エセンシア 5
「ッはぁ、はぁ」
息が荒くなるのを感じる。身じろぎするたびに鎖がやかましい音を立てる。
嘘だ、デタラメだ!! 証拠がねえ。何一つ証拠がねえ!!
「俺の復讐の手から逃れようと適当なことを言ってやがるんだ!!」
誰にともなく俺は叫んだ。強いて言うなら、俺は俺に向かって叫んでいた。必死に鼓舞する。
「やることが増えただけだ! オーガとまとめて、わけのわからねえ悪魔もぶっ殺す!!」
そうだ。それでいいんだ。シンプルに考えろ。こいつらが言ってることは全部デタラメで大嘘だ。それならやることはオーガへの復讐。それからラヒズもぶっ殺す!!
「まあ、信じないと思いましたよ」
ラヒズはまた軽く肩を竦めた。それから、ゆっくりと立ち上がり、地面を二度、つま先で叩いた。
ラヒズの足元が光り出した。詳しくはないが、魔法陣、のようなものだろうか? 光が文字と模様を作り出し、三歩退いたラヒズの前で、闇色の光が収束する。
一瞬後には、魔法陣の上に黒曜たちが転がっていた。
「黒曜!! アノニム、パーシィ、緑玉、サナギ!!」
俺と同じく鎖に繋がれている。いくらか怪我もしているように見えるが、意識はあるようだ。
俺の声に黒曜が顔を上げた。
「タンジェリン、無事だったか」
「俺は何ともねえ!! ラヒズ、てめぇ……!!」
黒曜たちにまで手を出していたとは。ますます許せねぇ……!!
「鎖で繋ぐのにちょっと抵抗されたので、いくらか痛い目を見てもらっただけですよ」
ラヒズはまったく悪びれない。
「で、タンジェリンくんとのお話に邪魔だったので、外にいてもらったのを呼び出したわけですが……」
と、魔法陣を指す。
「人体の転移なんて生半可な術じゃないんだよなあ」
サナギがぼやいたのが聞こえた。
「さて、彼らの鎖は悪魔による呪縛。アノニムくんでも壊せませんよ」
「チッ……」
破壊を何度も試みているのだろう、アノニムに嵌められた手枷から、僅かに血が見える。アノニムの馬鹿力でも壊れないのなら、俺が暴れた程度で抜け出せないのは納得だ。
「パーシィくんはちょっと邪魔だったので、ついでにちょっと力に制限を加えさせてもらってますが……」
「タンジェ!! こいつは悪魔だ……!! 気をつけろ!!」
「情報が遅ぇ!! 本人から聞いたぜ!!」
パーシィに言い放ったあと、今一度、鎖を外そうと強く力を込めてみたが、やはり駄目だった。
「ではタンジェリンくん。今から彼らを殺します」
ラヒズは懐からナイフを取り出し、唐突に告げた。
「動けない彼らを殺すのは簡単ですね。ほら、頑張って止めてください」
――おちょくられている。
カッと頭に血が上る。ラヒズのナイフは手のひらで踊るようにして、黒曜の首にその先を付けた。ゆっくりと沈み込むナイフの刃先と、静かに目を細める黒曜の死を前にしたとは思えない冷静さが、俺の身体をめらめらと焼く。これは怒りに違いない。
「てめえぇぇ!!」
がしゃりと鎖に阻まれる。なんとか黒曜たちのもとに駆けつけて、それで――ラヒズをぶっ殺すんだ!!
「タンジェリンよ」
鎖にもがく俺に、オーガの声が届いた。
「我々はラヒズ様に義理立てせねばならん。だがお前がラヒズ様と……私を殺したいのなら……」
呟くように、先を言った。
「……オーガの力を使えば、あるいは」
オーガのちから? そんなもんが俺にあるわけがねえ。
だが、それに類する火事場の馬鹿力が俺の中にあるなら、今が使い時に違いなかった。
「わけわかんねえことばっかりでよ……!! イライラしてんだよ!! 悪魔だか何だか知らねえが、オーガもてめぇもぶっ殺す!!」
自分を奮い立たせるように叫び、
「うおぉぉぉぉッ!!」
咆哮。それから、現状すべてに対する怒りや苛立ちが煮え立って、激情がぐるぐると形になる。
できたその燃え滾る塊に手を伸ばせば、それは驚くほど簡単に触れた。
身体が身を焼く感覚。灼熱の体にあって、俺はこの熱で死ぬとは欠片も思わなかった。ぶちぶちと繊維が切れる音がして、俺の身体が膨張して、見る間に服を破いたと分かった。何倍も太くなった両腕を払えば簡単に鎖は千切れ飛び、二歩も歩けばもうラヒズは俺の間合いだった。
「死にやがれ!!」
思い切り腕を振り被り、ラヒズに向かって叩きつける。ラヒズは大きく身を避けたが、俺の拳が叩きつけられた地面が爆ぜて小石を撒き散らしたのが当たって、僅かに目を細めた。
「やればできるじゃないですか」
ラヒズは、満足そうに言った。
「それでは、きみの正体が分かったところで……本当の肉親との再会、楽しんでくださいね」
ラヒズに当てようと横薙ぎにした手刀は空を切った。闇色のモヤに包まれたラヒズは煙のように掻き消えていた。それと同時に、悪魔による呪縛とやらもなくなったのか、黒曜たちも次々に上半身を起こす。
「タンジェ……その姿は……」
目を丸くしたサナギが言うので、俺は自分の身体に目を落とした。
ごつごつした緑の肌。丸太のような腕と足、地面は遥か遠く、洞窟の天井はごく近い。いやに感覚は鮮明で、黒曜たちの息遣いが聞こえるほどだ。
「ちくしょう……」
呟いた声はほとんど唸り声だった。
「ちくしょおぉぉぉぉッ!!」
その叫びがどんな意味を持ってたかなんて俺だって知らない、分からない。ほとんど獣の咆哮のそれは、洞窟内の空気をビリビリと震わせる。
俺の姿は、オーガそのものだった。
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