カンテラテンカ

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Over Night - High Roller 6

 サナギはシャルマンには多少のドレスコードがあると言っていた。さすがに普段着では入れないらしい。
 金は掛かるが仕方ない。俺たちは星数えの夜会に戻ったあとすぐに仕立屋に行き、出来合いのスーツを買った。オーダーメイドで仕立ててもらうには金も時間もなさすぎる。サナギだけは前に誰だかの結婚式に着ていったスーツをそのまま使っているので、その分だけは金が浮いた。しきりに金を気にする俺に「これから大勝ちしに行くんだよ?」とサナギは笑う。
 夜会で着替えてみると、少しサイズは違ったが、
「見違えますね!」
 と、娘さんは喜んだ。
「アノニムも着れたらよかったのに」
「さすがに獣人はお断りされそうだからね」
 サナギは眉をハの字にした。今もまだ不在のようだし、とも付け加える。
「そもそもアノニムにイカサマは無理だろう」
 パーシィが真顔で言うので、逆に俺が怯んでしまった。擁護するつもりはないが、ストレートに言い過ぎだろう。
「タンジェも無理そうだけど、リカルドがいるからな……」
 急に俺に飛び火してきた。
「てめぇはどうなんだよ」
「きみよりはマシだと思う」
「……まあ、てめぇは存在がインチキみてえなもんだからな……」
 別に悪口を言うつもりはなかったのだが、何も考えずに思ったことを口に出してしまった。パーシィは目を瞬かせたあと、特に反論もなく苦笑いした。悪いことを言ったかもしれない。謝る前に、
「じゃあ行こうか」
 サナギから声がかかる。
「薬は?」
「飲んだよ。だから早めにやっつけたい」
 空気に触れるだけで肌が痛いと言っていた。確かに、サナギがぶっ倒れる前に全部終わらせたいところだ。
「行ってらっしゃい!」
 娘さんの声を背に、俺たちは移動カジノ・シャルマンへ向かう。

 普通の客を装えば、シャルマンに入ることは難しくない。サーカステントのような巨大でしっかりした造りのテントが広場に建っていて、そこがシャルマンだった。中に入ればすぐ受付だ。Gをチップと交換してもらっていると、パーシィが突然、小声で俺に言った。
「イヤな気配がする」
「あ……?」
 振り返ると、
「ちょっと探ってきたい。悪魔の気配だ」
 俺の眉間にシワが寄る。悪魔といえば――ラヒズの顔が脳裏をよぎる。悪魔なんざそうそういるもんじゃない。またあいつが何かしてやがるのか?
「こっちは任せてもいいかい?」
「……分かった。行ってこい」
 頷くと、パーシィは最低限のチップだけ受け取り、気配を探るようにきょろきょろと当たりを見渡して人混みに立ち去っていった。
 さて、そうなるとリカルドと組むのは俺しかいなくなる。一応、イザベラとの特訓で一通りルールは覚えたが、あまり自信はない。サナギとチップを山分けして、
「うまくやりなよ、タンジェ」
 ウインクしたサナギもまた、ゲームを探して立ち去っていく。
 俺はたまにゲームを覗き込みながら、リカルドの顔を探した。広いテントの中だったが、思いのほかすぐに見つかる。うまくディーラーとして潜り込めたようだ、リカルドはゲームの卓に立っていた。
 すでに卓にいるプレイヤーたちに二枚ずつトランプを表に配っている。二枚のカードが同じ数字ないしは隣り合わない数字であることを確認し、レイズするかを決めている。これは先にルール確認した中にあったゲーム。確か名は――

――レッドドッグ。

 俺は少なからず安心した。ポーカーなどに比べるとはるかに簡単なルールのゲームだ。最初に配られた二枚のトランプの数字の間に、三枚目のトランプの数字が入れば勝ちだ。
 ゲームの区切りのタイミングを見計らい、俺は卓についた。リカルドが俺を一瞬見た。が、まったく関心がないように淡々とカードをシャッフルしている。
「ベット」
 リカルドが告げるので、俺はいくら賭けるかを考える。俺たちはとにかく、大勝ちして目立たなくちゃならない。ちまちま賭けてる時間がもったいない。もともとせっかちな俺は、リカルドが俺を『勝たせる』と信じて、手持ち全部をベットした。全賭けだ。
「それ、手持ち全部じゃねえのか?」
 隣の男が身を乗り出して俺に声をかける。
「お前、さっき受付したばっかだよな? いきなり溶かす気か?」
 余計なことを口走らないように、俺は沈黙を保った。それで男は鼻で笑って引き下がる。卓についていた数人がベットしたが、もちろん全賭けなんかしているのは俺だけだ。
 リカルドは慣れた手つきでカードを配る。カードは表向きに二枚。俺の手元に、あまりにも自然に8が揃う。
 レッドドッグはさっきも見たとおり、配られた二枚のカードの数字を確認して、三枚目の数字がその二枚の間に挟まるかを判断するゲーム。
 たとえば、最初に配られたトランプが5と6なら、この間に入る数字はないから引き分けだ。
 1と9なら2から8の七枚が挟まるから「スプレッド7」となるが、このスプレッドは数字が大きいほど手元に来やすいので、当たり前だが配当は少ない。
 たとえば5と7のスプレッドなら間に挟まるのは6の一枚だけ。スプレッド1の配当はだいたい6倍だ。
 で、だ。俺の手元に来た二枚の8――これにも間に挟まれる数字はない。だが、最初の二枚が同じ数字のとき、これはペアと呼ばれて、三枚目がペアの数字と同じ数字であれば――すなわち、この場合三枚目が8であれば――『レッドドッグ』。配当は実に12倍だ。つまり、一番強い手である。
 手持ちのチップを全賭けした俺の手元にペアが揃う。出来すぎだ。ほかの参加者が目を剥く。
「レイズ」
 顔色を変えずにリカルドが告げる。
 各々が判断してレイズするかを決める。俺は最初から全賭けしているのでレイズしようもない。
 終われば、すぐにリカルドは三枚目を配る。三枚目は裏向きに置かれている。当たり前だが、みんなが俺の手元の三枚目に注目している。俺は迷わずカードを表に返す。8。

『レッドドッグ』――!

「イカサマだ!!」
 隣の男が立ち上がり、大声を上げた。
「出来すぎてる!!」
 俺もそう思う。同じ立場なら俺もそう言い出したかもしれない。
「別にてめぇは損してねえだろ」
 レッドドッグはディーラーとプレイヤーが勝負するゲームだ。俺が勝とうが、ほかの参加者が損をするわけじゃない。いけしゃあしゃあと言ってみせると、男はリカルドに、
「ディーラーさんよ!! どうなんだ、このガキは!!」
 声をかけた。リカルドは首を横に振る。
「怪しい動きはしていない」
 そりゃ、怪しい動きをしてるのはリカルドのほうだからな。
「チッ……! ビギナーズラックか……! 素人がよ……!!」
 何をムキになることがあるのかと思ったが、この男、負けが込んでいるのかもしれない。手元のチップが少ないのが分かった。
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Over Night - High Roller 5

「裏」
 リカルドとサナギが同時に言った。
「……賭けにならないな」
 俺と同じく茶を飲んでいたパーシィがぼやく。珍しく正しいことを言ったな。
 イザベラが手を離せば、確かに裏を向いたコインがあった。リカルドはテーブルからサナギのほうへ身を乗り出す。
「……分かっていたな?」
「なんのこと?」
 サナギはすっとぼけた顔をした。
「俺のは勘だ。だが、お前のは違う。お前はコインが裏だと分かっていた」
 どういうことだ? 俺とパーシィは顔を見合わせて、それからサナギを見た。サナギはそうだね、と今度は首肯した。
「分かっていたよ」
「……」
 リカルドは腕を組み、また椅子にもたれかかった。
「……」
 しばらく黙ってサナギのことを見つめていたが、やがて、
「イカサマをした」
「うん」
 サナギは笑っている。
 イカサマ、だと? あんなシンプルな賭けにイカサマもクソもあるのか?
 少なくとも、俺が見ている範囲ではサナギは本当に何もしていない。
 リカルドは俺たちのほうに目を向けたが、俺たちがぽかんとしている様子を見て、無関係だと悟ったのかすぐに視線をサナギに戻した。
「……」
 リカルドは、賭けが成立しなかったことより、サナギがイカサマをしたことのほうが気になっているようだ。しばらくまたサナギを観察していたが、
「お前はこの宿に入ってきてからいっさい不審な動きはしていない」
 言った。
「となると、何か仕込むなら宿の外。ここに来る前からだ」
「すごいね、そこまで分かるもの?」
 サナギが笑う。
 宿に来る前? サナギは特別なことを何もしていない、と思う。
「……何をした?」
 ようやく、絞り出すようにリカルドが尋ねた。サナギはそれをからかいも嘲りもしなかった。ただついと首を傾げて、
「感覚過敏の薬を飲んでる。要するにドーピングだよ。コインもスローモーションに見える」
 平気な顔で言うのだった。
「ど……」
 リカルドは一瞬目を見開いたあと、渋い顔になって俯いた。
「ドーピング……!? こんな賭けに、ドーピングを仕込んできたのか!?」
「うん。正直、空気に触れるだけでも肌が痛い。けっこうやせ我慢しているよ」
「バカなヤツ!」
 リカルドは小さく笑っているのかもしれない。顔は見えなかったが、肩と声が少しだけ震えている。
「いつの間にドーピングなんざ」
 思わず俺が呟くと、サナギは「上着取りに行ったとき」と短く答えた。
「先に言っとけよ……!」
「きみたちの所作からバレちゃうよ」
 ぐうの音も出ない。
「なるほどな、お前がどんなことをしてでも俺に条件を呑ませる覚悟だったのは分かった」
 顔を上げたリカルドがやれやれといったように肩を竦めた。
「だが、お前のドーピングがあれば俺の協力なんていらないんじゃないのか?」
「もちろん俺はこれでシャルマンに行くつもりだよ。でも、あんまり他人には飲ませたくないんだ」
 どんな危険な薬なんだ、と俺は呆れる。
「リカルド、こちらのタンジェかパーシィどちらかと、あるいは両方と組んで、彼らを勝たせてほしいんだ」
「…….」
 リカルドは俺とパーシィのほうを見ていたが、
「まあ、いいだろう。突っ立ってるだけで勝たせてやる」
 暗に俺とパーシィがボンクラだと言われた気がしないでもないが、ことギャンブルにおいては確かにド素人。特に反論もない。
「いいか、俺はディーラーとしてシャルマンに潜入する。だが、どの卓を――要するに、どのゲームを――担当することになるかは分からない。お前らのほうから俺のいる卓を探してそこにつけ。お前ら、ゲームのルールは?」
「ポーカーやブラックジャックくらいなら……」
 パーシィは言ったが、俺はどっちも分からない。
「ギャンブルとは無縁なんだ。何も分からねえ」
「……」
「まあまあ、初心者にゲームを教えるのも楽しいものですよ」
 イザベラが笑う。
「それに、『突っ立ってるだけで勝たせてやる』のでしょう?」
「……」
 リカルドは苦い顔をした。
「シャルマンに並んでいる主なゲームなら分かります。私がルールを教えますから、リカルドはさっそくシャルマンへ」
 ありがたい申し出だ。サナギは少し疲れたから休むという。ドーピングのせいだろう。壁際のソファに横になるサナギを尻目に、俺とパーシィはイザベラが促すままに席に着く。
 リカルドは身支度を整えてすぐにシャルマンに向かったようだった。

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Over Night - High Roller 4

『午前三時の娯楽亭』――close。
 サナギの言う心当たりとやらは、どうやら宿のようだったが……どう見ても営業時間外だった。
「おい、閉まってるじゃねえか」
「名前のとおり、この宿のピークタイムは午前三時。開くのも夜からさ」
 サナギは別に動揺した様子もなく、目の前の扉をノックした。
 誰も出るわけねえだろう、と思ったら、ほどなくして扉が開き、女が一人顔を出した。
 シスター服の女だ。シスター服なんて教会以外では見ないので、珍しく思う。
 シスター服の女はにこやかに俺たちを眺めて、後ろにいたパーシィに目を留めると、
「まあ、先日はどうも」
 と頭を下げた。パーシィのほうも、
「シスター・イザベラじゃないか。ここが宿なのかい?」
 わりと気軽な調子で応答する。
「知り合い?」
「教会であいさつする程度の」
 パーシィは特に誇張することも、かといって遠慮することもなくそう言った。イザベラ、と呼ばれたシスターのほうも朗らかに頷いた。
「ええ。私の生活する『午前三時の娯楽亭』です。私に用というわけではなさそうですが、誰をお呼びします?」
 話の早い女だ。サナギは「とびっきり腕のいいディーラーを頼める?」と言った。
「まあ、それならちょうど起きてきたところです。お茶を淹れますから中にどうぞ」
 イザベラは俺たちを宿の中に招き入れた。それで俺は、内装を見渡して少なからず驚く。中はバーのような雰囲気の造りでそれ自体は何もおかしくはなかったが、ビリヤード台、ダーツボード、ルーレットまで、さまざまな娯楽が所狭しと設置されていた。
「『娯楽亭』、か」
 俺は宿の名を思い出して呟く。
「賭け事を楽しむ宿なんです。賭けるものはビー玉一つからで構わない。誰でも気軽に楽しめる娯楽宿……それがここ」
 イザベラが言いながら、俺たちをテーブルに案内した。テーブルには先に男が一人座っていて、向かい合うように座る俺たちを見て面倒そうな顔をした。
「イザベラ、どういうことだ?」
 コーヒーを飲んでいたらしい男はテーブルから離れるイザベラの後ろ姿に声をかける。
「あなたの依頼人ですよ、リカルド。客人にお茶を持ってくるので先にお話を聞いておいてください」
 リカルドと呼ばれた男は、何か言いたげな顔をしていたが、大きく溜め息をついた。
 黒い服を着た、端整な顔立ちの男だった。青い目が退屈そうに視線を逸らす。
「何の用だ。手短に頼む。言っておくが、あまりやる気はないんでね」
 こいつが本当に『とびっきり腕のいいディーラー』なのか?
「じゃあ本題だけど。ディーラーとして移動カジノ・シャルマンに潜入してほしい」
「なんだと?」
 リカルドはサナギのほうに視線を寄越して、腕を組んだ。
「移動カジノはもちろん知っているが。……何故俺がそんなところに潜入しなくちゃならない?」
「俺たちがあそこで大勝ちするためさ」
「……」
 サナギの言葉でリカルドはおおよそのことを理解したらしかった。頭が痛そうに額を押さえ、
「勝ちたい理由があるんだろう、それは興味が無いし聞かない。ただ、お前の要求は俺へのリスクが高すぎる」
 俺もそう思う。赤の他人から、依頼とはいえイカサマの片棒を担がされて、失敗したときの保障もないのだ。
「俺がその依頼を受けるに足る理由がないな」
 断られた、と見ていいだろう。俺はどうすんだよ、の意を込めてサナギを睨んだ。サナギは特に焦った様子もなく、
「報酬は出すよ。きみだって冒険者だろう」
 澄ました顔で言った。
「……」
 リカルドはまた額を押さえる。
「ここは娯楽宿だと、さっきイザベラが言っていたじゃないか?」
 首を傾げたパーシィが声をかけると、サナギは、
「兼業しているんだよ。ここは娯楽宿であるのと同時に、冒険者宿なんだ」
 そうだったのか。ベルベルントには冒険者宿が星の数ほどあって、質も対価もピンキリだが、こうしてほかの冒険者宿に訪れる機会はそうはなかった。
「冒険者だから依頼は受けろと?」
 リカルドは神経質にテーブルを数回、指で叩いた。
「悪いがこちらも受ける依頼は選べる」
 取り付く島もない。
「じゃあ賭けようよ」
 サナギのその提案があまりに流れるようだったので、最初から断られることを想定していたんじゃないかとすら思った。リカルドの指が止まり、ゆっくりとテーブルの上を滑る。
「賭け?」
「俺が負けたら、そちらからの要望にひとつ応えるよ。俺が勝ったらそちらは俺たちからの要望にひとつ応えてもらう」
「そんなの、向こうに得はねえようなもんだろ」
 リカルドだって冒険者だ。わざわざ外部の同業者に頼む必要がある物事なんて多くはないだろう。こんな賭けそもそも成立しない。
 だが、リカルドは椅子の背もたれに寄りかかりぎしりと音を立てると、
「勝負の内容は?」
 前髪の奥から覗く青い瞳がギラついている。
 思わず小声で、
「受けるのかよ……!?」
「彼は冒険者である前にディーラー、そしてディーラーである前に、生粋のギャンブラーなのさ」
 サナギも小声でそう俺に言った。そしてリカルドに、
「簡単なのはコイントスだね。どう?」
 提案した。
「コイントスか。確かに手間もない。いいだろう」
 そこで、茶を人数分淹れてやってきたイザベラに、
「イザベラ、コイントスだ。頼めるか?」
 茶を俺たちに配ってから、イザベラは銀のコインを取り出した。
「もちろんいいですよ」
 そもそもシスターが娯楽宿にいることも謎なのだが、ギャンブルに手慣れた仕草なのも違和感しかない。俺が茶を啜りながら眺めていると、イザベラはきれいなコイントスをした。手の甲に落ちたコインは一瞬でもう片手に覆い隠され、俺には見えもしなかった。

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Over Night - High Roller 3

「移動カジノと闇オークションか……」
 サナギは俺の報告を聞いて一つ頷いた。
「そこに緑玉が捕まってるなら、助けに行かないとね」
「もう三日も前のことだぞ」
 パーシィが口を挟む。
「とっくに売られてしまっているのでは?」
 本当に余計なことしか言わねえなこいつ。
 サナギは一瞬、難しい顔をしたものの、
「これは推測だけど……。もし緑玉がすでに誰かしらの手に売られてしまったなら、黒曜と翠玉にとってはそのほうが動きやすいはず。サクッと奪い返して戻ってきててもおかしくない。盗賊ギルドで分かる情報を二人がまだ手にしてないとは思えないし……まだ戻ってこないということは、攻めあぐねているのだと思うよ」
「……というと?」
「警備が固いとか、立地が悪いとか、それでも情報が足りないとか……いくつか考えられるけど、まぁ、タイミングを窺っているんじゃないのかな」
「俺たちにしてやれることはねえのか?」
 サナギは俺のほうを見て目を瞬いたが、ニコリと笑って、
「あるよ。あるに決まってる。よし……作戦会議といこうか」
 元気よく言った。

 アノニムは折り悪く不在にしていて、俺はサナギとパーシィと改めて向き合う。
「まず俺の知ってる情報だけど……移動カジノ・シャルマン自体は多少のドレスコードはあるけれども、どちらかといえばカジュアルめのカジノだ」
 まずサナギがそう言うのを聞いて、
「もしかして、俺が調べるまでもなかったか?」
「いや。緑玉がそこに捕まってるのはさすがに予想外だったよ。そもそも俺が頼んだのだし。……続けるね。シャルマンは出入りは厳しくないし、潜入は簡単だ。ただ、シャルマンの主催する闇オークションのほうはそうはいかない」
「まあ、誰彼構わず入れるもんじゃないだろうからな」
 紅茶を飲みながらまるで他人事のようなパーシィが合いの手を入れる。
「シャルマンの中でもとにかく『目立つ』客が闇オークションに招待されるのさ。シャルマンのほうから声がかかるんだ。スリリングな第二部はいかがですか、とね」
「詳しいな」
「正直、噂程度の知識なんだけどね……」
 と、サナギは肩を竦める。
「とにかく、俺たちはシンプルに闇オークションを目指そう」
 そして、と続けた。
「闇オークションで、緑玉を競り落とす」
「競り……」
 俺はぽかんと口を開けた。
「他の参加者どもと真っ向から勝負すんのか? そもそも闇オークションは『招待制』なんだろ? 招待されるためにはカジノで大金を稼がなくちゃならねえ。だがギャンブルなんて時の運だろ」
 そんな都合よくいくのかよ、と言うと、
「とにかくカジノで大勝ちする..……となればやることは一つさ」
「というと?」
 サナギは最高のイタズラを仕掛けるときのガキみたいな顔をした。
「イカサマだよ」
 ちょっと待ちやがれ、と思わず声が出た。
「イカサマなんざ、一朝一夕で身に付くもんじゃねえだろ。バレたらどうなるかも分からねえしよ……付け焼き刃でやったところで、むしろ逆効果なんじゃねえのか」
 サナギは満面の笑みを浮かべたまま「うん」「その通りだね」などと相槌を打っていたが、
「だからさ……イカサマのプロを雇えばいいのさ」
「イカサマのプロだぁ!?」
 そんなものには縁がなかったので、そういう人種がいることも知らなかった。
「移動カジノ・シャルマンは、拠点を移動するその性質上、滞在する街で臨時のスタッフを雇う。その街の流行、市場規模、客層……さまざまな要素で成り立つ商売だから、詳しい現地住民を雇うのはおかしなことじゃない。そこで俺たちは、協力関係を結んだディーラーをシャルマンに送り込む」
「そのディーラーとグルになってイカサマをするわけだな」
 パーシィはあっさりと受け入れたようだが、
「だがよ……そんなイカサマができて、俺たちの要望を聞いてくれて、カジノで雇われるレベルのディーラーなんて……アテはあるのかよ?」
 まったく心当たりがない俺からしたら、そんな都合のいいヤツいねえだろうという気持ちなのだが……。サナギは心配しないで、と言った。
「心当たりはあるんだ。あとは俺の交渉次第というところだね」
 なるほど、相変わらず人脈は広いようだ。
「さっそく声をかけに行ってみようか。さぁ、一緒に来て」
「俺たちもか?」
「一緒にイカサマをするんだよ。共に船に乗る相手の顔くらい、先に見ておいて損はないと思うね」
 それはそうかもしれない。となれば、善は急げだ。俺たちは、上着を取りに部屋に戻ったサナギを待ってその心当たりとやらに会いに行くことにした。

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Over Night - High Roller 2

「緑玉を攫ったのは手練れの『黒服』さ」
「『黒服』?」
「カジノの裏方だよ」
「カジノなんざベルベルントにねえだろう」
 カジノというものの存在は知っている。賭け事を楽しむ娯楽施設だ、というくらいは。
 エスパルタにもあったくらいだから、どこの国にも一つはあるのかもしれないが、ベルベルントでは噂も聞いたことがなかった。
「そうだな。ベルベルントにカジノはねえ」
「じゃあどっから『黒服』なんて出てきたんだよ」
「移動カジノさ」
「……移動……カジノ?」
「ああ、移動サーカスならぬ『移動カジノ・シャルマン』――数日前にベルベルントにやってきて、つい三日前に開場したばかりだ」
 三日前といえば、緑玉が消えたタイミングだ。だが、緑玉が黒服に捕まる謂れはないだろう。あいつが移動カジノに関わる理由なんか、一つも思い浮かばなかった。
「だからよ……」
 ブルースは言った。
「『緑玉のほうから黒服に関わった』ってわけじゃねえ。『黒服のほうが緑玉に用があった』んだろうぜ」
「まさか、揉め事でも起こしたってのか? あの緑玉が……?」
「……」
 ブルースは「喉が渇いたな」と呟いた。見れば傾けていた酒瓶はカラのようだ。察した俺は、渋々、カウンターのバーテンに声をかける。
「おい。こっちのテーブルに一番安い酒をくれ。一杯でいい」
 バーテンが頷いたのを見届けてブルースに視線を戻すと「安く見られてんなぁ……」と項垂れている。こいつはどうせ情報を小出しにする。最初から高い酒なんか払ってたら俺の財布がもたない。
 届いた安酒をガッと呷ったブルースは、
「移動カジノ・シャルマンには裏の顔がある」
 と言った。
「裏の顔?」
「あそこはな、闇オークションの主催を兼ねてるのさ」
「闇オークションだと……?」
「俺たちのような裏稼業の奴らや好事家の間では有名な話だ。シャルマンの闇オークションはな……」
 それきりブルースは黙った。俺は仕方なく酒をもう一度注文する。先ほどよりひとまわり高い酒だ。
「へっへ、毎度あり」
 意地汚い笑みのブルースに若干辟易しつつ、俺は「闇オークションの主催を、カジノが?」と尋ねた。
「正確には、最初にあったのは闇オークションのほうさ。それの隠れ蓑に移動カジノを使うようになった」
「隠れ蓑までいるってことは、オークションにかけられるのもロクなもんじゃねえだろうな」
「盗品、いわく付き、珍獣、果ては奴隷までより取り見取りさ」
 奴隷、の言葉に思わず指が動く。努めて冷静を装ったが、師の前では意味はなかっただろう。
「分かるだろ? 見目のいい獣人が攫われた理由なんざ、それしかねえよ」
「……チッ!」
 俺は思い切り舌打ちした。ブルースが肩を竦める。
「他に質問は?」
 何故緑玉でなければ駄目だったのか――ベルベルントには他にも獣人はたくさんいる、もちろんそいつらならいい、というわけじゃないが――、闇オークションに潜り込む方法はあるのか、……いろいろ聞きたいことはあったが、あまり先走るのもよくない。俺はいったん情報を持ち帰ることにした。
「え、ほかに何も聞かねえのか?」
 ブルースがカラになったジョッキを掲げて寂しそうな顔をする。するな。

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プロフィール

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一次創作小説、
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