カンテラテンカ

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ミラー・イン・ザ・ボックス 6

 燃えている。
 村が、燃えている。
 俺にとってただの日常であったはずのそれが、破壊され、蹂躙され、めちゃくちゃになって、そこにある。
 俺は雄叫びを上げて、緑肌の巨躯に向かっていった。だが、木を切るための斧は簡単に弾かれて、ちょっと突き飛ばされただけで俺の身体は人形を振り回すみたいに吹き飛んだ。
 オーガ。
 俺の村を襲った巨躯の群れ。
 隣の家の爺さんを。婆さんを。村長を。私塾の先生を。家畜小屋の夫婦を。井戸の横に住む娘を。教会の神父を。命乞いをする親子を。
 父を。母を。
 引き裂いて貪り食うそいつらを。
 いつか、絶対に、殺してやる。
 そう、誓った。

★・・・・

 目が覚めた。
 疲れていたからだろう。故郷の夢を見たのは。
 実際に半年前に滅ぼされた、俺のふるさと。エスパルタ国にある、ペケニヨ村という小さな村だった。
 生き残ったのは俺だけだ。なんで俺だけ生き残ったのかは知れない。どうでもいい。とにかく、俺の目の前で村を、村の人々を、俺の両親を蹂躙してのけたあのオーガどもに、俺は復讐しなくてはならない。
 そのためには、俺は戦う技術を、力を手に入れる必要がある。だから俺は冒険者になったのだ。ただの木こりであった俺が、戦い、オーガどもを殺す力を求めて。
 やはり盗賊役なんかに甘んじている場合ではない。さっさと金を貯めて異動して戦士になり、経験を積まなくては……。
 俺は起き上がり、今の時間を確かめた。昨晩は遅かったが、日課のトレーニングをする時間には間に合っている。俺は、軽くストレッチをして身支度を整え、階下に下りた。

 朝の冷えた空気が、汗ばんだ身体を撫でる。俺の振った斧は、勢いよく空を切った。
「ちっ!」
 容易く回避された攻撃から二撃目を繋ごうとした。が、木こり生活で慣れた手斧よりもはるかに重い戦斧は、力任せに振り回したせいで勢いよく外側へ逸れている。それでも俺の生来の並外れた怪力は強引に斧を切り返したが、そのときにはもう、相手はとっくに青龍刀を俺の首元に差し向けている。
「悪くない動きだった」
 俺を見下ろす、感情の伺えない顔。元木こりの俺に戦闘を教えているのは、黒曜だった。
「最初に比べれば見違えたが……まだ、踏み込みが甘い」
 くそ、と俺は毒づいた。
「基礎の基礎は身に付いている」
「だがてめぇに一太刀も浴びせられてねぇ……!」
「それは相手が俺だからだろう」
 黒曜は淡々と告げた。
「現に、ヤイ村ではお前は滞りなく戦闘ができていた」
 ヤイ村での戦闘……つい昨日のゴブリンとの交戦の話だ。確かに俺は戦闘に勝って、だから生きてここにいる。
「お前は戦闘能力こそまだ低いが、体力も筋力もあり、足腰も鍛えられている。冒険者としての基礎は出来上がっている」
「だからなんだよッ!」
 俺は怒鳴った。
「旅だけできる奴なんざ冒険者と呼ばねえんだよッ! 戦闘ができて敵を殺せる、それが冒険者だろうがッ!?」
 黒曜は俺のことを無表情で見下ろしていたが、やがて「そうか」とだけ言った。黒曜が俺に何を言うつもりだったのかは知れない。

 黒曜との日課のトレーニング――戦闘訓練は、見た夢の不快な、焦りのような気持ちを振り払ってくれた。
 俺は半年前にペケニヨ村からここベルベルントに来てすぐ、戦闘を師事する相手を探した。紆余曲折はあったのだが、それで最終的に戦闘訓練を引き受けたのが黒曜だった。黒曜はその頃すでに星数えの夜会を常宿としており、その縁で俺もここに所属することになった、というわけだ。
 三ヶ月間の基礎訓練は厳しく、それを終えてようやく冒険者としてやっていける立場になったというのに、その先が盗賊役とは……。考えれば考えるほど、自分のやっていることのちぐはぐさに呆れる。

★・・・・

 パーティの仲間たちは食堂でてんで気ままに過ごしていた。いつも朝が遅いサナギまで起きているので、黒曜とのトレーニングは思いのほか長くなったらしい。
「おはよう。毎日精が出るねぇ」
 そのサナギが声をかけてくるので、俺は軽く右手を振るだけで応じた。
 洗面所でタオルを使い汗を拭き、再び食堂に戻ってくる。昼時らしく客入りが多い。
「何か食べますか?」
 適当にカウンター席につくと、すぐに娘さんが声をかけてきた。
「あぁ……そうだな、じゃあパンとシチューで」
「はーい。すぐにお持ちしますね!」
 星数えの夜会の昼食には、シチューが大鍋で用意されていることを知っている。わざわざニンジンが星の形にくり抜かれた「星数えシチュー」だ。手間だろうに何故わざわざそんなことをするのかと尋ねたことがあるが、「こうするとウチの名物っぽいから」との回答だった。実際のところ、抜き型を使っているのでそこまで手間はかけていないらしい。
 俺はカウンターで頬杖をついて、ぼうっと食事を待っていた。横に座ってきた行商人らしき男二人組がこんなことを話しているのが耳に入る。
「いやしかし、なんてこった。なんであんなことになったんだ」
「あの村、最近ゴブリンに悩まされていたって話だぞ。ゴブリンがやったんじゃないのか」
 ゴブリンに悩まされている村か。昨日の依頼の村の話題だろうか?
「あの様子じゃ、生き残りはおらんだろうなあ」
「ベルベルントへの行商の途中で寄るには最適な村だったんだがな、ヤイ村は」
「……」
 俺は振り返り、テーブル席で、緑玉とその姉・翠玉とともに食事をとっている黒曜に声をかけた。
「黒曜、昨日の依頼の村……確か、ヤイ村っていったよな?」
 黒曜は特に驚いた様子もなく顔を上げて、無表情のまま頷いた。
「ああ」
「えっ」
 今度は行商人が振り返る番だった。
「ヤイ村の……依頼が、なんだって?」
「俺たち、昨日ヤイ村でゴブリン退治をしたんだが……ヤイ村がどうした?」
 俺が尋ねると、行商人二人は顔を見合わせた。それから片方が俺のほうを見て人目をはばかるといった感じで言った。
「実は……そのヤイ村に今朝方、寄ってきたんだが……ひどい有様だったよ。建物は壊されて、火を放たれてめちゃくちゃ。一人残さず殺されていて……」
「なんだと?」
「俺たちはすぐ離れてベルベルントに来たが……野盗かもな……」
 神妙な顔の行商人から視線を黒曜に移す。黒曜は涼しい顔で「依頼外だ」と言った。
 そうだ。俺たちにはもはや関係のないことだ。
 破壊された村。火を放たれた家屋。殺戮の限りを尽くされた村。
 今朝見た夢が目の奥でちかちかとちらつく。ああ、ちくしょう! 俺はかぶりを振った。
「お待たせしましたー」
 状況を知らない娘さんがのんきに俺の前にシチューとパンを置いた。俺は、あえてもう何も考えないように、パンをシチューに浸してかぶりついた。

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ミラー・イン・ザ・ボックス 5

「開錠ねえ……」
 娘さんが去った後の自室で、備え付けの小さな机に小箱を置いた俺は、椅子に座ってそれをくまなく調べることにした。
 まず、見た目。俺の両手に収まるくらいの小さな箱だ。きれいに磨かれ、つやのあるニスの塗られた木箱で、木目も見えないくらいだった。マホガニーの色をしていて傷ひとつない。前に錠前がついていて、鍵がかかっているようだった。
 箱を振ってみた。中でかさかさと何かが触れ合う音がする。重さと音からして、大したものは入っていないだろう。
 錠前のことを調べてみる。当然、穴があって、そこにつがいの鍵を差して回せば開くのだろう。で、鍵がないときに使われるのが、盗賊の開錠技術だ。
 俺は開錠道具を取り出し、そっと開錠器具を穴の中に差し込んだ。
 まだ慣れない手つきで少し開錠器具を動かす。ええと、確かこの穴の中にあるさらに小さい穴を、開錠器具で順番通りに正しい深さに押し込んでいけばいいんだったよな――。
「ん……?」
 穴の中に小さな穴があるのは開錠器具が引っかかる感じで分かるのだが、押しても手応えがなく、俺は思わず首を傾げた。
 力加減を誤ったのかと思い、少し強めに開錠器具を捻ると、開錠器具のほうがあっさり折れた。
「……くそ!」
 ガラクタになった開錠器具を引っこ抜いて、机の端に寄せる。安くないんだぞ、これ。この依頼は儲けが出なさそうだ。
 俺は今度こそ失敗しないよう、念入りに錠前を確認したが、何も分からなかった。
 盗賊の師匠について以来、様々な鍵の形状を学び、その開錠の特訓を積んできたつもりだったが、この鍵穴は学んできたどれとも違うように思う。
 「魔法の鍵」と呼ばれる、魔法でしか開錠できない鍵の存在も師匠から教わっていたが……どう見ても大したものは入っていない小箱にそんな魔法がかけられているものだろうか? よほど大事なものだとか?
 師匠に尋ねるという手段もあるにはあるのだが、あの師匠は金の亡者なので、恐らく報酬を要求するだろう。それも、俺が娘さんから引き受けた金額の倍はとる。さすがにそれは避けたい。
 あとは、魔法の可能性を考えるとサナギに尋ねてみるとか?
 サナギはいろいろなスキルを持っている。本人は魔法ではなくレンキンジュツだと言っていたが、俺には違いがよく分からない。
 ともかく、あの好奇心の塊――付き合いが半年程度しかない俺でも分かるほどの――は、よく分からない箱だといえば興味を示すかもしれない。
 ――いや、だめだ。俺は思った。これは、俺への依頼だ。
 俺が一人で達成できなければ依頼料が……という問題もあるが、それより重大なことがある。俺が納得できない!
 やらされている盗賊役とはいえ、俺は金をかけて自分なりに全力で技術を学んでいるつもりだ。それが通用しないと認めるのは、俺が俺自身を疑うことだ。
 娘さんはああ言っていたが、事実、俺は今、盗賊役として仲間からの信用を得られていないだろう。まずは、俺自身が俺を信用しなくちゃならない。
 絶対にこの箱は自分の力で開けると決意を新たにし、小箱へと向き合う。
「とはいっても……」
 手がかりも取っ掛かりもゼロだ。
 何度も箱に挑むも、全部が空振りする。何時間経っただろうか、そのうちに風呂場が空いたと黒曜から声をかけられ、煮詰まっていた俺はサッサと湯を浴びた。
 そういえば腹も減っている。
 厨房を借り、まだ燻っていた火を起こし直し、適当に卵を落としてオムレツにした。ジャガイモが入っているとより俺好みなのだが、火を通すのが面倒なのでやめた。皿を使うと洗い物が増えて、これも面倒なので、フライパンから直接オムレツを食べて、フライパンを水に浸す。
 冷めたころに洗って、元の場所に戻して、部屋に帰った。
 ドッと疲れが来た。そういえば、朝から村に行って、昼過ぎに依頼を受け、ゴブリンの襲撃を待ち、夕方に戦闘。そこからはすぐにベルベルントに帰り、小箱の鍵と格闘して、休憩もほとんどなかった。
 俺はベッドに潜り込んだ。
 冒険者にとっては、安全な寝床、ふかふかの布団、来るのが保証された朝……どれも貴重で大事なものだ。
 それは、ほんの半年前までは俺にとって、ただの日常だったが――。

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ミラー・イン・ザ・ボックス 4

 冒険者はだいたい宿屋を根城にしていて、その宿は冒険者宿とか、ギルドなんていうふうに呼ばれる。
 俺たちは「星数えの夜会」という名の宿を拠点にしている。
 宿は、単に冒険者たちへ寝床を提供するだけじゃない。所属する冒険者へ依頼を斡旋する役目も持っている。
 今回の依頼も、あの気に食わない村長から、星数えの夜会の経営責任者である宿の「親父さん」へ持ち込まれ、それを親父さんから紹介されて引き受けたものだ。
 親父さんを介さなくても冒険者は依頼や事件となれば自由に仕事を受けていい。だが、宿を通さないということは、何かしら後ろめたいことがある可能性が高いということだ。
 事件に関しては是も否もなく巻き込まれるパターンもあるという。もちろん、両者ともきちんと見合った報酬が支払われるか、見返りがあるのかは保証されない。
 普通の冒険者ならば見返りのない依頼は受けたくない、というのが本音だろう。なので冒険者を志す者が宿に所属しない理由はない、というわけだ。

★・・・・

 この時間になると昼間は騒がしいベルベルントの目抜き通りも静かなものだ。もう一本、通りを奥に行けば、夜に賑わう通りになるが、そちらに用はない。
 俺たちはまっすぐ目抜き通りを抜けて、街外れまで歩いていった。少し自然の多い場所に出る。
 木々の間に隠れるように佇む建物、それが星数えの夜会だ。
「帰ってきたねえ」
「つい今朝方出たばかりなのに、もう何日も離れてたみたいだな」
 サナギとパーシィが石造りの建物を見上げながらそんな言葉を交わしている。
 ここはもともとは天文台だそうで、星見の愛好家が集まるサロンだったらしい。
 今ではもうその愛好家たちも老いて、集まる者はいなくなったと親父さんが嘆いていた。親父さん自身がその星見の愛好家最後の一人だ、と。
 その親父さんは、適当に酔っぱらいの相手をしながら、バーカウンターでグラスを拭いていた。
 星数えの夜会に限らず、宿はだいたい食事処や酒場の役目も担っている。
 星数えの夜会は、天文台としての役目を終えたあと簡単に改装されて、一階は食堂――昼はレストラン、夜はバーになる――で、二階より上は宿泊施設になった。
 親父さんは宿の責任者であり、コックであり、バーテンダーであり、そして俺たち冒険者の身元引受人でもある、というわけだ。
 親父さんは俺たちが帰ってきたのを見て、にやりと笑う。
「今回もくたばらずに戻ってきたな」
「当たり前だ」
 ふん、と鼻を鳴らすアノニム。
「おまえらは大成するかもしれんなあ」
 その自信満々な様子に、親父さんは誇らしげにうんうんと頷いた。
 給仕の娘がやってきて「おかえりなさい!」と明るい声を出した。彼女は親父さんの実の娘で、宿の給仕や掃除なんかの家事全般を手伝っている。看板娘ってやつになるんだろうか。
「ただいま」
 サナギが軽く手を振る。
「しかしひどい有様だな」
 親父さんはゴブリンとの戦闘をした四人を眺めて、
「湯があるから浴びてくるといい」
 と言ってくれた。
 星数えの夜会には、共同ではあるが風呂場がある。このベルベルントの地下には古代文明期に作られたという下水道があり、近隣には豊かな水源もあって、水回りには困らない。
 俺は特別キレイ好きなたちではないが、一日の終わりには風呂に入りたいくらいの衛生観念はあるので、その点は本当にありがたかった。
 自然と足が風呂場に向くのを、アノニムが肩を掴んで止めてくる。
「……んだよ?」
「俺が先だ」
「はぁ?」
 俺はアノニムの腕を掴み返した。
「早いもん勝ちだろ」
「手柄順でいいだろ。ゴブリンを倒した数が多い俺が先だ」
「ふざけんな、なんでてめぇの後に入らなくちゃならねえんだ」
 睨み合う。
「二人で入ればいいんじゃない?」
 適当に場を収めようとしたのがありありと分かる娘さんの提案に、俺とアノニムは同時に彼女を見て、
「ふざけんな!」
「なんでこいつと!」
 同時に叫んだ。
「はいはい。冗談よ。喧嘩はほどほどにしてね。パーシィさんがもうお風呂場に行きましたよ」
「あいつ大して汚れてねえだろ……図々しすぎるぜ」
 あまりのパーシィの無神経さに呆れるやら、そこまで突き抜けてくれたらもう諦めもつくやらで、ドッと疲れた。
 とりあえず荷物を下ろしてくる、と声をかけて、俺は自室としてあてがわれた宿の一室へと引っ込んだ。

★・・・・

 自室は広くはないが、筋トレが趣味の男一人が住むには充分すぎるくらいだ。
 俺はベルトや革装備を外して身軽になり、水筒に残っていた残りの水を飲み干して空にした。洗いに階下に降りるのは風呂が空いたらでいいだろう。
 とりあえず汚れた服を脱ごうとしたところでノックがしたので、俺はその手を止めた。
「誰だ?」
「私です」
 娘さんだ。
「タンジェさん、ちょっといいですか?」
 俺はしぶしぶ扉を開けた。
「なんだよ? さっき食堂で声かけてくれりゃ……」
「すみません、今思い出して、部屋にこれを取りに戻ったんです」
 これ? と訝しげに俺が尋ねると、娘さんは手に持っていた箱を胸の高さまで持ち上げた。
「この箱なんですけど……」
 仕方なく小箱を見た。
 きれいに磨かれ、つるんとしたツヤのある木箱だった。価値は高くはないだろうが、大切にされていたことが分かる。手前に錠前がかかっていた。
「掃除をしていたら見つけたんです。母のものかと思うんですが、鍵が見つからなくて、開けられなくて。これ、開けてくれませんか?」
 俺は少し黙った。
「……なんで俺に?」
 娘さんはキョトンとして、
「だって、タンジェさん、盗賊役でしょう?」
 その通りだった。
 戦斧を振り回して前衛で戦う俺は、戦士でも遊撃手でもない。
 黒曜一行において、盗賊役を割り当てられた冒険者なのだ。
 盗賊といっても、冒険者ならばその意味合いは追いはぎなんかをするいわゆる賊とは異なる。
 盗賊役というのは、ダンジョンや遺跡などの冒険の最中に、鍵開け、罠の発見・解除、兆候などをこなす役職で、これがいるといないとではパーティ全体の生存率が大きく変わってくる。重要な役職だ。
 ところが、だ。
 黒曜一行が、たまたまではあるが最初に集まった際、六人の中に盗賊適性があるやつはいなかった。
 それぞれの適性はこうである――
 黒曜はリーダーだ。冷静沈着で判断力もあり、感情に流されない。そしてとびっきりの剣の腕前だ。アノニムですら黒曜には従う。
 サナギは参謀だ。あいつは何年生きてるんだってくらい、知識がある。たまに専門外のこともあるみたいだが、あいつに一を聞けば百は返ってくる。
 パーシィは聖職者だ。これは言うまでもないだろう。祈りを聖なる力や癒しの奇跡に変えられるのは、聖職者の特権だ。
 緑玉は遊撃手だ。要するに、誰のサポートにでも回れるやつが担当する。緑玉はコミュニケーション能力こそ低いが(俺に言われたくはないだろうが……)そこそこ強くて、そこそこ賢くて、一人でもそれなりに立ち回れる。これは器用なやつがなるものだ。
 そしてアノニムと俺タンジェリンが、戦士適性および志望でかち合った。戦士は敵をぶん殴れればそれでいい。
 俺は人間の中では相当の怪力だと自負している。
 冒険者になる目的も、より強い力を求めてだった。断じて戦士を譲る気はなかった。そもそも盗賊役が身に付けているべき忍び足や解錠のスキルも何一つ持ってないんだから、盗賊役なんて無理な話だ。――だが、それはアノニムも同じだった。
 もしこの六人で冒険をするというならば、どちらかがイチから盗賊役にならなければならない。
 だから、俺とアノニムは決闘をした。
 俺が負けた。かなり、あっさり。
 いくら怪力と言えども、ヒトはヒト。ミノタウロスの血が流れるアノニムに、力で敵うはずがなかった。後に聞いた話だが、アノニムは幼い頃、見世物小屋で闘技をさせられていたって話だ。
 戦闘技巧も、元はただの木こりだった俺と比べるべくもなかったというわけだ。
 それで俺は盗賊役にならざるを得なくなった――戦士志望が、同じ戦士志望に負けて、何の経験も知識もない盗賊役にさせられる屈辱!
 俺はその時点で、このパーティへの参加を辞退するべきだったのかもしれない。パーティだって、ちゃんと訓練を積んだ盗賊役のほうがありがたいだろう。だが、故郷からベルベルントへの旅費ですでに所持金は底を尽きかけていて、別の宿を探す余裕はなかったのだ。
 俺は仕方なく、盗賊ギルドを探し当て、そこでなけなしの金を積んで盗賊の基礎の基礎から教えてくれる師匠を見つけた。
 いつの時代も、理屈と技術ばかりを磨いて、でも実戦には出られない臆病者はいる。
 そういうやつはそのスキルで金を稼ぐのだ。師匠もろくでもない大人ではあるが、腕は確かだった。金を積めば俺に技術を教えることを惜しまない。
 それ以来、俺は何とか盗賊役をやっている。
「最近は、ちゃんと鍵開けもこなして、盗賊役らしくなってきたって言っていましたよ」
「誰が」
「パーシィさんと、アノニムが」
 自分の顔が歪むのが分かった。
 どうも決闘以来、アノニムのことが憎たらしくて仕方ない。何かというと喧嘩してしまうのも、元はと言えばあの決闘が原因だ。いつかアノニムを倒したい。
「とにかく、他に鍵開けのスキルを持っている人もいないですし。やってみるだけやってくださいよ。依頼……そう、依頼です! ほら、報酬払いますから!」
 ぽんと両手を打って、名案とばかり娘さんが言う。なるほど依頼ならば断る理由はない。
「いくらだ、報酬は」
「20Gでどうです?」
「ガキの小遣いだってもう少しあるだろ!」
 思わず大きな声が出てしまった。
 俺は未だに、早めにパーティを抜けて、別のパーティで戦士役をやることも考えている。
 だが実際のところ、先に言った盗賊スキルのレクチャー代と、この星数えの夜会の宿泊費および食費で生活はほぼ赤字だ。
 他のパーティに異動するための貯金の目処がまったく立っていない。だから俺は仕方なく盗賊役に甘んじている。
 そういうわけで小銭でもほしい立場の俺は、結局娘さんと交渉して30Gと、鍵を開けられた日の食費をタダにしてもらう約束で、その箱の開錠を引き受けた。

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ミラー・イン・ザ・ボックス 3

 さて、俺たちは帰路で依頼を簡単に振り返った。
 作戦に問題がなかったか。
 人数は最善であったか。
 動きは最適であったか。
 毎回、依頼が終わって落ち着いたら、忘れないうちにこうして反省会をする。
 今回は帰路になったが、宿で寝る前に行うこともあれば、野営で飯を食うときに行うこともある。
 これは依頼を振り返ることで今後に活かすという目的が大きい。が、提案したサナギによればコミュニケーションの場でもあるらしい。
 重ねて言うが、俺たちはパーティを組んでまだ三ヶ月。お互いのことを深く理解できる期間じゃない。
 そもそも黒曜たちは――俺もそうだが――ほとんどが自分のことを多く話したがらない性質だ。会話も少ない。
 それを憂えたおしゃべりでおせっかいなサナギが、こういった場を設けるのはどうか、と、最初の依頼のときに申し出たのだ。
 この場においては、黒曜も緑玉も必要な部分は対話する。サナギの言うようなコミュニケーションの場になっているかと言われれば、なっているような、なっていないような、微妙なところだ。しかし戦闘の反省点を洗えるという点で、俺はこの時間を大切にしている。
「特に大きな問題はなかったように思うね」
 口火を切ったのはサナギだ。
「俺は遠くから見ていただけだけど」
「戦闘について大きなミスはなかったように思う」
 黒曜が淡々と述べる。
「戦力の分担は適切だったか?」
「結果として必要はなかったけど、回復役の俺を待機させたのはどうなんだろう?」
 軽く手を挙げてからパーシィが発言した。聖職者であるパーシィは聖ミゼリカ教という宗教を信仰している。
 聖ミゼリカ教はこの国においてもっとも勢力の大きい宗教だ。
 信仰の力は、聖なる力や癒しの奇跡になる。
 聖なる力も癒しの奇跡も冒険には絶対必須の能力であり、聖職者というのはかなり重要な役職だ。

 役職というのは、冒険者パーティを組むにあたり、何を専門にそのパーティに貢献するかという目安のようなものだ。
 サナギ曰く、望ましい役職の配分は、リーダー、参謀、戦士、盗賊、聖職者、遊撃手の六人体制だと言われているらしい。
 リーダー、戦士、遊撃手が前衛、残りが後衛となる武器構成ならなお良く、そうしたパーティは生存率も高いという統計がある、と。
 もっとも、専門外なのでそれ以上の解説、分析については冒険者パーティ構築学の研究者の著書に譲る、とのことだ。

 ちなみにだがパーシィはメイスで戦う技術を持っている。普通に前線で戦える。今回それを避けたのは、こちらもやはりサナギの提案で、要するに大事な聖職者が不要な怪我を負うのはどうだろう、ということだった。
「それは戦闘の前に話し合ったろ」
 何をいまさら、と俺は言った。
「広いとはいえゴブリン相手に五人はいらねえし、てめぇはいざってときのために待機してろって話だったじゃねえか」
 それでもパーシィは何か言いたげに口を尖らせている。
「……なんだよ?」
「結局、俺には仕事がなかった。大した怪我がなかったのはいいことだけど。つまりさ、ヒマだったんだよ」
 パーシィと出会ったときの第一印象は真面目で大人しそうな男、だったのだが、この三ヶ月で変化してきている。俺の内心で、パーシィは「不謹慎な変わり者」だ。
「俺たちが大怪我でもすりゃよかったってか」
「いや、そういうわけじゃ……! そういう意味合いに聞こえたか。すまない。でも一匹くらい打ち漏らして、ゴブリンが家畜小屋に来ないかなあ、とは思っていたよ」
 呆れて言葉も出ない。挙句に、
「打ち漏らしかけてたやつがいるじゃねえか」
 アノニムが余計なことを言う。
 しつこい、と言いそうになったが、確かに油断したのは俺だ。言い返す言葉もなく、悔し紛れにアノニムを睨むと、はいはい、とサナギが割り込んだ。
「まあまあ。結果としてアノニムがフォローに入った。いいことだよ」
 そりゃあパーティを組んでいる以上、それなりにチームワークってのは必要だ。連携は依頼の成功や生存にだって関わってくるだろう。それにしたって……アノニムの言動はなかなか好意的には受け取れない。
「怖い顔しないの」
 サナギに言われて、そっぽを向く。
 一通りのやりとりを無表情で眺めていた黒曜が口を開いた。
「ほかに何か反省点は?」
「特にないんじゃない」
 すぐに緑玉が応答する。
「うん。いいんじゃないかな? 今回の依頼はうまくいったと思うよ」
 サナギも頷く。
 正直、俺にとっては反省のある依頼だったが、ここでの話題に挙げるものとしては個人的すぎるので、サナギに続いて首肯した。
 俺たちはゴブリンと乱闘して多少なりとも疲労があるから口数も少なくなる。元気の有り余っているサナギとパーシィは、しばらく二人で会話していた。
「そういえばゴブリンの死体ってどうなったんだろうね」
「ミンチにして家畜の餌にするとか?」
「キミの発想の方向性やばいね」
 俺は聞き耳を立てるのをやめた。

 俺たちが拠点としている交易都市は、ここから数時間も歩けば辿りつく。
 森を出てしまえばほとんど街道で、これはキャラバンもよく通るし騎士団も見回りをしているようなほぼ安全な道だ。
 見通しもよく、賊やら獣、妖魔などの懸念はほとんどない。
 休憩を挟みながら夜になるまで歩くと、ようやく見えてくる。

 交易都市ベルベルント――俺たちの拠点の都市。
 冒険者の根城。人種の坩堝。交易商人の楽園。そして、裕福と貧困の混沌。

 ベルベルントの門番に黒曜が話を通し、通行証を見せる。 
「ああ、今朝方発った冒険者一行ですね」
 門番が何かの書類を見ながら、俺たちの身分が確かか確認しているらしい。
 別の門番が俺たちを見てしかめっ面をしたのは、黒曜たちが獣人だからってわけじゃない。この都市にはほとんど、そんなことを気にするやつはいない。俺たちの半分以上がゴブリンの血と土埃にまみれていたからだ。途中の川で少し水を浴びればよかったか、だがそうすると野営しかねない時間だった。早く宿に帰りたい。俺たちの宿……。
「えーと確か……所属宿はどこだったかな?」
 黒曜は答えた。
「『星数えの夜会』」

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ミラー・イン・ザ・ボックス 2

 戦いの疲れを少しでも癒そうと思い、俺が斧を下ろして肩を回していると、
「おい」
 アノニムが声をかけてきた。
「てめぇ、何体殺った?」
「……」
 無視しようかとも思ったが、そうするとこの話題から逃げたみたいにも思える。それは避けたい。俺は素直に答えた。
「四体だ」
「俺は五体」
 マウントを取られた。ムカつく。
 アノニムは鼻で笑って明らかに俺を見下した顔になる。
 アノニムと俺はつくづく気が合わない。何かというとこうして力比べだの口論だのに発展する。口論はともかく、力比べは勝てた試しがない。重ねて言うが、マジでムカつく。
 再度藁の上に腰かけたサナギが「おや」と声を上げる。話を聞いていたらしい。
「あれ、それじゃあ緑玉は三体しか倒してないことになるな」
 急に話題に出された緑玉が反応して、
「何」
 と短く言う。
「黒曜は四体倒しているのを見たよ」
「見てたの。数えてたの」
「うん。ゴブリンが全部で十六体なのも見てたし、数えてた」
 サナギはどうでもいいところも目ざとい。
「倒した数なんて別に何体でもいいじゃん……」
 これ以上、会話に混ざりたくない、話題にされるのはごめんだとばかり、緑玉は会話を打ち切ろうとした。
 が、今度は身を乗り出してきたパーシィが、
「そうだよ。それに、アノニムがいるんだから多少討伐数が少なくなってしまっても無理はない」
 話を引き継ぐもんだから、緑玉は露骨に面倒そうな顔をした。
 パーシィとアノニムはパーティの中では比較的長い付き合いらしい。どうも贔屓がある。俺は顔を歪めた。
「少なくなるも何も、一体しか変わらねえじゃねえか」
「最後のゴブリンに目の前で逃げられそうになってたけどな」
「てめぇ! そうだ、あれが最後の五匹目なら、横から掻っ攫ってったってことじゃねえか!」
 アノニムがまた腹立つことを言うから、俺は思わず食ってかかった。
 アノニムは平気な顔で、
「そんなもん殺ったもん勝ちだろうが」
 思わず掴みかかろうとしたとき、
「揉めているのか」
 黒曜の声がした。早々に依頼人への報告を済ませたらしい。
 その言葉には特に咎めた様子もなく、感情は伺えない。黒曜が感情的になるところなど見たことがない。
「別に、そんなんじゃねえよ」
 ふん、と鼻を鳴らして俺はそっぽを向いた。
「そうか。依頼人が呼んでいる」
 黒曜はすぐに背を見せて家畜小屋を先に出て行った。明確には言われなかったが、ついてこい、という言葉を言外に感じ取り、俺たちは後に続いた。

★・・・・

 依頼人は中年の牧場主で、このヤイ村の村長でもある。
 村で一番大きな牧場を所有していて、その分だけゴブリンからの被害が大きかった。
 ここ一月ほど、近隣の森に住み着いたらしいゴブリンたちの襲撃で、家畜が何頭もやられたとのことだ。
 一般に、ただの人間が適当な武器を持ってゴブリンと戦い、生き残るのは、ほとんど無理だ。俺はよく知っている。妖魔というのは、本当に舐められない。俺たちがゴブリンを苦も無く一蹴できたのは、俺たちが「冒険者」だからだ。
 当たり前だが、冒険者を名乗って直後、急に身体能力が上がるとか、妖魔との戦闘に耐え得るメンタルを手に入れるとか、そういうことはいっさいない。
 単に俺たちは日頃の戦闘訓練や今回と同じような妖魔や害獣の討伐依頼で、少しずつ鍛えているってだけだ。
 最初の依頼でゴブリンに敗北し二度と戻らない新人冒険者もいる。
 その点で言えば、最初にたまたま組んだ六人で、まだ三ヶ月ではあるが、一人も欠けずに依頼をこなせているのは相当運がいいんだろう。
 アノニムのように気に食わないやつはいるが、命と天秤にかけたらそのくらいは目を瞑るしかない。少なくとも、今は。

★・・・・

 さて、家に入ると、そわそわした様子で依頼人が待っていた。
「終わったのか!」
 高圧的な態度で尋ねる。
 俺は最初からこの依頼人が気に食わない。というのも、こいつは最初から冒険者ってのを見下していて、おまけに黒曜たちへの態度が露骨に悪い。……もっとも、こいつに限らず、村人の多くは黒曜たちを見て驚いて顔を背けたり、隠さず渋面を作ったりしていた。
 そりゃあ、こいつや村人たちの思考も分からないわけじゃない。
 黒曜、緑玉、アノニムの三人は「獣人」だからだ。
 黒曜には、豹の耳と尾。――出会った当初、猫だと言ったら注意されたな。
 緑玉の両耳にあたる部分からは鳥の羽根。――緑の鳥だ。ウグイスかメジロだろうと思っていたら孔雀らしい。
 アノニムの牛耳と、折れているとはいえなお目立つ角は、アノニムがミノタウロスの血筋であることを示している。
 昔に比べて獣人への抵抗はかなり少なくなっている、とはサナギの弁。だが、こういう田舎の村ってのは得てして閉鎖的で排他的だ。まだまだ獣人差別が激しく、だいたい歓迎されない。
 だから依頼を受けたパーティに獣人が半分もいる、という時点で、この依頼人は俺たちを追い出してもおかしくはなかった。
 実際のところ、村長はじろじろと俺たちを不躾に眺めて「まあ、使えればなんでもいい」と、横柄な態度で依頼内容を話した。
 獣人だからか知らないが、緑玉は人間嫌いなのだが……その緑玉じゃなくても嫌な気分になるような態度だった。
「薄汚い冒険者でも、ゴブリン程度は始末できるんだろうな。お前らは程度も低そうだが」
 俺は何度も水筒の水をぶっかけてやりたい気持ちを抑えた――この依頼人、茶の一つも出しやがらねえ!――気持ちを抑えられたのは、冒険において貴重な水をこの依頼人にぶっかけるのが勿体なさすぎるからだった。
 別に、黒曜や緑玉やアノニムがなんと言われようが、俺には関係がない。そこを論点に怒る気もない。だがこの依頼人は、人間の俺に対しても言動が変わらないので、結局、俺も緑玉たちと同じくらい腹が立つ。そういう意味では分け隔てない人物なのかもしれないとパーシィがぼやいていた。
 それはそれとして、たいそう不快な思いをしたであろう黒曜だったが――まあ、黒曜は相手を見て依頼を受けるか否かを判断するようなタイプではないが――この依頼を受けることを躊躇わなかった。黒曜はこのパーティのリーダーなので、俺たちは必然、それに従うことになる。俺たちは夕方、ゴブリンの襲撃を待ち構え、応戦して倒した、というわけだ。

 村長はゴブリンを全滅させたことを尊大な態度で喜んだ。
「仕事はしたようだな。約束の600Gだ。さ、終わったんだからもう帰ってくれ」
 サナギが肩を竦めた。アノニムがあくびをしている。俺もそうしたい気分だ。こういうところでだけ気が合う。
「なんだ? 言っておくが、これ以上居座っても何も出んぞ。ワシらはこれからゴブリンどもの死体を確認するのに忙しいんでな」
 どうせもう顔を合わせることもないだろう。てめぇの横柄な態度に呆れてんだよ、と言おうとしたが、やめた。文句を言うなら、黒曜が600Gを受け取ってからだ、と思った。実際、黒曜が600G受け取るときにはどうでもよくなっていた。さっさと帰って湯でも浴びて、飯を食いたい。
 俺たちはゴブリンの返り血にまみれたまま、荷物をまとめて村を発った。
 報酬600Gってのは、ゴブリン退治においては若干少ないくらいの金額だ。だがまだパーティを組んで三か月の新米冒険者である俺たちは、報酬金や依頼人の好き嫌いで依頼が選べるほど偉くない。だから黒曜も依頼を受けたのだろう。
 報酬は人数割りになるから、俺の取り分は100Gだ。命を賭けた割には合わない。だが、それが冒険者だ。

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