カンテラテンカ

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エセンシア 7

 みんなの怪我は深くはなかった。強いて言うなら一番深いのはたぶん俺のメンタルへの傷だった。
 山を手早く降りる最中、サナギとパーシィはラヒズの行き先について話をしていた。聞こえてはいたが、まったく頭には入ってこなかった。
 アノニムが俺の横に来て、重い足取りの俺に言う。
「俺でも壊せなかった鎖を壊したんだろうが。胸を張れ」
「……」
 なんだ? 元気付けに来たのか? 意外に思った。
「俺の姿を見ただろ」
「緑のでけぇ化け物だった」
 アノニムは続けてこう言った。
「それがどうした」
「それがとうした、か」
 乾いた笑みが出た。誰も何も気にしていないようだった。気にしてるのは、俺だけだ。でも、当たり前だろ? 自分が復讐相手と同じ種族で、復讐の始まりもそもそも俺のせいだなんて、気にしないほうがどうかしてる。気にしているのは、きっと俺がヒトと化け物の狭間にいて、それでも本質はヒトだからだと思いたい。

 俺はオーガを憎んでいる。それにはきちんと理由があった。俺が愛したもの。愛されたもの。すべて壊された。
 この機会に、あのオーガ共と決着を付ける。そのつもりだった。
 なのに、今は分からなくなってしまった。

 オーガと化して、あの熱い鼓動を動力にしたとき、俺の復讐という燃え上がる情熱まで、まとめてくべてしまったのかもしれなかった。
 それが灰になってしまったのなら、俺はこの先、何を動力にして動けばいい?

【エセンシア 了】

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エセンシア 6

 時間が経ち、興奮が収まるにつれ、俺の身体はゆっくりと解けるようにヒトのそれへと戻っていった。
 痛みや後遺症らしきものはない。俺の気分を除いては。
 洞窟の奥にはラヒズが移動させてきたらしい俺たちの荷物があって、黒曜がそこから俺の着替えを持ってきてくれた。オーガに化したときに俺の服は全部が破れ弾け飛んでいたからだ。
 俺は緩慢な動作で着替えた。
 疲れたわけじゃない。考えることが多すぎて、でも考えたくなくて、思考をやめていた。
 でもそんな状態で着替えた俺の襟を、黒曜が直してくれて、それで俺は、おふくろが襟を整えてくれたことを思い出した。
 たぶん、黒曜たちから見れば突然だっただろう。俺は襟を直して下ろされかけていた黒曜の腕を掴んだ。
「俺がオーガの子だと知っていても親父とおふくろは俺を愛した。その愛に嘘はなかったはずだよな!? そうだろ!?」
 少しだけ目を見開いた黒曜は、肯定も否定もしなかった。ただ、こう言った。
「お前がその愛を信じるなら」
 俺は、自分が震えていることに気付いた。意識して動かして、ようやく黒曜の腕から、掴んだ手を引き剥がした。
 それから俺は、それを見届けていたオーガに振り向いた。
「やっと……てめぇの番だな」
 オーガは黙って俺のことを見ていた。
「俺の誕生が悲願だったって? その俺に殺されるのはどんな気分だ、ええ!?」
 もはや俺はヤケクソで、奥に荷物と共に放置されていた斧を手に取る。大きく振りかぶったが、オーガは逃げる気配も、抵抗する気配もなかった。
 振り下ろす。
 振り下ろせなかった。
 俺の気持ちがそうさせたわけじゃない。黒曜が俺の振りかぶった斧の柄を掴んでいたからだ。
 みんなが固唾を呑んで見守る中、黒曜は呟いた。
「いくら戦闘訓練を積んだとて、お前の斧の本質は――木を切り、人を活かすためのものだ」
 力を込めて、ゆっくりと俺の斧を下ろさせた。それから斧を握る俺の手を、黒曜の手が握る。
「お前に、殺してほしくない」
 そんなことを、今言うなよ。
 獣だって狩ってきた。ゴブリンだって殺してきた。俺の手は別に、大して綺麗なもんじゃない。
 それを、オーガ一体見逃したことで、まるで俺が救われるみたいに言うなよ。
「俺の復讐なんだ……」
「タンジェリン。このオーガの頭を割ったら、お前は、それで終わってしまう」
 俺は顔を上げた。黒曜の石の瞳が俺を見下ろしている。
「終わらないでほしい」
 きっとそれは本当だった。
 今日、この洞窟でかわされたあらゆる言葉に、嘘は何一つとしてなかった。あったとしたら、俺の存在だけだ。まるでヒトのように生きた俺の本質は、それでもヒトだと俺は未だに信じている。
 斧がオーガに振り下ろされることはなかった。
 俺が斧を手放すと、黒曜はゆっくりとその斧を取り、洞窟の壁に立てかけた。
「……一つ聞きたい」
 俺は一連の言動を見届けていたオーガに尋ねた。
「なんだ」
「テメェは俺の……。……親なのか?」
 勇気の要る、問いかけだった。
「違う。私はきみの親の……兄だ。叔父ということになる」
「叔父」
 反吐が出る。
 家族の情? そんなもの、沸くわけがない。化け物どもめ。俺の愛したものを奪った事実は変わらない。
 だが、俺は何のために、何に復讐すればいいのだろう?
 俺がヒトであるならば、俺は、親父を、おふくろを、村のみんなを殺したオーガに復讐しなければならない。
 だが、俺がオーガならば、そんなことはそもそも必要ないのだろう。
 俺はヒトであれ、と思う。今までヒトであったのだから。
 俺はオーガであれ、と思う。俺が原因で村が滅びたなら、もういっそ俺は身も心も化け物であってくれ。
 そうしているうちに、焚き火が燃え尽きた。
「いったん、戻ろうか」
 サナギが言った。
「エスパルタなら、数時間もあれば着く。少し休もうよ」
 魅力的な提案だった。思考を停止するための。
 ゆっくりと荷物を拾い上げ、斧を持つ。山を下りよう。
「タンジェリン」
 俺はのろのろとオーガのほうを振り返った。
「元気な姿を、見られてよかった。どうか幸せに」
「……」
 このオーガは。
 俺の叔父を名乗るこのオーガは。きっと本当に、俺の身を案じているだけだ。
 悲願のヒトの姿の子。何より、弟の子だから。
 ……そういえば、俺の産みの親はどうしたのだろう?
 聞く気力も、勇気もなく、俺は叔父に背を向けた。

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エセンシア 5

「ッはぁ、はぁ」
 息が荒くなるのを感じる。身じろぎするたびに鎖がやかましい音を立てる。
 嘘だ、デタラメだ!! 証拠がねえ。何一つ証拠がねえ!!
「俺の復讐の手から逃れようと適当なことを言ってやがるんだ!!」
 誰にともなく俺は叫んだ。強いて言うなら、俺は俺に向かって叫んでいた。必死に鼓舞する。
「やることが増えただけだ! オーガとまとめて、わけのわからねえ悪魔もぶっ殺す!!」
 そうだ。それでいいんだ。シンプルに考えろ。こいつらが言ってることは全部デタラメで大嘘だ。それならやることはオーガへの復讐。それからラヒズもぶっ殺す!!
「まあ、信じないと思いましたよ」
 ラヒズはまた軽く肩を竦めた。それから、ゆっくりと立ち上がり、地面を二度、つま先で叩いた。
 ラヒズの足元が光り出した。詳しくはないが、魔法陣、のようなものだろうか? 光が文字と模様を作り出し、三歩退いたラヒズの前で、闇色の光が収束する。
 一瞬後には、魔法陣の上に黒曜たちが転がっていた。
「黒曜!! アノニム、パーシィ、緑玉、サナギ!!」
 俺と同じく鎖に繋がれている。いくらか怪我もしているように見えるが、意識はあるようだ。
 俺の声に黒曜が顔を上げた。
「タンジェリン、無事だったか」
「俺は何ともねえ!! ラヒズ、てめぇ……!!」
 黒曜たちにまで手を出していたとは。ますます許せねぇ……!!
「鎖で繋ぐのにちょっと抵抗されたので、いくらか痛い目を見てもらっただけですよ」
 ラヒズはまったく悪びれない。
「で、タンジェリンくんとのお話に邪魔だったので、外にいてもらったのを呼び出したわけですが……」
 と、魔法陣を指す。
「人体の転移なんて生半可な術じゃないんだよなあ」
 サナギがぼやいたのが聞こえた。
「さて、彼らの鎖は悪魔による呪縛。アノニムくんでも壊せませんよ」
「チッ……」
 破壊を何度も試みているのだろう、アノニムに嵌められた手枷から、僅かに血が見える。アノニムの馬鹿力でも壊れないのなら、俺が暴れた程度で抜け出せないのは納得だ。
「パーシィくんはちょっと邪魔だったので、ついでにちょっと力に制限を加えさせてもらってますが……」
「タンジェ!! こいつは悪魔だ……!! 気をつけろ!!」
「情報が遅ぇ!! 本人から聞いたぜ!!」
 パーシィに言い放ったあと、今一度、鎖を外そうと強く力を込めてみたが、やはり駄目だった。
「ではタンジェリンくん。今から彼らを殺します」
 ラヒズは懐からナイフを取り出し、唐突に告げた。
「動けない彼らを殺すのは簡単ですね。ほら、頑張って止めてください」
 ――おちょくられている。
 カッと頭に血が上る。ラヒズのナイフは手のひらで踊るようにして、黒曜の首にその先を付けた。ゆっくりと沈み込むナイフの刃先と、静かに目を細める黒曜の死を前にしたとは思えない冷静さが、俺の身体をめらめらと焼く。これは怒りに違いない。
「てめえぇぇ!!」
 がしゃりと鎖に阻まれる。なんとか黒曜たちのもとに駆けつけて、それで――ラヒズをぶっ殺すんだ!!
「タンジェリンよ」
 鎖にもがく俺に、オーガの声が届いた。
「我々はラヒズ様に義理立てせねばならん。だがお前がラヒズ様と……私を殺したいのなら……」
 呟くように、先を言った。
「……オーガの力を使えば、あるいは」
 オーガのちから? そんなもんが俺にあるわけがねえ。
 だが、それに類する火事場の馬鹿力が俺の中にあるなら、今が使い時に違いなかった。
「わけわかんねえことばっかりでよ……!! イライラしてんだよ!! 悪魔だか何だか知らねえが、オーガもてめぇもぶっ殺す!!」
 自分を奮い立たせるように叫び、
「うおぉぉぉぉッ!!」
 咆哮。それから、現状すべてに対する怒りや苛立ちが煮え立って、激情がぐるぐると形になる。
 できたその燃え滾る塊に手を伸ばせば、それは驚くほど簡単に触れた。
 身体が身を焼く感覚。灼熱の体にあって、俺はこの熱で死ぬとは欠片も思わなかった。ぶちぶちと繊維が切れる音がして、俺の身体が膨張して、見る間に服を破いたと分かった。何倍も太くなった両腕を払えば簡単に鎖は千切れ飛び、二歩も歩けばもうラヒズは俺の間合いだった。
「死にやがれ!!」
 思い切り腕を振り被り、ラヒズに向かって叩きつける。ラヒズは大きく身を避けたが、俺の拳が叩きつけられた地面が爆ぜて小石を撒き散らしたのが当たって、僅かに目を細めた。
「やればできるじゃないですか」
 ラヒズは、満足そうに言った。
「それでは、きみの正体が分かったところで……本当の肉親との再会、楽しんでくださいね」
 ラヒズに当てようと横薙ぎにした手刀は空を切った。闇色のモヤに包まれたラヒズは煙のように掻き消えていた。それと同時に、悪魔による呪縛とやらもなくなったのか、黒曜たちも次々に上半身を起こす。
「タンジェ……その姿は……」
 目を丸くしたサナギが言うので、俺は自分の身体に目を落とした。
 ごつごつした緑の肌。丸太のような腕と足、地面は遥か遠く、洞窟の天井はごく近い。いやに感覚は鮮明で、黒曜たちの息遣いが聞こえるほどだ。
「ちくしょう……」
 呟いた声はほとんど唸り声だった。
「ちくしょおぉぉぉぉッ!!」
 その叫びがどんな意味を持ってたかなんて俺だって知らない、分からない。ほとんど獣の咆哮のそれは、洞窟内の空気をビリビリと震わせる。

 俺の姿は、オーガそのものだった。

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エセンシア 4

「約束……?」
「オーガたちと約束したのですよ。オーガたちの願いを一つ叶えるとね」
「?」
 何も分からない。俺の混乱を見て取ったのか、
「私は悪魔です」
 唐突に告げた。
「悪魔……? てめぇが……?」
「ベルベルントに悪夢の邪法を放った悪魔と言えば心当たりがありますか?」
「……!」
「サナギくんの術式を盗んで、私が手を加えて邪法に仕立て上げたのですが……パーシィくんには困ったものですねえ。堕天してもまだ勘がいい」
 パーシィが言っていた、あれは悪魔がサナギの術式を改変した邪法だと。本当だったのか!
「何の目的があって……」
「『本当の両親の夢』ですよ、あれは」
「ふ、ふざけるんじゃねえ!!」
「こちらとしては大真面目だったんです。あの夢をきっかけに、きみの『血』がきみに本当の姿を思い出させはしないか……そう考えたのですよ」
 いつまで俺がオーガだとかいうわけの分からねえ路線の話を続けるんだ? 怒りはだんだん収まり、呆れてきた。
「自分の本当の姿を思い出したなら、きみはすぐにでもオーガに会いに来ると思ったんです。しかし、全然思い出す気配がないので、もう実力行使で連れてくることにしました」
「ラヒズ様」
 オーガが話に割り込む。
「彼を傷付けるのは本意じゃない。やめましょう」
「これは私の好意なので、せっかくですから受け取ってください」
 いやに理性的なオーガを見せられて、吐き気がする。俺が露骨に顔を顰めると、オーガのほうは俺から視線を逸らした。
「彼らはね、タンジェリンくん。たまたまこの地に封印されていた私を解放してくれたのですよ」
 封印されていた? 悪魔だからか。やっぱりろくな悪魔じゃねえ! いや、悪魔なんだから当たり前か?
「それで、お礼に何でも願いを一つ叶えると約束したんです。さっきも言いましたね」
「それが……俺の現状と何の関係があるんだよ!?」
「彼らのお願いが知りたいですか?」
 にっこり笑ったラヒズが言った。
「『我らが悲願なるヒトの姿で産まれたオーガ、タンジェリンの無事と健康が知りたい』」
 悲願なる、ヒトの姿で産まれたオーガ?
 何のことだ?
「だからきみを探したのですよ。きみの名前や特徴も、ベルベルントに行ったという噂も聞いていましたし。思いのほかすぐに見つけることができたのは、運がよかったですね」
 ラヒズの言葉は半分くらい聞こえていなかった。
「……何のことか分からんだろう。私が話そう……タンジェリン」
 オーガがこちらを見た。俺はやつに飛びかかろうとしたが、鎖が邪魔をする。思い切り睨みつけたが、オーガは気にせず続けた。
「もう遥か昔のことだ……我々の先祖が、エサであったはずの人間の女を愛した。オーガはヒトの子を欲しがった……異種族の交わりだ。容易なことではないと分かっていた。何百年もの間、我々は口伝で先祖よりヒトの子が産まれれば幸いと伝えられてきた。やがて……ついにその時は来た。先祖がたった一度交わり血が混ざったヒトの、その特徴を引き継いだ子が産まれた。十七年前のことだ。お前のことだ、タンジェリン」
 ……。
 何を言ってる?
「だがオーガの中でヒトの姿のお前が生きていくことは難しい……。ペケニヨ村にお前を託すことにした。村の若い夫婦がお前を拾うのも物陰で見届けた」
 まるで本当にそうだったかのような口ぶりだ。
 そんなことがあるわけねえ。そんなことが……!
 俺がオーガなんてことが、あるわけねえんだ!!
「だ、だったらなんでペケニヨ村を襲った!? 筋が通らねえじゃねえか!! ペケニヨ村に俺を託したんなら」
 ごくりと唾を飲み込んだ。それで俺は、口の中が酷く乾いていたのに気付いた。
「た、託したんなら、村を襲う必要はねぇだろうがよ……!」
「本来ならそのはずだった。ペケニヨ村に手を出す気はまったくなかった。だが……我々のことを冒険者が襲った」
 オーガはひどく苦い顔をしたように見えた。
「……お前を育てた夫婦が、恐れたのだ。我々が、育ったお前を取り返しに来るのではないかと……」
 親父と、おふくろが……?
「何人ものオーガが殺された。群れの若い者は怒り狂い、ペケニヨ村を襲い返した。仲間を殺された復讐に」
 俺を守るために、親父とおふくろが……冒険者に依頼を……それが本当なら、じゃあ、村が襲われたのは、俺がいたから?

 ――てめぇらは、復讐された側なんだよ。

 ヤイ村での自分の思考が蘇る。俺も、俺たちも、同じ?
 俺たちは、復讐された側だった?

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エセンシア 3

 俺の身体がカッと熱くなる。緑色の巨体を目に入れただけで、俺の復讐心に火が点いたようになって、俺は暴れた。だが、鎖はまったくびくともしない。
「てめぇ!! 俺をおちょくってるんだな!?」
 ラヒズが、俺の復讐の件を知って、俺に嫌がらせをしているのだと思った。
「この鎖は何だ!? テメェ……今すぐ外しやがれ!!」
「活きがいいですねぇ」
 満足そうにうんうん頷くラヒズは、俺の横のオーガに視線を移し、
「どうですか、念願のタンジェリンくんとの再会は」
 と話しかけた。
 念願? 再会?
「……ラヒズ様」
 突然、横のオーガが声を発した。声、確かにそれは声、で、いや、言葉、だった。俺は混乱した。オーガが言葉を話すなんて聞いたことがない。これではまるきり、あのときに見た悪夢じゃないか。オーガが言葉を話すなんざ、悪夢だったから許されていたことだ。
「我々は再会までは望んでおりませんでしたよね? 無事と健康が分かればそれでいいとお話ししたはず」
 何が起きてる? オーガの流暢な言葉を聞いて混乱したのもあるし、その内容も意味が分からなかった。このオーガは何なんだ? その瞳に、確実に理性がある。
「でも、会えて嬉しいでしょう?」
 ラヒズの言葉に、オーガは溜め息さえもついてみせた。
「何なんだよ……!? なんでオーガが共通語を喋ってる!?」
「タンジェリンくん」
 ラヒズは幼い子供に言い聞かせるように優しい声色で言った。
「きみが倒れたのは、ストリャ村の周囲に張られた結界のせいですよ」
「結界? なんでそんなもんがストリャ村に?」
「『オーガ避けの結界』です」
 意味が分からねえ。なんでそんなもんが、俺が倒れたのと関係がある?
「前提としてですね。ペケニヨ村を襲ったあとのオーガは、少し南下してストリャ村の近辺に住処を移しました。ペケニヨ村の二の舞になってはいけないと、ストリャ村はオーガ避けの結界を張るよう魔術師に頼みました。で、私がその結界を張りました。きみはそれに引っかかった」
 つらつらと台本でも読み上げるみたいに説明するラヒズ。
「大事なところが説明できてねえぞ。なんで『オーガ避け』に俺が引っかかるんだよ。人間が引っかかったら欠陥もいいとこだろうが!」
 だんだん頭も冴えてきて、痛みも引いてきた。俺はまっとうなことを言ったと思う。だが、ラヒズは至って平坦な声色で、俺にこう告げた。

「きみがオーガだからですよ」

 何を言ってる?
「わけの分からねえことを言ってるんじゃねえよ……」
 怒りすら湧いてきた。俺がオーガだと? ふざけた冗談だ。
「そこのオーガが何故共通語を話しているのかと聞きましたね」
 俺の燃え滾る怒りに気付いているのかいないのか、ラヒズは体勢一つも変えずに言った。
「オーガが共通語を話しているんじゃない。きみが、オーガの言葉を理解しているのですよ」
 がしゃん! と、鎖が大きな音を立てた。
「ふざけたこと言ってるんじゃねえ!!」
 鎖より大きな声で、俺は怒鳴り散らした。
「俺の両親は人間だし、オーガは俺にとって仇だ!! 悪趣味な冗談はやめろ……殺すぞ!!」
 ラヒズは肩を竦めた。
「俺は人間だ!! 俺に適当な嘘を吹き込んで、テメェになんのメリットがある!!」
「メリットですか?」
 メリットはないですね、と。続けて言うことには、
「これは、ただの『約束』なので」

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プロフィール

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