カンテラテンカ

きっと失われぬもの 6

 通りをさらに北に行くと、今度はサナギとばったり出会った。聖誕祭の飾りつけの赤と緑はサナギによく似合って、背景に溶け込んでいきそうだった。それでも金髪にほど近い黄緑の髪は目立っていたが。
「さっき緑玉にも会ったよ」
 サナギは丸いチョコレート菓子をつまみながら、広場で聖歌隊がコーラスするのを流し聴いていた。
「緑玉は、聖歌はお気に召さなかったみたい」
「そうかよ」
 出入り自由で場所も広場ということもあって、雑談をしている者も多くいた。気軽なコンサートなのだろう。設置されたベンチに俺も腰かけた。
「食うか?」
 残り少なくなったトゥロンを差し出す。
「おいしそう。なにこれ?」
「トゥロン。アーモンドとかはちみつでできた菓子」
「ありがとう。いただくよ」
 サナギはトゥロンをひょいと摘まんで、そのまま小さな口へ持っていった。ポリポリと音を立てて食べている間に、袋に入ったチョコレート菓子を俺に差し出す。代わりに一つやる、といったところだろうか。遠慮なくもらった。
 俺は甘いものはそこまで好きというわけじゃないが、やはり故郷で食うものはいい。なんでも美味い。
「おいしいねえ」
 しみじみと言うので、俺は機嫌をよくした。故郷の飯を褒められて悪い気になるやつはいないだろう。
「タンジェはさ。自分がオーガだって知って、どういう感じなの?」
 一瞬で機嫌が瓦解した。
「てめぇ……それ、よく聞けるよな」
「俺が聞かないと、誰も聞かないでしょ」
 誰も聞かなかったらタンジェはずっと言わないでしょ、とサナギは言う。
「言う必要、あるのかよ?」
「あるよ。だからヒトには言葉がある」
 サナギが当たり前のような口ぶりで俺に告げる。
「俺は……」
 俺のほうは、まるで答えを準備していなかったので、戸惑う。俺は……どういう感じなんだろうか?
「悲しいとか……つらいとかは……ねえよ」
「うん」
「ただ……悔しい。そうだな、悔しいな……」
 自分の中で気持ちが整理されていくのが分かる。
「それに、ムカつく」
「何に対して?」
「ラヒズだよ! あいつがいなきゃ、こんな気持ちになる必要なかったろ!」
 俺は復讐を遂げて、目的達成だったはずだ。
「何も知らねえ俺が……全部引き金になってて……」
 思ったより絞り出すような声になって、俺は自分に少し驚く。でも、別に泣きそうでも消えそうでもなかったから、強引に続けた。
「結局俺の一人舞台だったってわけだ。滑稽だろ!」
 滑稽なのは、悔しいだろ、ムカつくだろ、と畳みかけるように言う。サナギは俺の目を見ながら、うん、うん、と頷いていた。
「ラヒズに復讐したい?」
 唐突なその言葉に、俺は喉がヒュッと鳴るのを聞いた。
「あいつは悪魔だ。きっと放っておけば被害は広がる。まあ、人類の敵だね。パーシィもひどく敵視しているし、倒すことになるよ。きっとヒトは悪魔には負けない。いつかラヒズは倒される。そのときに――」
 サナギは俺の顔を覗き込んだ。
「――その刃はきみがいい?」
「……」
 俺は唇を引き結んだ。顔を上げて、サナギを正面から見る。
「ああ。ヤツを倒すのは俺だ」
 サナギはニコッと笑った。
「いい顔だよ、タンジェ。自分のプライドのため、人類悪への懲罰のため、戦うんだ。ただ、一つ訂正しよう――ヤツを倒すのは、俺『たち』さ。トドメは譲るけどね」

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