押しのアノニムと組んだところで、技巧派の黒曜と遠距離攻撃のパーシィに勝てはしないかもしれない。
 だが、それがなんだっていうんだ!?
「負けたら終わりだ」
 アノニムは俺の視線から逃れようともせず、ただ淡々と事実を述べるように言った。
「死ぬぞ」
「……!」
 カッとなる。負けたら終わり、死ぬ、だから逃げるだと!?
「てめぇはエスパルタで俺に大事なもののために命を賭けろと言ったじゃねえか!! ふざけてんじゃねえぞ……!! 俺たちが逃げたら黒曜とパーシィがどうなるか分かんねえんだぞ!?」
「とりあえずボクの従者にしよっかなー」
 ハンプティののんきな声が応答する。
「二人ともかっこいいしね! でもボクの好みはタンジェなんだけども」
「言ってろ……! ぶっ潰してやる!」
 黒曜とパーシィをふざけた悪魔の従者になんかさせてたまるか!
 斧を握り直してハンプティへまっすぐ駆け込む。この距離なら、来るのは間違いなくパーシィによる<ホーリーライト>だ。
 パーシィが普段、これだけの光弾を連発することはまずない。パーシィの力の源は人々の「祈り」とやらで、やつはそれを身体にストックしているが、「祈り」は聖なる力を使うほど消費されていき、やがて枯渇するからだ。そう聞いている。
 つまり、パーシィの<ホーリーライト>は、いつか必ず打ち止めのタイミングが来る!
 光弾が降り注ぐ。一発ずつの威力が上がっているのが身に染みて分かる。光の着弾した箇所がみるみるうちに焼け爛れていく。だが、その分、消費する「祈り」の量だって多いはずだ。
 打ち止めは、今じゃなくていい。俺が死んだあとだっていい。少しでも「祈り」を消費させろ! それで少しでも勝ち筋を見出したなら、あの腑抜けも考え直すかもしれない。そうだ、アノニムが立ち上がればそれでいい! そうしたら俺が死んでも俺たちの勝ちだ!
「くたばりやがれ!!」
 光弾で焼けた身体に鞭打つ。俺は吼えてさらにハンプティに突っ込んでいった。黒曜が躍り出て俺の振り被った斧を受け止める。
 斧を引くのに合わせて黒曜も青龍刀を構え直す。距離を取ればパーシィの光弾が当たる。だが構わない、使わせることに意味がある。
 黒曜の青龍刀は容赦なく無慈悲だが、かといって殺意を感じもしない。ただ淡々とあるだけの冷たい刃だ。そこに黒曜の意思がないことがありありと分かる。だが、だからこそ軌道は読みにくく、黒曜と打ち合うたびに生傷が増える。
「がんばれ、がんばれー」
 ハンプティの気の抜けるような応援が聞こえる。
「……っち!」
 体力には自信がある、まだしばらくは打ち合える。身体中が痺れるように痛み、生傷からは血が出ていたけれども、些細なことだった。
 だが、黒曜の青龍刀が器用に俺の斧をすり抜けて、俺の脇腹を抉る。痛みに顔を歪めたその一瞬の隙で、青龍刀の返す刃が俺の腹を貫いた。
「……くそ……!」
 諦めるな……! ……諦めるな!!
 俺は腹に突き刺さった青龍刀の先にいる黒曜の手を掴んだ。
「俺はまだ……諦めてねぇぞ‼」
 俺は力を振り絞って、黒曜を思い切り引き寄せると、そのまま大きく頭を振りかぶった。自分の額を黒曜の額に思い切り打ちつける。
 普段の黒曜ならこんな頭突きをまんまと喰らうことはなかったはずだが、所詮は他人のコントロール下といったところか。俺の石頭が直撃した黒曜の手は青龍刀から離れ、彼はそのまま昏倒した。
 ハンプティはぽかんと口を半開きにしていた。
「はぁ、はぁ」
 あとはパーシィだ。光弾が来ない、ということは、燃料切れか? それならあとは、ハンプティをぶちのめすだけだ……!
 よろよろとハンプティに近づき、だがハンプティは別に逃げもせず楽しそうに俺を眺めている。なんとか斧を振り上げる、が、その瞬間に後頭部に衝撃が走った。鈍い痛み。意識を失う前にかろうじて振り返れば、メイスを振り下ろしたパーシィの虚ろな目が俺を見下ろしていた。

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