きっと失われぬもの 2
ようやくサナギが起きてくる頃には、俺たちは飯を食べ終えていたし、情熱の靴音亭にいた人々もほとんどが退店していた。
ボサボサの髪を手櫛でとかしながら階下に降りてきたサナギは、「早いね、みんな」とのんきなことを言った。こいつは日頃から夜遅く朝も遅い。
「わあおいしそう」
テーブルに残しておいたチキンのトマト煮とパンを見てにこにこ笑う。
「ありがとう。これを俺のために残してくれたのは誰の采配?」
一同が緑玉を見ると、緑玉はそっぽを向いた。
「緑玉はいつも俺のこと考えてくれるね、ありがとうね」
サナギはガキに言うみたいに礼を重ねたが、俺はぜんぜんピンとこなかった。緑玉とサナギの間に何か繋がりがあると感じたことは一度もない。
とうの緑玉は「べつに」とか言ってるし、特別な意図があったとは思えなかった。もっとも、俺にとって緑玉は何を考えているか分からないし、無口だし、共通の話題もないので会話もない、謎の多い存在なのだが。
「今日はどうするか決めた?」
席についてパンをちぎりながらサナギが尋ねる。黒曜は「今日一日はエスパルタで過ごす」と端的に答えた。
「自由行動?」
「そうなる。宿はもう一泊分、すでにとった」
「やったね!」
サナギはぴょんと小さく椅子から尻を浮かして喜んだ。
「やっぱり外国に来たら観光しなくちゃね」
昨日悪魔に騙されて場合によっては危うく死ぬってところだったのに、本当に図太いというか。こいつの好奇心を殺すのは骨が折れるだろう。
それからは何気ない雑談――たとえばエスパルタの名物や名所などについて――をして、つつがなく食事を終えた。俺たちは解散し、各々一日を自由に過ごすことになった。
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