カンテラテンカ

Over Night - High Roller 9

「……ん?」
 不意にサナギが訝しげな顔をした。
「なんか、焦げ臭いな……」
「あ? ……そうか? ⁠俺は別に何も……」
 言ったあと、気付く。サナギは今――まだ薬の効果が切れていないなら――感覚が鋭敏だ。ならばタンジェの気付かない臭いにも気付くに違いない。ということは……。
 誰も気付いていないようで、オークションは進んでいた。次の品物がステージに上がったあたりで、テントの中に煙が立ちこめはじめた。
 ステージ寄りの席にいた参加者が立ち上がる。
「なんだ……!? 煙いぞ!」
「……火だ、おい、火だ!」
 ざわめきが大きくなる。ぼん、と音がして、突如としてテントに炎が広がった。
「な……!?」
 見ている間に、たちまち燃え広がる炎。誰かがテントに火を点けたのだ!!
 状況を理解した客が立ち上がり、パニックになりながら入口へ殺到する。競売人が落ち着くように必死に呼びかけている。
 サナギは二、三度頷いてから、
「タンジェ! こっち!」
 逃げ惑う参加者たちとは反対に、ステージに駆けていく。
「……!」
 どさくさに紛れて緑玉を攫ってしまおうという算段に違いなかった。タンジェは迷わずサナギを追う。
 ほどなくついたステージに跳び上がり、突然の炎と煙に戸惑う黒服や競売人の横をすり抜ける。
「お、おい!」
 もちろん、タンジェとサナギを阻もうとするやつはいて、そいつらはこの状況下においても立ち塞がってきたが、
「邪魔だ!」
 顔面に拳を叩き込んで、問答無用で黙らせた。
「やるね!」
「相手はパニックだ、楽勝だな!」
 言葉にしたとおり、いくら手練れでも混乱していてはまともな戦闘はできない。タンジェは徒手空拳で黒服を数人薙ぎ倒した。
 サナギとタンジェはステージ脇に飛び込み、目立つ鳥籠をすぐに見つけた。黒服は火を消そうと火元に近づいたり、観客を逃がしたり……あるいはタンジェに殴られて伸びていたりしていて、鳥籠はノーガードだ。
 サナギは鳥籠に駆け寄って、格子の間から緑玉を覗き込んだ。
「緑玉!」
 緑玉はやはり意識がないようだ。数回呼んだが反応はなく、サナギはすぐに諦めた。鳥籠の扉に手をかけ、
「……開くわけないよね!」
「貸せ!」
 タンジェはサナギを横にやって、しゃがみ込んで扉にかかる錠前を確認した。大丈夫だ、難しい鍵じゃない。タンジェはヘアピンを引き抜いて錠前外しを試みる。
「さすが盗賊役! 板についてきたね。きみと一緒でよかった」
 返答する間も惜しんでヘアピンを角度調整しながら抜き差しすれば、手応えがあって錠前が外れた。
 乱暴に錠前を放って扉を開け、中の緑玉を引きずり出す。
「俺たちも逃げるぞ!」
 だが、サナギとタンジェが振り返ると、黒服が数人、すでにこちらを取り囲んでいた。消火や客の避難誘導を諦めたやつらが戻ってきたらしい。それよりも大事な『商品』を盗まれることのほうが重要なのだろう。もうもうと立ち込める煙をまるで意に介さず、黒服は叫んだ。
「お前ら何者だ!?」
 答える義理はない。斧はないから、己の肉体のみでなんとかするしかない。タンジェはいつでもパンチが放てるように構えた。
 が、実際にタンジェが相手を殴りつける前に、
「なんだお前――ぎゃ!」
 遠くにいた黒服が悲鳴を上げて、突然血を吹き出して倒れた。仲間の黒服が慌てて振り返る頃にはもう一人、袈裟斬りに胸を斬られて倒れている。
 黒服たちの間に、いっそう黒いしなやかな影がある。黒曜だった。
「黒曜!?」
「タンジェ、サナギ、こっちです!」
 黒曜に気付くのと同時に、テントの向こうからタンジェたちを呼ぶ声がある。見れば、テントに穴が開いていて、そこから翠玉がこちらに手を振っている。
 テントに穴――放火――消息不明だった黒曜と翠玉。いくら鈍いタンジェでも察せることはある、が、それを追及しているヒマはなかった。黒曜が炎の中で黒服たちを翻弄している間に、緑玉を抱えたタンジェとサナギは迷わず翠玉の案内に従った。
 意識を失っている緑玉は決して軽くはなかったが、怪力を自負しているタンジェにとって運ぶことはそう難しくはない。タンジェたちがテントの穴から外に出たことを横目で確認した黒曜が追ってきて、彼もまたテントの外へ。テントに放たれた火はごうごうと燃え盛っている。
 入口のほうはたいへんな騒ぎで、参加者がほとんど土砂崩れのようになっているのが小さく見えた。あのパニックでは、死人も出るかもしれない。
 今のところシャルマンのテントのほうには火は回っていないようだが、リカルドは無事だろうか? ……そこでタンジェはパーシィのことを思い出した。
「パーシィはどこだ!? オークション会場じゃ見なかったよな!」
「ああ、見なかったね……。待って、俺、そろそろ限界かも」
 さすがに感覚過敏状態での火災は堪えたらしい。サナギが言うので、
「分かった。パーシィは俺が探す。悪い黒曜、緑玉は頼んだ」
 タンジェが緑玉を黒曜に任せようとすると、
「緑玉は私が。サナギと先に夜会に戻ります。黒曜はタンジェと……」
 翠玉が引き受けた。女手で緑玉を抱えられるのかと心配していたら、平気な顔でひょいと緑玉を持ち上げたので、驚いて思わず一歩下がってしまった。その様子を見た翠玉が鳥がさえずるように笑う。
「さあ、行きましょうサナギ。まだ頑張れますか?」
「うん……頑張るよ。行こう!」
 緑玉を抱えた翠玉とサナギがその場を立ち去るのと同時に、タンジェは黒曜と2人でパニックが広がるばかりのシャルマンへと近づく。
「てめぇよ、放火はやりすぎじゃねえのか」
 小走りで併走しながら黒曜に聞くと、黒曜は「手間がなくていい」とすました顔で答えた。もちろん緑玉を助けるためなのは分かっている。だが釈然としない。だって、この火がなくても、タンジェとサナギは緑玉のもとまで辿りついた。……もちろん、あのあと黒服に囲まれて無事であった保証はないが、それでもタンジェに負ける気はなかったのだ。
 黒曜はタンジェの不満そうな顔をチラと見て、
「最初に手を出した奴らが悪い」
 もちろん、それを否定する気はない。タンジェはあくまで、黒曜がこんなふうに手を汚さなくても自分は戦えたと主張したいだけだ。黒曜はそれ以上、何を言うでもなかった。

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Over Night - High Roller 8

「さあ、次は今回の目玉です! 希少価値の高い孔雀の獣人です!」
 サナギがちらと顔を上げた。獣人はたくさんいるが、孔雀となれば数は限られる。このタイミングで出されるなら間違いなく緑玉だ!
 ステージに巨大な鳥籠が運び込まれる。中に入れられているのが遠目でも緑玉だと分かった。意識があれば暴れてもおかしくないはずだ、眠らされているか……少なくとも無力化されている。
「秀麗で体格もよい、優れた個体です! 奴隷に、夜の供にいかがでしょうか!」
「耳を塞いでいていいよ」
 サナギの声色からは、動揺も、憤慨も感じられなかった。ただ、心底、このオークションを軽蔑している。いつも好奇心にまたたく瞳がごく冷めている。タンジェは数瞬遅れてサナギの言葉の意図を理解し、
「……確かに胸糞は悪ぃな。ただ、こういう世界もあるってことは、知っておくべきなんじゃねえか」
 真面目だね、とサナギは言った。競売人がつらつらと緑玉のことを紹介している。顔も身体も髪も綺麗で質がよいとか、見れば分かることばかり。てめぇらは知らねえだろうが、とタンジェは思う。そんな言葉で紹介しきれるような、シンプルな野郎じゃねえんだ、そいつは。
「さあ、では10万から! どうぞ!」
「10万5000!」
「20万!」
 開始の金額が今までとは文字通り桁違いだ。ペースもさっきまでより遥かに早い。あちこちで数字が叫ばれ、札が挙げられる。
「40万! 他に入札は!」
「50万!」
 サナギが札を挙げた。タンジェの稼いだ、いや、リカルドがタンジェに稼がせたチップが、一瞬だ。
「55万!」
「57万!」
「60万!」
 一人、やけにしつこいヤツがいる。札を挙げているのは、恰幅のいい男だ。こちらから見れば斜め前方なので顔は見えないのだが、タンジェはなんだかそいつを見たことがある気がした。撫でつけられた金髪……。どこで見たのか? 思い出せない時点で大した知り合いではないとは思うのだが……。
 サナギは珍しく忌々しそうに小さく舌打ちした。
「70万!」
「75万!」
 もちろん諦めるわけにはいかない。少なくともこちらには、サナギが稼いだ分の80万Gldとあわせて130万Gldの軍資金がある。
 だが……この調子だと、いくらまでいくのだろうか? 獣人の値段なんて考えたこともない。タンジェと周囲が固唾を呑んで見守る中、サナギともう一人は、ほとんどノータイムで相手の金額を1万Gld以上、上回る金額を叫び合っている。
「100万!」
 さすがに100万Gldを通り過ぎればどよめきも広がってきた。あと30万Gldで相手は諦めるだろうか? 当然だが、追い縋られたところで相手に譲ることはできない。
「105万!」
「107万!」
「110万!」
 自分のためにサナギがこんな大声を出していると知ったら、緑玉はどんな顔をするだろうか、なんてことを考える。それとも、自分に値段を付ける仲間は見たくないだろうか。そりゃそうだ、こんなもの、いい経験なわけがない。緑玉にとっても、サナギにとってもだ。
「120万!」
 もはや1万以上の高値更新は普通で、10万上乗せすると周囲が少しざわめく。まるで周囲は観客で、サナギと相手の応酬をエンターテインメントのように楽しんでいた。
「122万!」
 だがサナギはまったく怯みはしなかった。
「125万!」
 とはいえ、
「127万!」
 こちらの手持ちの金額は近付いている。
「130万!」
 ……!
 だが、相手も容赦はない。
「135万!」
 予算オーバーだ!
 サナギは迷わなかった。
「140万!」
「おい……!?」
 タンジェの計算が間違っていなければ、こちらの稼いだ分はもうオーバーしている。これでは、競り落とせても払えない!
「143万!」
「150万!」
 サナギが畳み掛ける。沈黙。沈黙だ。ようやく、相手の男が黙った。この入札を見届けていた人々も、ここまで来たらもう黙って行く末を見守るのみだ。
「ひゃ……150万! 150万です! これ以上の入札は! ございませんか!」
 競売人が声を張り上げる。あのハンマーが鳴るまでは、誰しもが高値更新できる。沈黙していた人々が少しどよめいた、が、札は上がらなかった。
「……ハンマープライス! 150万! 24番様、落札です!」
 24番はサナギの持つ札の数字だ。終わった……!
 しかし、予算を20万もオーバーしている。大丈夫なのか?
 サナギはふーっと息を吐いた。
「いやぁ、粘られたね」
「まあ、落札できたからよかったけどよ……150万、支払えんのか?」
 何か策があるのだろうとは思ったが、念のため聞いてみた。サナギは「支払い?」と言って、ヤケクソのように笑った。
「いざとなったら腕があるじゃないか、腕が」
「腕?」
「タンジェの腕だよ。黒服をこう……組み伏せて、ね?」
「……」
 タンジェはたっぷり数秒黙ったあと、言葉の意味を理解し、
「実力行使じゃねぇか!!」
「そうだよ」
「じゃあ、130万以上のGldは……!」
「ないよ。俺が最初に交換したチップも1000Gld程度分しかなかったし」
 サナギは平気な顔をして言うが、よくもまあ、持ってもいない金を上乗せしたものだ。大した度胸である。
 ステージ上の鳥籠がステージ脇へと移動させられていく。サナギはそれを見て立ち上がった。
「さ、ここにはもう用はない。交換してもらいに行こう」
 払えないと分かっている金を引き換えに、か。とはいえ、タンジェも戦闘能力を信頼されることはやぶさかではない。いざとなったらサナギと緑玉くらいは守ってやらなくてはならないだろう。

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Over Night - High Roller 7

 それからもタンジェは順当に勝ち続けた。とはいえ、さすがに小さな勝ちを積み重ねて、時折スプレッド3〜1の大きな手をもらう程度だ。それでも明らかに不審がる者ももちろんいたが、そのくらい派手にやらないと目立たない。
 シャルマンのテント内で、"レッドドックのテーブルにツイてるガキがいる"という噂が緩やかに流れ、徐々にギャラリーが集まり始めた。
 タンジェは動じず、ただ不審な動きだけはしないように、堂々としていた。リカルドはすました顔でタンジェにカードを寄越す。それで2度目のレッドドッグが決まったとき、タンジェに声をかけるものがあった。
「今日はツイてるみたいですね、お若い方」
 柔和な物腰の紳士だった。背後に黒い服を着た屈強な男が2人立っている。
 タンジェが黙って肩を竦めると、紳士はこちらを値踏みするように眺め、それから、
「その稼いだ大量のチップ、ぜひ『第2部』で使いませんか?」
 ――来た……!
 タンジェは演技派ではない。嘘をつこうとか、他人を欺こうと思ったことはないし、たぶん、できない。だからタンジェは余計なことは言わずに、ただ"興味があるぞ"という意思だけ込めて紳士を見返した。
 紳士は実に楽しそうに目を細めた。タンジェの興味を嗅ぎ取ったのだろう。
「保証しますよ。スリリングな体験をね。どうですか?」
 タンジェは頷いた。
 紳士が黒服たちに合図を送る。黒服たちはタンジェのチップを「間違いなく預かる」と言って、番号札のついた鍵と引き替えに回収した。
 黒服の1人が案内してくれるようだ。席を立ちレッドドッグのテーブルから離れる。黒服がテントの奥の奥へと進んでいく。周囲を軽く観察したが、サナギとパーシィの姿は見当たらなかった。
 テントの奥には裏口があって、そこから渡り廊下が伸びている。渡れば、もう一つテントが建っていた。大きさはパッと見てシャルマンの半分くらいだ。入り口には関係者以外立ち入り禁止の札がかけてあり、黒服が警備に立っている。カジノの運営用のテントとして設置されているものらしい。つまりこのテントには金庫や顧客情報などがある……と、一般人には思われているはずで、厳重な警備も不審がられることはないのだろう。しっかり防音しているらしく、中の声も決して漏れ出てはこなかった。
 ここが、闇オークション会場だ。
「中にいる者から説明を聞け」
 黒服が淡々と言い、警備の黒服に引き継ぎをして、シャルマンへ戻っていった。警備の黒服からボディチェックを受ける。当然、スーツ姿で斧なんか持ってきていない。問題なく、タンジェはテントの中に通された。
 天井から提げられたシャンデリアの火がゆらめく。ステージに立つ男は上等なスーツを着込んでいる。ステージには首だけのマネキンに首飾りが着けられていて、男はこの首飾りがいかに美しく、高価で、そして魔性であるかを熱弁していた。
「この『貴婦人の血涙』は、手にした者にあらゆる富と名誉を与えます。しかし同時に破滅ももたらしてきました。始まりはルビー夫人から、直近ではフランチェスカ夫人まで、ことごとく非業の死を遂げています!」
 ――そんなもん、誰が欲しがるんだよ。
 呆れながら中の受付らしきところに寄ると、番号札が渡された。入札を希望する場合に挙げてください、とのことだ。それから、入札の最小単位は100であること、競り落とした品はのちほど引き渡しになることなどを説明された。タンジェは適当に頷く。
 席を探してうろついていると、サナギを見つけた。サナギの金髪にほど近い緑の髪は目立つ。サナギの周囲の席はあいていた、というより、サナギがあいている席を選んだのだろう。タンジェはサナギの横に腰掛けた。
「予定通りだね。お疲れさま。どのくらい稼いだ?」
 サナギはタンジェのほうを見ずに尋ねた。
「黒いのを5000枚くらいだ」
「やるねぇ……!」
 口元に笑みが浮かんだのが見えた。
「1枚いくらくらいなんだ?」
 どんどんテーブルに積み重なっていったので、タンジェの感覚としては、1枚1Gld前後なのではないかと思う。4000~6000Gldくらいだろうか?
「黒なら、1枚100Gldだよ」
「ひゃく……」
 ゼロが多すぎて一瞬で計算できない。サナギは笑って、
「50万Gld」
 タンジェは息を呑んだ。考えたこともない額だ。たった数時間で、50万Gld!?
 いや、もちろんタンジェの力ではない。これはリカルドが稼がせた額だ。しかし、命の危険もなく、ただ座ってるだけで、50万Gld……。
「俺の取り分と合わせれば、充分戦えるね」
「てめぇ、いくら稼いだんだ?」
「80万Gldくらい」
 それで『充分戦える』レベルかと目まいがした。――とんでもねえな、闇オークション……。
 話している間に、『貴婦人の血涙』とやらの入札が始まり、値段がつり上がっていく。
「1000!」
 あっという間に1000の大台を超えてしまった。どう聞いても不吉なものだと思うのだが、こいつらは話を聞いていたのだろうか?
「1500!」
「1700!」
「2000!」
 ……。
 圧倒されていると、
「1万はいくだろうね」
「1万……って、単位は……Gldだよな?」
「うん」
 サナギの言うとおり、値段は瞬く間につり上がっていく。5000、の声を皮切りに、入札単位は1000Gldを平気で超えるようになる。
「1万!」
「1万2000!」
 それから、会場が静まる。
「1万2000! これ以上の入札はございませんか!」
 数秒を待ち、反応がないことを確認した競売人が、大きくハンマーを打ち鳴らした。
「ハンマープライス、1万2000! 56番様が落札です!」
 拍手が起こる。
 何もかも、タンジェには縁が無い世界だ。
 いや、今こうしてここにいることで、縁はできてしまっているのかもしれない。嫌な話である。
 競売人が次に用意したのは立派な象牙で、それは2万6000Gldで落札された。

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Over Night - High Roller 6

 シャルマンへの潜入に、タンジェたちは出来合いのスーツを買った。サナギはシャルマンには多少のドレスコードがあると言っていて、さすがに普段着では入れないとのことだったからだ。金はかかったが、オーダーメイドでないだけまだマシだと思うしかない。必要経費だ。それに、買ったスーツはタンジェとパーシィのものだけで、サナギは以前に同窓生の結婚式に着ていったスーツをそのまま使っている。
 しきりにスーツの金額を気にするタンジェに、「これから大勝ちしに行くんだよ?」とサナギが笑った。
 仕立て屋から戻り、夜会で着替えてみると、多少サイズが合わない部分はあったものの、
「見違えますね!」
 と、娘さんは喜んだ。
「アノニムも着れたらよかったのに」
「さすがに獣人はお断りされそうだからね」
 サナギは眉をハの字にした。今もまだ不在のようだし、とも付け加える。
「そもそもアノニムにイカサマは無理だろう」
 パーシィがごく普通の表情で言う。それは結構アノニムをバカにしてねえか、とタンジェは思ったが、別に擁護するつもりはないので口には出さなかった。
「タンジェも大して変わらないが、今回はリカルドがいるからな。何とかなるだろう」
 急にタンジェに飛び火してきた。顔を歪め、
「てめぇはどうなんだよ」
「きみよりはマシだと思う」
「……まあ、てめぇは存在がインチキみてえなもんだからな……」
 別に悪意はなかったのだが、言ったあとに悪口に限りなく近い意見だと気付いた。パーシィは目を瞬かせたあと、特に反論もなく苦笑いした。言ってしまったからにはなかったことにはできないし、タンジェの意見として偽りはないから、謝るつもりはない。
「じゃあ行こうか」
 サナギから声がかかった。タンジェが確認のため尋ねる。
「薬は?」
「飲んだよ。だから早めにやっつけたい」
 空気に触れるだけで肌が痛いと言っていた。確かに、サナギが倒れる前に全部終わらせたいところだ。
「行ってらっしゃい!」
 何をしに行くか分かっているのやら――明るい娘さんの声を背に、タンジェたちは移動カジノ・シャルマンへ向かう。

 普通の客を装えば、シャルマンに入ること自体は難しくないという話だ。巨大でしっかりした造りのテントが広場に建っていて、そこがシャルマンだった。まるでサーカステントだが、中に入ればそうではないとすぐに知れる。中は広々としていて、煌々とついたランプが、ギャンブルに沸く客たちの横顔を照らしていた。
 受付のテーブルがあって、そこでタンジェたちはGldをチップを交換してもらう。あらかじめ用意したこれらのGldは、サナギがポケットマネーから出したものだ。
 サナギが出したGldをスタッフが数えている。ぼーっと眺めていると、⁠パーシィが突然、タンジェの隣に立ち、耳元で囁いた。
「イヤな気配がする」
「あ……?」
「ちょっと探ってきたい。悪魔の気配だ」
 タンジェの眉間がぎゅっと寄る。悪魔といえば――ラヒズの顔が脳裏をよぎる。悪魔なんてそうそういるものではないだろう。カンバラの里からベルベルントに戻ってきたラヒズが、このあたりをうろついている可能性はある。バカンスを楽しむやつだ、ギャンブルを嗜んでもおかしくはない、か。
 パーシィは真剣な表情で、
「こっちは任せてもいいかい?」
「……分かった。行ってこい」
 頷くと、パーシィは最低限のチップだけ受け取り、気配を探るようにきょろきょろと当たりを見渡して人混みに立ち去っていった。
 さて、そうなるとリカルドと組むのはタンジェしかいなくなる。一応、イザベラとの特訓で一通りルールは覚えたが、あまり自信はない。サナギとチップを山分けして、
「うまくやりなよ、タンジェ」
 ウインクしたサナギもまた、ゲームを探して立ち去っていく。
 タンジェはたまにゲーム中のテーブルを覗き込みながら、リカルドの顔を探した。テントの中は広く、窓がないため明かりがあってもやや薄暗かったが、思いのほかすぐに見つかる。うまくディーラーとして潜り込めたようだ、リカルドはゲームの卓に立っていた。
 すでに卓にいるプレイヤーたちに2枚ずつトランプを表に配っている。2枚のカードが同じ数字ないしは隣り合わない数字であることを確認し、レイズするかを決めている。これは先にルール確認した中にあったゲームの1つだ。確か名は⁠――レッドドッグ。
 タンジェは少なからず安心した。ポーカーなどに比べるとはるかに簡単なルールのゲームである。最初に配られた2枚のトランプの数字の間に、3枚目のトランプの数字が入れば勝ちだ。
 ゲームの区切りのタイミングを見計らい、タンジェが卓につく。リカルドが一瞬だけタンジェを見た。が、まったく関心がないように淡々とカードをシャッフルしている。
「ベット」
 リカルドが告げる。賭けろ、という意味だ。さて、いくら賭けるか? タンジェたちはとにかく大勝ちして目立つ必要がある。このシャルマンでのギャンブルは、あくまで通過点なのだ。ちまちま賭けている時間がもったいない。だいたいタンジェはせっかちな性質である。リカルドはタンジェを『勝たせる』だろう――タンジェは手持ち全部をベットした。全賭けだ。
「それ、手持ち全部じゃねえのか?」
 隣の男が身を乗り出して声をかけてくる。
「お前、さっき受付したばっかだよな? いきなり溶かす気か?」
 余計なことを口走らないよう、タンジェは沈黙を保った。もし口論になってヒートアップしようもんなら、まずタンジェは手が出る。そうなればまず一発退場からの出禁だろう。そうなってはおしまいだ。
 幸い、男はそれ以上は突っかかってこず、鼻で笑って引き下がった。卓についていた数人がベットしたが、もちろん全賭けなんかしているのはタンジェだけだ。
 リカルドは慣れた手つきでカードを配る。カードは表向きに2枚。タンジェの手元に滑り込んだカードはどちらも8だった。あまりにも自然に。

 改めて、レッドドッグは配られた2枚のカードの数字を確認して、3枚目の数字がその2枚の間に挟まるかを判断するゲームである。
 たとえば、最初に配られたトランプが5と6なら、この間に入る数字はないから引き分けだ。
 1と9なら2から8の7枚が挟まるから「スプレッド7」となるが、このスプレッドは数字が大きいほど手元に来やすいので、配当は少なくなる。
 たとえば5と7のスプレッドなら間に挟まるのは6の1枚だけ。スプレッド1の配当はだいたい6倍だ。
 というのが、前提。タンジェの手元に来た2枚の8――これにも間に挟まれる数字はない。だが、最初の2枚が同じ数字のとき、これはペアと呼ばれて、3枚目がペアの数字と同じ数字であれば――すなわち、この場合3枚目が8であれば――『レッドドッグ』。配当は実に12倍。つまり、一番強い手である。
 手持ちのチップを全賭けしたタンジェの手元にペアが揃う。"出来すぎ"だ。ほかの参加者が目を剥く。
「レイズ」
 顔色を変えずにリカルドが告げる。
 各々が判断してレイズするかを決める。タンジェは最初から全賭けしているのでレイズしようもない。それが終われば、すぐにリカルドは3枚目を配る。3枚目は裏向きに置かれている。テーブルについている一同全員、タンジェの手元の3枚目に注目している。
 タンジェは迷わずカードを表に返した。8。

『レッドドッグ』――!

「イカサマだ!!」
 隣の男が立ち上がり、大声を上げた。
「出来すぎてる!!」
 同じ立場ならタンジェもそう言い出したかもしれない。男の感覚は正常だ。だが、タンジェは感情的にならないよう努めて淡々と言って返した。
「別にてめぇは損してねえだろ」
 レッドドッグはディーラーとプレイヤーが勝負するゲームである。タンジェが勝とうが、ほかの参加者が損をするわけではない。
 顔を真っ赤にした男は、リカルドに、
「ディーラーさんよ!! どうなんだ、このガキは!!」
 声をかけた。リカルドは首を横に振る。
「怪しい動きはしていない」
 それはそうだ。怪しい動きをしてるのはリカルドのほうなのだから。
「チッ……! ビギナーズラックか……! 素人がよ……!!」
 負けが込んでいてイラついているのだろう、手元のチップが少ないのが分かった。だが、タンジェにそんなことは関係ない。

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Over Night - High Roller 5

「裏」
 リカルドとサナギが同時に言った。
「……賭けにならないな」
 こちらも茶を飲みながらパーシィがぼやく。珍しく正しいことを言ったな、とタンジェは思う。
 イザベラが手を離せば、確かに裏を向いたコインがあった。リカルドはテーブルからサナギのほうへ身を乗り出す。
「……分かっていたな?」
「なんのこと?」
 サナギはすっとぼけた顔をした。なんだなんだとタンジェとパーシィが動向を見守る。リカルドはあくまで真剣な面持ちでサナギを問い詰めた。
「俺のは勘だ。だが、お前のは違う。お前はコインが裏だと分かっていた」
 タンジェとパーシィは顔を見合わせて、それからサナギを見た。サナギはそうだね、と今度は首肯した。
「分かっていたよ」
「……」
 リカルドは腕を組み、また椅子にもたれかかった。
「……」
 しばらく黙ってサナギのことを見つめていたが、やがて、
「イカサマをした」
「うん」
 サナギは笑っている。
 状況が呑み込めないタンジェは、肘で隣のパーシィの脇をつついた。
「あんなシンプルな賭けにイカサマもクソもあるかよ?」
「さあ……俺には何も」
 小声で言い合い、パーシィも首を横に振る。少なくともタンジェが見ている範囲ではサナギは本当に何もしていない。
 リカルドはタンジェたちのほうに目こそ向けたが、会話も聞こえていたのだろう、すぐ無関係だと悟り、視線をサナギに戻した。
「……」
 沈黙。たぶん、考えているのだろう。サナギのイカサマの正体を、だ。賭けが成立しなかったことより、サナギのイカサマを見抜けないことに納得がいかないらしい。しばらくまたサナギを観察していたが、
「お前はこの宿に入ってきてからいっさい不審な動きはしていない」
 言った。
「となると、何か仕込むなら宿の外。ここに来る前からだ」
「やるねぇ。そこまで分かるもの?」
 サナギが笑う。蚊帳の外ではあるが、タンジェもなんとなくサナギの言動を思い返す。宿に来る前のこと……。だが、何にも思い至らなかった。サナギは特別なことを何もしていない、と思う。
「……何をした?」
 ようやく、絞り出すようにリカルドが尋ねた。事実上の降参である。サナギはそれをからかいも嘲りもせず、にこやかに、
「感覚過敏の薬を飲んでる。要するにドーピングだよ。コインもスローモーションに見える」
「ど……」
 リカルドは一瞬目を見開いたあと、渋い顔になって顔を手で覆った
「ドーピング……!? こんな賭けに、ドーピングを仕込んできたのか!?」
「うん。正直、空気に触れるだけでも肌が痛い。けっこうやせ我慢しているよ」
「バカなヤツ!」
 リカルドは小さく笑っているのかもしれない。顔は見えなかったが、肩と声が少しだけ震えている。
「薬なんざ……いつの間に?」
 思わず俺が呟くと、サナギは「ほら、上着取りに行ったときだよ」と答えた。
「先に言っとけよ……!」
「きみたちの所作からバレちゃうじゃない?」
 ぐうの音も出ない。
「なるほどな、お前がどんなことをしてでも俺に条件を呑ませる覚悟だったのは分かった」
 顔を上げたリカルドがやれやれといったように肩を竦めた。
「だが、お前のドーピングがあれば俺の協力なんていらないんじゃないのか?」
「もちろん俺はこれでシャルマンに行くつもりだよ。でも、あんまり他人には飲ませたくないんだ」
「おい、危険な薬なのか?」
 タンジェの質問にはサナギは愛想笑いをした。呆れる。
 それからサナギはタンジェとパーシィを指し、
「リカルド、こちらのタンジェかパーシィどちらかと、あるいは両方と組んで、彼らを勝たせてほしいんだ」
「…….」
 リカルドはサナギの指し示した先の2人を見ていたが、
「まあ、いいだろう。突っ立ってるだけで勝たせてやる」
 余計なことはするな、の意味なのかもしれない。言い方にムッとしないではなかったが、ことギャンブルにおいては確かにタンジェはド素人だ。大人しくリカルドの言うことを聞いておいたほうがいいだろう。
「いいか、俺はディーラーとしてシャルマンに潜入する。だが、どの卓を――要するに、どのゲームを――担当することになるかは分からない。お前らのほうから俺のいる卓を探してそこにつけ。お前ら、ゲームのルールは?」
「簡単なものなら。ブラックジャック程度の……」
 堪えたのはパーシィで、タンジェのほうは、
「ギャンブルなんざ興味ねえんだ。何も分からねえよ」
「……」
 リカルドが黙ってしまった。
「まあまあ、初心者にゲームを教えるのも楽しいものですよ」
 横でイザベラが笑う。
「それに、『突っ立ってるだけで勝たせてやる』のでしょう?」
「……」
 苦い顔になるリカルドに、口元に手を当ててたおやかに微笑んだイザベラは、
「シャルマンに並んでいるゲームならだいたい分かります。私がルールを教えておきますよ。リカルドはシャルマンへ向かってください」
 リカルドはため息をつき、「任せた」と言った。それから緩慢に立ち上がり、宿の奥へと引っ込んでいった。身支度を整えてからシャルマンに向かうのだろう。
 イザベラの申し出はタンジェたちにとってもありがたかった。イカサマはリカルドに一任するとはいえ、さすがに何の知識もなしに挑める場所ではないはずだ。
 少し疲れたから休むね、と言って、サナギはイザベラに許可を取り壁際のソファに横になった。ドーピングのせいだろう。サナギは虚弱ではないが、頑丈さは人並みだ。無茶をしたな、とタンジェは思う。ただ発話は明瞭だったし、顔色も悪くはなかったから、放っておくことにした。もともとタンジェは仲間たちへの干渉は必要最低限だ。
 それより今は、イザベラにゲームルールをレクチャーしてもらうことだ。タンジェとパーシィはイザベラが促すままに席に着く。

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